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トピックス -企業家倶楽部

2015年04月17日

第1部 サマンサタバサの21世紀戦略/ 定説を打ち砕き世界ブランドを創造 日本の元気に貢献したい

企業家倶楽部2008年1/2月号 特集第1部


ヒルトン姉妹、ヴィクトリア・ベッカム、ペネロペ&モニカ・クルス姉妹など世界の女性憧れのセレブをイメージモデルに起用、若い女性に圧倒的人気のバッグを企画・販売するサマンサタバサジャパンリミテッド。社長の寺田和正はファッションでは欧州ブランドに勝てないという定説にチャレンジ、サマンサタバサを世界ブランドにしたいと宣言する。株式上場、M&Aを果たした寺田は今年銀座に新業態の店舗を出店、世界ブランドに向け第2ステージに躍り出る。(文中敬称略)




 2007年12月12日、東京・青山のビルの二階の一室には173人の若い女性が詰め掛け、熱気に満ちていた。若い女性向けのバッグで圧倒的支持を得るサマンサタバサジャパンリミテッド(以下サマンサタバサ)の店長会議である。社長の寺田和正は居並ぶ店長たちを前に檄をとばした。

 「07年は我々にとって飛躍の年であった。しかし来年は大変厳しい年となる。消費税が上がればお客様の消費マインドが冷え込み、売上に大きく影響してくる。サマンサタバサのお店も一律に売り上げを伸ばすとは限らない。店舗間の競争は一段と厳しくなる。その中で、わが社は勝ち残らなければならない」。

 寺田のいきなりの厳しいことばに若い店長たちは真剣な目つきに変わる。「そういうときこそサマンサタバサの商品の魅力をわかっていただき、納得して買っていただくことです。1人ひとりが真剣に考え行動することが重要。せっかく与えられた活躍の舞台を無駄にしないで欲しい」。 

 この日は寺田の42回目の誕生日である。その記念すべき日に店長たちに敢えてこうした厳しい話をするのには理由がある。それは寺田が08年がサマンサタバサにとって勝負の年、第2ステージのスタートと位置づけているからだ。寺田は内なる声で次なる戦略を自らに宣言した。 

07年はサマンサタバサにとって大きな飛躍の年であった。メッセージを買収し、アパレル業界に進出した。またスタイライフが加わったことで、本格的なインターネットビジネスに参入できた。08年秋には念願の銀座並木通りに、これまでにない新業態の店舗を出店予定だ。広さは3フロアで100坪、これまでのサマンサタバサと違い40代-50代の男女が買い物を楽しめる店をつくる。そして同様の店舗を東京と横浜に出店する予定だ。

 そのために5年前からアプローチしてきたイギリス人の著名デザイナーをスカウトした。これまでサマンサタバサは若い女性専門と思われがちだったが、来年以降は幅広いお客様を対象とする。創業から上場までを第1ステージだとすると、08年から第2ステージに突入、いよいよ世界ブランドに向けエッジに手をかけることになる。それにはこの店長たちにもっと頑張ってもらわなければならない。

 毎月1回行われる店長会議で寺田は若い女性店長たちを叱咤激励し、さらに高いステージを目指せと鼓舞する。社員の95%は女性というサマンサタバサ、その女性たちに思う存分働いて、日本の働く女性の理想型になって欲しいとその舞台を用意する。締めくくりに寺田は毎回出席者全員と固い握手を交わす。「がんばれよ」「クリスマス商戦しっかり頼むよ」「期待しているぞ」。握手を交わしながら一人ひとりに励ましの言葉をかける。それはさながら直に触れ合って寺田のパワーを授ける宗教家のようであった。

 会社が大きくなっても家族的な雰囲気が残るサマンサタバサでは、寺田は常にあこがれの的、社員のアイドル的存在である。顧客との接点を持つ若い店長一人ひとりの頑張りがサマンサタバサの原動力である―そう寺田は自覚している。



若い女性に人気のサマンサタバサ

 ところでサマンサタバサというブランドをご存知だろうか。サマンサタバサとはサマンサタバサジャパンリミテッドが提案する若い女性向けバッグのブランドで、20代の女性に圧倒的人気を誇る。

 社名にジャパンリミテッドと書いてあるため、海外ブランドと思われがちだが、れっきとした日本の会社である.日本発の世界に通用するブランド企業を目指したいという寺田の想いが、この社名には込められている。

 主力ブランドのサマンサタバサだけでなく、ヤング向けのサマンサベガ、ジュエリーのサマンサティアラ、男性向けのサマンサキングズなど12のブランドを持ち、全国の百貨店や商業施設に173店舗を展開する。05年に東証マザーズに上場を果たし、創業13年にして連結売上高172億9200万円、経常利益は24億7600万円を達成(07年2月期)。 

 サマンサタバサと聞いたら若い女性が真っ先に描くイメージは「あのヒルトン姉妹やシャラポワが宣伝している華やかな会社」であろう。確かにこのサマンサタバサを有名にしているのが、その華麗なプロモーションモデル&デザイナーである。アメリカのセレブとして有名なヒルトン姉妹、サッカー元イングランド代表ベッカム選手の妻であるヴィクトリア・ベッカム、スペイン人のハリウッド女優ペネロペ&モニカ・クルス姉妹、アメリカの人気シンガーのビヨンセ、そしてモデルのエビちゃんこと蛯原友里。

 こうした今をときめく若い女性あこがれのスターをプロモーションモデル&デザイナーとして起用、次々と新ブランドや新商品を産み出している。サマンサタバサはこうしたスターの人気とともに認知度を高めていったといえる。



ファッションで日本発の世界ブランドをつくる


 寺田がサマンサタバサを世界ブランドにしたいとこだわる理由は何か。そこには寺田の世界ブランドに対する強烈な想いがある。07年12月で42歳になる寺田は学生時代をカナダで過ごした。当時は日本最強の時代で、ホンダの車やソニーのウォークマンの全盛時代。そのブランド力で日本人は日本人であることだけで尊敬され、誇りに思われた。その後バブル経済がはじけ、ゼロ成長が続き活力を失った日本のブランドは、海外ブランドに押されぎみだ。それだけでなく洋服やバッグなどファッション界では未だ欧州崇拝が続いている。

 百貨店一階のバッグ売り場。ここも一等地は全て欧州のブランドに占拠されている。舞台は日本なのになぜそれほどまでに欧州ブランドに迎合するのか。「これまでの日本企業のあり方もいけなかった」と寺田。最初からファッションでは欧州ブランドに勝てないと決め込んで、勝ちを譲っていたのは、日本人自身なのだと分析する。

 百貨店だけではない。表参道、銀座など日本最大の商業地を陣取っているのはルイ・ヴィトン、グッチなど欧米のブランドである。ファッションでは日本のブランドは欧州に勝てないという定説を打ち破り、日本発世界ブランドを創りたい。この執念が寺田を突き動かしている。



ブランドを進化させる人、 もの、場所、 宣伝

 94年にサマンサタバサを創業した寺田は、身につけてブランドが一番わかりやすいとして、女性用バッグを手がけた。若い女性に的を絞ったのはおしゃれに関心が高く流行に敏感で、ブランド志向が高いからだ。

 寺田はブランドづくりのポイントとして「よい人」「よいもの」「よい場所」「よい宣伝」の4つのキーワードを掲げている。人について言えば、617人いるサマンサタバサの社員はその95%が女性。その女性たちに存分に活躍する場を与え、モチベーションアップに力を尽くす。寺田が最も大切にしている採用のポイントは「ウソをつかない」である。健全で前向きな社風を醸成していくにはウソは禁物だ。
 

 「よいもの」づくりには自信がある。現在、日本で販売しているすべてのバッグは日本製である。約20のメーカーとスクラムを組んでいるが、いいことも悪いことも限りなく情報を開示、メーカーとして自分たちで何がやれるのかを自分たちで考えてもらう。つまりサマンサタバサとは運命共同体としてパートナーシップを組んでいる。その一つとして納期を3週間に短縮、変化対応、緊急の発注にも対応できるようにしている。

 「よい場所」は製造小売にとって最大の要となる。それだけに百貨店での場所取りには苦労してきた。創業当初は百貨店の担当者と何度もケンカになったという。当初に比べて知名度があがった今、かなり出店しやすくなったことは確かだ。しかし表参道ヒルズの件は今思い出しても憤懣やるかたないと語る。



定説を破りたい

通称日本のシャンゼリゼといわれる東京・表参道。ケヤキ並木の両側には世界の名だたるファッションブランドが立ち並ぶ。ルイ・ヴィトン、グッチ、シャネル、ロエベ、ブルガリ等すべてが外資系。「ここは海外か」と見間違うほどだ。そして並木道の中ほどに陣取る表参道ヒルズ。安藤忠雄の設計で名を馳せるこの表参道ヒルズの一階に寺田はサマンサタバサを出店したいと申し出た。

 「この表参道はパリのシャンゼリゼやニューヨークの五番街と同じ、日本の財産です。ここにこそ日本発の世界ブランドを目指すサマンサタバサを出店したい」

 「サマンサタバサ、まだ若いですね。それにドメスティックだ」

 「私は世界ブランドを目指しています。日本の表参道なのですから日本のブランドにチャンスをください」

 「1階は難しい。2階ではどうですか」

 「否、1階をいただきたいのです」

 「寺田さん。あなたは珍しいですね。大概の会社は2階でもOKといいますよ」担当者に寺田の想いは通じなかった。

 「20年後を覚えておけ!」 

 寺田はこのときの悔しさをいまでも忘れてはいない。そしてその表参道を見守る交差点に、サマンサタバサはフラッグシップ店「表参道GATES(ゲイツ)店」を出店している。



宣伝とは客に喜んでもらうためにある

 サマンサタバサの宣伝力には定評がある。プロモーションモデルの顔ぶれもすごい。前述したヒルトン姉妹、ヴィクトリア・ベッカム、ペネロペ&モニカ・クルス姉妹、そして蛯原友里等あこがれのスターを起用。それぞれのデザインの商品をも発売している。この人気スターの契約金がいくらか寺田は決して語らない。

 しかしこの人気セレブたちがサマンサタバサのイメージを高め、ブランド力アップの大きな力となっていることは事実である。寺田は「宣伝は売るためにするのではない。お客様に喜んでもらうため」と明言する。その寺田の真意はこうだ。

 サマンサタバサの商品を売りたいために人気スターを起用しているのではない。自分が買ったサマンサタバサのバッグを、ヒルトン姉妹が持つことが顧客を喜ばせる。ブランドを劣化させないためにも、こうしたスターたちに来日してもらい、共に価値を共有、ブランドをブラッシュアップすることが必要なのだという。

 こうした人気スター来日のイベント等の演出は全て自前主義。広告代理店は一切通さないというから驚きだ。社長の寺田が最大のプロデューサーなのである。契約書の取り交わし、来日の手配、ホテルの予約、イベントスケジュールまで気の遠くなるような細かい段取りも、プレスを統括する世永亜美ら社内スタッフが手がけている。

 これは直接プロデュースすることで、スターたちとの距離を縮め、外面だけでなくその生き方をもサマンサタバサのイメージと重ね、共にサマンサタバサのブランドづくりに共感してもらうためである。そのためかサマンサタバサの記者発表会は手づくりでアットホームである。

 あこがれのスターがデザインしたものを持つことで元気になれる。それがブランドの持つ力と寺田。そのブランド価値を高めるために宣伝がある。



セレブと価値を共有する

秋らしさが増した07年11月5日の夜、普段は静かな東京・西麻布の外苑西通りの一角に人だかりができた。ここではサマンサタバサが企画した、プロモーションモデル&デザイナー、ヒルトン姉妹来日クリスマス商品発表会が始まろうとしていた。華やかにライトアップされた会場は500人もの人で埋め尽くされていた。詰めかけたのはプレス関係者とサマンサタバサの顧客である。どの顔もヒルトン姉妹の到着を今や遅しと待っている。

 開会宣言に社長の寺田和正は、ネクタイを少し緩めると、軽やかな足取りで登壇、ステージの中央に立った。そしてあふれんばかりの客を見回すと口を開いた。

「みなさん今晩は。今回は2年ぶりにヒルトン姉妹に来日していだきました。2人にサマンサタバサの仕事をお願いして5年になります。その間2人は外面だけでなく内面も磨かれ、ますます可愛くなっています。ヒルトン姉妹と楽しいひと時をお過ごしください」

 スリムでおしゃれな寺田は華やかな場所がよく似合う。パリスとニッキーのヒルトン姉妹が壇上のスポットライトの中に現れる。会場は熱気と興奮に包まれる。なにかと話題の多いヒルトン姉妹だけに会場からカメラフラッシュが続く。

 
 記者発表会とクリスマスパーティを融合させたイベント会場には、クリスマス限定商品だけでなく、ヒルトン姉妹とサマンサタバサとの5年間の歴史を物語るスチール写真が飾られ、一層華やかさを醸し出している。

 会場の歓声を目の当たりにしながら、寺田はヒルトン姉妹と初めて出会った頃を思い起こしていた。当時はサマンサタバサもヒルトン姉妹もほとんど無名。5年後にここまで有名になるとは予想もしなかった。

 ヒルトン姉妹との夢のような時間を共有できる。憧れの存在と共に時を過ごす。こんな貴重な体験をプレゼントしてくれる企業はそうない。この華やかさ、楽しさ、ワクワク感こそがまさにサマンサタバサのブランド力そのものを象徴している。



独自のネット通販を展開

 寺田は、さらなる可能性にかけて06年12月、ネットショッピングのサイト「WWCITY&COMMUNICATIONS」を立ち上げた。このサイトはネットショッピングのツールとして活用できるだけでなく、訪れただけで楽しめるメディアとしての役割も担う。

 ネットショッピングで大量に販売したらブランド価値が下がってしまうのではないか、という疑問に、「安くて便利だからネットショッピングするのではなく、このサイトで買ったことが自慢できる、そんなサイトならブランドを毀損することはない」と寺田。

 そのために0 6年11月、ファッション関係のネットショッピングで先行するスタイライフと業務提携した。そのときの出会いをスタイライフ社長の岩本眞二はこう語る。0 6年の夏、サマンサタバサに興味を持ち寺田を表敬訪問した。寺田は岩本に会うといきなり「一緒にやりましょう」と握手を求めた。寺田の申し出に面白そうだと乗った形だが、その後のスピードがすさまじかった。その年の11月には業務提携、0 7年4月にはサマンサタバサの傘下に入ることになる。岩本は寺田の印象をこう語る。

「とにかくスピード感がすごい。それに熱い。タフな人だね」。今、岩本率いるスタイライフが「WWCITY」の運営を任されている。「WWCITY」は単なるネットショッピングのサイトではない。そこには渋谷、新宿、銀座など若い女性に人気の街の仮想ショッピングモールが出来上がっている。

 そしてサマンサタバサ以外に旅行ショップ、銀行、百貨店などが出店、訪れた客は実際にショッピングに行くような感覚で買い物ができるようになっている。今のところ参加企業は60社程度だが、これを一気に増やし、訪問客数を増やしたいと岩本。現在は寺田が思う100分の1しか出来上がっていないというが、これをどう進化させていくのか。岩本の手腕にかかっている。



アパレルにも進出

 さらに寺田は07年4月、ラストシーンなどの若い女性に人気のブランドを持つ、メッセージを傘下に引き入れ、アパレルに進出した。メッセージ社長の持田光明は「寺田社長の人柄、ハートに惚れ込んだ。私は60歳になるが、将来を考え、寺田さんの若さと感性をメッセージに入れたいと思った」と本音を語る。

 サマンサタバサのアパレル事業部門として、新ブランド「リッチミー」を完成、さらにラストシーンは「プレミアムbyラストシーン」というブランド名に変更、08年春から本格的に展開する予定だ。リッチミーはアメリカで注目されている「ソーシャライツ」をキーワードに、質を重視したアパレルを提案している。

 このソーシャライツをバッグやファッションに取り入れることで、寺田はサマンサタバサグループをワンランク上の大人のステージにまで押し上げようとしている。今、サマンサタバサの顧客は20代が中心だ。まさに「CanCam」、「AneCan」世代である。しかしこの世代が、年を重ね大人になるとともに、サマンサタバサを卒業してしまう懸念がある。そこで求められるのがワンランク上のおしゃれな大人のブランドの構築である。

 そのために寺田はこの秋、イギリスの有名女性デザイナーとの契約にこぎつけた。5年越しのラブコールがようやく実ったのだ。新デザイナーによるバッグは08年秋に登場する予定だ。それがサマンサタバサのイメージをさらに進化させてくれると寺田は期待している。さらに08年秋、世界のブランドが立ち並ぶ東京・銀座の並木通りに、新しい業態を出店する計画だ。

 
 「わが社が目指すのはバッグの会社ではなく世界に通用するブランドビジネス。そして日本にもラグジュアリーグッズ市場を創りたい」と宣言する寺田。すでにジュエリーやアパレルもブランド化に成功、ネット通販もブランド化しようとしている。サマンサタバサのブランド力をもってすれば、ファッション、ブライダルなど女性のライフスタイルのすべてに関わることは可能である。日本の女性の元気を応援したいという意味で、04年からミスユニバースの協賛を続けている。

 また06年ニューヨークのマディソンアベニューに念願の1号店をスタートさせ、海外進出も果たした。香港、韓国などアジアからのオファーも多いというが、今後は北米を中心にアジアも見据え、一つひとつ展開していく構えだ。

「寺田和正は熱い男」と人気ファッション誌「CanCam」編集部チーフプロデューサーの大西豊は語る。

 
 欧州ブランドに伍して戦える世界ブランドをつくりたい。その一点だけを見つめ全力疾走する寺田のチャレンジはまだ始まったばかりだ。日本発のサマンサタバサが世界でどこまで戦えるのか。戦う男、寺田和正を日本人として応援しようではないか。
 



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