• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -ビッグベンチャー

2014年10月23日

【海外リポート】vol.3 インドネシア「変身大国」浮上へ

企業家倶楽部2014年10月号 海外リポート


インドネシア大統領選挙は終了、10月20日の新大統領就任を待つだけとなった。大統領選挙に関して特筆すべきイントは国論を二分した選挙戦であったにも関わらず、全体的には大きな騒ぎは起きず平静に終始した点である。インドネシアの政治が、民主化に進みながら新たな混乱が起きているタイやアラブ諸国と違うことを印象付けた。

小牧利寿(こまき としひさ)

 
1948年4月生まれ、72年東京外国語大学インドネシア語科卒。同年日本経済新聞社入社。自動車産業キャップなどを経て87年から6年間ジャカルタ支局長。93年から編集委員。マレーシアのマハティール首相はじめ東南アジア4カ国首脳の「私の履歴書」も担当。




 インドネシアの大統領選挙は、候補者擁立を巡って政党間でさまざま駆け引きが展開された。最終的にはジャカルタ特別州知事庶民派のジョコ・ウイドド氏と前副大統領であるユスフ・カラ氏の正副大統領候補と、元国軍最高幹部の一人プラボウ・スビアント氏と、選挙直前までユドヨノ政権の経済政策最高責任者である経済調整相のハッタ・ラジャサ氏の正副大統領候補の一騎打ち対決となった。

 7月9日に投票が行われ、各種メディアの速報内容には多少のばらつきがみられたものの、おしなべてジョコ・カラ組が投票総数の52%前後、プラボウ・ハッタ組が48%程度であることが短時間で判明した。この段階で、多くの国民は、僅差ながらジョコ・カラ組が勝利したとの印象を強めたことは確かである。

 一方でインドネシアの多くのメディアが、投票日直前まで、全国各地で投票にまつわる様々な不正行為が行われていると報道、選挙委員会に厳正な処置をとるよう求めていた。投票用紙を増刷したり、有権者に配布せず他人が利用したりするなどケースはさまざま。ある有力紙は4000万票に影響が出る可能性もあると報じていた。投票箱を輸送途中に入れ替えるケースも伝えられ、投票日当日、大都市から離れた農村部の投票所の様子を伝えるテレビ放送もあった。

 大統領選挙終盤からインドネシア社会に緊張感が次第に高まっていたことはテレビ報道を見る市民の表情からも感じ取れた。両陣営の相互不信の高まりも報じられ、新聞にも不測の事態を懸念する論説も出始めた。双方の得票数が僅差だった場合、負けた方が激しい抗議行動を起こす事態も予想され、国軍は混乱を防止するため多数の兵士を投票日に向け全国各地で待機させていたほどだった。

 7月22日に選挙委員会が発表した選挙結果はジョコ・ユスフ組が53・15%、プラボウ・ハッタ組が46・15%で、速報結果とほとんど変わらず、ここで勝敗ははっきりついたと言える。プラボウ氏は予想された通り、投票の集計などに問題があると、憲法裁判所に見直しを求める手続きを取った。

 同時に支持者に「冷静に事態を見守るよう呼び掛けて欲しい」と訴えていた。多くの人たちは民主化で進んだ各種情報の開示を通じて何が事実かをすでに掴んでおり、そういわざるを得ない情勢だったともいえる。結果から言えば、プラボウ氏支持者から選挙結果に抗議する動きはほとんど盛り上がらなかったのが実情だ。

 ここで思い出されるのが、インドネシアで起きた過去の暴動や騒乱事件である。1974年当時に田中角栄首相がジャカルタに訪問した際の反日暴動だ。




 日本メディアは「歯磨きから自動車まで日本製品。日本のオーバープレゼンスに反発する学生や市民が首相に抗議の意思を表明した」と報じた。確かにトヨタ自動車の現地事務所が焼き打ちに合うなど見た目の反日感情はすさまじいものがあった。

 ところが、当時の現地トヨタの社長神尾秀雄氏(後の本社海外担当副社長)はこんな証言をしている。「事務所焼き打ちの前日、政界実力者から明日、デモ隊が事務所に焼き打ちをかけると言われた。防げないかと聞いたら、それは出来ない。政治の話だからと言われた」

 反日暴動の真相は、スハルト政権内部における権力闘争でわざと引き起こされたものだった。「暴動が想定より広がったので当局が裏で押さえに回り騒動を抑えた」というのが実情だ。スハルト独裁政権下で情報が極度に制限されていたこともあって、こうした意図的な政治運営が可能だったのである。

 同じ東南アジアの有力国タイで起きている最近の政治混乱は事情が違う。やはり民主政治の未熟さが形をとってあらわれたものだろう。政治混乱が起きても、各政治勢力の上に君臨するプミポン国王の力で全体が丸く収まる仕組みが出来上がっていた。

 その国王の力の衰えに伴い、政治混乱を収拾するメカニズムが失われた。タクシン元首相を軸に選挙すれば勝つ勢力と、選挙では勝てなくても激しいデモ行動などで政治的主張を押し通そうという勢力が拮抗、結局 軍がクーデターで事態の収拾に乗り出さざるを得ない状況に陥っている。

 一方、エジプトやリビアを始め中東、北アフリカ諸国2010年ごろから起きた「アラブの春」。自由を求めるイスラム諸国の国民が反政府運動に立ちあがり、政府の打倒に動く事件が各地で発生、各国で新政権が誕生した。ところがイスラム諸勢力の間で主導権争いが起きるなどで新政権は機能せず、政治は大混乱したことはテレビでご覧になったかたも多いだろう。

 その結果起きたこと言えば、タイでもエジプトでも軍のクーデターである。政治の混乱は国民生活にもつながるので、軍として座視できない状況が生まれたことは確かだろう。簡単にいえば、国民は民主化を望んでいたはずなのに、その移行過程で民主化と逆行する事態が起きたのである。

 ここでインドネシアに話を戻す。興味深いのがインドネシア各紙のこうした外国情勢の報道ぶりである。最有力紙コンパスは、エジプトの首都カイロの中心部が民主化を求める市民で埋まっている写真を一面トップで掲載した。「彼らは政治の民主化に苦悩している」と一歩高みの見物をしているニュアンスが感じられた。タイのバンコクが反タクシン派の抗議活動で市民生活がマヒしていることも大きく報じ、国民が民主化の本質を理解していないといった調子も滲んでいた。「我々は民主主義の確立に成功した」といった気負いが行間ににじみ出ている。

 繰り返しになるが、勝敗は別として大統領選挙の成功は、インドネシアの人々に大きな自信となったことは間違いない。米国のオバマ大統領や安倍首相から寄せられた大統領選挙成功のメッセージを各紙は大きく伝えていた。インドネシアは暴動やテロばかり、と報じることが常だった外国メディアへちょっぴり嫌味返しもあるのかもかもしれない。

 権力者の扇動に国民が振り回されなくなったのは、政治の民主化に伴い言論の自由化が相当のレベルにまで達したことだろう。街の新聞スタンドにはさまざまな新聞が売られている。テレビも含めて、今回の選挙ではかなり恣意的な報道が見られた。しかし、これも「特定の候補者を応援することを意図した放送」をしていることがさまざまな形で報じられたため、視聴者もそれも計算に入れてテレビ報道を見る余裕が生まれたことも確かであろう。普及率が世界でもトップクラスになった携帯電話を通じた軽便な情報の威力も無視できない。

 もともと インドネシアのプリブミは(マレー系国民)は争いごとを嫌う人たちである。英語に「アムック(amuk)」というマレー語から入った単語がある。マレー系の人々は、普段は温厚で理不尽なことにもじっと耐えているが、怒りや我慢の限界を超えると、一気に爆発して、手がつけられなくなるほど暴れる。民主化の進展でそんな状態は過去の話しになった。

 そもそもインドネシアの国是は多様性の統一である。駐在外交官に「一つの国にまとまっていること自体が奇跡」とまでの言われる多人種・多宗教の複雑な発展途上国がまとまってこれたのは「オランダに分割統治された植民地時代の苦い思い」があるからだ。そんなインドネシアの強さが現れたのが今回の大統領選挙の背景といえそうだ。

 日本企業がこれから市場としても期待するインドネシアはいまそんな社会状態にある。日本でもそうだが、社会にはまだまだ古い考えや習慣を持つ人も少なくないものの、全体的にはそんな日本が期待する方向に人々が進んでいる。そんな社会風土の中で経済がこれからどのような展開を見せるのか次の3回でお話ししようと思う。



コメントをシェア

骨太対談
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top