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1997年10月27日

【ブックオフコーポレーション特集】“社長”を育て、書籍を中核にしたFCタウンづくりに乗り出す/ブックオフコーポレーションの21世紀戦略

企業家倶楽部1997年11月号 特集第1部


再販制度と大手取次店の寡占にしばられて身動きできない書籍流通業界にくさびを打ち込んだ古本チェーンのブックオフコーポレーション。創業わずか7年で250店、売上70億円の企業に成長した。しかし、社長の坂本孝は満足していない。リサイクルとフランチャイズチェーン(FC)をキーワードに「人々が楽しい時間を消費するフランチャイズ・タウンをつくりたい」と遅咲きの企業家のチャレンジ精神はとどまることを知らない。

 




首都圏のベッドタウンが広がる小田急沿線、町田駅からJR横浜線に乗り換えて、ひと駅の古淵(こぶち)駅。歩いて三分ほどの所にブックオフコーポレーション古淵駅前店が見えてくる。三階に研修センターを備え、近い将来、同社の本部機構も入居する中核店舗だ。

 十月一日、同店三階の研修センターで来春入社する新卒者の入社内定式が開かれた。三十三人の内定者を前に、坂本が先ほどから熱弁をふるっている。

「皆さんはブックオフに長く勤めようと思わない方がいい。独立の気概を持ってほしい。わが社では入社数カ月で、大きな仕事を任せ、希望すれば、独立もできる。今年入社の社員は新業態の店舗の立ち上げを一人でやってのけた。皆さんの企業家としての夢を果してあげるのがわが社の唯一の自慢だ」。



■入社内定者に独立のすすめ

 新興企業のブックオフへの入社を決意した学生たち。大手企業を志望する他の学生たちに比べると、安定志向は希薄ではあるものの、内定式の席上で、いきなり”独立“を促されて度肝を抜かれたのか、全員目を大きく見開いて坂本の話に聴き入っている。

 坂本が入社内定者に独立のすすめを説くのには訳がある。それは五年後の五百店舗体制の確立のほかに、新規分野への進出を狙っているからだ。新入社員を一日も早く一人前の人材に育て、ブックオフの全国制覇と新規分野への進出を果たす考えである。

 ブックオフが神奈川県相模原市に中古本販売の一号店を開設したのは七年前の九〇年五月。一般消費者から定価の一割で仕入れ、定価の半値あるいは百円で売る商法がうけて、またたく間に店舗網を広げていった。一号店オープン一年半後の九一年十月にFC事業を開始、毎年、直営店を含めて四十?五十店を出店、現在、直営店五十、FC店二百の計二百五十店に拡大した。

 ブックオフの登場によって、ここ十年来議論されている書籍の再販売価格維持制度も一部風穴が開けられつつある。



■再販制度の矛盾をつく

 現在、日本には約十万店の新刊本の書店があり、年間約四億冊の本が書店に並ぶといわれている。しかし、再販制度によって安値販売が禁じられていることもあって、その三割近くが出版社に返品され、廃棄処分されている。

 そのうえ、トーハン、日販の二大取次店(問屋)が書籍流通の七〇%を押さえ、配本の主導権を握っている。新刊本の仕入れは売り場面積と販売実績によって決められており、書店側の自由裁量権がない。つまり競争原理が働いていない。

 その間隙を衝いたのがブックオフ。消費者の本棚に眠ったままになっているか、出版社で処分される運命の本が安い価格によって、再び読者との出会いの機会を得るのである。

 当初は本の価格破壊の側面が強かったが、最近では同店の売り場面積が大型化、一般書店より品揃えが曲豆富になっている点が注目されている。

 古淵店一階の書籍売場には、コミック本やCDなど若者向きの商品が整然と並んでいる。奥の書棚にはビジネスマン向けの本もある。今年ベストセラーとなった「失楽園」(渡辺淳一著、講談社刊)も上下二巻揃って棚に収まっている。値段を見ると、定価千四百円が五百円に下がっている.「『脳内革命』なら百円で買えますよ」と坂本がいたずらっぽい目をしながら説明する。
 
 同社の田名商品センターでは、毎日、二万冊の中古本を新刊本のように磨き上げて全国のチェーン店に供給している。「欲しい本がなかったらブックオフに来て下さい」。同商品センターのマネージャー、中根治は胸を張る。



■新刊書店も加盟する

 加盟店(六十五社)の大半は家電販売店、紳士服店、脱サラ組など異業種からの参入組だが、新刊書店からの転身も十社ほどある。

 そのひとつが四国・高松のブックオフ香川。同社社長の安達俊彦は叔父の経営する新刊書店「安達宝文堂」に二十年間務めていた。しかし高松市には宮脇書店という老舗(しにせ)が商圏を押さえているため、業績が伸び悩んでいた。そこで、九三年七月、独立、ブックオフ香川を設立、高松市屋島に一号店を開設した。現在、同市を中心に四店舗を持つ。「新刊書店を経営していたのでは尻すぼみになっていた。思い切って業態を転換して良かった」と安達は語る。



■五百店体制と株式公開視野に

 ブックオフの快進撃に刺激を受けて、ライバルも出現している。コピー店は二十五になるという。同時に聖域となっていた書籍の再販制度も近い将来、何らかの形での改革を余儀なくされている。自由競争が導入された場合、物を言うのが、バイイングパワー(購買力)。「その時に備えて、店舗の大型化と五百店舗体制を実現したい」と坂本は言う。そのためには、腕ききの店長や加盟店を指導するスーパーバイザーの養成が不可欠。坂本が入社内定者に独立をすすめるゆえである。

 店長やスーパーバイザーはサラリーマン意識では務まらない。独立自尊の精神で臨まなければならない。「私を越える社長になれ」と坂本は部下にハッパをかける。

 すでに独立したものもいる。ブックオフリパブリックの社長、藤間(とうま)浩司(二十六)。一年半前に社内分社制度で”独立“、北関東地区の四店を経営している。社員は四人、アルバイトが四十六人で、四店の合計売上は月間二千万円。「不採算店舗を引き受けたので、今のところ赤字だが、近い将来必ず黒字化する」と意気盛ん。ブックオフとは全く違うFC本部を経営するのが藤間の夢だ。

 ブックオフは社内分社制度とは別にエンジェル制度を設け、社外の人材の独立を助けている。半年から一年間、同社に見習いで入社させ、独立後にブックオフ社を経営させる制度。すでに五人が入社、現在、古淵店で修業している。

 「加盟店が地方の中堅企業で複数店を経営する能力を持っているうえ、社内の人材が独立すれば、年間百店の出店は訳ない」と坂本は豪語する。そして二〇〇〇年三月期(九七年度から三月期に変更)決算では株式公開も計画している。

 しかし、ブックオフの成長はそれで止まるわけではない。坂本の頭の中には、もう一つの事業構想が芽ばえている。それはあらゆるFC店の複合化構想である。

 「ブックオフのもう一つの意味は”本離れ“。いつまでも本だけにしがみつくつもりはない」という。坂本はなぜ本離れを胸中に抱き、FCタウン構想に意欲を燃やすのか。それを知るには、彼のこれまでの企業家人生を振り返る必要がある。



■遅咲きの企業家

 坂本は遅咲きの企業家である。ブックオフ一号店を相模原市に開設、本格的な企業家の道を歩き始めたのは五十歳の時。それ以前はブックオフを立ち上げるための”準備“をしていた。いわば企業家前史といえる。

 大学を卒業して博報堂に入社が決まっていたが、父の要請で父の経営する山梨県の精麦会社に入社した。まもなく、全農、山梨県経済連、坂本産業の三者で配合飼料会社を設立、取締役総務部長に就任する。新会社の設立準備委員長を務め、工場の建設、資金調達、人の採用などを一手に引き受け、無事に稼働にこぎつけた。製品はすべて全農が引き取ってくれる。経営は順調そのもの。「俺はできる」と坂本は錯覚した。

 そこで、独立、当時、流行の兆しを見せていたオーディオ(音響)製品の販売に乗り出した。甲府市内の一等地に五百坪の土地を購入、リスニングルーム、喫茶店を併設したオーディオショップを華々しく開設した。三十二歳の時である。



■倒産の苦汁なめる

 しかし、このオーディオショップは見事に失敗した。配合飼料会社の成功で自信過剰になっていた坂本は十分調査をしないまま新事業に乗り出したのである。「商売の秘訣の九〇%は海中に没していることを知らず、氷山の一角だけを知って事業に乗り出した」と反省する。消費者が本当に欲しがっている商品を揃えることができず、開店後すぐに売れ行き不振に陥った。

 成功を信じて疑わなかった坂本は銀行から多額のカネを借りていた。その額は二億円にのぼった。たちまち資金繰りに苦しむことになる。資金繰りが悪化するたびに取り引き銀行が増え、三行に。それでも間に合わず、遂には街金にまで手をのばした。各銀行別の帳簿を三冊つくり、各行別の決算書を必死になって暗記するという、今から考えると滑稽な行動に出たこともあった。

 土曜日の夕方になると、坂本はホッとする。翌週の月曜日まで銀行から借金返済の電話がかからないからだ。悪いことは重なるもので、金策で留守がちな坂本の目を盗んで、信頼している部下が三千万円も使い込んだ。経営悪化は頂点に達し、「このまま自分の乗っている車が事故にあい、死ねたらどんなに幸福だろうか」とさえ思った。

 窮地を救ってくれたのは代議士で 富士急行社長(当時)の堀内光雄。坂本が堀内の後援会の青年部長を務めたこともあって、オーディオショップの用地を「ちょうど清算できる価格で買い取ってくれた」(坂本)。堀内の救済がなければ、現在の坂本はない。

 三十五歳の時、ピアノの中古販売を手がける。ピアノの流通はメーカー主導の下に代理店網が全国的に整備され、定価販売がしっかり守られている。そうした古い体質の業界では格安の中古販売が可能とみたのだ。

 ピアノ調律師や運送会社を通じて集めた中古ピアノが三百二十二台。山梨日々新聞に「三日間限りの中古ピアノ販士」と広告を出したところ、二日間で売り切った。新品の価格の半値で売ったことが功を奏した。

 ピアノの中古販売は三年続けたものの、長続きはしなかった。坂本の事業欲を満足させるものではなかったようだ。新しいビジネスを求めて旅に出る。

 いろいろの試行錯誤を重ねたあと、静岡県三島で、いとこが経営する製菓会社の工場跡利用計画に参画する。イトーヨーカ堂を中核店舗にしたショッピングセンターを建設することになり、ここでテナントとの交渉、宅地調査など、中古本のFC本部を経営するノウハウを学んだ。



■古本との運命の出会い

 そして、九〇年の春、運命の日を迎える。横浜市港南台の商店街をそぞろ歩きしていた時である。本屋の前に黒だかりの人が集まっている。何だろうと分け入って見ると、戸板の上にコミック本や文庫の中古本が山のように積まれている。坂本は電撃に打たれたように立ちすくんだ。そして思わず叫んだ。「これだ1これで俺は天下を取れるぞ1」。小躍りする坂本の脳裏には戸板の上の中古本とピアノの中古品が鮮やかに二重写しになった。坂本が会社倒産の苦汁をなめて以来十二年間、初めて自分の求めるビジネスに巡り合った瞬間だ。

 ブックオフ一号店は相模原市の住宅地にオープンした。自信はあったものの、果たして客が来てくれるか、心配だったが、杞憂に終わった。初日の売り上げは六十九万円、上々の滑り出しとなった。だが、このまま上昇気流に乗ったわけではない。



■二号店閉鎖の危機

 試練は二号店開設の時に早くも訪れた。九一年一月二日に相模原市上溝にオープンした二号店は一号店より立地が悪かった。春までは何とか持ちこたえたが、七月から売り上げは下降線をたどり赤字がかさんだ。坂本は十二月二十五日、本部で店長の橋本真由美(現取締役八王子堀之内店長)に「閉めようか」と苦しい胸の内を明かした。二号店閉鎖となれば、坂本の描く多店舗構想は土台から崩壊する。しかし、オーディオショップの二の舞いは許されない。

 ギリギリの選択だった。

 「もう少し時間を下さい」。橋本はそう答えるのが精いっぱい。それから数日、橋本は眠れぬ夜を過ごした。年も押し迫った三十日、橋本は藤間浩司(現ブックオフリパブリック社長)、平山俊介(現スーパーバイザー)の二人のアルバイトに閉店の方針を伝えた。そこで、初めてアルバイトたちが真剣になった。

 「よし!社長を見返してやる」lc藤間たちは正月返上で働き始めた。それまでは決められた時間を何となく過ごせばいいという態度だったが、正月から人が変わった。ヤスリでの古本磨きに力がこもり、接客態度も一変した。「いらっしゃいませ」 の挨拶に心がこもり、「こんな本はないか」と客に問われると、血眼になって書棚を探すようになった。店員が店内を走るようになり、活気がみなぎってきた。「店に元気が出ると不思議と売り上げが伸びました」と橋本は述懐する。こうして上溝店は閉店の危機を脱した。



■人が育つのが無上の喜び  


 同時に、女性のアルバイト店長が一人前の店長に育っていった。新しいヒーローの誕生である。坂本はその時初めて、人を育てることの喜びを感じた。「事業の目的は売り⊥げや利益の追求ではない。自分を越える人材を育て、社員一人ひとりに自己実現の場を提供することだ」と悟った。

 坂本にもう一つ転…機をもたらしたのは京セラ名誉会長、稲盛和夫との出会い。数年前、稲盛の主宰する経営者の勉強会、大江戸盛和塾に入会、稲盛の経営観に触れて目からウロコが落ちた。

 稲盛は「利他の心」を説き、「自分と関わり合いのある人を幸せにするのが事業の目的である」と塾生を諭す。坂本は稲盛の教えを聞いて、初めてオーディオショップが失敗した真の理由がわかった。「あのころは『俺の野望のために社員が働くのは当然』と思い上がっていた」と反省する。
 
 そう考え方を変えると、不思議と事が良い方向に向かうようになった。全国から加盟店が集まり、FC事業を始めて四年目でFC店が百店舗を超えた。途中、百坪を超える初の大型店、小田急相模原店(九三年秋)や初の都心部出店を目論んだ新大久保店(九五年七月)の苦戦など紆余曲折はあったものの、全体的には順調に売り上げ、店舗数ともに伸びている。



■加盟店との固い絆

 ブックオフは他のFCと違って、本部から商品を供給しない。各店が自前で商品を消費者から仕入れる。それでも加盟店が離れないのは、「二百五十店の規模から生み出されるチエを共有できる」(安達ブックオフ香川社長)ことと、坂本の加盟店回り。一年のうち半分は地方出張に時間を割く。坂本は加盟店のオーナーと好きな酒を酌み交わしながら、自分の失敗談などを話す。坂本と各オーナーの固い心の絆がブックオフチェーンの強味である。

 五百店舗体制が視野に入った現在、坂本が取り組んでいるのは店舗の大型化。競合店に打ち勝つには、品揃えを豊富にして、店の魅力を増やさなければならない。そのため、小型店を百?百五十坪の大型店に切り換える必要がある。

 大型化と並行して都心部への進出も図る。これまで首都圏では国道十六号線沿いに郊外型店舗をつくってきたが、知名度を増すためには都心部への出店が不可欠。新大久保店を皮切りに高田馬場、大塚駅前店と出店した。来るべき再販制度の部分解除に向けての布石である。



■FCタウンを全国五カ所に

 そして、もう一つの新しい戦略が店舗の複合化構想。本だけの店舗では集客力に限界がある。CD、ゲームソフト、パソコンなどの売り場を併設する。すでに、新潟市のOA機器の中古チェーン、ハードオフと提携、古淵店の二階に専門売り場を開設した。

 複合化作戦は中古分野に限らない。「やはり中古品だけでは暗くなってしまう」(坂本)との考えから、タコ焼、花、フィルムのDPE店などとも提携する。すでに、コーヒー店チェーンのポッカ・クリエイトとも提携している。

 「ブックオフが他のFCの加盟店になり、店舗の複合化を進めていく」と坂本は語る。坂本の考えでは、二十種程度のFC店を一カ所に集め、「ゆくゆくはワンストップでお客様が楽しい時間を過ごせるFCタウンをつくってみたい」と夢を語る。その裏には、ブックオフの社員をただの古本チェーンの社員では終わらせたくないとの坂本の強烈な願望がうかがえる。

 その第一歩として、来春、古淵店の隣接地に延べ売り場面積五百坪の店舗を建設、FCタウンのモデルを建設する。将来的には、「FCタウンを全国に五カ所つくる」というのが坂本の最終的な夢だ。

FCタウン構想の実現のメドがつけば、「社長を退き、もう一度、いちから新規事業を立ち上げてみたい。ラーメン屋なんかどうだろうか」。遅咲きの企業家はいつまでも企業家精神を失わない。



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