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トピックス -企業家倶楽部

2008年08月27日

【竹中平蔵の骨太対談】vol.6 人材は仕事でしか育たない/vs ディー・エヌ・エー社長 南場智子

企業家倶楽部2008年10月号 骨太対談


小泉政権改革の立役者・竹中平蔵氏と、ケータイゲーム&SNSサイト「モバゲータウン」の大成功で日本を代表するネット企業となったディー・エヌ・エー社長の南場智子氏の対談が実現した。話題は、創業の経緯、危機突破、企業家の資質、人材に対する想いと多岐に渡った。二人の対談から、ベンチャー企業が取るべき事業戦略のポイントが見えてくる。企画 徳永健一(本誌副編集長)

■昆虫学者が昆虫になる

竹中 南場社長は、ハーバード・ビジネススクールに留学後、マッキンゼーでパートナーを務め、その後、颯爽と企業家へ転身されましたね。事業基盤もしっかり築き、最近では、政府の審議委員会に引っ張りダコで、光り輝いているイメージがあります。しかし、実際の経営の現場では、華やかなイメージと異なるのではないでしょうか。人が羨むような外資系コンサルティング企業のパートナーの立場を捨て、起業に至る経緯はなんだったのでしょうか。

南場 その通り、イメージとは全然違いますね(笑)。マッキンゼー・ジャパンは留学制度がありませんでした。MBA(経営学修士)を取るよりもマッキンゼーで修行をしたほうが役に立つという社の方針でしたので、一度退職し留学をしました。そのまま米国に就職することも考えましたが、日本に帰る事情ができ、「マッキンゼー東京オフィスに戻りたい」と自分から電話を掛けました。戻って暫らくはいい仕事が出来なかったのですが、以前から相談に乗ってもらっていたパートナーに「面白い仕事が取れたので、手伝わないか」と声を掛けてもらい、そのプロジェクトが大成功したのをきっかけに仕事が上手く回るようになりました。それからは、仕事が面白くなり、本当に好きなことをさせてもらいました。

   しかし、人の商売に横から口を出し、「こうすべき」とコンサルティングをしているうちに、自分でも出来るのではないかという気になりました。また、インターネットを活用した新規事業の提案が多く、実現せずに提案だけで終わってしまうことがあり、それではつまらないので、自分でやってみたいと思いました。それは偉大なる錯覚だったのですが、魔が差したのでしょうね。

竹中 私も経済学者から政治家になりました。これは「昆虫学者が昆虫になる」ようなもので、貴重な体験をしました。30年間、勉強してきたことでも、見えないことがあることを知りました。「天文学者が月になる」と例える人もいます。南場社長は実際にコンサルタントから企業家へ転身していかがでしたか。女性で苦労されたことはありましたか。

南場 意外にですが、就職してから女性ということで苦労した経験はありません。得をすることはあっても、損をすることはなかったですね。特にマッキンゼー時代は、クライアントの中にはコンサルタントのいうことには耳を傾けない社長でも、若い女性が一生懸命に話をすると「珍しいね」といって話を聞いてくれました。起業した99年当時は資金調達も苦労しない時代でした。2000年4月以降はITバブルも崩壊し、大変苦労しましたが、それは男性も女性も同じです。

   独立して一番苦労したことは、何と言っても事業のオペレーションです。システムを作り、サービスを作り、それを提供し続けるというのが難しかった。戦略や事業提携などは格好良く進むのですが、細かい運用の一つひとつが上手く回らなかったのです。創業当時は、戦略やマーケティングが当社の強みと認識していました。システム開発は誰でもできるということでベンダーに依頼し、コアコンピタンス経営をしようとしていた。今では、嫌いな言葉ですが、ベンダーの進捗管理が出来ずにオークションサイトのサービス開始が遅れるところでした。そこで、急きょエンジニアを採用し、システム開発の内製化を始め、最初の10人ほどは非常に優秀な人材が集まりました。

   しかし、人を集める過程でも、何人かの人を非常に怒らせてしまった。協力してくれたところから結果的に人材を引き抜く形になってしまった。実際のオペレーションやリクルーティングはコンサルタント時代には経験しないことだったので、大変苦労しました。



■戦略は細部に宿る

竹中 外から分析するコンサルタントの立場と実際に事業を行う企業家の立場では違う点が2つあると思います。1つは、物事を動かしていくのは、リーダーのパッション(情熱)であること。パッション無くして人は動かないですね。しかし、パッションの分析はなかなか出来ません。経営者は当事者であるからこそ、感じるものであって、外部の人間が理解することは難しい。もう1つは、戦略は細部に宿るということ。その細部を管理できないと組織は駄目になります。日本の大企業の弱い部分は、兄貴分のような存在の人が社長になりますから、神輿に乗っかるという文化になり、細かいことはよきに計らえになってしまう。そこで、社長はすべてを見ることは出来ませんから、社長自らが確認するポイントを押さえるということでしょう。また、一人の能力には限界がありますから。心細くなることもあるでしょう。南場社長を内側から支えるようなチームの存在はあったのでしょうか。

南場 私はコンサルタント出身ということもあり、ロジカルに物事を考えることを長く教育されてきたので、すべての意思決定はロジカルです。だから、コンサルタントを長くすればするほど経営者に向かないでしょうね。社長に求められる資質は胆力ですから、コンサルタントは胆力が磨かれる仕事ではありません。パッションにロジックが勝ってしまうのですね。また、細部の積み重ねも非常に重要だと思います。

   最初の10人ほどの創業メンバーとは、すべての悩みを共有していました。経営とは勇気が必要なことですよね。これまでコンサルタントの時は、戦略でA案、B案、C案とあったら、まず評価の軸を決めましょうとなります。その分析のプロセスを周りの人に見せるわけです。しかし、経営者の立場になり、A案かB案にするかギリギリまで悩んで決める姿を見せると社員は驚いてしまう。「A案に僅差で決まったね。南場社長は最後まで迷っていたね。社長は決断する人じゃなかったの?」と動揺する人もいる。その反応を見て私もびっくりしてしまった。社長が決断に迷う姿を見せてはいけないのだと学びました。

   しかし、一人では経営上の不安や悩みを背負い切れないので、取締役のメンバーとは思いを共有しています。マッキンゼーからジョインしてくれた2人の存在も大きいですね。

■ 「勝ちたい」という願望

竹中 創業した当初から成功したわけではないですよね。多くの経営危機もあったことでしょう。現在に至るまでのターニングポイントはどこにあったのでしょうか。

南場 ビッダーズというオークションサイトから始めました。ここでヤフーと熾烈な戦いをしました。ヤフーが2回の値上げをした際に、なりふり構わずに怒涛の攻めを行い、シェアを上げていきましたが、ヤフーのシェアも下げ止まり、結局この戦いでは勝てませんでした。ヤフーを意識しすぎるあまり、先行投資を続け赤字が続きました。これは一度、黒字にしなければならない。その時に、競争相手を見るのではなく、自分達のサイトのユーザーに目を向けようと考えました。彼らはオークションしに集まっているのではなく、品物を探しに来ていると分かったので、ショッピングモールを始めました。そのとき、株主に今度の競争相手は楽天かと揶揄されたのですが、競争はさておき、ユーザーの満足度を充実させARPU(顧客一人当たりの売上げ)を上げることに集中し、黒字化に成功しました。利益は恒常的になったのですが、このままではつまらないということで、何か業界でナンバーワンになる事業を持ちたいと社内で半年間、新規事業の検討をしました。それが、ケータイのオークション「モバオク」です。このモバオクの大成功で株式上場を果たし、念願だった業界ナンバーワンになることができました。ここまでは私も企画に関与したのですが、この後、前期の売上げ95億円のポケットアフィリエイトと売上げ150億円のモバゲーは社員の企画で私の関与はありません。私の関与と売上げは反比例するようですね。

竹中 まさに、勝てる仕組みができた。南場社長の直接の関与がなくても動ける仕組みができたのですね。そこで、是非、ディー・エヌ・エーの強みとは何か教えて下さい。

南場 1つは、「勝ちたい」という願望は強いですね。長く負けている時代があり、業界で負け組と言われていましたから、悔しさが擦り込まれています。また、人材を大事にする点は他社に抜きん出ています。人材の質に対するこだわりは強いですね。



■失敗を重ねて成長する

竹中 日本は天然資源の少ない国ですから、人材で生きてきたし、今後も人材で生きていくしかないのですが、ディー・エヌ・エーの人材育成方針はどこにありますか。

南場 基本的に人は仕事でしか育たないと思います。さらに言うと、すんなり成功する仕事ではなく、苦労した末に成功を勝ち取る経験を通して、人は大きく成長するものです。そういう考えなので、自社では研修はあまり実施していないですね。

竹中 本当にその通りですね。自分自身の経験からも、人生の糧になるのは小さな失敗を繰り返すことです。いかに大きな失敗をせずに、小さな失敗を許容できるかがベンチャーの成長にとっては重要です。さて、成長しているベンチャーの強みもありますが、さらなる成長への課題はありますか。また、求める人材像はどんな人物ですか。

南場 この5年間は、倍々で成長してきたので、イメージとしては入社して1年位の社員が半分いるような感じです。組織が急成長に追いつかなくなっています。忙しい人はずっと忙しいといった感じで、フンドシを一度引き締めなおさなければならない。

   求める人物像は、「人に褒められることで喜びを感じる人は来て欲しくない」と言っています。高学歴の人が多くなってきましたが、リスクもあります。解答欄があって正解を言い当てて褒められることに慣れている人を間違って採用すると、ベンチャーは解答欄がない世界なので通用しません。また、失敗してもあきらめない気持ちを重要視しています。失敗から学ぶことも大切です。

竹中 ビジネスには正解のないことがありますね。解ける問題が世の中にはほとんどないということを分かっていることは重要ですね。最後に経営者に求められる資質は何でしょうか。

南場 次に向かう方向性をはっきりさせること。社員が目指したい頂上を示すことではないでしょうか。

竹中 これからも日本をリードする企業家としてご活躍を期待しています。

南場 智子(なんば・ともこ)

1962年、新潟市生まれ。津田塾大学卒業。86年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンに入社。90年、ハーバード大学でMBA取得後、マッキンゼーに復職。96年、歴代日本人女性で3人目のマッキンゼーパートナーに就任。99年、マッキンゼーを退職し、株式会社ディー・エヌ・エーを設立、代表取締役社長に就任。03年、内閣IT戦略本部員に就任し、04年には規制改革・民間開放推進会議委員に就任。05年2月、東証マザーズに株式上場。07年12月東証一部に上場。

竹中 平蔵(たけなか・へいぞう)

1951年和歌山県生まれ。73年に一橋大学卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に入行。ハーバード大学客員准教授などを経て、2001年、小泉内閣に民間人として初入閣。04年には参議院議員に初当選。郵政民営化を本丸に掲げる小泉政権の実質的ブレーンとして活躍する。2006年に参議院議員を引退後、慶應義塾大学教授・グローバルセキュリティ研究所所長に就任。



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