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トピックス -企業家倶楽部

1998年10月27日

【ディスコ特集】Kiru・Kezuru・Migakuのミッションを掲げ、世界標準を創り続ける/ディスコの21世紀戦略

企業家倶楽部1998年11月号 特集第1部


グローバリゼーション(世界化)の波に乗り遅れて呻吟(しんぎん)する金融、建設、不動産などの国内型業界。日本の企業が21世紀に生き残るためには、世界に通用する企業理念と経営システムの構築が不可欠である。半導体切断装置メーカーのディスコはいち早くグローバル化を実現、世界シェアの80%を握って快走している。その裏には、「切るためのプロの技術集団をつくり、顧客の期待に本質的に応える」という企業文化を真摯(しんし)に追求する経営姿勢がある。それは会長兼社長である関家憲一の生き方そのものといえる。 (文中敬称略)



■「ディスコダンス」で驚かす

 米国の中でもひと際美しい町といわれるカリフォルニア州カーメル。閑静なリゾート地、スパニッシュベイのリゾートホテルで今年八月末から三日間、SEMI(国際半導体製造装置・材料協会)の理事会が開かれた。

 会議の後で開かれた夫人同伴の晩さん会は会員が最もくつろぎ、懇親を深めるひと時である。食事を済ませ、談笑に一区切りついたところで、音楽が流れ始めダンスの時間になった。関家も夫人の英子の手を取りステップを踏む。

 音楽がバラード調からアップテンポのロック調に変わる。すっかり湘南ボーイ時代に戻った関家は年も忘れて体を動かした。その軽やかな身のこなしに、会場の視線が集まる。

 翌朝の会議の冒頭。司会者は「今日の会議で良い提案を出された方はミスター・ケン・セキヤからダンスの手ほどきが受けられます」とジョークを飛ばして、会場の笑いを誘った。

 世界の半導体製造装置・材料メーカー二千三百社で構成するSEMIは年三回のセミコンショー(見本市)を主催する一方、毎年秋に、顧客である半導体メーカーの関係者も招いてハワイで大規模な商談・交流会を開く。いわば国際的な半導体製造装置・材料メーカーの唯一の業界団体であり、社交場でもある。そのSEMIで、関家はすでに五年間、理事を務める実力者だ。半導体切断装置分野で世界シェアの八○%を握っていることもあって、会議で意見を述べる時の関家の表情には、グローバル企業のトップとしての責任感と風格が漂っている。



■ディスコ・フューチャー・プロジェクト発足

 その関家は今、二十一世紀に向けた新しい企業文化づくりに挑戦している。企業の価値観や企業目標を全社員で考え、グローバル企業としてのあり方を明確にし、世界市場において、ディスコの揺るぎない地位を築こうという試みである。経営幹部で構成する「ディスコ・フューチャー・プロジェクトチーム」(DFP)を発足させ、企業文化づくりに乗り出して、すでに二年半になる。

 メンバーは役付き役員と一部取締役を加えた十人。毎月一回、午前十時から十二時までの二時間、KJ法のようなやり方で、ひとつのテーマを取り上げて議論する。  ヒト、モノ、カネなどの経営上のテーマについて、各メンバーが予め五、六個のキーワードを紙に書いて提出する。その中から幾つかのキーワードを取り出し、議論するのである。

 たとえば、ある時、「ディスコにとって、良いカネとは、悪いカネとは」というキーワードが取り上げられた。皆んなで議論した末、「稼いだカネを運用してカネ儲けをするのはやめよう。ディスコはあくまでもモノを創ってカネを稼ごう。それがディスコにとっての良いカネだ」という結論に達した。

 こうして二年間、延べ四十八時間議論した結果を「ディスコバリュー(ディスコの価値観)」として、昨年十二月十三日、東京・品川の新高輪プリンスホテルで開いた創業六十周年ディスコグループ社員大会で発表した。






■ミッションは Kiru・Kezuru・Mi aku

 その集大成が十ページの図表。ディスコバリューは三つの部門から成る。第一のベーシックアイディアルズはミッション(企業使命)、ターゲット(目標)、スタイルの三つで、要となるミッションは「高度のKiru(切る)、Kezuru(削る)、Migaku(磨く)技術によって、遠い科学を身近な快適につなぐ」と定めた。あくまでも切る、削る、磨くの三部門に特化し、技術を深化させて行く。関家の真面目な経営姿勢が凝縮されている。そして、ターゲットとして「わたしたちの技術とサービスが国際的標準となり、世界各地で喜ばれるようになる」と記し、グローバル企業の自負をのぞかせている。

 ディスコバリューに基づいた二〇一〇年のビジョン(企業目標)もディスコらしい。量的拡大には目もくれず、二○%以上の売上高経常利益率と一五%以上のROE(株主資本利益率)を維持するという。「量的拡大より質の高い経営をめざす」のがディスコバリューなのである。

 DFP発足のきっかけとなったのは、同社の創業六十周年を三年後に控えた九四年末ごろ。関家は海外の有力企業のトップと会うたびに、新しい企業文化の確立の必要性を痛感した。一九三七年、父の三男が広島県呉市で第一製砥所を設立したのが第一の創業、七五年にミクロンカットを武器に半導体切断装置分野に進出したのが第二の創業、そして、創業六十周年を迎える九七年はもう一度、企業が生まれ変わる第三の創業のスタートの年にしなければならない。とすれば、新しい企業の価値観の確立が必要になる。

 加えて、関家自身、独断専行型の経営者ではない。下からの意見を汲み上げ、熟慮決断するタイプ。「できれば、社長の自分が判断しなくても、組織が回る会社にしたい」との思いがある。

 そこへ、組織経営の開発を手がけるあるコンサルタントと出会う。こうして九五年末、ディスコの新しい企業文化を考えるDFPがスタートした。



■カンパニー制でスピーディな企業活動

 このディスコバリューに基づいて、今年七月一日からカンパニー制を導入した。「スタイル」の中で宣言したスピーディな企業活動を実践に移したものである。九一年三月から七年半続けてきた事業部制を廃し、産業用ダイヤモンド砥石部門を「ASカンパニー」に、半導体切断装置部門を「PSカンパニー」にそれぞれ衣替えした。独立採算制という点では事業部制もカンパニー制も変わらないが、変化の激しいボーダレス経済の時代にふさわしい、よりスピードの速い組織づくりに乗り出したのである。

 半導体の世界市場は九七年で二十兆円規模と見られているが、二〇〇一年には三十五兆円に膨らむことが予想されている。半導体製造装置市場の成長はもっと速く、九七年の三兆円規模から二〇〇一年には二倍の六兆円規模に拡大すると見られている。

 それだけに半導体関連分野の競争は激しく、各社は優位性を保つため、戦略的提携を繰り広げている。五カ月前の六月中旬にも、テキサス・インスツルメンツが米半導体メーカー、マイクロンにDRAM工場と同社との合弁企業を売却したばかりだ。こうした激しい変化に対応するためには、迅速に意思決定ができ、行動するカンパニー制が最適と関家は判断した。

 「それにお得意先を訪問する時、事業部長よりプレジデントの方が通りがいい」と、もう一つの狙いも語る。そして、実際の切り込み隊長に当たるバイスプレジデントには関家の長男である関家圭三(ASカンパニー)、甥の関家一馬(PSカンパニー)の若手のホープ二人を起用した。将来的には、ディスコエンジニア、テクニスコ、ディストンなどの子会社もディスコのカンパニー制に組み入れ、ディスコ本体は持株会社としてグループ経営に特化することも視野に入れている。



■三百社のメーカーに九千台の切断装置納入

 高い志と目標のもとに、ディスコはグローバル企業としての陣容を着々と整えつつある。海外のサービス拠点は米国、EU、シンガポール、中国の四カ国・地域に置き、世界の半導体メーカー三百社の九百事業所に九千台の切断装置を納めている。総人員は百七十人、うち日本人社員は十人程度で、残りは現地人で占める。各社とも業績は好調で、九七年十二月の決算では、ディスコ本社への配当金は四億五千万円に達した。日本の企業が相次いで海外からの撤収を余儀なくされている中で、これだけの実績を挙げるのは驚異的だ。

 さらに、九六年十二月、韓国企業と提携、事業用ダイヤモンド砥石の合弁会社DDダイヤモンドを設立。同じくダイヤモンド砥石のイタリア・SEA社に五○%の資本出資をした。両社を合わせると、海外拠点は六カ所になる。



■グローバル・エリア・ネットワークも構築

 これに伴い、九四年から三年間で十億円を投資、世界的な情報エリア・ネットワークを構築した。「パソコン保有台数は一千台を超えた」と関家は自慢する。

 この情報網を通して、関家の元には海外から毎日十~二十通のEメールが届く。関家は朝と夜の二回、Eメールに目を通す。夜遅くなっても、相手が執務時間であれば、必ず返事を送る。グローバル企業のトップの頭脳は二十四時間休まらない。

 マネージメントも精密機材メーカーらしく精密を究めている。その中核を成すのがアメーバー会議。京セラが開発したもので、一時間当たりの利益を算出、現場のコスト意識を高める小集団活動。ディスコでは五年前の九三年四月から導入した。課、部、カンパニーごとに全部で百五十のアメーバ会議が活動し、月一回、会合を開く。
 
 九月中旬、ディスコ本社では、各層の活動をまとめるアメーバ幹部会が開かれた。関家を中心に役員、部門代表者ら二十五人が中央のスクリーンを囲むように座る。午後一時にスタート、まず、サポート本部長代行の田村隆夫が八月の全社の売上高、経常利益、総労働時間、一時間当たりの利益を淡々と読みあげる。シリコン不況の真っ只中だけあって、数字は好調とは言えない。関家はスクリーン上の数字に静かに目を向けている。

 田村が八月の受注状況を早口で、読み上げた時に、関家の目が一瞬光り、田村の報告を制して、初めて口を開いた。

「八月の受注が予算をオーバーしたのだったら、もう少しゆっくり報告したら」。久々のグッドニュースなら、皆なでゆっくり味あおうとの配慮だ。

 約二時間の会議は激しい議論はなく、淡々と終了した。しかし、その内容は精密な数字で構成され、一分のスキもない。



■七年もかかった一号機開発

 ディスコは初めからグローバル企業をめざしたわけではない。「顧客の求めに応じて真面目に努力していたら、こうなった」というのが関家の本音であろう。

 ディスコの転機となったのは、毛髪の断面を二十五分割できる超薄型のダイヤモンド砥石「ミクロンカット」の開発。創業から三十一年も経った六八年のことである。超薄型砥石は当初、万年筆のペン先を切るのに使われたが、半導体の基盤であるシリコンウエハも切れるかもしれないと思い立ち、機械メーカーに売り込んだ。ところが、機械メーカーは満足な切断装置をつくれない。仕方なく、弟の関家臣二(現ディスコ副会長)が自から開発に取り組んだ。悪戦苦闘の末、ようやく第一号機が完成したのは、開発を初めて七年後の七五年だった。「その間、四世代も機械をつくり変えた」と臣二は述懐する。

 一号機はデザイン、価格ともにライバル会社のテンプレス(米国)の商品より劣っていたが、不思議と切れ味は良かった。そこをテキサス・インスツルメンツ(TI)・ジャパンの技術者が評価、世界のTIの工場に紹介してくれたのがきっかけになって、注文が舞い込み始めた。

 「切った結果に責任を持つ」(臣二)という真面目な姿勢が買われて、東芝、NEC、インテル、TIなど世界の半導体メーカーに機械を導入、八〇年代半ばには世界のトップシェアを握るようになった。
 
 半導体工場はエレクトロニクス機器の市場の拡大とともに、世界に拡散、ディスコの営業・補修サービス網も広がった。「その過程で世界的な半導体企業との交流も深まり、マネジメント手法や品質管理、コスト管理の手法を学んだ」と関家は振り返る。そうした交流の中で、大手半導体メーカーのトップが企業文化をさかんに口にしていたことが今回のディスコバリューの策定につながった。



■新規事業撤退の挫折も味わう

 しかし、トップシェアを握ったあと、順風満帆だったわけではない。九〇年代に入って大きな試練が待ち構えていた。七五年の切断装置への参入以来、毎年二ケタ成長を記録、九二年三月期は売上高百六十五億円、経営利益二十億円を達成した。ところが九二年初頭から大きなシリコン不況に見舞われ、翌年の九三年三月期の売上高は前期比二九・七%減の百十六億円に落ち込み、経常損益は五億七千六百万円の赤字に転落した。八五年三月に社長に就任して以来初の赤字である。

 悪いことは重なるもので、新規事業として取り組んでいた、たて型拡散装置事業が十年経っても黒字にならず、累損がふくらみ、同社の屋台骨を揺さぶった。シリコン不況と新規事業の失敗というダブルパンチを受けて関家は身を切られるような辛さを味わった。

 この試練を乗り切るため、関家は二つの手を打った。百人の人員を抱える、たて型拡散炉から撤退する一方、若手社員を登用して新型の半導体切断装置の開発に取り組んだ。

 Xプロジェクトと名付けた新製品開発チームは一年の間に四つの新機種を開発、九二年末のセミコンショーで人気を博した。その結果、九四年三月期の売上高は百五十億四千万円と九二年三月期の水準まで回復した。「あの時の試練が当社の企業体質を強化した」と関家はいう。

 九八年三月期の売り上げは三百十五億円、経営利益は五十八億円を記録した。グループ売り上げは四百六億円、経営利益七十九億円と世界の優良企業にふさわしい数字を挙げている。しかし、過去に大きな試練を受けただけに、関家は慎重な姿勢を崩さない。現に、今はシリコン不況の真っ只中。九九年三月期の売り上げは単体で二百五十億円に落ち込むことが予想されている。



■産業用ダイヤモンド、電子部品 カット強化で年商七百億円へ

 経営を安定させるためには、半導体切断装置部門に偏ることは禁物。そこで、今後は産業用ダイヤモンド砥石部門の拡大に力を入れる。同分野は元々、ディスコの本業部門であり、世界市場で二千五百億円規模に達する。これまで、半導体切断部門に力を入れるあまり、”本業“がおろそかになり、同部門の売り上げは三十億円程度にとどまっている。「これを、百億円まで引き上げたい」と関家は腕を憮(ぶ)す。

 その一環として、九七年三月、イタリアのSEA社に五○%資本出資した。同社は石材加工で高い技術力を持っており、大きな戦力アップになる。

 しかし主戦場は米国。そこでASカンパニーの米国における販社として伊SEA社との合弁会社をアトランタ市に設立した。さらに同分野の米企業の買収交渉も進めている。順調に行けば、年内には契約にこぎつけそうだ。

 もう一つ力を入れるのは電子部品の切断分野。磁気ヘッドの切断など電子部品メーカーからの切断ニーズが急速に増えつつあり、現在、同分野の売り上げは六十億円に達する。「ダイヤモンド砥石と電子部品分野が拡大すれば、十年後には、ディスコ本体の売り上げは七百億円程度には増えるだろう」と若手取締役の一人、関家一馬は自信たっぷりに答える。

 この二十年間は関家憲一と臣二の兄弟コンビでディスコを引っ張ってきた。しかし、二十一世紀の初頭には世代交代の時期となる。その時、予想されるのは関家圭三と一馬の従兄弟コンビ。海外経験のあるこの二人が父親世代と同じようにチームワークを組み、ディスコバリューを真剣に追求して行けば、ディスコはさらに一歩、グローバル企業に近づくだろう。



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