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トピックス -企業家倶楽部

1999年06月27日

【ぴあ特集】デジタルコンテンツを武器に21世紀の「感動創造企業」を目指す/ぴあの21世紀戦略

企業家倶楽部1999年8月号 特集第1部


出版業から情報伝達業、アミューズメント・サプライヤーと、時代とともにその事業領域を拡大してきたベンチャーの雄、ぴあ。デジタル情報革命時代を迎え、エンターテインメント・デジタルコンテンツ企業として、今後生まれる新市場を取り込み、さらに一段の飛躍を図っている。転換期に直面して矢内廣が打ち出したのは「感動創造企業」。変化の時代だからこそ、自社のアイデンティティーをしっかりと確立した。ぴあは若者の「遊び」から生まれ、立ちはだかる難関、人生すら「遊び」と考え、自らの可能性を切り開いてきた。その原点を忘れず、常に「ひとりひとりが生き生き」した企業でありたい……。矢内廣とぴあは独自の強味、企業文化を再確認し、新たな時代に力強い一歩を踏み出した。
(文中敬称略)



■二〇〇五年のコンサート会場

 二〇〇五年五月、加納耕一(16)はTドームで行われた人気ロックバンドGALLYのコンサートに行った。二カ月前、インターネットで予約を入れ、電子マネーでデジタルチケットを購入して以来、楽しみにしていたコンサートだ。


 駅の改札を出ると、電子掲示板にコンサート情報が出ている。『現在の入場者数3万6859人…… 予定開演時間18時32分……』数字の末尾がリアルタイムで変化している。


 耕一は胸の高鳴りを感じながら、まだ二十分ある、あわてることはない、と自分に言い聞かせた。


 Tドームの巨大な屋根が見えてきた。「ダフ屋には気をつけろよ」昨夜、父がわけのわからないことを言っていた。数年前までは、会場付近で紙のチケットを持って、高値で売り歩く人がいたという。いまはもちろん、そんな人はいない。Tドームの三十カ所の入り口から、客が整然と吸い込まれていく。


 耕一も自動改札口にICカードを差し込んで入場した。「さて、席はどこだろう?」インフォメーション端末にICカードを差し込むと、耕一の座席までのルートが瞬時に表示されたので、迷うことなく、席を見つけた。隣の席をインターネットで購入していたユリが手を振っている。


 二時間半、たっぷりと楽しんだ帰り、恰幅のよい紳士とすれ違った。かすかに肩が触れた。


「失礼」紳士は、はにかむように微笑んだ。


 好奇心いっぱいの子供っぽい目をしているからだろうか、まだ四十代に見えるが、五十五歳になっているはずである。


 感じのいい人だなと一瞬思ったが、彼が矢内廣だと知るはずもない。が、音楽、映像好きの耕一は、彼に大きな恩恵を受けている。彼が人生の多くの時間を費やし、情熱をもってつくったインフラがなければ、耕一の生活はずいぶん違うものになっていたろう。



■社会はコンテンツ提供企業を求めている

 時は遡って一九九九年。機は熟し、情報のデジタル化と、それに伴う各種システムの変革が、ものすごい勢いで進みつつあった。


 デジタル情報革命によって、多種多様の最新情報をいつでもどこでも瞬時に得られる、ということに多くの人々は期待していた。


 だが、その価値ある最新情報を誰が提供するのか、という問題がある。ヤフーのように、無料の情報を検索して取り入れるシステムはあるにしても、それだけでは万全ではない。ホームページを検索することによって、さまざまな企業、個人の情報を得ることはできる。しかし、体系的、網羅的な情報はなかなか得られない。


 なぜなら、そうした情報をつくるには人とカネのパワーが必要だからだ。ある目的に基づき、系統立った情報を収集・加工して流すのは、デジタル時代になっても人間の仕事である。人の手足、目、耳、口、鼻、頭をフル動員してつくられた役立つ情報を提供してくれるパワーのある存在を社会は求めている。価値ある情報は有料でも受け入れられるのは当然のことだ。


「コンテンツをもつ企業がデジタル社会を制する」とよく言われるが、確かなノウハウをもっている会社は、実はあまりない。そうした中で、ぴあはいま最も注目すべき会社の一つだ。 



■ぴあデジタルコミュニケーションズ発足

 四月二日、ぴあはデジタル・ネットワーク時代に向けた新会社「ぴあデジタルコミュニケーションズ」を設立した。資本金は十億円。ぴあが六五%出資し、他は日本サテライトシステムズ(JSAT)、NTTドコモ、凸版印刷、電通、共同通信、時事通信などが出資する。


 ぴあデジタルコミュニケーションズは、ユーザーがパソコン、テレビ、カーナビ、携帯電話などで入手するエンターテインメント情報を提供する会社だ。映画、演劇、音楽などの情報提供はぴあが担当し、旅行情報はJTBが提供する。エンターテインメント情報を中心に、今後はビデオ、ゲームや天気、医療情報など生活領域の情報提供も行っていく。


 新会社が注目されるのは、単なる情報提供会社でなく、予約・販売機能をもっていることだ。ぴあが映画、演劇のチケット、JTBは旅行商品を提供する。そして、この仕組みは、間近に迫っている電子商取引時代をにらんでいる。


 デジタル情報を提供し、その場で予約、販売、決済する。さらに、ぴあが現在、開発中のICカードを使ったデジタルチケットが実用化されれば、最初から最後まで紙媒体が一切介在しない。冒頭の近未来レポートのようなことが、すぐにでも可能になるのだ。



■ぴあデジタル戦略の先方隊

 ぴあデジタルコミュニケーションズは、楽観的未来予想によって設立された会社ではない。初年度十億円、三年後五十億円という売上高目標額は、確かな数字を積み重ねてできたものだ、と矢内はいう。


 なぜなら、ぴあはすでに、NTTドコモの携帯電話サービス「iモード」やカーナビゲーション、インターネットの各サイトなどにエンターテインメント情報を提供し、数億円の売り上げを上げており、新会社はその部門をそくっり移したものに他ならないからだ。


 ぴあが築いた土台に、新たにJTB、NTTドコモ、電通などが加わることで強者連合が出来上がる。この強者連合の中心が大企業ではなく、ぴあだということが、これまでの中途半端に終わったニューメディアブームとは決定的に違うのである。


 矢内は次のように言う。


「情報化時代、情報産業という言葉が使われるようになって久しいのですが、その実、中身はコンピュータ産業を指して情報産業と言っていたのが実体です。ところがインターネットなどのインフラが確立してくると、ハードよりもソフトウェア、コンテンツ(情報の内容)の重要性がこれまで以上に増してきます。コンテンツビジネスがハードのビジネスに匹敵する大きなものにならなければ、本当の意味での情報化時代とは言えないのです」


 これは多くの人が言うことだが、七九年末に政府主導で始められた日本版ビデオテックス「キャプテン」の実験に、最も積極的に参加し、その「はりぼて」であることを体験的に確認した矢内が言うと説得力がある。


 その矢内がいよいよデジタル事業に本格的に乗り出した。今度こそ本物なのだ。では、デジタル市場の拡大によって、現在全国で九十万部近く売れているアナログ情報誌の「ぴあ」も売れなくなってしまうのだろうか。そうではない、と矢内は言う。


「いま出版を中心としたアナログの情報サービス市場は二兆五千億円ぐらいありますが、二十一世紀初頭には同額サイズのデジタルコンテンツビジネス市場が広がってくると予測されています。アナログ市場はキープされたまま、新たにデジタル市場ができるのです」


 レコードがCDにとって代わったのと違って、本という媒体にはパソコン画面にない利点があるから当分は生き残り、その上にデジタル市場がプラスされる。


 ぴあはその上乗せされるデジタル情報市場を大きく取り込もうとしている。それが一番やりやすいポジションにおり、新会社はぴあのデジタル戦略を強力にそれを推し進めていく先方隊なのだ。



■行動しながら仕事のヒントをつかむ

 四月二日、ホテルオークラで、株主を中心とする百人ほどを集めて、ぴあデジタルコミュニケーションズ創立記念パーティーが行われた。


「つい先ほど創立総会が開催され、無事私どもの会社の設立が認められましたことを、まず皆様にご報告したいと思います」壇上に立った矢内は、並み居る大手企業の幹部たちを前に、晴れやかな表情で切り出した。


「この会社はエンターテインメントを中心とした生活領域全般に渡るデジタルコンテンツを配信する、二十一世紀のデジタルコンテンツ産業をリードしていく会社にしたいと考えております。これまで情報産業という言葉が久しく使われておりましたが、それはハード中心の産業であり、本当の意味での情報産業・情報化社会はまだ到来してないのではないかと思っていました……」


 メモも見ず淡々と語る矢内だが、二年前の構想が実現したこの日は、いつになく声に力が入った。


 デジタル化の問題に対しては社内の誰よりも詳しく、強い危機感をもっていた矢内だが、二十年近く前に日本版ビデオテックス「キャプテン」に参加した経験から、デジタル事業には時期の見極めが重要だと思っていた。インターネットの爆発的ブームを横目でにらみながら、もうそろそろだと判断したのは九七年の夏ぐらいである。


「御社の情報を提供してほしい」といった依頼が、携帯電話、カーナビゲーション、ファックス・パソコン通信会社などから次々と舞い込み、具体的なビジネスが実現しつつあったからだ。


『エンターテインメント情報をおカネにするビジネスを一手に担ってきたのはうちではないか。大手メーカーがどんな素晴らしいシステムをつくっても、うちが動かなければ物事は始まらないのだ。ならば、ぴあが中心になってソフトコンテンツ提供企業をまとめてはどうか』と思いついた。


 矢内は机にじっと座っているタイプではない。こうした構想は経験と行動の中から出てくる。通常は午前十時頃に出社するが、立ち寄りの予定が入り、午後から出てくることも多く、社内にいる時間は短い。


 会社にいる時間の半分は会議で、あちこち歩き回っているから、机に座っている時間はさらに短い。部下への指示を即座に出し、懸案事項を処理し、午後七時には退社する。といって家に帰るわけではない。外でさまざまな人間と会う。仕事に関係することもあれば関係ないこともある。半分仕事で半分遊び。仕事を遊びととらえている矢内にとって、そういう区切りはない。そういう中から、時代の感性をつかむ。


 勤務時間、勤務場所などにもこだわらない。夜九時、十時、料理屋でビールを飲んでいる時、仕事のアイデアがふと思い浮かぶことがある。そんなとき、担当役員や部長は即座に呼び出される。


「あれはどうだった?」
「それが、実は出張が入ってしまい立て込んでまして、まだ……」
「やってないのか!」途端に矢内の顔色が変わる。言い訳など聞く耳はもたない。こんな時の矢内は厳しい。


 思ったことは徹底してやる。妥協しない。「自分に厳しいから、他人にも厳しい」と評されるが、呼び出される立場の人間にとっては「わがままな社長」でもある。それは大きな仕事をする人間にとって必要なことでもあるらしい。


 ソフト連合を組もうというぴあデジタルコミュニケーションズの構想は、幸い出資を要請した会社に快諾され、大きなトラブルもなく実現した。


 三月二十九日、日本経済新聞で第一報が報道されると、インターネット検索エンジン会社、携帯電話会社、商社、気象情報サービス会社、ゲームメーカー、医療情報会社など三十社ほどから、参加させてほしいとの申し込みがあった。


 何ごとも慎重な矢内だから、どこでもいらっしゃいというわけにはいかないが、今後じっくりと検討し、ベクトルの合う会社とは手を組む考えだ。相手を選べる立場になったわけで、この時点で矢内のもくろみは五〇%以上成功したと言える。あとの五〇%は、いかに有用なサービスを安くユーザーに提供できるかという、今後の運営にかかっている。



■初心を忘れず、着実に発展してきた会社

 ぴあの創業は一九七二年。中央大学四年だった矢内が在学中に、情報誌「ぴあ」を創刊したことに始まる。わずか二十六ページの手作りの情報誌だが、手に取ってみて驚いた。完成度が高い。そして、核心部分の内容は、九十万部刷っている現在のぴあとほとんど変わっていない。「ぴあ」というロゴの変遷も同じだ。ものすごく変わっているようで、よく見ると、核の部分には、最初の一撃の面影がしっかり残っている。


 ぴあと矢内廣を語るとき、これは重要なポイントだ。浮き足立った冒険は決してせず、着実に前進していく。色紙を渡されると、矢内は必ず「初心」と書く。最初に信じたことを決して忘れず、投げ出さず、困難を克服しながら一歩一歩前へ進む人間なのだ。


 ぴあの歩みを振り返れば、それはよりはっきりする。取り次ぎ会社はおろか、書店にもおいてもらえなかった創業当初、一軒一軒の書店を回ることで克服していった。そうしたひたむきな地道さがあったからこそ、教文館の中村義治のように助けてくれる人間が現れた。


 八四年に本格スタートした「チケットぴあ」も、情報誌を通じて築き上げた人脈やノウハウを土台に、確かな手応えをつかみつつ発展させた。その後に発行した「CanDo!ぴあ」「けっこんぴあ」なども、核となる事業領域の周辺をしっかりと固める内容だ。端から見ていて安心感がある。企業のブランドイメージは、こうした一貫性のある活動からできてくるのだ。


「彼はビジネスデザインがしっかりしている」と、アサヒビールの樋口廣太郎が評する所以である。


「調子のいいときも有頂天にならず、悪いときも腐らない」とも彼の友人たちに評されている。矢内のそんな面が企業経営にも表れてる。 



■内に秘められた反骨精神

 以上述べてきたのは、矢内のもつ静の部分である。矢内は東北人特有の粘り強さと安定性をもっているが、保守的ではないのは周知の通りだ。過激なぐらいの好奇心と反骨精神で、新しい世界を切り開いてきた。


 なにしろ矢内が学生時代に起業した動機は「このまま就職するのはしゃくだった」からだ。反骨精神がないはずがない。既存の壁をぶち壊し、頂点をつかもうとする内に秘めた情熱は、相当なものだと思われる。


 しかも、社会経験もせずに創業して、これだけの企業に成長させたのは、企業家として相当の才能があったことを証明している。


 ソフトバンクの孫正義に似ている。両者ともサラリーマンを経験せず、企業家としての途を一直線に歩んできた。ともに出版と流通を組み合わせたシナジー効果で事業を拡大した。そして一企業家を超えて社会を変革しようとするほどの情熱が、この二人には感じられる。


 しかし、企業家としての手法は正反対だ。デジタル情報革命時代の覇者を目指して鳥のように飛翔する孫に対して、牛のように大地にしっかりと立ち、一歩ずつ力強く歩む矢内。ただ、二人が目指す目的地は近いところにあるのではないか。



■感動を創造する企業になる

 矢内のもう一つの特徴は、強いリーダーシップだ。人の意見を聞く柔らかい姿勢をとりながら、結果的に組織をぐいぐい引っ張っていく。人を動かすのがうまいのだ。


 そのリーダーシップによって、ぴあという企業体を、着実に新しい世界へと導いていった。その歩みは、次のようにまとめられる。


 情報誌「ぴあ」の地位を確立した第一期(七二~七七年)。出版にとらわれない情報伝達業へとスタイルを変えた第二期(七八~八七年)。文化情報にとどまらず、生活全般をカバーする新サービスを開拓していった第三期(八八~九七)。そして九八年から始まった第四期を、ぴあは「感動創造企業」と位置づけている。


 第二期は「出版業から情報伝達業へ」、第三期は「アミューズメント・サプライヤー」と位置づけている。第四期は「デジタルコンテンツサプライヤー」とでもなりそうだが、「感動創造企業」となっている。これにはもう一度原点を確認したいという矢内の思いが込められている。デジタル情報革命の変革期を迎えているからこそ、それが必要だと考えている。


 矢内は遊び好きだ。昨年は、モンゴルにオペラを見に行き、フランスにワールドカップ「日本対アルゼンチン戦」を見に行き、長野オリンピックを観戦したほか、数々のコンサート、オペラ鑑賞に足繁く通っている。


 モンゴルの大自然、満天の星空を見、若者たち中に入ってワールドカップに熱狂し、常々思っていることを再確認した。


 人間には感動が必要だ。ぴあは感動を創造する企業になりたい。そのためには若者のパワーがいる。社員一人ひとりが夢をもち、その実現に全力を傾け、生き生きと仕事をすること。それができる組織をつくることが、何よりも大切な自分の仕事ではないのか──。


 ぴあの理念“ひとりひとりが生き生きと”には、そんな思いが込められている。組織がさらに大きくなっても、末端の社員にまで、この思いが伝えられ、根付かせる仕組みをつくらなければならない。そこで昨年七月、経営理念の集大成「PIA IDENTITY(ぴあアイデンティティー)」を発表した。



■ひとりひとりが生き生きと

 どんなに戦略が正しくても、それを行う一人ひとりが生き生きしていなければ、企業のパワーは半減すると思います」という言葉は、矢内の経営姿勢をよく表している。組織の内容を重視する経営者なのだ。


 戦略・戦術という「森」を見る大事さは承知しながらも、一人ひとりの社員、「一本一本の木」が生き生きとしていなければ、森全体のパワーが発揮されない。一本一本の木が生き生きと成長すれば、そこから二十一世紀を勝ち抜く知恵が出てくる、と信じている。


 一人ひとりのモチベーションを高めるにはどうしたらいいか。その課題に対する答えが、昨年設立した新規事業提案制度(NEXT)であり、この五月に実行した全面的な組織改正である。


 その目玉は、出版事業部とチケット事業部の垣根をなくしたこと。同じアーティストを担当しながら、出版の人間はチケットに関わらず、チケットの人間は出版に関わらないという官僚的傾向を嫌ったのである。


 縦割りではなく、映画事業部、音楽事業部、スポーツ事業部というようにジャンル別に分けた。これにより、一人の担当者が一つのプロジェクトに最初から最後まで関わることになり、その分野のスペシャリストになれる。


「いままで片腕が縛られていたのを両手を使えるようにしたのだから、間違いなくモチベーションは高まる」と矢内。


 ぴあアイデンティティーには次のような言葉がある。


「仕事を通して生きがいを発見できるということは、良い仕事をしているということです。良い仕事は良い人生を創ります」


「ぴあ人とは仕事はもちろん、自分自身の人生を真剣な遊びにできる人です」


 矢内は学生時代に「遊び」の延長で起業し、難関を克服することも「遊び」と考えるくらい仕事に熱中し、自らの充実した人生を切り開いてきた。ぴあに集まってきた若い社員たちにも、そういう人生を歩んでほしいと願っている。


 このベクトル合わせが成功すれば、三百人を超える矢内の分身ができる。そのパワーを発揮すれば、二十一世紀の最強コンテンツ企業となることも夢ではない。



■受け継がれる若者文化から生まれた社風

「標的を私達若者にしぼり、私達に必要な情報のみを確実に、そして濃密に取り上げていくつもりです」ぴあ創刊号の編集後記で、矢内が表明した決意だ。その矢内も来年五十歳になる。客の年齢層も広がった。

 しかし、初心を忘れてはならない、と矢内は常に思っている。若者文化から生まれ、成長してきた会社が、若々しさを失ったとき、そのアイデンティティーは崩壊する。「人生をも遊びにする」気概を保つことは、ぴあの宿命でもある。  逆に言えば、二十七年前、大学四年生の矢内が表明した決意を、組織がしっかりと受け継いでいけば、矢内という創業者が退いた後も、ぴあは好奇心と遊び心を忘れない若々しい会社として発展していくだろう。

 



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