• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -企業家倶楽部

2011年08月27日

かかりつけ薬局の原点を守り地域医療のインフラをつくる/スギホールディングスの21世紀戦略

企業家倶楽部2011年10月号 スギホールディングス特集第1部


35年前、町の小さな薬局店からスタートしたスギホールディングス。「目の前のたった1人のお客様を大切に、地域のかかりつけ薬局をめざす」を合言葉に新婚夫婦が懸命に働き、今では約800店舗、年商3000億円の日本を代表するドラッグストアチェーンを築き上げた。超高齢社会を迎えた今、代表取締役会長の杉浦広一と代表取締役副社長の昭子は「地域医療の拠点として、10年後3000店舗、年商1兆円を実現する」と全社に向けて大号令を発した。(文中敬称略)



3000店で年商1兆円めざす  

   7月5日、東京・日本橋のロイヤルパークホテルで第13回企業家賞授賞式が開かれた。杉浦広一と昭子夫妻は受賞者を代表して記念講演をした。詰め掛けた約400名の聴衆を前に創業期の苦しかった日々を語り、最後にこう締めくくった。

「私たち夫婦が創業以来守ってきたことが3つあります。公私混同しないこと、意見が違っても互いの考えを尊重すること、ずっとチャレンジを続けること。特に大切にしているのが3番目のチャレンジです。私たちはかかりつけ薬局として、2020年度に3000店舗、売上高1兆円を実現、地域医療のインフラをめざします」

 杉浦の言葉を裏付けるように、今、スギホールディングスの各店舗では、地域医療への準備態勢が着々と進んでいる。名古屋市の住宅街に立地する谷口店。売り場面積200坪の標準店舗だが、同店は同社の進める地域医療の最先端の役割を担っている。

 入口横の調剤室。調剤併設のドラッグストアではよく見かける調剤室だが、秘密兵器はその奥にある。病院などで見かけるクリーンルームだ。同店はここで在宅医療用の高カロリー輸液や在宅用麻薬などの注射剤の調製を行っている。

 谷口店では介護付有料老人ホーム2軒、個人宅約40軒を対象に在宅医療サービスを行っている。5人いる薬剤師の責任者である相宮幸典(37)は「高齢者の最期の時間を一緒に過ごす時、薬剤師として使命感を感じる」と地域医療にかける意気込みを語る。

 地域のかかりつけ薬局として成長してきたスギホールディングスの2011年2月期の連結売上高は3047億円、経常利益150億円、年間の顧客来店数は延べ1億6000万人に達する。無借金経営ということもあって、株式時価総額は1379億円(7月末現在)と売り上げ1位のマツモトキヨシの877億円をはるかに凌ぐ。超高齢社会に突入した日本の最大のテーマである地域医療のインフラを形成するまでに成長した。

 そのスギホールディングスも35年前の創業は厳しい船出であった。杉浦は岐阜薬科大学薬学部を卒業、2年間ある薬局で修業したあと、1976年に結婚間もない昭子とともに生まれ故郷の愛知県西尾市でスギ薬局を開店した。売り場面積わずかに16坪、金融機関から1000万円を借り入れての船出だった。


3000店で年商1兆円めざす  

試練の2000日

   大きな夢を抱いての船出だったが、現実は甘くなかった。開店初日こそ賑わったが、あとは閑枯鳥が鳴く日々。1日の来店客が10人程度、売り上げは1万円にも満たなかった。杉浦夫妻は厳しい現実を前に茫然となった。1カ月の売り上げが30万円として、手元に残るのは10万円。ここから借金を返し、生活して行かなければならない。

 サラリーマン生活に引き返したい気持ちになったが、1000万円の借金が両肩に重くのしかかる。「とにかく前に進むしかない」と夫婦は必死になって働いた。盆も正月もない。年中無休、毎日、朝7時から夜11時まで店を開け続けた。「まさにセブン- イレブンでした」と杉浦は笑う。

   開業当初は広一の母親が時々、近所のせんべい屋から買って来る「割れせんべい」が主食。夫婦は分け合う、というより奪い合うようにして、割れせんべいを食べて、空腹を満たした。たまに食べるカップめんが「何よりのご馳走だった」と広一は振り返る。

 とにかく、お客に来店してもらわなければならない。「目の前のたった1人のお客様に誠心誠意尽くすしかない」と思い、顧客の名前、家族構成、住所、病歴などを聞き出し、頭に叩き込んだ。時には、顧客の家をわざわざ探して、中にこそ入らなかったが、顧客とのコミュニケーションの材料に使った。

 当時は自家製剤もよく行われており杉浦は客(患者)の病状を詳しく聞きながら、風邪薬や喘息の薬などを調合した。杉浦が調合する薬はよく効き、杉浦はいつしか「先生」と呼ばれるようになった。

 年中無休の働きは開店から5年、約2000日続いた。こうした努力が実って、5年目には1日の売り上げが30万円、月商1000万円となって、ひと息ついた。

 同時に転機が訪れる。杉浦は1週間の日程で米国のドラッグストア業界を視察した。そして驚いた。日本の薬局とは180度違うのである。それまでの日本の薬局は狭い、暗い、調剤無しが普通だったが、アメリカのドラッグストアは「広い、明るい、調剤ありで、しかも何も買わなくても出やすかった」

 米国にはウォルグリーンという老舗のドラッグストアがあり、全米に約8000店舗を持ち、売り上げ5兆円を超えるビッグチェーンである。杉浦はウォルグリーンのような本物のドラックストアを日本につくることを決心した。

 帰国するや直ちに店舗を改装するとともに、2号店の開設準備に取りかかった。ただ、2号店の実際の開設は最初の米国視察から7年後の創業12年目となる。というのは、借金するのは1号店開設で懲りており、2号店以降の開設資金は内部留保金で費うと決めていたからだ。

 2号店を開設するに当たって、杉浦は1人の男をスカウトした。それが現在のスギ薬局社長の榊原栄一である。榊原は岡崎市にある薬局に勤める薬剤師だったが、愛想がよく、杉浦が2号店の店長にと、直接口説いた。

 榊原が入社した頃(創業10年目)は店も繁盛店に変貌、勘定を払う客が長蛇の列をつくった。「勘定を払うお客様が1時間半も待たされ、通りの信号のところまで並んでいた」と榊原は語る。


試練の2000日

3000人の顧客を憶える

 安売りをしたわけではない。親身になって患者の相談に乗り、よく効く薬を調合してくれるスギ薬局の評判が評判を呼んだのである。杉浦夫妻は顧客台帳をつくり、患者1人ひとりの名前、顔、住所、病状、家族構成などを頭に叩き込んでいた。今で言うポイントも買い上げに応じて付け、景品と交換するサービスも行った。杉浦夫妻は客が来店するや否や「ポイントは何点ありますよ」と知らせた。来店客のすべてのポイント数まで頭に入っていたのである。

 杉浦夫妻が暗記した客の数は約3000人。従業員にも「3000人憶えたら、ハワイに連れて行く」と顧客の名前と顔を憶えるように督励した。2号店店長になった榊原も本店に負けるなと懸命に客を増やした。

 2号店開設後は出店テンポを速め、93年には10号店を出すまでに成長した。

 第2の転機となったのが2000年のナスダックジャパン(現ジャスダック)への株式上場。株式上場は杉浦夫妻の意識を変えた。マイカンパニーからパブリックカンパニーへ。公私の区別をこれまで以上に厳しくする一方、成長への意識を明確にした。「そのためには、当社のビジネスモデルの根幹を真剣に考えなければならない」と杉浦は考えるようになった。

 その根幹とは、やはり創業の原点である「かかりつけ薬局」を全国津々浦々につくり、1億2600万人のお客に喜んでもらうことである。ドラッグストアは全国で約1万店にのぼるが、薬は売っていても調剤室を併設した本格的なアメリカ型のドラッグストアは少ない。スギホールディングスは時間はかかっても、薬剤師を育て、調剤室を併設した店舗をつくって来た。そうした地道な努力が実って、親切で相談しやすいドラッグストアとして、お客にイメージされるようになった。

 昭子の化粧品販売も成長に役立った。他のドラッグストアは化粧品をあまり扱わなかったが、昭子は女性の立場から化粧品販売を強力に推し進めた。ビューティアドバイザー約700名を育成し、対面販売で高額商品を販売した。

 この結果、資生堂はじめ化粧品メーカーから8000アイテムの商品を取り扱い、今では全売り上げの30%を化粧品販売で占めている。現在、同社の売り上げ構成は、薬30%、化粧品30%、調剤10%と専門性の高い3部門で全体の70 %を占め、競争力増強につながっている。

 成長は企業にとって不可欠なことだが、過度の成長は「百害あって一利なし」と杉浦は戒める。杉浦は年率10%程度の成長が企業にとっては一番理想的な成長ではないか、という。

 6年前、杉浦は成長を急ぎ過ぎて、経営を危うくした苦い経験を持つ。ある大手企業から大物取締役を迎え入れた。ところが、その人物が組織に悪影響を与え、挙句の果ては退社する時、数人の幹部を連れて辞めて行った。その影響で一時、数十人の社員が辞めることになった。「創業期の2000日を除けば、6年前の大量退社が危機と言えば、危機だった」と杉浦は振り返る。

 年商1000億円は企業家の一つの目標である。この域に達する創業経営者はそう多くない。杉浦はその目標を軽々と越え、3000億円に達した。しかし、杉浦は満足していない。「これから10年で2つの挑戦目標を実現する」と意気盛んだ。



地域医療のインフラに挑む

   一つ目は“かかりつけ薬局”のスギ薬局を全国津々浦々に出店し、10年後に現在の約800店舗を3000店に拡大することである。その理由はこうだ。

 日本には1億2600万人の人が住んでいる。スギ薬局は約2万人の商圏に1店舗の割り合いで出店してきた。1億2600万人だと、約6000店舗の出店余地がある。その半分、3000店舗を開設することは不可能ではない。

 そして、その3000店舗を冒頭に紹介した谷口店のように地域医療の拠点としていく。同社は07年医療事業本部に地域医療連携室と在宅医療営業部を設置、地域の医療機関、介護付有料老人ホームなどと連携しながら、在宅医療を推進している。

 日本の医療制度は1961年(昭和36年)の国民皆保険制度の制定を境に急速に充実した。しかし、超高齢社会を迎えて、65歳以上の高齢者が全人口の30%を占めるようになり、医療費の増大が社会の重荷になっている。医療費は今や年間34兆円に膨らみ、破綻寸前の状態にある。

 もはや、病院で高齢者すべてを収容、最期を看取ることは出来ず、大半の高齢者は自宅で看取らざるを得なくなっている。「昔に戻る訳で、むしろ自宅で子や孫に看取られるのが最も自然な姿である」と杉浦は言う。

 そのためには、高齢者の自宅や介護付有料老人ホームで終末医療を施す医師、看護師、薬剤師の配備が地域に必要となる。スギ薬局はその在宅医療の拠点になろうという構想だ。

 同社は既に103店が在宅医療の拠点となり、うち27店が谷口店と同様のクリーンルームを有している。介護付有料老人ホーム129施設と連携し、4039名の在宅患者に薬を届けている。(2011年7月現在)

 谷口店の相宮は末期がんの患者を中心に毎日、午後から5から10軒の患者宅を回る。「患者さんと一緒に最期の時を過ごすのは薬剤師として幸せだ」とおだやかな口調で語る。

 時には、患者が亡くなって、遺族から「線香を上げてほしい」と仏間に通されることもある。その時、「薬剤師の使命感を強く意識する」と相宮は言う。

 地域医療の拠点となるため、2020年度に3000店にするためには、この10年間で2200店舗を増設しなければならない。年間220店のペースだ。杉浦は「このうち100から150店を自社で新設し、残りはM&Aなどの業界再編成により実現する」と言う。

 日本のドラッグストアは70年ごろから登場し、現在は約1万店に達している。百貨店、スーパー、コンビニに次ぐ第4の流通業態として勢力を拡大している。マツモトキヨシホールディングス、サンドラッグなど強豪がひしめき、これから天下取りを目指して各チェーンの合従連衡が始まる。スギホールディングスは05年にディスカウントストアであるジャパンを傘下に収めた。ジャパンは関西と関東地区に計148店舗を持ち、徐々に薬や化粧品の品揃えを強化、スギ薬局の売り場構成に近づいている。

 杉浦は「今後、M&Aも積極的に進めたい」と意欲を燃やす。



薬剤師の地位向上をめざす

   二つ目は薬剤師の社会的地位の向上を目指すこと。杉浦が米国を視察して驚いたのは、ドラッグストアの広さと明るさだけでなく、薬剤師のステイタスの高さである。「薬剤師は医師より信頼されており、当時は米国で最も尊敬された職業だった」と杉浦は言う。

 ところが、日本では薬剤師の社会的地位は、その仕事の責任の重さに比べると低いと言わざるを得ない。

 これから超高齢社会を迎え、地域医療が重要になる。その要にスギ薬局グループはならんと欲している。しかし、薬剤師は薬についての豊富な知識を持ちながら、医療行為は行えない。

 薬剤師が地域医療に重要な役割を果たしていることを患者をはじめ医療関係者が認めるだけで、地域医療はもっと充実したものになろう。同社には現在、約1500名の薬剤師がおり、日夜、高い専門スキルと客とのコミュニケーション能力を磨いている。「等級制セミナー」を開き、保険調剤、ヘルスケア、在宅医療、コミュニケーションの4領域で技術を磨く。各々に初級、中級、上級コースが設けられ、すべての科目を習得した上級薬剤師はロイヤルファーマシストの称号が与えられる。

 スギホールディングスでは、08年にスギメディカルを設立し、地域医療に関する企画立案、訪問看護事業などを手がけている。スギメディカルは今後、スギホールディングスのシンクタンクのような役割を担い、新しい地域医療のあり方を提案して行く。

 さらに、09年には京都大学の構内に『杉浦地域医療研究センター』を設立し、地域医療のあり方などの研究を支援している。

 日本のドラッグストアはこれまで“安売り”のイメージが強かった。スギホールディングスは調剤室併設のドラッグストアにこだわり、薬剤師のスキルを高めて、業界全体を米国型ドラッグストアへイメージチェンジを図ってきた。

 今また、超高齢社会の到来とともに地域医療の拠点として新たな挑戦を始めた。その挑戦は決して平坦ではないが、4000人強の社員が一丸となって取り組めば、目標は必ず達成されるだろう。



  • DEGITAL DATA SOLUTION
コメントをシェア

骨太対談
DEGITAL DATA SOLUTION
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top