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トピックス -企業家倶楽部

2015年04月17日

第2部 サマンサタバサジャパンリミテッドの強さの秘密/「良い場所、良い人、良い商品、良い宣伝」でブランドを確立

企業家倶楽部2008年1/2月号 特集第2部


消費者のニーズが多様化し、流行り廃りが激しいファッション業界。そんな中、13年という短期間で「サマンサタバサ」のバッグをブランドとして定着させたサマンサタバサジャパンリミテッド(以下サマンサタバサ)。強さの秘密は、モデルの蛯原友里など有名人を起用したオリジナルの宣伝手法、徹底した出店戦略、女性社員の活用、メーカーとの強い連携、加えて「世界ブランドをめざす」寺田和正の強い志にある。 (文中敬称略)

 




吐く息もすっかり白くなった2007年12月の週末。午後6時すぎ、クリスマスのイルミネーションがきらめく東京・表参道のある一角が、まるで熱を帯びたような盛り上がりを見せていた。「何があるの」。100人を超える人々がじっと見上げるのは、サマンサタバサの旗艦店「サマンサタバサデラックス 表参道GATES(ゲイツ)店」。冷たく澄んだ夜空に、白やピンクや水色のガラス玉で彩られたお店がキラキラと光る。

 午後6時30分、一瞬にして空気が破れた。白いコートを纏い、にこやかにバスから降り立ったのは、20代の女性サマンサタバサが開いた「エビちゃんクリスマス スペシャル トーク ショー」に人気のカリスマモデル「エビちゃん」こと蛯原友里。一瞬の静寂の後、わぁっと歓声が沸く。入り口の階段でくるりとポーズを取り、店内に入ってゆくエビちゃんに、集まった人々が感嘆のため息をもらす。

 この日開かれたイベントは「エビちゃんクリスマススペシャルトークショー」。エビちゃんがデザインしたサマンサタバサのバッグ・ジュエリーを買った顧客の中から、抽選で30人が生でエビちゃんに会えるという主旨のものだ。会場になった表参道GATES店の3階に集まったのは、見事抽選に当たった若い女性やカップルなど。期待に目を輝かせ、エビちゃんが登場するやいなや、盛り上がりはピークに達した。

「エビちゃーん!」。思わず声を高くした20代の女性の首元には、サマンサタバサのネックレスがキラリと光る。女性たちの足元に置かれたバッグもほとんどがサマンサタバサのものだ。彼女たちへ向けエビちゃんデザインの最新作がお披露目された後、会はクライマックスのプレゼント大会へ。見事サマンサタバサのバッグを射止めたのは20歳の女性だった。

「すごく嬉しい。20歳の誕生日に彼氏からサマンサタバサのバッグをもらって、今日ここに来たんです」。エビちゃんとの記念撮影をしながら、感激のあまり半泣きになる彼女。会の進行を見守っていた社長の寺田和正が「彼氏の顔を見たい」と合いの手を入れ、会場はどっと沸いた。

 そして午後8時前、イベントは終了。エビちゃんとサマンサタバサの華やいだ雰囲気に触れた女性たちは、幸福そうな顔で夜の表参道へ消えていった。
 



■オリジナルの宣伝手法 

20代女性の熱い支持を受けるサマンサタバサとは、どんなブランドなのだろうか。まず根幹のバッグブランド「サマンサタバサ」は、カラフルで華やかな雰囲気が特徴だ。キャンディーのようにポップなカラー、キラキラ輝く生地、ハートやリボンのちょこんとした飾りなど、女性の心をくすぐるデザインが持ち味で、バッグ一つの値段は3-4万円と、20代にすれば決して安い値段ではない。加えて、5 6万円の価格帯である「サマンサタバサニューヨーク」、1万5000円-2万円のブランド「サマンサベガ」など姉妹ブランドがある。
 
 バッグ以外には、ジュエリーの「サマンサティアラ」「サマンサシルヴァ」、小物ブランドの「サマンサタバサプチチョイス」など、サマンサタバサの会社自体で計12種類のブランドを持つ。

 人気は高い。20代向け女性向けファッション誌「CanCam」、「AneCan」などに度々登場し、いまや女性誌でサマンサタバサのバッグやジュエリーを見ない月はない。業績も好調で、07年2月期で売上高172億9200万円(前年比27・6%増)、経常利益24億7600万円(同20・8%増)と成長を続けている。

 成長の秘訣は、独自のブランド戦略にある。「ブランドは、『良い人材、良い商品、良い場所、良い宣伝』をいかに進化させるかがポイント」が寺田の持論だ。

 中でも特に目立つのが、その宣伝手法だ。冒頭のエビちゃんなど、注目の女性をプロモーションモデルとして起用、かつデザインにも加わってもらい、コラボレーション商品を製作する。これまで、テニス選手で現役モデルのマリア・シャラポワ、イギリスの芸能人ヴィクトリア・ベッカムなど名だたるセレブが参加した。

「ブランドは、その時々のセレブに愛されてこそ成長する」。そう寺田は断言する。普通、こうした有名人を起用するなら広告代理店を通し、かつ億単位の広告宣伝費をかける。しかしサマンサタバサはそれをしない。社長の寺田が彼女たちに直接会って、直に依頼をするのである。例えばCanCamの専属モデルであるエビちゃんの場合、寺田の友人で当時CanCam編集長だった大西豊を通じて話が決まった。

 モデルの起用法に加え、広告の作り方も独特だ。20代の女性が中心のプレスチームが、海外だろうと打ち合わせに飛んでいき、モデルが着る服やコーディネイトを考えるのである。判断基準は「かわいい」か「かわいくないか」。広告代理店やアートディレクター、数字をもとにしたマーケティングには手を出さない。顧客の20代女性が心の底から「かわいい」「サマンサタバサの商品を持っていて嬉しい」と思える広告を作るためだ。

 顧客が「かわいい」「また欲しい」と思える仕掛け作りは重要である。「ファッションは劣化するもの。数年経っても持ちたい、または欲しいと思ってもらえる仕掛けを作らないとブランドはすぐに廃れてしまう」(寺田)からだ。

 寺田が直にプロモーションモデルを口説けば、サマンサタバサの理念・姿勢をきちんと伝えることができる。顧客と同世代の社員たちが作るからこそ、本当に同世代の共感を得られる広告を作れる。手作りでオリジナルの宣伝―これこそ、サマンサタバサのブランドの根幹を成す宣伝手法である。
 


■オリジナルの宣伝手法 

■「世界ブランドをつくる」 寺田の強い志

 とはいえ、なぜ有名人と直接契約をすることができるのだろう?誰もが持つだろうその疑問に、寺田はきっぱりと答えを出す。
「契約はそう難しいことではありません。サマンサタバサは世界中で愛されるブランドをめざすと、普段から友人に言い続けています。すると友人が紹介してくれるのです。ブランドは、何をめざしているのかが非常に大事。高い山をめざしていれば、同じ志を持つ人たちが自然と集まってくるのです」。

 サマンサタバサを世界ブランドへ―寺田がそんな思いを抱いたきっかけは、大学時代、カナダに1年半留学していたことに遡る。当時寺田がソニーのCDウォークマンを大学に持って行くと、つねに注目を浴びた。カナダでは、ソニーをはじめトヨタやホンダが活躍し「日本」自体がブランドになっていたのである。「こういうものがブランドか」。日本発のブランドが世界で輝いてる姿は、寺田に日本人の誇りを感じさせた。

 大学卒業後は商社勤務を経て、91年にブランド輸入会社を設立、海外ブランドの輸入卸業を始めた。しかしそこで、日本と本国の間で幾度も成長戦略のズレに直面する。自分で成長戦略を立てたい。自らブランドを持ちたい―そんな想いから、寺田は94年、サマンサタバサジャパンリミテッドを設立する。商品としてバッグを選んだ理由は、ぱっと見てブランド名が判明するから。そして何より、「日本発の新しいブランドでもブランドの価値を作れることを証明したかった」からだ。

 しかし、苦労は多かった。百貨店のバイヤーには「日本の新興ブランドだから」と足元を見られ、狭い店舗しか貸してもらえない。それでも寺田はめげなかった。売り上げで実績を示し、じわじわと店舗面積を拡大させていった。

 ブランドを守るため、出店基準に満たない所は絶対に断った。表参道ヒルズでの出店交渉でも「2階でいいじゃないですか」と言われたが断固として「1階がいい」と言い張った。この時言われた言葉を、寺田は忘れられない。「珍しいですね。日本のブランドだったら『2階でもお願いします』と皆さん言いますよ」。欧州ブランドなら1階の一等地、しかし日本のブランドは2階で納得してしまう現状が悔しかった。

 「だからこそ絶対に妥協はできない。現状に一喜一憂せず、10年後どのようなブランドであるか、将来の姿を見据えた経営が必要です。例えばお店を出す際も、東京の御徒町、アメ横、表参道の中で選ぶとすれば、シンプルに考えればもちろん表参道となる。シンプルなことを妥協せず続けることで、初めてブランドができるのです」
 


■「世界ブランドをつくる」 寺田の強い志

■顧客の声、メーカーとの連携で生まれる商品

希少価値を生む 多品種少量生産

 ただ、どんなにブランドを創ろうにも、基本となる商品が良くなければまったく意味がない。
「サマンサタバサのメインターゲットの20代女性は、ファッションセンスが非常に高く、流行の移り変わりも3カ月単位と非常に激しい。そんな中でもサマンサタバサは流行を捉え、かつ品質も高い。だから売れるのでしょう」。CanCam編集部の大西豊はサマンサタバサの人気をそう分析する。

 確実に流行を捉えるために生かされているのが、顧客や社員の声だ。顧客の声は店舗運営部が吸い上げる。社員が企画を思いつけば、週に一回開かれる「ブランドミーティング」の参加者に自分の意見を伝えればいい。「ブランドミーティング」とは、各ブランドごとにブランド長、デザイナー、プレスチームなど十数人が参加し、毎週一回開かれる会合のこと。ここで新しい企画や、どんなタイミングで商品を出すかが決まる。方針が決まったら、デザイナーが案を書き起こす。

 デザイナーについては各ブランドに一人いるということ以外、その正体は一切秘密となっている。ちなみに、エビちゃんらプロモーションモデルが企画する時は、彼女たち自身がテーマや生地の提案をし、一から企画段階に携わる。出来上がった案を受け、社内のデザイナーが明確なデザインを書き起こし、プロモーションモデルがそのデザインを確認。こうしてプロモーション商品が完成する。完成した商品を見せてお墨付きをもらうだけ、ということはしない。
 
 こうして完成する商品は、春夏物、秋冬物で各100シリーズに上る。それにショルダー型、トート型など形が分かれ、さらに数種類の色がある。全部合わせれば何千種類もの商品ができる多品種少量生産だ。「希少であることが、ブランド価値に繋がりますから」と寺田は自信を見せる。
 



■ メーカーへの情報公開

生産を担うのは委託先のメーカーで、発注から約3週間で商品が出来上がる。バッグ、ジュエリーそれぞれ10数社のメーカーがあり、ほとんどが創業以来の付き合いだ。時にバッグメーカーの会社説明会や採用面接の会場探しを手伝うくらい連携が強い。「サマンサタバサはメーカーを?業者“ではなく?パートナー“と捉えています。共に成長し利益を出したいと考えています」(生産管理・原岡浩平)。

 そのため、メーカーには徹底的に情報を開示している。年に4回「生産ミーティング」を開き、サマンサタバサの売り上げ状況や会社の方針、今後の事業計画などを伝える。月に一度、メーカーごとに反省会も開く。メーカーは通常顧客と触れ合う機会がなく、作った商品がどれだけ売れているかわからない。しかし情報を共有すれば、メーカーが自ら何をすればいいのかを考え、改善することができる。

「父が経営する会社が下請け会社で、親会社の動向に左右される苦労を見てきました。仕事は主体的でないと楽しくないと思います」(寺田)。

 故障品のデータもメーカーにいく。店舗に持ち込まれた故障品が生産管理部でデータ集計され、壊れた事例としてフィードバックされるのだ。メーカーはそれをもとに、商品の改善・強化を図ることができる。

「日本のメーカーは、欧州ブランドと比べても実力の差はまったくない」と寺田は胸を張る。
 若い女性社員や顧客の声を取り入れ、需要予測を高め、売れ筋商品を作る。加えて情報開示を徹底し、メーカーとの連携を密にする。そうしてサマンサタバサは、ほぼSPA(ファッション商品の企画から製造、販売までの機能を垂直統合したビジネスモデル)に近い状態を作り上げている。これには大きな意味がある。最近のファッションの移り変わりは3カ月単位と激しく、需要の予測が難しい。しかしSPAならば、需要予測を早急に商品に反映することができる。消費者の声を的確に捉える仕組みが、サマンサタバサの商品の強みとなっている。


■ メーカーへの情報公開

■「やりがい、プライド、良い報酬、そして信頼」女性を生かす人材戦略  

20代女性が活躍する社風
 
 加えて、サマンサタバサを支える扇の要が人材だ。
「サマンサタバサの人材戦略は『やりがい、プライド、良い報酬、そして信頼』に凝縮されます」(寺田)。
 これはサマンサタバサを創業する前、商社のサラリーマンとして働いていた頃に芽生えたものだ。「やりがいはある。けれど給料が少なくて」「給料はいいけど、仕事がつまらない」。そう愚痴る友人を見て「自分が会社を作る時は、やりがい、プライド、良い報酬を満たせる会社にしよう」と決めた。今では年収1000万円を超える女性社員が何人もいる。

 信頼というのは、嘘をつかない、悪口を言わない、ということ。社内恋愛は御法度。派閥の温床になるため、女子同士の給湯室トークも禁止だ。サマンサタバサ全社員617人のうち約95%が女性で、平均年齢は23・8歳。嘘をつかず、頑張った人に報いる社風こそが女性のやる気に繋がると寺田は考えている。
「採用の時も、謙虚で素直で、嘘をつかない人を採用しています。技術は社内研修で教えられても、人間性ばかりはどうにもなりませんから」(総務採用担当・中岡俊也)。

 主力の20代女性たちが今後結婚・出産しても働けるようにと、07年11月、東京・青山の本社に事業所内保育施設「Thavasa Room(タバサルーム)」もオープンした。サマンサタバサのコーポレートカラーである青と白に
加えパステルカラーで彩られた保育所には、専任スタッフが常駐している。社員・準社員は、平日の8時30分から21時30分まで小学校に上がる前の子供を預けることができる。ちなみに第一号は、出産後3カ月で職場復帰したプレスチームの世永亜実の長男。今は3時間ごとに託児所へ向かい授乳の真っ最中だ。「子供のそばで安心して働ける私は恵まれていますよね」と世永は笑顔を向ける。
「日本が世界と戦っていくためには、女性の力がとても大切」と寺田は強調する。
 



■  研修と店長会で販売員を育成

 直に顧客に接し、サマンサタバサのブランドの顔ともいえる店舗スタッフの研修も手厚い。入社直後から店舗スタッフのトップである課長になるまで職位別に10種類、さらにジュエリー関係が2種類、商品の並べ方が1種類、計13種類の研修がある(16P図参照)。
「接客の基本を教えたり、店長になりたての人たちで悩みを話し合い、内容を共有しています。定期的にというわけでなく、その時必要な研修を随時開いています」(三宮オーパ店店長・荒川薫)

 さらに毎月一回、全国の店長を本社に呼び「店長会」も開く。ここでは販売のプロなどが販売の技を教えたり、寺田が将来の心構えを説く。この店長会にかかる費用は交通費や宿泊費など、一回で約3000万円。それでも「実際に会って、とにかく話を聞くのが大切です。突き刺さる言葉がなければ人は動きません。想いは、メールだけでは伝わりませんから」(寺田)と投資を惜しまない。

 そんな寺田の姿勢に魅せられた社員は多い。寺田の誕生日である12月12日には、社員たちからのプレゼントが寺田に届く。「社長、おめでとうございます!」「いつまでもステキな社長でいて下さい」。社長室にはメッセージを書いたクマのぬいぐるみ、手づくりのクッションなどが溢れんばかりに並ぶ。寺田もそれに応え、クリスマスプレゼントやお年玉をあげるなど、社員たちへのサプライズを忘れない。ちなみに07年のクリスマスプレゼントは社員全員に洋服代3万円。すべて寺田のポケットマネーである。

 「(12月12日の店長会、かつ寺田の誕生日のために)頂いたお金で買った服を着てきたんです。私が落ち込んでいると、寺田はすぐに気付いて声をかけてくれるし、店長として売り上げが上がらなかった頃も『いいんだよ』と、長いスパンで成長を考えてくれた。何があっても見ていてくれる安心感があります。本当に大好きです」(荒川薫)

 そんなサマンサタバサは今、大きな転換期を迎えている。06年11月にはニューヨークに出店。新卒採用も積極化し、07年度は189人、08年度は220人を採用、拡大への布石を打った。さらに07年には、アパレルメーカーのメッセージ、ファッション通信販売のスタイライフを相次いで買収。従来のバッグ・ジュエリー分野からアパレル、インターネット通信販売へ領域を広げている。

 背景にあるのは強い危機感だ。今後日本は人口減でマーケットが縮小する。ただ日本に留まるだけでは先がない。 
12月12日の店長会で、寺田はこう厳しい顔で激を飛ばした。 「少子化で消費が減っても、サマンサタバサが欲しいと思われるようにならないと。人口が減ってからでは遅い。今から努力をしなさい」

 絶対に満足しない。世界ブランドをめざす。そんな寺田の強い想いとこだわり、そして寺田に憧れ活躍する社員たちこそが、サマンサタバサの成長の原動力になっている。 



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