トピックス -企業家倶楽部

2007年06月27日

第2部 テンプスタッフの強さの秘密/地道にコツコツと高い信頼を獲得 権限委譲でスピード成長を実現する

企業家倶楽部2007年8月号特集第2部


地道に、コツコツ、着実に。テンプスタッフ率いる篠原欣子は数々の危機を乗り越えながらも、1代で2000億円企業を作り上げてきた。その成長の原動力は何だったのか。篠原の掲げる「雇用の創造」「人々の成長」「社会貢献」を実現するテンプスタッフの強さの秘密に迫る。  (文中敬称略)



■ 強さの秘密 1 篠原のDNAを受け継ぐ企業家精神の溢れる社風

「死ぬ気でやる気ある?」

「あります」

「この仕事にすべてを賭ける覚悟があるのね?」

「もちろんです」

「わかったわ。じゃ、私が責任を持って役員会に通す」

 2000年のある日、篠原欣子は営業先から帰る途中、社員の西内隆昭にそう言った。数日後、篠原は西内に電話をかけた。

「あなたが提出した企画、役員会に通しておいたから」

 これが、社内ベンチャー制度を活用した第一号の社内ベンチャー誕生となる。テンプスタッフは1973年の創業以来、新しい事業を始める際には、手を挙げた社員に任せる社風があった。これを2000に制度化したのが「社内ベンチャー制度」である。起業したい社員は、事業プランを提出する。そのテーマは「雇用の創造」「人々の成長」「社会貢献」というテンプスタッフの企業理念に見合うものなら何でもいい。

 1992年入社の西内は「これぞ、チャンス!」とばかりに、日頃から考えていた企画で応募した。その企画とはベビーシッターを派遣する事業だ。西内は育児と仕事の両立に苦しむ女性社員や派遣スタッフの悩みをいつも聞いてきた。育児を支援することで、働く女性を助けたい。そんな想いを込めて企画書を書いたのである。「ベビーシッターの派遣事業は自分がずっとやりたかった。それを社員が提案してくれたのがとても嬉しかった」と篠原。「どうしてもやりたい。死ぬ気でやる」と答えた西内の情熱に心を打たれ、社内ベンチャーの第一号に認定する。

 さっそく西内は2001年5月、保育・託児分野に特化した人材派遣などを手がけるテンプスタッフ・ウィッシュを立ち上げる。「設立から2年間は休みもなくて、本当に大変でした」。飛び込み営業すれば、「派遣って何?」。営業先では派遣の仕組みを説明するところから始まった。数々の壁にぶつかったが、夢中になって働くことで乗り越えた。現在は保育士や幼稚園教諭などの人材派遣・紹介から児童館や託児施設などの運営まで、保育サービスを幅広く提供するまでに成長している。

 地道に、真面目に、コツコツと。小さく生んで大きく育てていく。これがテンプスタッフのスタイルだ。企業買収で規模を拡大するという経営手法とは一線を画し、日々の努力を積み重ねることで着実に成長を遂げてきた。

07年3月期の連結業績は売上高2288億6800万円、経常利益111億600万円を達成。篠原は1代で2000億円企業を作り上げてきた。
 
 その成長の秘訣を「本業に徹し、お客様のニーズに誠実に応えてきたこと」と篠原は答える。顧客企業や登録スタッフのために、テンプスタッフは何ができるのか。わき目も振らずそのことだけを考えてきた。「顧客のニーズや時代の変化を捉え、スピーディーに事業化していくことが最も重要です」と篠原はいう。

 外国人の派遣・紹介事業に特化したテンプスタッフ・ユニバーサルも、顧客のニーズに応えるべくして生まれた社内ベンチャーの一つだ。同社社長の野澤和世は96年にテンプスタッフの教育機関であるテンプスタッフテクニカルスクール(現テンプスタッフラーニング)に入社。2000年に同社で英語教育事業部を創設し、学校や企業向けにネイティブ講師による英語研修を行ってきた。日々数多くの外国人と接する中で、外国人が英語講師だけではなく、自分のキャリアを生かした仕事を望んでいることに気がついた。

 グローバル化により、顧客企業も外国人の求人募集を増やし始めている。双方のニーズに応えたい。野澤は、02年の国際ビジネス事業部の設立を経て、04年に外国人を派遣・紹介する専門会社テンプスタッフ・ユニバーサルを設立する。

「外国人派遣・紹介のパイオニアとして、優秀な外国人スタッフとそれを求める全世界の企業を結ぶ架け橋となりたい」と野澤は語る。

 人材サービス業界は時代の変化を肌で感じる世界だ。バブル崩壊後、多くの企業は人件費を削減すべく、外部の人材を積極的に活用するようになった。人材派遣の規制緩和による市場拡大も後押しし、90年代後半から人材派遣の需要が急激に増えていく。その需要に既存の事業で応えられない場合は、新規事業を立ち上げるしかない。

 テンプスタッフでは、新会社や新サービスを自ら手を挙げた社員に任せることで、時代の変化に即座に対応できる仕組みを整えた。「社員一人一人に、現場で顧客企業や登録スタッフが何を本当に求めているのかを考えてほしい。そしてそれを形にしてほしい」と篠原は語る。その大胆な権限委譲は、社員のモチベーション向上と経営者育成にもつながった。

 各グループ会社が専門分野に特化することで、事務、営業・販売、研究開発、IT、医療、教育、保育、通訳、金融、フード関連など数多くの業界・業種をカバーしている。現在のグループ企業数は国内34社、海外10社の44社(2007年5月末)。「そのすべてが社内ベンチャーだと考えています」と篠原はいう。各専門分野に特化した44人の企業家を輩出する仕組みと社風を築いたこと。それがテンプスタッフの強さである。



■強さの秘密2 女性が生き生きと働ける社会インフラを築く

「自由な雰囲気の中で、女性が生き生きと働ける。そんな環境はないかしら」

 1970年代、オーストラリアから帰国した篠原は30代後半だった。当時その年齢で働く女性は少なく、仕事も一般事務しか残されていなかった。「女性の仕事が事務職だけなんておかしい。よし、自分で仕事をつくろう!」そんな想いを胸に、73年に38歳でテンプスタッフを創業する。

 ところが実際に起業すると、苦労の連続だった。飛び込み営業に行っても、派遣の仕組みを一時間説明してもわかってもらえない。企業に派遣スタッフを紹介してもうまくかみ合わない。資金繰りに追われる日もあった。「もう辞めたい」と、しょげていた。

 そんなある日のこと。仕事を紹介した女性が「この前の仕事がとてもよかった。また紹介して下さい」と言ってくれた。得意先からも感謝の手紙が届いた。「何としても続けなくちゃ」。篠原は背中を押される気持ちで突き進んできた。

 それから30年以上の時を経て、テンプスタッフは総合人材サービスの草分けとして業界第2位の規模にまで成長を遂げてきた。女性が生き生きと働ける社会にしたい。その篠原の想いが人材派遣の市場を活性化させ、働く女性の機会を創り出してきたのだ。今では女性が働くことは当たり前になり、働く機会も与えられるようになっている。

 だが、その分、「子育て」と「仕事」の両立に悩む女性が多くなった。日本の抱える少子化問題を解決するためにも、育児と仕事を両立できる環境を整える必要だ。

 テンプスタッフでは、「女性の職業支援」を改めて強く打ち出すべく、2005年10月に「女性支援プロジェクト」を発足(現「輝く女性にエールを!テンプ・ステップ・ジャンプ! project」)。同サイト上で、篠原は働く女性に応援メッセージを送っている。「今後は家事代行サービスや子育て支援、介護分野の人材派遣に力を入れていきたい。これらのサービスが安価に提供されれば、女性がより働きやすくなると思うんです」

 子育てに追われる女性は時間がない。スタッフ登録することさえ、一苦労だ。そこでテンプスタッフでは、派遣登録の期間に子供を無料で預けることが出来る「無料託児所付き登録説明会」を開催している。グループ会社のテンプスタッフ・ウィッシュなどを通じて、ベビーシッターの割引制度や保育所の利用も可能だ。これにより、女性が子育てしながらでも安心して働くことができる環境を整えた。

 さらに就業条件に制約のある主婦が地元で働けるよう、テンプスタッフは地元の求人案件を専門で手がける地域密着型オフィスも展開する。地域密着型オフィスは07年3月期に16拠点を開設、08年3月期は10箇所以上展開する計画だ。これらのきめ細かいサービスで、女性が生き生きと働ける社会インフラを築いてきたこと。これが篠原という女性企業家率いるテンプスタッフならではの強さなのだ。



■強さの秘密 3 一瞬で心を掴む営業力

テンプスタッフは創業以来、篠原自ら営業現場の最前線に出向き、新規開拓を行ってきた。篠原は今でも現役バリバリの営業マンだ。「お客様の心を一瞬で掴む。その営業力には見事なもの」と、執行役員の青柳ひとみは指摘する。

 篠原は得意先に行くと、まず受付の女性に深くお辞儀して挨拶する。テンプスタッフから派遣されたスタッフにも声をかけて、感謝の言葉を伝える。誰にでも謙虚な姿勢で常に笑顔を崩さない。いつでも顧客企業と派遣スタッフを大事にする。その想いが多くの人の心を掴む。

「篠原はその場の空気を和ませる雰囲気も持っている」と、テンプスタッフ・ウィッシュ社長の西内は指摘する。西内が篠原と一緒にパソコンメーカーのN社に営業したときのこと。多忙な篠原のことを考え、「社名を間違えないでくださいね。N社ですからね」と何度も説明した。

 ところが、篠原はN社の担当者に会うと、「F社のパソコンはとってもいいですよね!」とライバル会社の名前を間違えて言ってしまう。内心ハラハラした西内だったが、篠原は「あら、間違えちゃった。ごめんなさい。本当に申し訳ございません」と深々と頭を下げた。するとN社のS当者もその素直さについ笑って許してくれたという。「しかもスッと注文が取れてしまうんです」と西内。その自然体で謙虚な篠原のDNAが現場の営業マンにも引き継がれていく。

 テンプスタッフは篠原の抜群の営業力に加え、優秀な営業マンを抱えることで成長を遂げてきた。「あなたを狙っているの。テンプスタッフに転職しない?」。篠原は現在常務を務める水田正道をはじめ、同業他社から辣腕営業マンを数多くのスカウトしてきた。

 途中入社の男性社員と古巣の女性社員との間では幾多のバトルを繰り広げることもあった。しかしその摩擦こそがテンプスタッフのパワーとなり、持続的な成長を可能にしたのである。「組織には女性も男性も必要。女性は小さく始め、男性は計画を立ててから始める。その両方があるからこそ着実に成長できる」と篠原は指摘する。

 テンプスタッフは持ち前の営業力で、国内252拠点、海外9拠点(07年3月末現在)を展開し、すでに日本全国をカバーするまでになった。今後は医療系専門のバイオ・メディカル部門やIT系専門のテンプスタッフ・テクノロジーなど専門分野に特化した拠点を増やしていく考えだ。 



■強さの秘密 4 スペシャリストを養成し高い満足度と信頼を獲得

「顧客企業から信頼され、スタッフから頼られる会社になる」。07年3月期の決算説明会で、篠原はテンプスタッフの中長期の経営ビジョンを掲げた。

 顧客企業側のニーズでは、ITやバイオ・メディカルなどの分野でスペシャリストの需要が増えている。そのニーズに応えていきたいが、専門スキルを持った人材は不足している。そこでテンプスタッフでは、専門職種の仕事を希望する登録スタッフに「専門スキル実践コース」を用意することで、能力の引き上げを図っている。

 例えば、製薬業界でCRA(製薬業界における治験モニタリング担当者)を目指す人には、独自の研修派遣プログラム「キャリアバード制度」を提供。CRAは薬剤師や医師の医療系資格保有者などが対象となるが、実務未経験でも専門分野の研修後、「キャリアバード卒業生」として各製薬メーカーで働くことができる。ある受講生は受講後、月収が約2倍に上昇した。

 このような「育成型派遣」の需要があらゆる業界で増えている。顧客企業にとっては、自社での教育コストを抑えて、派遣スタッフの即戦力をすぐに活用することができるからだ。「派遣スタッフにとっても育成型派遣を通じて新たな技術を修得し、自身のキャリアを積み上げることができる」と篠原はそのメリットを強調する。

 テンプスタッフでは、求人企業が一定の派遣期間後に正社員として採用できる「紹介予定派遣」や、自社の正社員として採用しIT企業などに派遣する「特定派遣」、転職を支援する「人材紹介」などのサービスも展開。多彩なサービスメニューで、求人企業のあらゆるニーズに合わせた人材を送り込んでいる。「タイムリーに人材を派遣してもらえる。能力も高く、現場からクレームを受けたことは一度もない」「先日お願いした緊急対応時の動員力は本当にすばらしく、助かった。現場もまさかここまでやってくれるとはと驚いていた」と、テンプスタッフの派遣スタッフを活用するアメリカンファミリー生命保険会社の人事部人事課は絶賛する。

「優秀な人材をどれだけ抱えているか。それが人材業界では最大の差別化になる。テンプスタッフは顧客企業から高い信頼を確保している点が強みだ」と人材ビジネスの専門情報誌「月刊人材ビジネス」編集主幹の三浦和夫は指摘する。

 テンプスタッフは派遣スタッフからの支持も高い。「月刊人材ビジネス」2006年2月号の「派遣スタッフ満足度調査」では、テンプスタッフが「友人にお勧めしたい派遣会社」で第1位に選ばれている。特に評判がいいのは、きめ細やかな教育制度だ。

「ピンと糸を張るように背筋を伸ばす。肩の力を抜いて、前を向いてお辞儀しましょう」

 6月14日の午前、東京の新宿にあるテンプスタッフの本社の一室では、新卒者向けの就職支援プログラムが行われていた。プロのカウンセラーが3人の新卒者に面接対策を事細かに教え込んでいる。自己分析や業界・職種研究などの就職活動支援の各種セミナーをはじめ、履歴書のチェックから自己Rのポイント、面接時の身だしなみやマナーまで幅広く伝授している。面接時のシミュレーションや質疑応答のロールプレイングまで徹底して行い、就職活動中の新卒者をサポートしているのだ。

 この日に面接を受けた3人は、「気軽に質問が出来て、しかも親身」「居心地が良い」「女性スタッフが多く、安心して相談できる」「明るく活発で対応が丁寧で親切」と感想を述べている。

 テンプスタッフでは、派遣社員や転職希望者、パート・アルバイト希望者などの登録スタッフ向けにも、様々な研修制度を提供している。即戦力養成を目指したビジネス英会話、ビジネスマナー、パソコントレーニング、各種資格取得講座など、実務に役立つスクール「テンプオープンカレッジ」。さらにクッキングや陶芸教室、フラワーアレンジメントなど、様々なカルチャースクールも用意する。登録スタッフはeラーニングシステムの「aca ne(アカネ)」を無料で利用することも可能だ。「aca ne」では、WordやExcelなどのPC講座をはじめ、手話やメイク、占いなどのミニ講座を受講できる。

 こうしたきめ細かいサポートと積極的な広告展開で、07年3月期は14万139名の新規登録者を確保した。未経験者でもしっかりとした教育が施されることで、スタッフの能力も向上し、顧客企業の高い満足度につながっている。



■ 強さの秘密 5 世界で活躍する人材を輩出

「創業から現在に至るまでに、テンプスタッフを支えてくださった数多くの人たちに感謝を表したい」。そんな篠原の想いから、テンプスタッフでは1991年に、社会貢献活動をスタート。その一環として、社会人向けの海外留学奨学生制度「テンプスタッフ・ワールドワイド・スカラシップ制度」や学生向けの「テンプスタッフ・ユースインターナショナル・スカラシップ制度」を行ってきた。

 社会人が奨学生制度を活用すれば、米国の大学で6カ月間勉強後、米国現地企業で3カ月間働くことができる。ロンドン、バンクーバー、シドニーで英語を学んだり、中国の上海で生きた中国語を学ぶコースもある。

 篠原自身、自信の持てる?何か“をつかみたいと願い、スイスやイギリスに留学したり、オーストラリアで職業経験をしてきた。この海外での経験が人材派遣ビジネスをはじめるきっかけとなり、現在の篠原を形成している。「自分と同じようにできるだけ多くの方に海外での勉学や職業体験をしてほしい」と篠原は言う。

 スカラシップ制度を利用して留学した奨学生は総計900名(社会人6名、学生734名)にのぼる。彼らは留学後、外資系企業や日系企業の海外部門など、奨学期間で得た貴重な経験を活かして、世界中で活躍している。

「今後は外国人の雇用にも力を入れていきたい」と篠原。

 日本では外国人の就労に制約があるが、規制が緩和されれば、外国人にベビーシッターをお願いすることもできる。そうなれば、外国人の雇用も増えるし、女性の職業機会も増えていく。国際交流も活発化し、より大きな社会貢献へとつながっていく。

「雇用の創造」「人々の成長」「社会貢献」。この3つの企業理念を胸に、篠原率いるテンプスタッフは、日本と世界の人々を結ぼうとしている。



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