• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -企業家倶楽部

1999年10月27日

【光陽グループ特集】勝つための鉄壁集団をつくる研修/強力集団の秘密

企業家倶楽部1999年12月号 特集第2部


光陽グループの中核を担う商品先物五社。その新入社員に対して行われる研修は、グループの特徴を最もよく表す、精神的な基盤になるものだ。実務教育に加えて肉体を思いっきり使うスパルタ式研修で、礼儀・礼節、勝つことを徹底的に教える。苦しさを共にすることで本当の仲間ができ、感動の輪が広がる。(文中敬称略)



■軍隊さながらの規律

「整列、点呼!」顔を引きつらせた班長が叫ぶと、班員全員が指の先までピンと伸ばして整列する。

 「一、二、三……」

 「右向け、右! お疲れさまでした!」

 「お疲れさまでした!」

 宿舎の出入り、食堂の出入り、あらゆる場面で整列して、あいさつする。軍隊さながらの規律である。時代錯誤だ、野蛮だと思う人がいるだろう。しかし、これが光陽グループの原点なのだ。

 九九年四月二十三日、会津・磐梯高原の空は晴れ渡っていた。磐梯高原国民休暇村で研修生を預かるグループ各社の責任者、指導員たちがフロントに集まり、もう一時間も前から緊迫した様子でいる。

 光陽グループ先物五社の九九年度新入社員三百七十人(女性九十四人を含む)、リーダー・指導員数十人が、三十七日間にわたって各地を回りながら行っている新入社員研修は佳境にさしかかっている。毎年、この時期に川路が全員の給料を持ってやってくる。

 黒塗りのベンツが裏磐梯の峠を越え、宿舎前に横付けされる。幹部が駆け足で整列する。

 「ご苦労さん」川路が笑顔で宿舎に入ってきた。

 ここに泊まっているのは男子新入社員二百七十人あまりとリーダーたちで三百人を超える。彼等は食堂で音もたてずに待っている。

 川路はまずロビーで一服し、幹部に様子を聞く。

 「どうだ、今年の新人は」

 「かなりレベルが高いです」

 「脱走者は出たか」

 「二名ほど」毎年、数人の落伍者が出る。

 「代表、では二階の方へ」

 別室で恒例の給与の受け渡しを行った。各社の幹部に分厚い袋の束が手渡される。研修には実費だけで一億円を超える経費がかかっている。

 この後、男子研修生三百人が待つ食堂に向かう。入るなり、あいさつと拍手の嵐。圧倒されそうな熱気と緊迫感だ。

 「すごい人数だなぁ」と川路。毎年、ここに来るたびに、グループの成長を肌で感じるのだろう。

 「ここに来ると、心が洗われる気がする」と何度も言った。

 号令とともに黙想、食事に入る。牛丼とみそ汁。川路も一緒に五分ほどで一気に食べ、退場する。

 「整列、お疲れさまでした!」渾身の声を振り絞ったあいさつ、あいさつの連続。一つひとつのあいさつに応えるうち、川路の顔が紅潮してくる。

 「今日は気合いが入ってきたぞ」と力こぶをつくった。その言葉通り、川路はこの後、二時間びっしり、新入社員に向かって熱く語った。その内容を紹介する前に、研修の概要をもう少し説明していこう。



■戦後教育のあくを出し、勝つことを教える

光陽グループが創業当初から一貫して力を入れている新人研修はグループの原点だ。先物取引の勉強、スポーツ、オリエンテーション、終日ハイキング、キャンプなどを通して「光陽グループ魂」を徹底的にたたき込む。

 光陽グループ魂とは何か。まず礼儀・礼節。そして、人生を真正面を向いて生きること。勝つこと、仲間を大事にすることである。これを教え、辛さを共有したという連帯感、団結力を生むためのスケジュールが組まれている。

 すべての行動を班単位で行うことで仲間の大切さを教える。助け合いながら五十キロを歩き切る終日ハイキング、三泊四日のキャンプもある。

 なかでもスポーツは重要な項目だ。班単位のチームでバレーボール、ソフトボール大会を何度も繰り返す。勝ったチームは午後四時過ぎに、迎えのバスで宿舎まで帰れる。六時からの夕食まで風呂に入り、ゆっくりとくつろげる。それに対して負けたチームには罰ゲームが待っている。

 勝ち組が帰ってから用具を片づけ、掃除をし、ランニング、腕立て伏せ、ダッシュなどを一時間以上やらされる。そのうえ、数キロの道のりをランニングで帰らなければならない。宿舎に着くのは夕食時間ぎりぎりだから、風呂に入る時間もない。勝つことがいかに大事か、負けることがどんなに惨めか身をもって体験させられる。

 しかし、この程度は序の口だ。新入社員にとって最も衝撃的なのは班長引継である。

 一日の研修が終わった午後九時過ぎ、その日の班長と翌日の班長が指導員とリーダーたちが待つ、暗い部屋に呼び出される。今日の反省、明日の目標などを報告するのだが、そのやり方が尋常ではない。

 「失礼します!」新人たちが緊張しきって、すり足で足早に入ってくる。途端にリーダーの罵声が飛ぶ。

 「何だ、その入り方は!」「やり直し!」「だらだらするな!」

 正座で一時間、たっぷりとしぼられ、最後は土下座のあいさつをして、転がり出ていく。

 初めはイジメかと思ったが、そうではない。これは戦後教育を二十二年間受けていくうちに溜まった膿を出すために行われる。戦後民主主義教育はいいところもあるが、悪い面もある。厳しく叱られることがなくなったため、安っぽいプライド、高慢さといった面が顔を出す。自分を殺し、集団の中で一つの道具となりきる日本人の美点が失われた。それは本人のその後の人生にとって決していいことではないのだ。



■涙の配属式

この研修は新人にとっては、天地がひっくり返るほどインパクトがあるものだ。特に最初の一週間ぐらいは、ほとんどの人間が困惑する。毎日の日報を見ても、とんでもない会社に入ってしまった、逃げ出してやるといった批判が書いてある。ところが、日を追って変わってくる。

 そしてすべてが修了した五月七日、ホテルニューオータニで新たな職場への配属式が行われる。この日、新人たちは涙を流しながら、「もっと研修を続けたい、これまでの人生で初めて本当の友と出会えた、仲間と別れたくない」と言い出す。

 厳しい、辛いを超えた感動がある。それが光陽グループ魂につながっていくのだ。

 それではこの日の講演内容を紹介しよう。



■苦しさを乗り超えた者が勝利をつかむ

第14期新入社員へ
 99年4月23日講義の抜粋

今年は、この人数の多さに私自身も、燃えてきました。商品先物を扱う光陽グループはスタートの時から、銀行や証券会社などの花形企業から蔑視され、金融業界の中で蚊帳の外でした。しかし、今に見ていろ、という思いで、十九年前、五十七名の同士と一緒にこの会社を創りました。毎年この場所に来ると、その思いがよみがえります。

 私は当初から必ず金融総合商社をつくりあげ、銀行、証券を買収し、傘下に入れていくと言い続けてきたのです。当時は、本当に何を言っているんですかと言われました。ところが、ここにきて私が言った通りになっているのです。

 日本人は非常に優秀な民族です。モノづくりにおいてはどこにも負けません。しかし、相場の感覚、先物感覚がわからないという欠点があります。政治や行政、経済界、大企業のトップたちもみんなそうです。このため、バブル崩壊後、稼いだおカネがみんなアメリカの懐に入ってしまいました。肝心な部分がわかってないので為替でボロボロにやられてしまうのです。せっかく日本で稼いだ円をどんどん放出してしまうのです。

 ですから、われわれが先物文化を浸透させていくんだというプライドを皆さんでもっていただきたい。現実には、夢とはかけ離れて、泥臭いこと、厳しいこと、辛いことが待っています。しかし、谷底に落とされた金融界の中で、はい上がって来た者が、ライオンのように王として君臨するのです。それがわれわれ光陽グループです。

 日本より十年早くビッグバンをやったイギリスは、いまだに貴族制度が残っている国です。しかし、大英帝国時代にアジアやインドから連行されてきた人たちが、サッチャーさんがビッグバンを打ち出してから十何年の間に大躍進し、いまやイギリス経済の六〇%近くを握っているのです。空港でファーストクラスのお客さんは特別の出入り口を通れる国でさえ、かつてしいたげられた人が五割以上の経済を握るようになっているのです。

 これを日本に置き換えてみると、いままでの貴族企業はまず財閥企業、一流企業、老舗といわれる企業です。われわれはどちらかといえば奴隷サイドのほうです。平穏な時代に小が大を食うことは絶対にありえません。しかし、いまは黙っていても山一証券、長銀や拓銀が潰れているんです。一流企業がおかしくなってしまったんです。

 人事にしても、一流大学から一流企業の社長になった彼らは、頭は良いかもしれないが、ここぞというときの決断力がない。ですから、われわれから見たら、こんなチャンスは二度とないのです。このような時代だからこそ、金融総合商社をつくり上げることができるのです。

 光陽グループがまだ四十、五十名だった頃は、一人一人と名前を言いながら話ができました。ホテルニューオータニで配属が終わった後、全員が泣いていました。そこまで通じあったのです。一つの思いや本当の気持ちを伝えられたのです。ところが、ここまで大規模になりますと、一対一の話が出来ない。しかし、それを皆さんにわかってもらいたい。

 グループの歴史は研修から始まっているのです。こんな時代に、何故こんな野蛮なことさせられるんだと思うかもしれません。しかし、実際に現場に出てみると、苦しかった研修を乗り越えた、マラソンで負傷した同僚を運んできてやった経験が支えになります。チームワークの素晴らしさ、仲間の大切さ、そのような当たり前のことを、いまの学校教育では教えてもらえない。スポーツ研修で、自分一人が手を抜くと、チーム全体に迷惑がかかることを実感する。そういう体験が現場に出たときに役立つのです。

 実際の現場は研修とは違った辛さがまっておりますが、そのときこそ、最初は矛盾を感じながら受けた研修で、仲間が励ましてくれたから乗り切れた。同じ仲間が別のグループ会社で、同じように苦労しているんだと分かればがんばれる。そういろんな思いが、君たちがこれから成長していくためになるんです。

 いま、光陽グループは大飛躍しています。それを本当に認識してもらいたい。社会は、少しの逃げも妥協も許されない戦場です。その代わり、自分を信じて頑張り抜いた人は大きな栄光をつかむことができます。努力によって大きな夢を実現できるのです。厳しいけれど、素晴らしい世界です。私は、高校中退という一つのコンプレックスを抱えています。それを世の中に出て、エネルギーに変えたのです。大卒に負けてなるものか、というのが私のエネルギーでした。そこにいまの自分があるのです。絶対に一番になる。二番だったらやらないほうがいい。人間は、そういう思いを持っていれば必ずそうなるんです。自分の潜在能力を引き出すのです。みなさんも、それぞれの潜在能力を最大限に引き出してほしい。

 絶対に、金融業界で日本一の会社にする。われわれは現在、富士山を目指していますが、これはあくまで通過点です。最後の最後にはエベレストがまっているのです。日本を代表する素晴らしい金融総合商社にします。みなさん一人ひとりが、その主役なのです。

 夢を信じているからがんばれる

 「人生に失敗するのは簡単です。不平、不満ばかり言っていればいいんです。そんな人は必ず失敗します。逆に、人生の課題に真正面から取り組み、常に明るく前向きに生きる人は絶対成功します」
 
 これは川路の生き方の基本理念である。この研修は社員にこの考え方を体で身につけさせるものといえる。不平、不満では(たとえそこに正当な理由があろうとも)、世の中は動かせないことを川路はよく知っている。

 鹿児島県出身で川路といえば、知っている人はピンとくるだろう。司馬遼太郎の著書『翔ぶがごとく』で西郷隆盛、大久保利通と共に主人公になっている川路利良である。川路の実家は利良を生んだ川路家の主筋にあたる家だという。

 日本の警察制度をつくった初代大警視川路利良は、幕末の混乱期に、自分の意志で立ち上がり、戊辰戦争で活躍して西郷隆盛に認められた人間である。西郷に心酔したのはいうまでもない。しかし、西郷が不平・不満分子に担がれる形で西南戦争を起こしたとき、川路は日本の警察を代表する人間として、大久保利通と共にこれを討つ側に回る。

 光陽グループを率いる川路を見ていると、この歴史人物との符合を感じずにはいられない。変革期に頭角を顕わし、社会を変える新しい仕組みや勢力をつくる。川路はそんな星の下に生まれた人間なのか。だとすれば、新入社員はすでに幸運の切符を半分手に入れたことになる。いまは苦しくても、川路を信じて明るく前向きに戦う上昇集団の一員になればよい人生が待っている。トップがそんな気にさせるものを持っているから、研修にもますます熱が入るのだ。



  • DEGITAL DATA SOLUTION
コメントをシェア

骨太対談
DEGITAL DATA SOLUTION
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top