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トピックス -企業家倶楽部

2015年04月27日

【パーク24特集】駐車場にこだわり経営を極めた異色社長/パーク24強さの秘密と課題

企業家倶楽部2000年6月号 特集第2部 


 時間貸し駐車場で65%のシェアを誇り、毎年20%成長を続けるパーク24。経常利益率10%超、株価1万2000円。その強さの根源は、駐車場にかける西川の情熱と、そのリーダーシップにある。



■時間貸し駐車場のパイオニア

日本で初めて時間貸し駐車場が登場してから九年。パーク24の成功を見て、類似会社が多数生まれている。三井不動産販売の「リパーク」、日本パーキングの「NPC」、テクニカル電子の「タイムパーク」、パルクの「パルク」など、小さな会社も入れれば、数十社はある。しかし、それらのシェアをすべて合わせても、パーク24の足元にもおよばない。その強さの秘密はどこにあるのだろうか。

 その第一は、このビジネスのパイオニアであることだ。時間貸し駐車場は、西川がゼロからつくり出したビジネス。先行者利得は大きい。真似をして入ってきた企業とは、駐車場ビジネスに対するこだわりと習熟度が違う。その上、パーク24には大手後発企業にトップを奪取させないだけのスピードとパワーがあった。

 西川がこのビジネスを始めたとき、すでに駐車場歴二十年、年商二十億円という下地をもっていたことが大きい。だてに五十歳まで生きてきたわけではなかった。

 タイムズ事業の創業期、日本はバブル経済の全盛期で、駐車場料金はうなぎ登りだった。「これは住宅をつくるよりずっともうかる」と考えた企業は、立体駐車場をこぞって建設した。いま、それらの企業はほとんど解散している。

 西川は、こうした動きには見向きもしなかった。家賃より高い駐車場が長続きするはずがないと思ったし、駐車場は目的地に近くなければ意味がないと知っていたからだ。

 ドライバーは目的地から二百メートル以上離れた駐車場には車をおかない。したがって、二百メートル以上離れた駐車場は競合しない、という二百メートル市場説を提唱し、市街地の中にある三十坪程度の遊休地に、パークロックを使用した時間貸し無人駐車場をせっせと設置していった。

 五十代のパワーはあなどれない。人脈一つとっても、友人が平社員ばかりの二十代と、経営幹部クラスの五十代では全然違う。二十代が一から始めなければならないことも、電話一本で済んでしまう。それくらいの差がある。

 第二創業時点で、二十年の経験、知識、人脈をもっていた西川が、その持てる力を爆発させたところに、パイオニア企業としての強味を発揮できた素地があった。



■黄色と黒のシンボルマーク

 

 タイムズの強味の二番目は目立つ看板だ。緑、青、オレンジなどの色を使ったさまざまな駐車場の看板があるが、黄色地に黒文字のタイムズが一際目立っている。

 もともとは「PPS駐車場(パーキング・パートナー・システム)」という看板をつけていた。地主と共同経営するという意味合いを強く押し出さないと、土地を貸してもらえなかったからだ。しかし、これでは一般の人にはわかりにくい。そこで時間貸しをイメージさせる「タイムズ24」にした。

 西川の英語の先生が「タイムにSはつきません」と言ったが、「和製英語でいいじゃないか」と頓着しなかった。時間貸しで、しかも二十四時間対応しているのが即座にわかる上、一度見たら忘れられない強烈なデザインである。

 黄色と黒のロゴは、アメリカの「バーツ」というレンタカー会社の看板を参考にした。バーツのロゴ看板は黒地に黄色文字。その色を反転させた。以前、アメリカでその看板を見て、強烈な印象を持っていた西川がデザイナーと二人三脚でロゴをつくった。よく見ると、Tの文字が車をかたどっているのがわかる。白ゴ一つに細心のこだわりがあるのだ。

 しかし、この看板ができたとき、当時六十カ所ほどあったPPS駐車場の担当者は、「看板を変えろ」という西川の指示に、今までの方がいいと反論し、なかなか従わなかった。業を煮やした西川は言った。

 「言うことをきかないやつはボーナスカットだ!」

 看板は一斉に変わった。



■メンテナンスで差をつける

 全国二千七百カ所に点在している駐車場の集金・メンテナンスがいかに大変か想像がつく。西川は集金・メンテナンスが手間のかかること、なおざりにできないことを知っていたので、当初から専門の子会社タイムズ24をつくった。同社では現在、本体と同じ約二百人の社員が働いている。

 無人管理の駐車場といえども、設置しっぱなしではうまくいかない。タイムズはどんなに短期の契約でもきちんと舗装し、一台分の車幅は必ず二・五メートルとっている。暗くて危険な駐車場のイメージを変えるため、清掃をこまめにして、明るく清潔な状態を維持している。

 運営管理を子会社に任せることで、きめの細かい対応ができる。この部分をアウトソーシングしている他社では、それだけの対応はできない。

 百円玉を集める細かいビジネスだからこそ、まめなメンテナンスが必要。不正があったり、料金精算機が壊れたときに、すぐに対応できるかどうかで、利益が出るか出ないかが決まるのだ。



■信用取引ができる自己完結型システム ネットストックの優位性

 こうしてみると松井証券が非常にいい位置にいることがわかる。その条件面の優位性を挙げてみる。

 ①八十年以上の歴史をもつ老舗でありながら、十年前から営業マンを廃止し、電話による受け身の営業に切り替えたこと。この十年間は非常に大きい。この間に通信取引を利用し、自分の意志で積極的に株式売買をする富裕層をつかんだ。しかも、相手の顔が見えない通信取引のノウハウを豊富に得たことから、ネット上の信用取引が可能になった。

 ①自己完結型の本格的ネット取引システム「ネットストック」をいち早く稼働させたこと。ネットストックが立ち上がったのは九八年五月で、すでに十社以上がネット取引を始めてはいたが、どれも本格的なものではなかった。他の有力ネット証券は松井に一年以上出遅れた。たとえばオリックス証券は九九年五月、DLJディレクトSFG証券は九九年七月、マネックス証券は九九年十月にサービスを開始している。

 ネットストックのプロジェクトは九五年末から始まっており、三年近い歳月をかけて信用取引を実現する複雑なプログラムが組み込まれてある。ドッグイヤー(人間の一年は犬にすれば七年にあたる。それくらいのスピードで時が進むこと)と言われるいま一年の差は大きい。

 これらの理由から、ネットストックの三万一千口座は非常に密度の高いものになった。おカネを豊富に持っていて、株の売買を日常的に行っている四十~六十歳の客が中心なのだ。しかも信用取引ができるから売買代金は必然的に高くなる。



■全国のネットワークと高い認知度

 

 大阪、福岡、仙台、鹿児島など、全国十一の主要都市に営業所があるのも強味だ。タイムズ事業を始める以前に、各地に営業所をもっていたため、比較的容易に全国ネットワークを確立できた。

 今後は、FC(フランチャイズ・チェーン)方式で地方展開し、日本中の都市にタイムズの看板を張り巡らせる方針だ。

 一都三県の十入歳から二十八歳の若者にタイムズの看板を見せて、これは何かと聞くと、ほぼ一〇〇%、駐車場だと答えるという。タイムズ24は、すでに時間貸し駐車場のトップブランドになっているのだ。

 宣伝活動をほとんど行っていないのに、これだけ認知されているのはなぜか。

「それだけタイムズはドライバーにとって、なくてはならないものだからです」と西川。本当に必要なものは、宣伝などしなくても、ユーザーが探し出してくれる。目立つ看板と相まって、一〇〇%近い認知度を実現している。



■慎重な経営者

 次の五つの経営指針は、西川のビジネスセンスをよく表している。

①在庫は持たない②流行性のある商品は扱わない③腐るものはやらない④外部要因に影響されない会社経営をする⑤政府の方針によって左右されるような経営体制をとらないー。


 リスク要因を徹底的に排除して経営していることがわかる。西川が非常に慎重な経営者なのは、同社が駐車場ビジネスの黎明期に誕生した駐車場会社の中で、唯一の生き残りであることが証明している。


 幼いころから二人以上の人間が集まると、自分が上に立たなければ気がすまなかった。大学卒業後に入社した会社では、自らを「超ド級の新人」と称し、上から管理されることを嫌い、好き勝手をやった。それが許されるだけの努力をし、実績で証明した。

 それでも、サラリーマンには収まりきらなかった。まさに社長になるために生まれ、その天職を全うしている西川だが、それでも社長の辛さをぼやくときがある。

 一番辛いのは、会社の命運を背負う重圧だ。何とかして、倒産の不安から逃れ、楽しく遊びたい。それが、一生懸命仕事をする理由になる。公開の決意をしたのも、倒産の不安が一つの原動力になっている。人の上に立つ人間は、豪放福落もいいが、半面、臆病なくらいがいい。経営戦略もそれだけ練り上げられたものになる。余裕綽々の社長を演じながら内心、資金繰りの心配をしているのだ。



■社長業のプロ

 社長しかできないから会社をつくった、という西川。天職の社長業に就いて今年三十年。いよいよ円熟の境地に達したようだ。

 スーツを着て歩いているだけで「社長」の雰囲気を醸し出す。おしゃれをする理由を「僕にはそれしかやることがないんだ」と、余裕を漂わせる。そこがまた「社長」らしい。

 西川は毎月、社長室で酒宴を開く。営業会議などの前日、全国から集まってきた支店長らを招き、自らワインを注いで回る。本人は下戸だが、その雰囲気が好きだ。社員が手にするのはバカラのグラス。普段、目にすることのない高級グラスに、社長から高級ワインを注いでもらうと、女子社員は大喜びだ。

 西川はワンマンで、厳しい経営者だ。叱るときは、辛らつに叱る。イベントなどを行うときも、細部に渡って注文をつける。場面場面で、わがままともいえる意地を張り、部下を困惑させることもある。

 時には、わざと怒ったりする。それも社長の仕事だという。締めるところは締め、緩めるところは緩める。組織に適度な緊張感をもたせながら、社員一人ひとりが夢と希望を持ってのびのびと仕事ができるようにする。その手綱さばきが社長の腕の見せどころだ。

 「日本の車社会を変える」「電気自動車をつくる」「アメリカから空母を持ってきて駐車場にする」と大風呂敷を広げる一方で、「今日着てきた背広が気に入らない」と愚痴をこぼす。社員を叱ったあと、すり寄るように近づいて語りかける。

 「あの女(こ)は俺のこと、どう思らてるかなあ」西川流のフォローだ。

 社員と飲みに行って「あれは俺好みの女だ」などと言う一部上場企業の社長は何人もいないだろう。その開けっぴろげの破天荒さが西川の魅力だ。



■最後の仕事は後継者育成

 

西川の目の黒いうちは不安要因は見当たらない。しかし、今年六十二歳になる西川に、時間はそんなに残されていない。

 十年後の命運は、後継者の力量次第となるだろう。西川の長男、常務取締役の西川光一(35)が後継社長と予想される。「能力のない者に世襲させるつもりはない」と西川は言っているが、腹の中は決まっているように思われる。恐らく五年後ぐらいに決断の時期はやってくる。

 創業経営者とは別の意味でハンデを負った後継社長がどんなかじ取りをするか。その見極めにはまだ時間がかかりそうだが、日本の車環境を発展させるためにも、後継社長には是非がんばってもらいたい。

 自分を超える後継社長を育てることが、西川の最後に残された最大の仕事になるだろう。



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