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トピックス -企業家倶楽部

2012年08月27日

社会そして人類のために貢献できる会社へ/クロスカンパニー代表取締役社長 石川康晴

企業家倶楽部2012年10月号 クロスカンパニー特集第3部 編集長インタビュー


もはやおなじみとなったファッションブランド「earth music&ecology」。しかし、ここに至る道のりは決して平坦ではなかった。顧客離れ、集団離職、資金の枯渇…数々の危機を逆転の発想で乗り越え、クロスカンパニーは成長してきた。「確固たる意志と的確な戦略を持って、階段を一歩ずつ上っていく」と着実な経営を心がける石川康晴社長は、「今後10 年で世界企業に名乗りを上げる」と大風呂敷を広げる。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

 



■社会そして人類のために貢献できる会社へ 一心に追いかけた洋服屋という夢

問 私たちがクロスカンパニーを知ったのは、CMに女優の宮﨑あおいさんを起用した主力ブランド「アース」の知名度向上が大きいと感じます。

石川 「アース」は事業開始以来順調に伸びて来ましたが、2009年度には既存店の売り上げが前年比96%となりました。しかし、積極的にCMを打ったことで、2010年度は「アース」の既存店前年比は135%、最高を記録しました。広く認知されたことで、経済的なメリットのみならず、従業員のモチベーションも掴み取ることができたのです。

問 「アース」の誕生までには、紆余曲折があったそうですね。

石川 私は中学時代から洋服が大好きで、お年玉の全額を服に使うような少年でした。当時流行っていた少年漫画やテレビゲームには興味が湧かなかったのです。

問 服に興味を持たれたきっかけは何でしょう。

石川 日舞の師範を務めていた祖母の影響が大きいと思います。小学校に入学する頃まで、祖母が日舞を教えている寺社などに付いて行っていたのですが、84歳で引退するまで「生涯現役」という姿勢を背中で見せられました。柄や織り方以上に、着物は帯で決まります。帯のセンスや色のコントラストが重要なのです。「あの帯は着物に合っている」といった祖母の話を横で聞いていて、幼いながら色に対して興味を持ちました。

 私の母も30歳を過ぎるまで日舞を習っておりましたので、色に対しては鋭い目を持っていました。「何でベージュのズボンに黒のシャツなんか着てるの」などとたしなめられることも多く、いわゆるカラーコーディネートにうるさい家庭環境でした。

 そうした中で服が好きになり、中学2年の時、行きつけの服屋の店員に「そんなに洋服が好きなら洋服屋になればいい」と言われました。その言葉が腑に落ちて、その後一度も他の職業に就こうとは思わず、23歳で起業したのです。起業にはお金が必要ですから、高校時代は好きなことだけ勉強しつつ、それ以外の時間はアルバイトに終始していました。

 そして高校卒業後、紳士服メーカーを経て、1994年、23歳のとき出身地の岡山で創業しました。

問 その時はどのような思いでしたか。

石川 まず、目標が実現した感慨がありました。自動車が欲しかったのですが、ローンを組みたくなかったので、高校在学中に貯めたお金の大部分を使って車を購入しました。その残りと紳士服メーカーに勤めていた時代の貯蓄を合わせて約300万円。これを原資にして、4坪の店をオープンしたのです。

 お店の内装も、夜なべして壁にペンキを塗るなど、可能な限り自力で行いました。カーペットはホームセンター、ハンガーは100円ショップで購入し、レジは3000円の中古品です。レジ台に至っては、粗大ゴミの中から拾ってきました。

問 業績はいかがでしたか。

石川 3、4年間は順調に伸びていきました。私一人で運営していましたが、初年度は何とか売り上げ4000万円に到達することができ、翌年社員を雇いました。売り上げは2年目で1億円、3年目で2億円、4年目で4億円という具合に、1年ごとに2倍のペースで順調に業績を伸ばしました。



■背水の陣でSPAに転換

問 業態をSPA(製造小売業)に転換された動機は何だったのでしょうか。

石川 転機は5年目でした。それまで展開していたのはレディースのセレクトショップで、比較的高価な商品を扱っていました。Tシャツで約5000円、カーディガンで約2万円、ワンピースで約4万円という具合です。さらに、そうした商品が売れると共に、より感度と客単価を上げていきたいと考えました。最終的に売り上げ4億円に到達した時には、ワンピース15万円、靴15万円などといったさらに高額な商品を揃え始め、顧客離れが顕著となったのです。

 事務所は在庫の山。その上を出勤するような状態でした。売り上げも大幅に落ち込み、当時13人いた従業員は10人退職届を持ってくる有様です。資金は枯渇していましたし、社員は大量に辞めていくし、危機的状況でした。

問 その危機を、どのように突破されたのでしょうか。

石川 当時、偶然読んだ松下幸之助の『商売心得帖』に、「売れなきゃ掃除しろ」と書いてあったので、毎晩2時まで店の掃除ばかりしていました。

 ある時、レジの裏を掃除していると、近々辞める予定の社員が書いた友達宛の手紙が出てきたのです。当然読んではいけないのですが、つい読んでしまいました。封筒を開けると、一行目に「うちの社長は馬鹿だ」と書いてありました。「売れもしない高額品を商品戦略にして、東京・代官山に店を出すと言っている。こんな会社は潰れるから、来週私は辞める」という内容でした。その社員が3日前まで「最後まで絶対頑張ります」という調子で働いていただけに衝撃が大きく、裏切られた思いがしました。

問 さぞショックだったことと思います。

石川 しばらく放心状態に陥りましたが、その時ふいに、社員たちが正しいのではないかという疑問が頭をもたげました。13人中10人が退職すると言っているのですから、やはり自分がおかしいのではないかと考えることができ、戦略を逆の視点から練り直そうと思い立ちました。すなわち、ヨーロッパからの高額商品の買い付けを止め、SPAのメーカーとして比較的リーズナブルな商品を作ろうと考えたのです。

 こう考えると、次に進むべきステージが見え、気持ちも晴れました。翌日、残る3人の社員に「今ある3店舗は全て閉店する。閉店セールを行って資金を作り、それを元手にSPAとして第二創業を目指す」と言い渡しました。

 自分のためと言うより、この状況下でもなお付いてきてくれる社員のためを考え、全くものづくりの経験も無い中で、工場にお邪魔して「何とか私たちの商品を作って欲しい」と交渉しました。そして、工場の方々に「普通あんたみたいな潰れそうな会社に売るものは無いけど、岡山からSPAが出て ほしいから、青天井でいくらでも作ってやる」と言っていただき、SPAを開始したのです。

問 ここで、ついに「アース」の誕生ですね。

石川 「アース」は、私たちが最初に立ち上げたSPAのブランドです。99年9月に第一号岡山店を立ち上げました。高額商品志向のお客様は一時的に去っていきましたが、潮流に合っていたのか、結果的にはそのほとんどが戻ってきてくださいました。

 一号店の開店時は600人ものお客様が来店し、店を一周するほどの大行列が出来ました。倒産を目前にしながら逆さまの戦略を打ち、変化できたことが、起死回生して生き延びられた結果をもたらしたと思っています。



■日本を女性が最も活躍できる市場に

問 御社は女性を大切にされていますね。男性と女性の違いは何でしょう。

石川 女性は集中力が高く、生真面目です。もちろん個人差はありますが、最初の5年ほどは、男性の方が大きいことを言いながらやることは小さい。それに対し女性は、言うことは小さいのですが言ったことはきちんとこなします。

 ただ30 代に入ると、男性も世間を知り、中くらいのことを言って、確実にこなし始めるので、もはや男性も女性も大きな差はありません。

 女性の弱点としては「数字に弱い、感情が入る、噂好き」の3点につきます。しかし人間、得手不得手は必ずありますので、ある分野が苦手な女性がいれば、その分野に強い男性をサポートとして付けるなど、支援チームの構築が肝要だと考えています。それでも噂話はしますけどね(笑)。

問 女性の採用について、何か理念などはあるのでしょうか。

石川 私たちは、創業当初から女性によって支えられてきました。そして、女性の管理職を圧倒的に多く輩出しながら業績を伸ばし続けています。私たちは女性を採用することで社会貢献を実現しているという意識はありません。これまで女性の生産性や仕事に対する習熟度をつぶさに見てきて、その能力の高さが十分に実証されたがゆえに、女性を雇っているのです。反対に、幹部や管理職に女性がいない企業は、意見が偏った、マネジメントのできていない状況下にあると捉えております。

問 現在、社員の男女比率はどの程度ですか。

石川 本社と店舗を両方含めると、95対5で圧倒的に女性が多数です。そして、管理職の女性比率が40%。取締役は、執行役員まで入れて6名中2名が女性です。 働いていた女性が結婚、出産、育児を機に退職せざるを得ないという問題を改善するためには、当事者である女性を管理職とする必要があります。育児に追われて働けない方にも労働機会を与えるという経営判断をするの管理職の役割です。

 しかし管理職と言えども、数年程度の任期では、厚生労働省に働きかけて中長期的な視野で大幅な改革を迫るといったことは難しいでしょう。そこで重要なのが、私たち経営者の判断です。私が内閣府の男女共同参画推進連携会議の議員として活動しているのも、日本を女性が最も活躍している市場に変えたいという思いからです。私たちは、その突破口となるような企業でありたいと考えています。



■三方よしの新しい雇用体系

問 全員が正社員という経営もアパレル業界では特徴的です。

石川 創業前、先輩経営者の方々に「アパレル業界で生き残る術を教えて下さい」と伺いました。すると、皆さんが口をそろえて「人材は調整弁で考えろ」とおっしゃったのです。すなわち「いつでも解雇できるよう、正社員にしてはいけない」というアドバイスでした。しかし、私はその考え方に違和感を覚え、将来人を雇う時は必ず正社員として働いてもらおうと決心しました。

 アパレル産業全体を見た場合、人間を機械と考えるような体質では成長が期待できません。非正社員の雇用が中心では、人材欠乏産業になってしまうからです。それでは今後の国際競争を勝ち抜くことは難しいでしょう。正社員としての雇用は、グローバルに展開していく上で最低限必要な制度なのです。業界の意識を変革したいという思いもあり、当社では最初に雇った方から全員正社員の経営を行っております。

問 正社員雇用のメリットは何でしょう。

石川 人は財産です。その財産に、中長期的に教育という投資をかけていくためには、正社員として雇うことが不可欠でしょう。アルバイトやパートの形態を取ると、「短期で働ければいい」という志向の方しか採用できません。2ー3年経って業務が板に付いてきた頃に辞めてしまう可能性もあります。一方、正社員という形で採用を行えば、私たちも相手の方も「長期的に一緒に働く」という価値観が一致します。そうした前提があればこそ、徹底的な教育投資も可能なのです。

問 時短の方でも正社員として採用されています。

石川 女性が結婚もしくは出産のタイミングで一度社会から離れざるを得ないことは、統計からも明白です。その最大の理由は「短時間で働ける職場環境が無いため、子育てと仕事が両立できない」という事実に基づきます。短い時間で働く環境というとアルバイトやパートを想像しがちですが、正社員として責任を持って働きたいと考える若い主婦も徐々に増加傾向にあるのです。誰かがその門戸を開かねばならないと思い、時短の正社員雇用を提案しました。

 最初は社内の大多数が反対でした。勤務時間4時間の正社員雇用など世界的にも事例がありませんし、いかに働きたい女性が増えているとは言え、扶養家族から外れてまで高収入を目指すニーズがあるのか疑問符が上がっていたのです。しかし、最終的には私が説得を重ね、時短の正社員雇用を行う方針を固めました。

 まずは岡山市と倉敷市の両店舗で試験的に採用をしたところ、通常の3倍を超える履歴書が届きました。これで大きなニーズがあることを実感し、全国に導入したのです。結果的に、そうして採用した時短の社員の方から「アパレル業界で働くのが夢でした。子供を育てながらでも働けるので本当に嬉しい」といった声が多く寄せられました。

 既存の社員に負担がかかっているのではないかという不安もありましたが、自分よりも人生の経験を積んだ人が横に付いたことで、子供服の販売をする店舗が発案されるなど、30ー40代の顧客に対する理解が深まりました。

 この制度は、これまで結婚・出産を機に職場から退くことを余儀なくされてきた女性の方々だけでなく、既存社員にもメリットがあります。結果、もちろん企業の利益にも繋がります。私たちが成長することで、国のGDPにも貢献できるでしょう。すなわち、時短の正社員雇用は「国よし、企業よし、労働者よし」の新しい雇用制度なのです。


■三方よしの新しい雇用体系

■止まない雨は無い

問 経営をされていての心構えは何でしょう。

石川 自社のことのみならず、業界全体、ひいては国や社会のことまで24時間365日考え続けることです。大局的な視野を持たねば、大事は成せません。

問 経営の好不調を判断する指標は何でしょうか。

石川 一つは利益です。利益の根幹は顧客満足度の積み重ねですので、業績が上がり続けるということは、お客様のニーズをしっかり捉えられている証左でもあるのではないでしょうか。

 もう一つは、取材依頼や国から任される仕事の増加です。ビジネス誌に取り上げられるということは、それだけ当社に注目が集まっているという意味ですし、国からの仕事を任されるのは信用力が高まっている証拠です。

問 失敗や逆境についてはどのように捉えていますか。

石川 私は、止まない雨は無いと考えています。困難は何度もやってくると快感になるのです。確かにその時は厳しいかもしれませんが、乗り切れば必ず晴れるという自信があります。土砂降りの状態は、メンタルを鍛える最高の機会です。ここから逃げると次のステージはありませんが、これを超えた時、次の新しい自分に出会えるということに気付いてしまいました。

 そのため、私は安定や楽が嫌いです。むしろ自ら、買ってでも困難を迎えようという価値観が身に付いております。最近では空いた時間を利用して勉強し、岡山大学を受験。現在は経済学部に在学し、経営を学んでおります。

 この間も教授と夜中までモチベーションについて議論しておりましたが、私は逆境をある種の修行と捉えているので、楽しくさえあります。今までに様々な壁を乗り越えた経験があるので、闇の中でも必ず光が見えると信じきっていますし、そうした思考が自信に繋がっている部分もあるでしょう。



■10年かけて着実に世界企業への地盤を築く

問 ユニクロを展開するファーストリテイリングは2020年に5兆円の売り上げを達成すべく挑戦を続けていますが、どのように感じますか。

石川 ファーストリテイリングの柳井正会長からは本気度を感じ、嬉しく思います。同じアパレル業界の師匠でもありますので、是非成し遂げていただきたい。ただ、ユニクロがパリ、ニューヨーク、銀座という具合に旗艦店舗を作り、大きく翼を広げていく姿を見ると、正直ジェラシーは感じます。しかし、もちろん私たちもユニクロに負けないように努力を続けていく所存です。

 私たちの決意は固いですし、脈絡の無い夢ではなく、徐々に目標に近づいていくための的確な戦略性を持って事業を展開していきます。ただ、自社の利益・売り上げのためだけではなく、国のため、アパレル業界のために貢献できれば本望です。

 階段を一歩一歩のぼりながら、業績を伸ばしつつ、女性雇用や環境保全を行い、社会や人類のためにきっちり地に足の付いた会社を作り上げていくことが、日本においてもアパレル業界のイメージアップに繋がると思います。現在はまだ「蚕から糸を作っていた軽工業のアパレル」くらいにしか思われていませんので、家電や自動車など重工業主義の経済産業省をして「アパレル業界も応援しよう」と言わしめる風潮を生み出したいところです。

問 世界を目指す上で、今最も元気があるのはアパレルメーカーかもしれません。

石川 私はそう思っています。人口も世界規模で増えてきますし、洋服を着る人も増えてくるでしょう。世界を見た場合、今後中心となるマーケットはアジアです。20年という中長期的な視点を持つと、アパレルにはチャンスが大きい。

 また、10年かけて筋肉質な体制を構築しながら、2020年頃には欧米に進出できる企業に成長したいと思っています。当社はアジアを中心に展開しておりますが、現在はトムブラウンをグループ会社に持ったことで欧米への販路が開きました。その結果として、目下ウクライナなどを含む23カ国に展開している状況です。販路の広がりとしてはユニクロ以上ではないかと思います。

問 海外展開を加速する上で、日本人の語学能力についてはどのように考えられていますか。

石川 世界各国を比較しても思想がまるで違いますので、相手を尊重し、真摯に話に耳を傾け、異国の懐に飛び込んで一緒に経営管理を行っていく。そうした多種多様な価値観を受け入れる能力が高い人材を育成する方が、社内に英語環境を作るよりも重要だと思います。異国の腹に飛び込めない日本人は、いくら語学に堪能であったとしても物事を成し遂げることはできません。

 親会社が威張っている場合では無いのです。厳しい仕事を課すからには、むしろ現地の人々の懐深くに入らなければなりません。その上で、言いたいことも言い合えるようになるのです。

 海外法人の方が日本に来た場合は、最大限のおもてなしの心を尽くしてお迎えする。私たちが現地に赴く場合ならば、すぐホテルに戻らず、密にコミュニケーションを取る。私は、ニューヨークに赴いた折は夜中までバーにおりますし、パリに行った時もことあるごとに現地のフランス人ジャーナリストと会食しています。こうした積み重ねによってこそ、生きた人脈が形成できるのです。



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