• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -企業家倶楽部

1998年04月27日

【ユニバーサルホーム特集】衝撃の社長解任劇 ユニバーサルホーム誕生は必然だった

企業家倶楽部1998年5月号 特集第2部


成功の真っただ中にいた社長が突然解任されるという衝撃。社長と運命を共にした二十六人の志士はすぐさま脱藩、反旗を翻した。彼等の心を突き動かしたのは主君の人間的魅力と「正しいものが勝つ」という使命感であった。これは「安くて質のよい住宅を提案したい」という”住宅革命“に生命を賭けるユニバーサルホーム誕生の人生ドラマである



■運命の日

一九九五年四月五日朝七時、今にも降り出しそうな灰色の空を見上げていたアイフルホーム社長の加藤充は「今日はなんとなく行きたくない」という出社拒否のような思いに襲われていた。二十八年間のビジネス生活の中でこんなことは初めてであった。
 
前日、親会社のトステム社長の潮田健次郎から呼び出しを受けていた。体調不調で断ろうか、との思いがふと頭をよぎった。しかし、行かねばならぬ。加藤は気をとり直すと、いつものスーツに着替え、自宅を後にした。
 
指定の午前十時にトステムの秘書室を訪れた加藤を、秘書はいつもの社長室ではなく、隣の小部屋に案内した。「変だな、いつもと違う」。またしても嫌な予感が加藤の頭をかすめた。
 
部屋に一歩足を踏み入れると、そこには潮田、副社長の飛田英一、そしてアイフルホーム専務の大塚敬助が固い表情で着席していた。「加藤君、長い間ご苦労さんだったね。君には今度は新しい輸入住宅の会社をやってもらいたい」。にこやかな笑顔の潮田の口から発せられた一撃、加藤は一瞬頭が真っ白になった。
 
潮田の有無を言わせぬ目が鋭く光る。二人の重役は石のように押し黙ったまま目を伏せた。数秒間の沈黙。加藤は全てを悟った。「後任の社長はどなたですか」「いや、まだ決まっていない。当面は大塚専務に代行してもらう」「輸入住宅とおっしゃいましたが、何かネタはあるんですか」「ない。しばらくはアメリカでネタ探しでもしてきたら。君は向うに詳しいし」。
 
言いながら潮田は四枚の書類を差し出した。アイフルホーム他二社の社長、一社の取締役辞任届けであった。加藤はあまりの手回しのよさに唖然とした。「組織としての自分の役割は終ったということか」。加藤は自分自身に問いかけた。驚くほど淡々としていた。求められるままにその場でサインをした。理由も聞かなかった。聞いても無駄だと思ったからだ。
 
いったい何があったのか。思い当たる節がないでもなかった。それにしても、なぜこの時期に、こんなに唐突に?真相は闇の中だ。
 
しかし、部屋を一歩出た加藤の胸には妙にサバサバした思いが広がっていた。
 
たった数分間の劇的な出来事。ここから加藤の新しい人生が始まった。



■突然の社長解任劇に社内騒然

 
アイフルホームに戻った加藤は自室に部下の当時取締役の岡田千明、そして二色洋昭、横山真司、高柳を呼んだ。常務の皆木久一はこの日休暇をとっていた。
 
加藤はいつもと変わらぬ穏やかな表情で四人の顔をジッと見つめるとおもむろに口を開いた。「今日で社長を退任することになった。潮田さんに呼ばれて行ったら辞表が用意してあった。仕方ないからその場でサインをしてきた……」「どうしてですか!」「理由は何ですか1」「どうしてサインしてしまったんですか!」
 
怒りの声が一斉に響いた。加藤は静かに自分に言い聞かせるように言った。「資本の論理ではどうしようもない」。
 
社長室を飛び出した二色はすぐさま常務の皆木に連絡をした。が、スキーに行っていて繋がらなかった。
 
一般社員たちには何も聞かされず、いつもと変わらぬ時間が流れた。昼過ぎになってやっと総務部長が全員に加藤社長辞任の事実を告げた。居合わせた社員は皆、不安と驚きで騒然となった。「一瞬何のことかわからなかった」。岡田夫人で総務課長を務めていた岡田よし実はわが耳を疑った。「なにかの間違い?」。加藤の秘書を長く務め、当時総務課にいた藤原詩帆には信じられなかった。なぜなら、すぐ側の社長室に加藤が在席しているにもかかわらず、加藤からは何の挨拶もなかったからだ。加藤には一言の挨拶も釈明もさせない、という雰囲気にただならぬものを感じた。皆の不安そうな目、囁かれるヒソヒソ声。何をどうしていいか分からなかった。二人ともただ、何かの間違いであってくれればいいと祈った。
 
二色からの緊急事態発生のメッセージに皆木は加藤が”辞めたか“”死んだか“のいずれかであろうと連想した。「加藤社長が辞めさせられたんです!」。怒りで震える二色の声に、皆木は不思議とそう驚かなかった。もしかするとそうなることもあり得るという予感があったからだ。トステム生え抜きで、アイフルホーム立ち上げから加藤と共に仕事をしてきた皆木には、親会社と子会社のあつれきを察知していた。加藤がトステムの空気に馴染んでいないのも感じていた。
 
その日の午後、トステム本社でアイフルホームの臨時役員会が招集された。出席者は潮田、大塚、関連銀行からの出向役員二人と監査役、そしてこちら側からは加藤と岡田。二人を見る目はまるで被告人を見るようであった。潮田は淡々と加藤社長辞任の書を読み上げた。
 
ここで加藤の辞任が正式に決定した。退席際に潮田は岡田に目を転じると一喝した。「君か、奥さんが総務課長をしているというのは。公開会社の役員が同じ会社に奥さんを置くなんて変じゃないか。なんなら君が辞めてもいいんだよ」。こじつけとしかいいようがない言動に、岡田は怒りが頂点に達した。アイフル中途入社の岡田は自分への風当たりを常に感じてはいたが、これですべてが吹っ切れた。そして決心した「加藤と生死を共にしよう」と。



■加盟店オーナーの怒り

部屋に戻った岡田の頭に浮かんだのは全国百三十九店の加盟店のことだった。「加盟店さんをどうするんだ」。
 
その日浜松では翌日の加盟店オーナーの研修会に先駆けて、有志でゴルフ大会が行われていた。”加藤社長解任“の一報が入るや、集まったオーナーたちは皆、騒然となった。翌、六日のオーナーの研修会では「加藤さんを社長に戻せ」のコールが唱和し、研修どころではなかった。急遽加藤の代わりに出席した岡田にオーナーたちからブーイングが飛んだ。「岡田さん何をやっていたの。どうして反対してくれなかったの!」。トステム側からは社長代行の大塚が”加藤社長辞任“の説明をしたが、全く収拾がつかなかった。
 
突然の社長解任という、加盟店を全く無視した本部の一方的な横暴に怒りが爆発した。FCチェーンは本部と加盟店の信頼こそが最も重要な要素である。アイフルホームの発展は、全国の百三十九の加盟店と加藤とそして社員たちが、ひとつひとつ一緒になって築き上げてきた信頼の絆に因るものである。彼等はアイフルホームという会社ではなく、加藤という人間に惚れて、人生を共にしてきたのだ。



■いずれはこうなった

 
加藤にとっては長い一日だった。夫のただならぬ様子を察知し、心配そうに見つめる妻に加藤はポツリと告げた。「今日会社を辞めてきた」
 
自室に戻った加藤は今日一日の出来事をゆっくりと思い返した。さまざまな思いが蘇ってきた。不思議と潮田に対する恨みはなかった。「いずれはこうなる」との思いはあった。ただ加盟店をないがしろにしたあまりにも唐突なやり口に腹が立った。しかし、これはいい潮時だったのかも知れない。まだ五十歳、これからどうにでも生きられる。
 
加藤はもともとアイフルホームの社長になりたくてなったわけではなかった。だから社長の椅子にそう執着はない。自分はスタッフ向きだと自己分析していた。「長い間温めていた経営コンサルタントをやってみるのもいいな。会社は皆木や岡田がしっかりと引き継いでくれるだろう」。自分にそう言い聞かせると、頭がスーッと軽くなるのを感じた。



■次々と脱藩した二十六人の志士


 夫の岡田から話を聞いた妻のよし実は翌週の八日(月)にすぐさま辞表を提出した。と、総務部長は困惑の色を浮かべて言った。「君には残ってもらいたい。辞めてもらいたいのはご主人の方だ」。十日(水)岡田が辞表を提出した。「もともと加藤に拾われたようなもの」と語る岡田は、加藤とは一心同体を貫く覚悟だった。「加藤社長がいないアイフルホームなんて、いても意味がない」。二色も十日に辞表を提出した。特に当てがあるわけではなかった、しかし、「まだ若いから何だってできる。こんな会社にいられるか」。そんな思いで飛び出した。
 
皆木は十六日付で辞表を提出した。トステム生え抜きの皆木には少し留まって今回の顛末を情報収集して欲しい、との声もあったが、中枢にいる人間がいなくなり、その必要もなかった。
 
四月十二日(土)加藤を囲む退職組みが集まった。皆木、岡田、二色、横山等総勢十名。皆、アイフル時代の中枢にいた人間ばかりだ。皆、何かしなくては、何か再挑戦しようという意気込みが濠っていた。そして、そこには新しいFCチェーン立ち上げの暗黙の了解があった。



■社内は二手に分断

一方、日が経つにつれ、残った社員も自然とトステム派と加藤派とに分かれ、加藤派は次第に居づらくなってきた。加藤が新会社を立ち上げるらしいとの噂がヒソヒソと語られた。総務部長は女子社員を一人ひとりを呼んで確かめた。「君は辞めて加藤さんの方にいくの、それとも残るの?」。
 
岡田からの「一緒に新会社でやらない」の誘いに二つ返事でOKした藤原は、翌日の十六日辞表を提出した。尊敬していた上司が全員辞めてしまったのだ。何の迷いもなかった。
 
退職組の女子社員は上司や同僚から冷たい声を浴びせられた。「どうせ新会社に行ったってすぐ駄目になるよ。給料がもらえなくなってもいいのか」。
 
退職組は会社にいてもカヤの外という感じで日増しに社内情報も入らなくなった。ついこの間まで一緒に仕事をしていた社員が対立するのは悲しかった。



■加盟店の応援歌

四月十八日、加藤は加盟店のオーナーを招集、説明会を開いた。あまりの突然の解任劇だったため、一度きちんと説明しておかねばとの思いからであった。この日集まったのは四十五社。全オーナーの三分の一であった。
 
オーナーからは「私たちはどうなるの」「新会社をやらないの」の声が挙げられた。FCは人と人との繋がりが命である。本部の機能は残っても心がなくては前に進めない。「加盟店さんの気持ちは本当にうれしかった、何よりの応援歌だった」と述懐する加藤。しかし、現実として乗り換えるには多額のお金が新たに必要となる。新会社を立ち上げた時、果たして本当にきてくれるかどうかは自信がなかった。



■通夜の決起集会

四月二十九日は加藤の父親の通夜であった。この日、アイフルを退職し加藤のもとに馳せ参じた二十六人が全員結集した。
 
トステム側からは香典も弔電も花も一切届かなかった。解任したとはいえあまりのひどい仕打ちに一同は憤りを超えてあきれ返った。「あんな会社辞めて正解」と怒りをぶちまけた。
 
通夜の席での加藤はすっかり痩せて、この三週間の自分の身に降りかかった苦労が滲み出ているようであった。客が帰った夜更け、二十六人は一室に集まった。皆木が加藤に「全部で二十六人います」と告げるとさすがの加藤も驚いた。まさかこれほど多くの人間が自分についてきてくれようとは思ってもみなかった。あとには引けない責任感をずっしりと感じた。男性十七人、女性九人。一人ひとりの顔をみつめ、感謝の意を表するとともに、これからの厳しい道程を確認し、挑戦を誓いあった。
 
五月一日、岡田よし実は一人で新会社の登記に行った。全員告別式に出席していたので、この大役を岡田が任されたのだ。ここに実質ユニバーサルホームが誕生した。



■ユニバーサルホームの誕生

五月十一日、ついに新会社が誕生した。四月五日の社長解任からわずか一カ月弱であった。皆の心は試練を共に乗り越えた強い絆で結ばれていた。
 
新会社は東京都港区の大門にある寺田ビルの一室。がらんとした部屋には机四つと椅子が八脚、あとは電話機が床に置いてあるだけだった。
 
全てがゼロからの出発、何もかもが新しかった。”一〇〇%自分たちの会社“が実感できてうれしかった。ここには親会社とのあつれきも古参役員の嫉妬も何もない。
 
加藤を含む二十七人は全員一丸となって走りだした。方向は見えている。あとは実行あるのみだ。加藤は成功するための三つの条件を言い渡した。一つはアイフルホームとは全く異なる業者を使うこと。二つ目はアイフルより高品質であること。三つ目は坪単価が同社より百円でも安く提供することであった。



■たった二週間で新商品を開発

岡田と横山は新製品開発に命を燃やした。そしてたった二週間で主力商品U607シリーズを完成させた。加藤の三つの命題をクリアした新商品は開発チームの力を全て結集した自信作だった。高品質でありながら坪単価二十六・七万円という驚異的価格で実現できたのはまさに執念であった。
 
新製品の模型を見たあるアイフルの加盟店のオーナーは「これは乗り換えるしかない」と確信、ユニバーサルへの乗り換えを申し出た。
 
商品が完成したらあとはFC展開のパッケージをどうつくるかであった。FC契約書、技術、営業マニュアルの作成、研修制度の確立、コンピュータシステムの構築。やるべきことが山ほどあった。誰もが夢中で働いた。後を振り返る余裕もなかったし、振り返る必要もなかった。ただ前進あるのみであった。「辛いことなんて一つもなかった。なにもかもが新しくて楽しかった」と岡田と藤原は当時を振り返る。



■周囲の応援を励みに

加藤の人柄とこれまでの実績を評価してか、マスコミは新会社設立の経緯を逐次好意的に取り扱ってくれた。これが大変な宣伝効果を発揮した。「私を加盟店第一号にしてほしい」との申し込みが続々寄せられた。
 
銀行や納入業者はこぞって取り引きを申し出た。見知らぬエンジェルからの申し出もあった。新聞で読んで加藤を応援したいと「ぜひ役立てて欲しい」と、加藤の口座に三千万円振り込んできた人もいた。勿論丁重に辞退したが、こうした人の真心がどれだけ彼等を励ましたことか。連日目の回るような忙しさであったが、皆、充実していた。
 
八月二十一日、ついにユニバーサルホーム加盟店募集の説明会が開催された。新聞広告の反響は大きく、八十社の参加申し込みがあった。会場となった新橋の東京生命は人が溢れんばかりで、急遽二回に分けて実施することになった。
 
新製品U607シリーズを目にした加盟店のオーナーはその品質、そして完成度の高さに感嘆の声をあげた。その中には変装した元加盟店のオーナーやアイフルホームの社員もいた。
 
皆、自信に満ちていた。身体中にヤル気が濠っていた。そして、ここまで一丸となって走ってきた充実感を味わった。この日の感動は次の頑張りの原動力となった。



■社長解任劇の真相

ここでなぜ加藤が解任されたのか、その真相を考えておこう。
 
第一はアイフルホームテクノロジーの創業に対する潮田と加藤の見解の食い違いである。
 
当時アイフルホームはトステムの子会社でありながら、日本初の住宅のFCチェーンとして注目を浴びていた。世間からはアメリカでMBAを取得した加藤が一九八六年に創業、たったの七年半で店頭公開を成し遂げた話題のベンチャー企業と映っていた。その異例の早ワザ、加藤の経営手腕が高く評価され、マスコミでも注目の的となっていた。
 
しかし、この創業に関するトステム側の論理はこうなる。もともと住宅のFCチェーンというアイデアは潮田が自ら考案したものである。資材納入メーカーとしてトステム本体での創業は出来ないとして、子会社で展開することになった。その社長としてたまたま加藤を起用したまでだ。「このままではアイフルホームの創業経営者は加藤として世の中に定着してしまう。これは間違いである。ここできちんとしておく必要がある」。
 
第二に親会社と子会社のあつれきである。トステムにとってはアイフルホームは子会社である。従って親会社の意向に一〇〇%沿うもの、という認識が強い。アイフルホームがお客様第一主義を貫き、上質で低価格住宅を志向すればするほど、資材納入業者としてのトステムと価格的なトラブルが発生してくる。
 
これについては「奈良の橿原事件が発端となったのでは」と岡田が述懐する。当時橿原の加盟店からサッシの納入価格をめぐり「安くてサービスのよいYKKに替えたい」と相談を持ち掛けられた。加藤の答えは明快であった。「安くていいものを導入するのは市場の論理です」。
 
こうした考え方が、古い体質で川上意識が強い親会社とのあつれきとなり、次第に溝が深まっていったのである。
 
第三は男の嫉妬である。これは潮田の加藤に対する嫉妬もあろうが、それ以上にトステム古参の重役たちの嫉妬が大きかった。
 
店頭公開以来、マスコミにもてはやされる加藤の存在は古参の重役にとっては目障りであった。従って成功すればするほど、ねたみやそねみが潮田の耳に入ってくるようになる。また、トステムはよくも悪くも潮田一色のオーナー企業である。従って潮田の気に障れば切られる。それまでも同じような事例はあった。トステムをよく知る人は今回の事件に、またかとばかりに溜め息をついた。
 
加えて、加藤はトステムの風土になじまなかった。古い体質の染み通ったトステムにはアメリカ仕込みの論理的思考を貫く加藤は煙たい存在として映った。何かと目障りな存在であった。



■社長交替の兆しを自覚

こうした社内にはびこるあつれきは加藤だけでなく、アイフルホームの社員にも降りかかっていた。トステム側とアイフル側には自然と対立意識が芽生え、溝が深まっていった。ここに加藤自身も今回一緒に飛び出したアイフル中枢の社員たちもある種の息苦しさを感じていたのは確かであろう。
 
潮田としては加藤と中途入社の岡田二人を解任し、潮田の権力と地位を確固たるものにしたかった。しかし、二十六人もの離反者が出るとはさすがの潮田も予測していなかっただろう。
 
それにしても最大の謎は、なぜ潮田が株主総会の六月まで待てなかったのか、ということである。あとニカ月待てばこれほどの事態にはならなかったであろう。二十六人もの離脱者はトステムにとって拭えぬ大きなマイナスイメージとなった。



■正しいものが勝つ

 「加藤と生死をともにしよう」と、離脱した二十六人の心を突き動かしたものはいったい何か。加藤の人間的魅力は勿論だが、何よりも彼等の心をかき立てたのは「自分たちは正しいことをしている」という使命感と満足感であろう。彼等は「良いものを安く提供し、お客様に喜んでもらいたい」という最も基本的な原理原則を実現するために命を賭けたのである。それは加藤と共に”正しい道を追求したい“という熱い情熱であった。



■未来に向けて

ユニバーサルホームは今、来年秋の史上最短の店頭公開に向けてひた走る。彼等には既にアイフルホームは眼中にない。あの時の悔しさは完全に消えた。あるのは未来だけだ。「私たちはジェットコースターに乗ったようなもの。楽しくてワクワクする。これからも勢いに任せて頑張りたい」と目を輝かせる岡田と藤原。ここにユニバーサルホームの大きな未来が予感される。消費者のための”住宅革命“に邁進する同社が今後どこまで発展するか楽しみである。

  • DEGITAL DATA SOLUTION
コメントをシェア

骨太対談
DEGITAL DATA SOLUTION
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top