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トピックス -企業家倶楽部

2015年04月17日

【サマンサタバサ特集】良い商品は高い志から生まれる/サマンサタバサジャパンリミテッド代表取締役社長 寺田和正

企業家倶楽部2008年1/2月号 特集第3部 編集長インタビュー


創業時より世界ブランドを目指してきた寺田和正社長。「そのブランドを持つことによって、内面も豊かになってもらいたい」と欧州ブランドに負けない商品づくりに心を砕く。熱き企業家は「良い商品は高い志から生まれる」との信念を吐露した。

(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)



サマンサタバサは世界を目指すブランド

問 サマンサタバサジャパンリミテッドという社名は非常にユニークですね。社名にはどのような想いが込められているのでしょうか。

寺田 社名に「ジャパンリミテッド」が入っているので、欧米のブランドだと思われることもあるのですが、正真正銘日本のバッグブランドです。ジャパンとあえて付けたのは、日本から世界を目指すという強い想いからです。我々の業界には「日本発のブランドは世界に通用しない」という定説があるのですが、私はこの定説を破り、世界ブランドを築きたいと思っています。

問 ファッション業界では、日本発の世界ブランドは確かに少ないかもしれませんね。

寺田「ユミ カツラ」や「ハナエ モリ」などファッションデザイナー系のブランドはありますが、広義のファッションやアパレル業界で世界に通用するブランドはそんなにありません。特にバッグやアクセサリーというアイテムでは本当に少ないのです。

問 創業時から「世界を目指したい」という想いはあったのでしょうか。

寺田 強く抱いていましたね。ただ最初は「世界を目指す」という想いがあっても口に出すのは恥ずかしかった。その前にやはり日本一にならなくてはいけません。日本代表にならないと世界で勝てないですから。ただ「欧州ブランドに負けたくない、絶対に負けないぞ」という気持ちは創業時からずっとあります。

問 その想いはどのようにして生まれたのでしょうか。

寺田 創業前に働いていた会社で日本のブランドと世界ブランドのギャップを感じていたのです。今でも残念ながら大きな隔たりがあるのですが、そのギャップを作っているのは実は日本人なのです。文化や歴史の違いもありますが、気持ちでも負けている。それを変えたいという想いが日に日に強くなっていきました。

問 洋服文化がすでに日本でも馴染んでいます。そういう意味では日本から世界ブランドが出てきてもおかしくないですね。

寺田 そう思います。今後は「日本発か欧州発か」という区分けも意味がなくなり、「そのブランドが何を目指しているのか」ということが一番大切になっていくと思います。「世界のお客様に喜んでもらいたい」と付加価値を高め続けるブランドだけが、お客様か良い商品は高い志から生まれるから支持されていくでしょう。



心の豊かさも提案するソーシャライツ

問 寺田社長は「世界で認められるブランド」をどう定義しているのでしょうか。

寺田 ブランドとは付加価値です。その付加価値を認めてもらえるかどうかが最も大切ですね。モノがあふれている中でも選ばれるのはそこに価値があるから。例えば、そのブランドを持つことでハッピーな気持ちになれるということです。クリスマスや誕生日にプレゼントして喜んでもらえるようなブランドになること。その価値観をいかに作り、世界の人たちに共通して認識してもらえるかが勝負だと、私は考えています。

問 では、サマンサタバサの付加価値とは一体何なのでしょうか。

寺田 現在は「ソーシャライツ」をブランドメッセージのひとつとして掲げています。ソーシャライツとは、ニューヨークの社交界で今最も注目されている生き方です。その意味は、自分だけが綺麗になるのではなくて、社会全体が豊かになれるような行動をしようということです。

 
例えば、ティンズリー・モティマーという舞台女優がニューヨークのソーシャライツでナンバーワンなのですが、サマンサタバサは彼女と契約し、ソーシャライツを広める事業を展開しています。このように社会や教育に対してチャリティー精神を持った人たちのことを言います。

問「ソーシャライツを伝えたい」と思ったきっかけは。

寺田 今後、貧富の差はますます激しくなっていくと私は見ています。そういう中で富める人が自分たちだけで楽しんでいていいのか。例えば、いい時計を持っていることを自慢したり、新しい時計が出てきたらすぐにそれを欲してしまうような精神ではいけないと思っています。これからは、地域や社会に貢献したいという気持ちなど、心の満足感が重要になる時代になっていくでしょう。そういう心も豊かな人たちが時代をリードしてほしいという想いがあるのです。

問 日本ではどのような形でソーシャライツが生まれると見ていますでしょうか。

寺田 例えば、伝統文化のお茶やお花を嗜んだり、地域の文化運動に関わることです。現代のファッションは外見が重視されていますが、外見だけに囚われず内面も豊かになれることが大切だと思っています。そのブランドを持つことによって、内面も美しくなれること。「外見も内面も美しく」というのが、サマンサタバサが伝えたいメッセージです。


心の豊かさも提案するソーシャライツ

ブランドとは良い場所×良い商品×良い人材×良い宣伝

問 ブランドの成長のポイントは何でしょうか。

寺田 我々のビジネスは常に進化し続けることが大切です。今あるブランドをいかに進化させるか。これは「人・もの・場所・宣伝」という4つのキーワードを進化させるということです。ブランドは、「良い人材、良い商品、良い場所、良い宣伝」をいかに実現するかがポイントですね。

問 では、まず「良い場所」からお伺いしたいのですが、創業時は百貨店での場所取りも苦労したそうですね。

寺田 日本の百貨店は、「欧州の伝統的なブランドについては優遇するけれども、日本のブランドには冷たい」と一般的に見られます。確かにそういう面もありますが、日本のブランドも悪い点があったのだと思います。

 
例えば、有名な百貨店には頭を下げるが、そうでないところには態度が大きい。何より「日本のブランドを育てていきたい」という情熱を持った人が少なかったのだろうと思うのです。私は「世界ブランドを一緒に作りましょう。それが将来、日本の宝になる」とずっと言い続けてきました。本当に宝になると信じています。百貨店への展開も苦労しましたが、その信念を言い続けてきた結果、百貨店での展開もできるようになったのだと思います。その信念は創業時からずっとブレていません。

問 相手もだんだん理解してくれるようになったのですね。

寺田 嘘を言わずに、とにかく本当の想いをずっと伝えていくことで、何人かぽつぽつと私の言うことを信じてみようという人が出てきてくれました。その人たちをとにかく裏切らずに、約束したことを確実に実現することを心掛けましたね。それで成功すれば、また理解者がだんだん現れていった感じです。



良い商品は高い志から生まれる

問 次に「良い商品」ですが、ヒルトン姉妹やヴィクトリア・ベッカム、ビヨンセなど、海外の有名なセレブとコラボレーションしていますね。どうやって彼女らと契約を結んでいるのでしょうか。

寺田 ブランドは、何を目指しているのかが非常に大事です。高い山を目指していれば、同じ志を持つ人たちが自然と集まっていくのだと思います。多くの方から「契約するのは難しいでしょう」と言われるのですが、私にとってはそんなに難しいことではありません。普段から友人に「サマンサタバサはこうなるんだ」と言い続けていますので、それを聞いた友人が「じゃあこういう人がいいんじゃないの」とか「私の友人でこういう人がいるんだよ、会ってみない」と繋げてくれるのです。そこからまた地道に話をしていくことだけですね。私も普段から、一緒に仕事をしたい人たちにアポイントを取り、直接会って、「サマンサタバサで一緒にやろうよ」と何人も口説いています。

問 高い志を持ち、その志を常に発信していくことが必要なのですね。

寺田 そうです。だから広告代理店を通した紹介や宣伝は一切していません。私たちが独自でしています。「契約金も高いでしょう」とも言われますが、高いと言えば高いし、安いと言えば安いのです。我々にとってはリーズナブルであれば、それでハッピーなんです。

問 ちなみに契約金はどれくらいなのでしょうか。

寺田 それは絶対言えません(笑)。



活躍する女性社員

問「良い人材」というテーマに移ります。サマンサタバサでは全社員のうち約95%が女性です。寺田さんは女性社員のやる気をうまく引き出していると思うのですが、一番のコツは何なのでしょうか。

寺田 嘘をつかないことと平等感です。嘘をつかないことをシンプルに貫き、「嘘をつく人間は駄目だ!」と言えること。陰口を叩いて、本当に幸せになれる人はいません。そういう人はやはりはじかれていきます。

 
平等というのは誰もが皆同じ給料で同じ待遇ということではありません。頑張っている人が報われて、頑張らない人も頑張れるように皆で協力していく文化です。会社全体で嘘をつかない企業風土を作り、平等感を生んでいく。それしかありません。そうすれば応えてくれるのではないかと思います。

問 御社では、年収1000万円を超える女性社員もいらっしゃるそうですね。

寺田 2000万円近くの人もいます。仕事の報酬として「やりがい、プライド、良い報酬」を実現したいと思っています。このシステムをもっと進化させていきたい。その進化のひとつが07年11月に開設した事業所内保育施設「Thavasa Room(タバサルーム)」です。タバサルームでは、社員が子供を預けることができます。サマンサタバサは、働きながら子供を育てられる会社にしたいですね。

問 結婚して子供を産んでからもサマンサタバサで末永く働けることはとても安心感がありますね。

寺田 私は女性社員の皆に「日本の新しい女性の働く姿・生きる姿の扉を開けてほしい」と伝えています。最初に必ず誰かが扉を開けるわけですが、その扉を開けるのは「まさにあなた達だよ」と。日本という国が世界と戦っていくためには、やはり女性の力がとても大切です。女性が働ける環境を作っていかなければ、やがて日本は滅びると思います。

問 少子高齢化で人口も減っていきますしね。

寺田 今後、消費税は上がるし、消費は冷え込む可能性もあります。健康保険が3割負担で終わるわけがありません。将来絶対に5割以上の負担になるでしょう。最後はなくなるかもしれません。他にも今は景気が良くなってきて、パートが社員になる例もありますが、景気が落ち込み、雇用が厳しくなれば、その時は必ずパートに戻されます。結局、一番痛めつけられるのは女性や弱い人なのです。であるならば、「弱くならないように一緒にやりましょう」と常に言っていますね。

問 毎月1回、全国の店長を集めた「店長会」を開かれているそうですね。

寺田 教育は必要最低条件で、とても大切にしています。多大なコストがかかりますが、それでもしなければいけません。他の企業の方から「サマンサタバサは儲かっているから店長会をできるんだ」と言われることもあるのですが、そうではない。「店長会をきちんとするんだ」と決めて、ビジョンや事業展開を共有しているから、儲かるのです。

問 実際に会って面と向かって様々な話をすることが大切なのでしょうね。

寺田 心のどこかに突き刺さる言葉がなければ、人は動きません。特に我々のビジネスはお客様に喜んでいただくことがすべてです。その想いを例えばメールで伝えるだけでは伝わらないんです。

問 店長の皆さんから現場の雰囲気や改善点なども吸収されるのでしょうか。

寺田 とにかく話を聞きますね。また皆がレポートを書いてくれるので、目を通すと「ああ、こういうことで悩んでいるんだな」ということもわかります。



経営者の父から受けた影響

問 寺田さんの企業家人生は、経営者であったお父さんの影響も大きかったと思います。お父さんはどんな方ですか。

寺田 一言で言って、優しい人です。実家は100年以上続く広島県の鉄工所で、父は経営者だったのですが、仕事をガチガチやっている姿を見たことがありません。カッコいい姿しか見ませんでした。ただやはり我慢はしていたのだと思います。父の素晴らしい点は、我慢強さですね。

問 どんなときに我慢強さを感じられましたか。

寺田 業績が落ち込んだときも、ぐっと我慢していたんです。そして決して投げ出さなかった。狼狽したり、オタオタして違うことに手を出すなんてことはない。企業規模が小さくなってもいいから、とにかく社員を守っていくんだという信念がありました。そして常に周りの人たちを幸せにしようとしていたのです。

問 経営者としての肝が据わっているのでしょうね。

寺田 祖父が中興の祖みたいな存在で、おばあちゃん子だった私は祖母から祖父の苦労や功労をいつも聞かされて育ちました。父が大学生の時に祖父は亡くなったので私は会ったことはないのですが、小さいころ、夜、寝る時に布団に入って祖母から祖父の話を聞いていたのを憶えています。祖父の弟が跡を継いで、その後父が継いだのですが、大変な時でも我慢を続けました。私は当時「もっとこうしたらいいのではないか」と見ている面もあったのですが、父が私のような性格であれば、会社を大きくしても最終的には潰していたかもしれません。そういう意味では、父に我慢のDNAがあったからこそ、会社が継続したのだろうと思います。

問 寺田社長の中にもその遺伝子があるのでしょう。ブランド業界は一見派手ですが、その裏側にしっかりとしたバランス感覚と礼儀正しさを感じます。

寺田 有難うございます。遺伝子的にあるのか、父親の影響なのかはわかりませんが、やはり時々で振り返ります。ガンガン攻める時も、どこかに「これで大丈夫だろうか」と考える自分がいます。そういう形で私の中に見えざる影響がありますね。

問 サマンサタバサの監査役に元検事総長の原田明夫さん、顧問に元警察庁交通局長・元警視副総監の人見信男さんなど錚々たるメンバーをお迎えしているのも、その一つの表れだろうと思います。

寺田 若い会社でブランドを作っていくのは、一見ものすごく華やかに見えます。でも我々自身は全然華やかではなくて、地道に仕事をしています。もちろんブランドですから、世の中には華やかに見せなければいけません。時にはそれで出る杭を打たれたり、誘惑に負けそうになることもあります。でも若い会社や若い社員を絶対に守らなければいけません。

 
私も一時、悩んでいたので、友人に相談したら、現在の顧問団の方たちと出会うきっかけになりました。例えば、原田先生は我々が日本のブランドで世界へ出て戦おうとしている姿勢にとても共感してくださり、これまでのご経験や進むべき道を教えてくださいます。顧問団の先生は皆さん、本当に素晴らしい方たちです。毎月必ず1回、多い時は何回も顧問会をするのですが、例えば、M&Aの話も一つ一つ様々な角度からアドバイスしてくださいます。そのときは必ず「世界を目指し、とにかくやらないといけない」という使命感を改めて強く抱きますね。



M&Aを加速

問 アパレルメーカーの「メッセージ」やファッション通信販売の「スタイライフ」を買収し、積極的にM&Aを展開しています。今後の計画についてお聞かせください。

寺田 メッセージを買収したのは、ブランドを増やすためです。これまでサマンサタバサ・ブランドを構築してきましたので、メッセージが持つ既存のブランドをブラッシュアップさせてより筋肉質な会社に変えていきたいと思っています。

問 スタイライフの買収はインターネット事業の強化にあると思います。ネットによるブランド戦略はどんな風に考えていらっしゃるんですか。

寺田 現在のインターネットは買い物の楽しさを十分に提供できていません。あくまで「買い物に便利なサイト」です。今後はウェブ上でも買い物の喜びや楽しさを提供できなければいけません。それが私たちのビジネスプランであり、今後のブランドビジネスになっていくと思っています。

問 現状のネット状況には満足されていないのですね。

寺田 まったく満足していません。今は求めるレベルの100分の1ぐらいです。例えば、ECサイトももっと楽しくしないといけません。ただインターネット業界は歴史が浅いので、文化が育っていません。文化のないジャンルを形にしていくのは非常に難しい。だからネット業界は強烈なリーダーシップを持った人たちしか今は生き残っていません。例えば、楽天会長兼社長の三木谷浩史さんらリーダーシップのある人が文化を創りつつあります。新たな文化が育ってくると、ネット業界も変わってくると思います。



サマンサキングズで男性も元気に

問 サマンサキングズという男性向けのブランドを始めていますね。

寺田 テーマは一つで、「日本の男性も元気になろう」ということです。バブル絶頂期の日本人は、経済の世界ナンバーワンというプライドがありました。しかしバブル崩壊後は、そのプライドが一気に崩されて、特に男性は「何をやってもダメだ」と下を向いてしまった。その時に女性は上を向いて歩いていたのです。ファッションは元気になるアイテムですから、サマンサキングズを通じて「もっと元気になろう。男性も上を向いて歩こう」というメッセージを伝えたい。学生でもアルバイトを一生懸命やって貯めたお金で何かを買えば嬉しい気分になります。私も学生時代にその嬉しさを得るために、一生懸命バイトをしました。その中で社会の厳しさを知ったり、流通や経営を学んだのです。サマンサキングズはそういう入り口になってくれたらいいなと思っています。

問 サマンサタバサでは現在、12のブランドがあります。これは強みであると同時に、逆に分散することはありませんか。

寺田 各ブランドは、時代の背景も合わせて展開しますから、分散することはありません。

 
新しいブランドを作っていくには、時代の流れを5年前から感じ、3年前から制作していくことが大切です。さらにそれぞれテーマに沿ったブランドが育つまでに3年かかりますから、ブランド構築は準備期間や発想期間、制作期間、育てる期間と、時間が非常に長くかかります。そのスパンの中でアクセルを踏んだり、ブレーキを踏んだりしています。ワンブランド、ツーブランドで展開するのは、会社としての力が出てこない面があるので、数多くのブランドを作り、会社全体の活力にしていきたいと思っています。

問10年後のサマンサタバサをどのように描いていますか。

寺田 私は規模や業績目標を公言していませんが、あえて10年後になると、社員は数千人規模、売上は数千億円にはなっていると思います。世界中のパートナーと一緒に世界のブランドを作っている会社にしていきたいですね。



寺田和正(てらだ・かずまさ)

1965年広島県生まれ。実家は福山市で100年以上続く老舗鉄工所。1989年駒沢大学卒業後、商社に入社。その後、海外ブランド輸入商社を設立。94年サマンサタバサジャパンリミテッド設立。ヒルトン姉妹やヴィクトリア・ベッカムといった有名セレブをモデルやデザイナーとして起用するなどして急成長。2005年12月東証マザーズ上場。

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