トピックス -企業家倶楽部

2001年06月27日

【フューチャーシステムコンサルティング特集】日本のITビジネスはこれから始まる/フューチャーシステムコンサルティング社長 金丸恭文

企業家倶楽部2001年8月号 特集第3部 編集長インタビュー


ビル・ゲイツより一歳年上の金丸恭文は、それだけITの世界を熟知している。現場のリーダーとして長く、第一線で活躍した後、八九年に満を持してフューチャーシステムコンサルティングを設立。経営に直結した新時代のシステムコンサルティング会社をめざしている。「ITは下水道のようなもの」「今、日本の経営者はすべてを変えることを望んでいる」「ITビジネスはまだ始まっていない」と金丸はこのビジネスの限りない市場性を強調した。

(聞き手は本誌編集長・徳永卓三)



ITは下水道のようなもの

問 金丸さんは八九年に創業しましたが、独立するときは今のような会社になると思っていましたか。

金丸 最初二人でフューチャーをスタートして、一九九五~六年くらいまではこんなに大きくなるなんて、誰も思ってなかったですね。僕が会社を引っ張っていくというよりも、若い人にどんどん活躍してもらって、道中をともにしながらヒントを得たり、反省したりを繰り返してきた、そういう感じなんですよ。

問 若い人を積極的に活用して今のフューチャーをつくってきたんですね。システムコンサルティングはどのように行っているのですか。

金丸 日本企業はトップや現場の人も含めて、システムはシステム部門という一部門がする仕事だと思っています。システム部門で出来上がった仕組みを受動的に使うだけ、あるいは使っていてもどうも馴染みがないなど、当事者意識がないですね。本来ならばシステムは、営業部門のトップセールスマンが活用して注文をもっと取ったり、あるいはお客様との関係をもっと良くしたりするためのものでなければならない。でも、トップセールスマンの人に「あなたのシステムはどうですか」と聞くと、「システムなんて関係ない。」と言うでしょう。

 みんながITと騒いでいるうちは、まだまだということなんです。たとえば下水道がなかったら大変なことになってしまう。ITはそれと似た社会のインフラ(社会基盤)です。だから本当は、生活や日々の仕事に密着していて、あなたITどうしてますかといわれたら、「えっ、意識していないよ」というのが本来の姿でしょう。

 そこでさきほどのトップセールスマンに、あなた日々の営業活動はどうしていますかと聞いてみると、彼は顧客情報を引き出して使っていると答えます。そこにシステムが、ITが存在しているとやっと気付くんです。



セブン-イレブンの過酷な要求をやり遂げる

問 金丸社長は創業前、セブン-イレブンのシステム構築を手がけられたそうですね。

金丸 セブン-イレブンさんとの仕事は、短期集中で、強烈な印象でした。セブン-イレブンのシステムの構築に携わったのは、私以外にセブン-イレブンの社員、コンピューターメーカーの人など、たくさんの人がいました。僕が最も不思議だったのが、よくこんな過酷な要求を平気で言えるな、ということでした。

問 どのように過酷な要求だったんですか。

金丸 彼らの要求は、例えば納期はどんな仕事でも半年だ、半年間で結果を出してくれと。それも、全店に新しい機能をすぐに実現するとか、今日システムで新しい改善のポイントが見つかったら、翌日の朝には改善しろと。なぜなら自分たちのビジネスモデルは二十四時間セブン-イレブンだから、システムも同じであると。これは本当に技術が分かっていたら言えないことです。そのことを分かっていてもなお言い切れる人に僕は初めて会ったんですよ。おまけに値段なんて、とんでもなく安い。一流企業がそういうとんでもないことをやっているから、ますます強くなっていく。

問 金丸さんは何故そのとんでもない仕事をやろうと思ったんですか。

金丸 その時僕がいた会社の社長に「金丸君、セブン-イレブンの仕事が取れたら大きいよ。すごいインパクトだよ」と言われた。その一言ですよ。四六時中セブン-イレブンのことを考え、手帳にびっしり書き込んだものです。この仕事の時、経営とシステム部門の人たちの距離が近い例を初めて見たんですよ。それ以降も見てないですね。システム部門は厄介なところだから大体社長から遠い。そこが問題なんです。



現場の技をもっと評価すべき

問 当時の社長は鈴木敏文さんだと思うんですが、鈴木さんと直接ディスカッションをされたのですか?

金丸 鈴木さんに直接お目にかかったのは一回か二回くらいしかないんです。でも鈴木さんの講演会には何度も行きました。僕は鈴木さんの物まねには自信があるんですよ。われわれがシステム構築に四苦八苦している時、鈴木さんが現場に来て、皆さんはわれわれのパートナーです、と言ってくれていたら、みんなもっと燃えてもっといいアイディアが出たと思います。セブン-イレブンの仕事の時、すごく頑張ったヒーローがいるんですよ。でも、俺はセブン-イレブンのこの仕事をやった、と組織を越えていう人が現れなかった。そういうことに僕は文句をたくさん言いました。サラリーマン意識はなかったですね。プロ対プロという意識でやってましたから。

問 会社という組織ではなく、個人として、プロとして、仕事がしたかったということですか。

金丸 ヒット商品を作っても、「お前一人でやったんじゃない、チームで、組織でやったんだ」と言われる。これはつまらないですよ。その第一号を作ったときの一人が限定できなかったら三十人でもいいですよ。あるいはその生産をやっていた工場の責任者、設計のチーフや、末端の人も出てきて、実はあのヒット商品を作ったのはこの百人で、その会社に行くとその人たちが表彰されている、ということがなければならない。技で逆転しなければいけない資源の乏しい技術立国日本といっているのに、一人ひとりの技術者の技を尊重し、成果を顕彰しないのは、すごく恥ずかしいことだと思います。



シリコンバレーをつくりあげたのは若者の情熱

問 今、ITビジネスは一時の過大評価から一転して過小評価されるようになったと思うんですが、金丸さんのお考えを聞かせてください。

金丸 アメリカと日本がITバブル崩壊の影響を一番受けたようですね。マイクロソフトのビル・ゲイツなどバブル崩壊までにガリバーになった人たちは、昨日今日始めたわけじゃない。ビル・ゲイツはもう二十六年ですよ。彼らが若い頃のシリコンバレーで価値観が変わったんです。それ以前、アメリカのエリートは仕事の内容じゃなくて、収入の高さを求めていた。一九六〇年~七〇年代はアメリカも大企業志向ですよ。でも、家電や自動車といった大企業でもアメリカは日本に負けた。アメリカも終身雇用制に近かったけれども日本のせいでできなくなった。そんな時、オイルショックを経験した世代が、マイクロプロセッサに出会った。これが面白いから、われわれ若者の出番が一番大きい分野だったからみんなここで興奮してやったんですよ。マイクロソフトのビル・ゲイツ、スティーブ・バルマー、それからアップルのスティーブ・ジョブズ、サンマイクロシステムズのスコット・マクニーリ。彼らが会社を作った当時はどんなライフスタイルかというと、残業、収入なんて関係ない世界です。カネ以外のものに初めてステータスが移ったのです。シリコンバレーで「今どんな仕事やっているの?」と聞くと、こんなOS(オペレーティング・システム)を開発している、こんなパソコンを作っている、大きいコンピューターに対抗した小さいものを作っていると自慢げに答えていた。仕事の中身そのものにステータスが移ったんですよ。それがシリコンバレーのドリームを作ったんですね。しかしインターネットというものが出てきてからというもの、このIT業界の地道な努力というか、仕事の内容ではなくて、またカネに変わったんですよ。バブルというのは、不動産もそうなんですが、よいものを開発しようとしている時は発生しないのに、その先のカネを求める人が出てくると全てバブリーになってしまう。



時価総額経営は間違っている

問 フューチャーの市場評価についてはどうお考えですか。

金丸 九九年六月二十二日に公開した時、五万円の額面の株価が三千三百五十万円と、証券会社と相談した額より桁違いに高くなりました。もう驚きを超えてしらけてしまって、銀行に六十六億円入ったという冷静な計算もできなかった。その日、公開手続きが終わって、会社に電話したんですよ。そのニュースは伝わっていましたが、われわれのプロジェクトチームはみんな現場でその日も格闘しているわけですよ。でも市場は三千三百五十万円じゃないですか。みんなそれぞれどんな気持ちで受け止めたんだろうかと思ったんですが、社内は静かでしたね。だから公開記念パーティーを開く気にはなれなかった。ほかの企業のように公開だなんて喜んでいる場合じゃなくて、株主に対する責任という重い荷物を負わなくてはならない。だから僕はいまだに公開記念パーティーを開いていません。

問 時価総額経営という考え方がIT革命を崩壊させた原因のひとつとお考えですか。

金丸 時価総額というのはそのときの不動株の、その日の何割かの、何人かの人の売買の価格で決まっていますよね。例えばフューチャーの大株主がやってきて、彼らの持っている一万株を今日の値段で売ることはできないですよね。売ろうとしたらバーッと下がる。そんなあやふやなもんですよね。時価総額経営はある意味では正しくて、ある意味では間違っている。自分が努力して売り上げや収益を上げていくんじゃなくて、この世の中でこれから急成長しそうな奴を見つけてきてそいつに張っている。後から出てきた人たちはみんな自分の本業は置いておいて、張る側に回る。トヨタやソニーのように本業で売上高、収益を拡大した上での時価総額経営とは全然次元が違うのです。



ITビジネスはまだ始まっていない

問 バブルがはじけて、ITはもう幻じゃないかというような言説もありますがその辺りはどう思いますか。

金丸 本来インターネットに関係ない人が引きずられて自滅して、そういうことを言ってるんじゃないですか。世界中にやるべきことはまだ山ほど残っていて、そのやるべきことをやろうと思ったら必ずITは必要なんですよ。行政サービスや金融サービスにしたって、われわれは利用者の立場でITのメリットを享受できてないし、製作側にいる人たちだってまだまだやるべきことはたくさんある。たとえば今回イトーヨーカ堂銀行、IYバンクができましたね。本来なら、IYバンクに口座を設けると自分がイトーヨーカ堂に行って買い物をしたとき、IYバンクのキャッシュカードを出すと、カードで引き落とすだけじゃなく、自分が今日現金が必要な場合、POSレジスターから直接お金を引き出せるぐらいになってもいい。社会的な経営資源や環境的な視点から考えても、セブン-イレブンさんが全店舗にATMを、九千台置く必要はない。POSレジスターを使えばいいんです。ITでそれができるんです。顧客志向については、日本はまだまだ変わっていない。変わる余地はまだまだあるんです。だから過剰な期待も、過小評価も必要ない。日本ではまだIT革命は始まっていないんです。



泥臭い部分で評価される

問 フューチャーでは、どんな仕事が多いんですか。

金丸 われわれに仕事を依頼する経営トップは改革志向で、全部変えてもいいとおっしゃいますね。一般に、コンサルティング会社というのは戦略を立てて紙に落とした設計書をお客様に持っていきます。われわれは、立てた戦略をお客様の業務の言葉で設計図に落とし、コンピューターに実装させて武器にするんです。日本のIT業界は、アメリカにつられてこの実装の部分をないがしろにしてきた。一行のプログラムを書く人を正当に評価せず、むしろ下流工程として軽んじてきたので、IT業界の大企業の実装能力はそれほど高くないのです。建設業界の下請け孫受け構造と一緒です。フューチャーでは、実装のノウハウが売りなんで、コンサルティング会社という華々しい名前の割に泥臭い人が多いですよ。本田宗一郎さんだって汗のにおいがある。やはり汗の匂いがしなくちゃいけない。

問 どのようにして社員のレベルを上げているんですか。

金丸 最初にお客さんのもとに華々しく戦略を立てに行く人と、最後に実装する時に悪戦苦闘する人とを同等に評価しています。するとどうなるか。フューチャーに入ると技術を正しく評価してくれるという評判が高まり、実装部分に優秀な人が集まるんです。この価値観がまず最重要です。そういう価値観を持った器をまず作る。そして集まった人たちに対して、ITとビジネスをみっちり教育します。新卒の教育は三ヵ月間行い、それ以降は現場のプロジェクトチームに配属し、最先端の知識を教えています。

問 金丸さんが仕事の本質を理解しているからこそ、そこまでできるのでしょうね。

金丸 僕は現場にいたからですよ。先ほども話しましたけど、セブン-イレブンの過酷な仕事をやろうとした時、上流工程とか下流工程とかに分けていられないですよ。少人数だから、一人の人間がやれる最大限のことを、未経験のことも含めてやらなければいけなかった。技術屋に業務をやってもらったし、業務の人に技術をやってもらったんですよ。しかも企業の戦略というのは、現場に実装されて初めて強くなる。本部の十数人くらいがレベルアップしたところでその会社の企業価値は上がらないですよね。商品に反映されて、営業の人や、現場の人たちがレベルアップしたらそれは最大の効果ですよね。



次に何をすべきかわからない経営者

問 今、経営トップの最大の悩みは何でしょう。

金丸 まず、第三者的な立場としていうと、会社をわかってない人が多い。自分の思っている会社と実態とが適度な範囲のギャップを超えて、あまりにも遊離している。それから会社で今、何が起きているかわからない。売上高の合計値、事業部別の売上高、利益は大体わかるけれど、その次に何をするべきか、その詳細情報がない。セブン-イレブンさんの単品管理が進んだのは、お店に三千五百品目しかなかったからですよ。小さいコンピューターでも十分その詳細情報を把握できたんです。百貨店が苦しんでいるのはそういうところに原因がある。ユニクロさんとか新しい勢力のビジネスモデルは、商品点数は意外と少なく、ジャンル別に特化しています。これはITが生きるんですよ。で、今われわれのお客さんというのは、経営システムをそっくりそのまま変える必要に迫られている。そのときの悩みは何からどう手をつけていいのかわからないこと。そこでまず最初にわれわれは、その会社に神経網を作ります。今、何がどのように起きているのか逐一入ってくる神経網をつくれば、トップは客観的な情報に基づいて意思決定できます。

問 新しい敏感な神経系統を会社の中に作ることがフューチャーの仕事なんですか。

金丸 それだけではありません。経営トップが本当に満足できるさまざまな経営の武器を提供しますよ。



必ず成功すると確信

問 話は戻りますけど、八九年に会社を創業されていますよね。そのときの動機はなんだったんですか。

金丸 もともと父親が土建業の事業をやっていて、弟も父親とは別に自分で事業を始めました。そうすると私は長男ですから、父親が「お前いつまでサラリーマンやっているんだ、それなら俺の会社を継げ」と言うのです。あ、そうか、父の会社を継がないためには、自分で何かやらなきゃいけないのかと思ったのです。それと、勤めていた会社と社長は、一九八五年と八六年、日経ベンチャーという雑誌で今後最も伸びる会社、最も伸びる経営者に選ばれていたんです。僕はその社長の下で働いていました。やりたいことはやらせてもらってたんですけど、それでも主役は組織なので。

問 なんという会社ですか。

金丸 ロジック・システムズ・インターナショナル(現ロジック)、石田芳社長です。一九八五年、NTTが民営化された時に、NTTPCコミュニケーションズという会社をつくって、脚光を浴びたんですね。ベンチャーがNTTと会社を作ったと。僕もそのチームの一員でしたが、脚光は会社と社長に行きますよね。社長と会社が伸びる会社として注目されて、じゃあ、僕はどうなんだ、僕は関係ないじゃないか。じゃあ自分でやってみたらどういう評価を受けるのかなと試してみたくなりましたね。このようなコンサルティングビジネスが流行るという確信が僕にはあったんですよ。もうそれは絶対的な確信があった。

問 フューチャーのようなビジネスモデルが絶対に成功すると思われたのは何故ですか。

金丸 それはパソコンがみんな苦手だからですよ。それを使いこなした時にはものすごい威力を発揮するのに。フューチャーのようにパソコンという分野にいながらお客様の経営、基幹業務システムに至るというのは、世界的に見てもそんなにないと思うんですよ。私いまだに見たことないです。この道ではプロだという自負がありましたし、パソコンは流行るに違いないと思っていた。みんなはパソコンは流行らない、ビジネスでは使わないと言っていたんですから。



マイクロソフトに買収をもちかけられる

問 ビル・ゲイツが御社を買いに来たとうかがいましたが。

金丸 ビル・ゲイツではなくて、技術部門ナンバー・ツーのジム・オールチンが来ました。今では技術の最高責任者だと思います。

問 その人が金丸さんのところに来たんですね。どんな話をされたのですか。

金丸 当時、技術の話のできる会社のうちのひとつ、ということでマイクロソフト(日本法人)の人たちと一緒に来たんです。僕らはマイクロソフト製品の欠点を平気で言ったわけですよ。同席したマイクロソフト(日本法人)の人がハラハラするくらい。僕らはマイクロソフトのサポートを受けずに、あるバグを改善したことを言ったら、どのやり方を取ったかと聞かれたので、シークレットだと答えた。するとオールチンは苦々しい顔をして「大体予想がつく」と言って、とても気まずい雰囲気で終わったんです。けれどもジム・オールチンが成田を発つ時に最高のミーティングだったと言っていたと、その後聞きました。それからしばらくして、親しくしているマイクロソフト(日本法人)の成毛社長(当時)に呼び出されました。彼がマイクロソフト本社に行った時、今世界中のITのコンサルティング会社で、最もレベルの高い会社をおまえは知ってるか、どこの国にあると思うと聞かれたから、もちろんアメリカだろうと答えたら、日本のフューチャーシステムコンサルティングだと言われたそうなんです。当時、マイクロソフトでコンサルティング部門を立ち上げる話があって、会社を売ってほしいともちかけられたのです。

問 最終的に断ったのはなぜですか。やはり、自分の会社を持っておきたいと思ったからですか。

金丸 そのときはもう公開に向けて動いてましたし、自分の作った会社を日経新聞に載せて、子供に、おいこれは俺の作った会社だぞといいたかったんですよね。



ブロードバンド化のインパクトは強烈

問 コンペに絶対負けない不敗の秘密があるそうですが。

金丸 不敗っていうと一生懸命戦っているみたいですが、そもそも戦いがないんですよ。まだ無名な頃でも、知る人ぞ知る企業として指名されて仕事をもらってたんですよ。 

問 ライバル企業はいないんですか。

金丸 今のところあまりないですね。

問 最近すかいらーくさんとか、アクセスさんと提携されて新会社をお作りになりましたよね。この辺りのねらいは。

金丸 戦略が共有できたり、価値観が共有できたり、それから共に成長できそうだと思う企業とは組んでいけるといいかな、アライアンスを組んでいけばいいかなと思っているくらいです。 

問 携帯電話の将来性についてはどうお考えですか。

金丸 皆さん携帯電話に将来があると思っていろいろやっていらっしゃるので、私はその先をやりたいですね。みんながやっているエリアは、当然のことながら激戦区になる。違ったエリアでまだいっぱい余地がありますから、ライバル会社がいないようなところでわれわれがどんどん指名されて選ばれていくようにしますね。

問 その先とはどんなビジネスですか。

金丸 今は皆さん端末の方しか見てないようなので、われわれはサーバーと連動したものですね。もっと企業経営に生かされるような情報提供、例えば営業マンに与える携帯電話でのコンテンツだとかでしょうね。今やっていることを地道にやっていくことがいいことだと思ってます。

問 金丸社長がブロードバンドに期待することは何でしょう。

金丸 ブロードバンドによるIT業界へのインパクトは強烈でしょう。期待するのは動画ですよね。今の既存の放送局でないインターネット放送局というのは、これからの主力だと思いますね。



十年後、私は株主になっている


問 十年後のフューチャーシステムコンサルティングはどんな会社になっていると思いますか。

金丸 十年後はもう次の社長が創造的破壊をして、フューチャーの創業者の哲学と理念だけを残してまるで違った会社になっていて、お客様から支持されて、入社する人は変人ばかりというような会社に是非なってほしいなと思います。

問 とすると、金丸さんの十年後はどうなっているんですか。

金丸 十年後は株主ですね。だから今よりももっと強い会社になっていて欲しいと思います。

問 今、金丸社長の頭の中にある一番の経営課題とはなんですか。

金丸 自滅しないことです。動物も細菌学でもそうなんですけど、企業というのは大抵自滅するんですよ。

問 自滅は慢心からですか。今のフューチャーではそういう心配はないですか。

金丸 慢心、過信、油断、それからやるべきことを繰り延べた、流れを間違った。今のフューチャーにもその芽はありますが、それが育って大きくならないようにしないといけないですね。それが私の仕事だと思います。

問 フューチャーと金丸社長の十年後を楽しみにしています。ありがとうございました。



かねまる・やすふみ

1954年大阪生まれ。鹿児島県出身だが、14歳まで大阪で育つ。鹿児島の高校時代はハンドボール部で活躍。大学時代はバンド活動に燃える。78年神戸大学工学部卒業後、財務・会計システム大手のTKCに入社。16ビットパソコン開発のプロジェクトリーダーになることを条件に、82年ロジック・システムズ・インターナショナル(現ロジック)入社。85年セブン-イレブン・ジャパンの情報システムを構築し、業界で注目される。89年フューチャーシステムコンサルティングを設立。99年6月株式を店頭公開、3350万円という驚異的な初値をつける。



コメントをシェア

骨太対談
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top