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トピックス -企業家倶楽部

1999年10月27日

【光陽グループ特集】融戦国時代は先物感覚で勝ち抜く/光陽グループ代表 川路耕一

企業家倶楽部1999年12月号 特集第3部 編集長インタビュー


商品取引員5社を中心としてスタートした光陽グループ。95年に丸起証券(現KOBE証券)がグループ入りし、今や商品先物業界から証券業界へと業容を拡大しつつある。金融業界の自由化、株式交換制度など揺れ動く世界の中で、今、光陽グループ総帥・川路耕一は金融総業商社への飛躍を目指す。その夢を支え、厳しい業界で勝ち残るための切り札となるものは、徹底して行き届いた顧客へのサービスと、それを実現させるための社員教育と人づくり。今、川路が見つめるもの、志すものを率直に聞いた。
(聞き手は本誌編集長・徳永卓三)



債券国である日本から債務国のアメリカへ金が流れるという事実

問 商品先物取引については、一般に投機のイメージが強いのですが、本当の機能は何ですか。

川路 ひとつはリスクヘッジ(危機に対する保険、防御措置)です。商品先物取引を一番初めに行なったのは江戸時代の日本なんですよ。たとえば米が西では豊作、東北では凶作だったとすると、西では値段が安く、東北では暴騰します。価格の平準化、ヘッジ、利殖の三つが重なって先物の世界が成り立っていたんです。しかし、明治時代に入った頃からその仕組みが変わって銀行主体のメインバンク制度の形態になり、先物なんて隅に追いやられていました。ところが、ここへきてグローバルということになると、為替ひとつにしても先物ですから、その重要性はますます高まっています。

問 日本の先物市場にはどんな商品が上場されているのですか。

川路 トウモロコシ、大豆、コーヒー、小豆、粗糖、生糸、金、銀、プラチナ、アルミ、パラジウム、ゴム、毛糸などです。それから今年の七月に灯油、ガソリンの上場が実現しました。

問 上場商品に農産物が多いのはなぜですか。

川路 多くの農産物は種蒔きをしてから収穫するまでに数カ月を要しますね。収穫された時点でしか売買しなければ凶作豊作で値段が極端に変わる可能性もあるし、買う方も売る方も先の見通しが立てられない。だから、農産物の取引は本来、先物取引にならざるを得ないんです。畜産物についても、豚や牛を育てるのには時間がかかりますから同じことが言えます。先に売買契約をしておけば、暴騰、暴落による混乱を回避できるわけです。ですから値段の上下動が激しい商品は先物取引に適しています。商品先物取引のメッカは米国のシカゴですが、ここではリスク管理のために必要な商品は何でも上場しようという考え方で、人間以外はすべて先物商品の対象になると言われているんですよ。

問 それに比べて日本には上場商品が少ないですね。

川路 米国と対極にあるのが日本なんです。日本にはその商品を扱う生産者、販売者が価格決定権を市場にゆだねるのを潔しとしない「当事業者主義」がある。その商品を独占的に扱っていればいるほど、当事業者は自らの価格決定権を守ろうとし、監督官庁の通産・農水両省も当事業者の反対が強い商品に関しては、取引所上場に慎重な態度をとり続けてきたためです。

問 先物取引は商品経済に重要な役割を果たしているにもかかわらず、大蔵省なども正しい認識をしてなかったようですね。

川路 投機的で危険なものだという偏見に長年支配されていました。先物取引は現物から派生したデリバティブ取引ではありますが、だから現物取引に比べて重要度が低いとは言えないんですよ。特に金融先物取引の場合は、先物取引が現物取引から遊離して一人歩きしているケースが多い。全世界で一日に動くおカネは二百兆円あるそうです。その中で実際に使われるお金は八兆円にすぎない。残りは余剰の部分であり、マネー経済の領域です。実際には使われないけれど取り引きされるマネー経済の力が圧倒的に強くなっているため、いまや先物取引は現物取引をリードする存在になっている。だから、先物感覚がない国は、どんなによいモノをつくっておカネを稼いでも、その果実をあっという間に為替で持っていかれたりするんです。

問 それはどういうことですか。

川路 たとえばバブル崩壊後の十年間、日本がなぜこれだけ苦労したかというと結局、先物感覚がない、為替を見通す力がなかったからなんです。実際、今だって円を高くすることはアメリカの戦略から見たら、いいことなんですよ。というのは日本は世界で一番の債券国なんです。毎年貿易黒字が出ているということは、企業にたとえるならば毎年最も収益を上げている会社なのです。反対にアメリカは世界で一番の債務国。それがなぜあれだけ景気がいいかというと、日本が稼いだものがすべてアメリカに流れる仕組みになっているからです。クリントン政権になってから、みごとにこのシステムが作り上げられたんです。

問 アメリカに富が集まる仕組みというのは、具体的にはどういうものですか。

川路 大まかにいうと、その赤字をどうやってファイナンスしているかという問題です。アメリカ自身では赤字を埋め合わせることができないから、世界からお金を持ってきて、それを回しているのです。現実のアメリカ国民は貯金がなく、借金をしている状態。しかも、あの401Kプランで退職金もすべて株式市場に入るようにしています。そうやってアメリカは景気を引っ張り、世界経済を引っ張っていかなければならないんですね。お金を世界中から引きつけて株式市場を上げることによって、キャピタルゲインを懐に入れているわけです。

問 日本のお金がアメリカに集まるシステムというのはどういうものですか。

川路 日本とアメリカで金利差があるからです。常に五%の差がついたままです。日本は実体経済が小さいから、余剰金を設備投資するといっても限りがあります。それで世界中で運用し始めるわけです。国債でも何でも満期が来ますね。そのときクリントン大統領やロバート・ルービンが考えたのは円高ということでした。結局、これも先物感覚なんです。円高になると、円が安いときに買っていたドル債券は元本割れしてしまうので、日本としてはなかなか決済できませんよね。そうこうするうちにあっという間にさらに円高になって、今まで日本が投資してきたお金はアメリカの懐に落ちてしまっているんです。アメリカは戦略国家ですから、自国に有利になるように常に圧力をかけてくるんです。

問 金融市場はユダヤ人が牛耳っているといいますが、ルービンやサマーズなどもそうですよね。

川路 だから私が金融総合商社をつくって、その中に商品先物をしっかりおき、先物感覚にすぐれた欧米人に、日本人がこれ以上騙されないようにしたいのですす。



先物は投機だけでなく保険、ヘッジ 日本人は先物感覚を磨くべき

問 先物はわれわれから見ますと、怖くて手を出せないという意識があります。

川路 もちろん投機性はあります。よほどしっかり勉強しないと、簡単に儲けられるものではありません。投機で損をしたというニュースばかりが表面に出ていますが、ヘッジそのものをビジネスにするという形になったときに、皆さんに感謝されるんです。ヘッジというのは今持っている物を保全するための保険ですから、それ自体で損をすることはありません。円が暴騰するのは、ある程度勉強すればわかります。そのときに備えて、それだけの保険をかけておこうということなんです。

問 日本人はヘッジそのものを投機のように考えて怖がっているのですね。

川路 証券業界はあれだけ素晴らしい社員を抱えていても、売りということには罪悪感があるんですね。暴落することがわかっていても誰も売らない。売って儲けたのは、たいがい外資系です。それは日本人に先物感覚がないからなんです。ですから、日本人は苦労してつくった会社を売るなんてとんでもないという考え方をします。しかし、為替や物、金利などすべてが動いているわけですから、これからは先物感覚を勉強して、保険つなぎができるような感覚をつかんでほしいと思います。アメリカでは先物について小学生から勉強させているんですよ。日本人もその感覚を持った人がいろいろな業界のリーダーになれば、アメリカが金利を下げろと言っても、今のように受け入れることはなくなるはずです。

問 川路社長は先物感覚をどのように磨いたのですか。

川路 現実にこの世界で商いをして、男同士で抱き合って涙流して喜んだり、励まし合ったり、心配で夜も眠れなかったりした中で生きてきた経験からです。本当に厳しい世界ですが、株や為替などの変動データを過去から現在まで、何十年分も取って勉強することで、だいたいの感覚はわかるのです。物事すべてにおいて上げっぱなしは絶対にありません。いくら世の中がどんどんよくなって、どんどん物価が上がっても永久に上がり続けることはない。上がったものは必ず下がるし、下がったものは必ず上がるのです。それが今の日本人はわらかなさすぎる。株式相場は会社がつぶれたらゼロになることがあるから、そういう感覚が磨かれないのでしょう。物を対象とする先物の場合はゼロになることは決してありません。必ずどこかで止まり、戻ってきます。

問 商品先物取引市場の取引の実体や経済おける役割に、大衆がもっと関心を持つべきですね。

川路 大衆というより、まず法人に関心を持ってほしいです。たとえば貿易商品にしても、外国と契約すると商品が日本に着くまでに何日もかかります。その間、十億円で買ったものの相場が日本に着いたとき八億円に下がっていたら、それだけで二億円の損です。そこで保険、つまりヘッジをかけておけば十億円のままキープできるわけです。

問 今度、手数料が自由化になりますね。そうすると新規参入もできるようになりますか。

川路 証券が数社参入してきましたが、まだこれからです。今、先物を扱う会社は約八十社、証券は二百八十社です。これからは弱肉強食の世界。本当に力のある者同士が集まって運営するところや、よほど小さくして効率よくする代わり野望も何もないというところが生き残って行くのでしょう。中途半端なのはどの世界でも生きていけませんよ。

問 そういう意味では、これからが光陽グループの正念場ですか。

川路 本当にわれわれがしっかりしないと、この十年近く苦労したものが水の泡になってしまいます。今まで信用度でいえばまず銀行、次が証券でした。ところが、今はまるっきり逆になってしまったんです。銀行が証券業界に参入したいと思っても、証券という変動商品を売るのはなかなか難しいのです。証券会社が、もっと変動の激しい先物をやるのはまた難しいのです。しかし、いろいろな修羅場をくぐってきたわれわれ先物業界が証券をやるのは本当に楽なんです。いわんや銀行業務なんか、値段が動かないんですから、われわれからみたら、こんな楽な仕事はないですよ。先物業界はまだスケールが小さいですが、二十一世紀、いよいよ金融の時代が到来したとき、大きく発展すると思います。これからの数十年間は、世界的に経済の枠組みが大きく変化する時代になると思います。そんな時代になって先物感覚がわかってなかったら、日本人は欧米人に赤子が手をひねられるように騙されますよ。



社員の家族から寮母、運転手まで全員が同じ方向を向くことが大事

問 今、三貴商事をはじめとするグループ五社が商品先物市場全体の十%くらいのシェアを占めていますね。業界トップまで上がってきた光陽グループの強さの秘密は何ですか。

川路 毎年入ってくる新人を四十日間缶詰めにして、人間としての基本を徹底して教育するんです。脱走者が出るほど厳しく、です。教育に関しては月に一回、各社のブロック長以上の社員が必ず東京に集まるのですが、その会には私も必ず出席します。春と秋に泊まりがけで行う管理職ゼミナール、四カ月に一度副部長以上が集まる光陽会、年に二回行う経営者会議などで徹底してお互いを追求します。さらに年に二回は寮母さんから運転手まで、うちのグループ全体が東京に集まるんです。そのひとつがホテルニューオータニで行う新年祝賀会、もうひとつは夏に横浜アリーナを借り切って社員の家族も含めて行う、スポーツフェティバルです。社員の家族を呼ぶのは非常に重要なことだと思っています。普段はお父さんが朝早く家を出て、夜遅く帰っているので、家族には会社のことなどわかりませんからね。

問 社員の家族にも心配りをしているんですね。

川路 年に三回、昇格者懇親会という行事も開いています。係長以上の昇格者とその家族、独身者なら親御さんを呼び、いろいろな話をしてあげるんです。表彰も係長になったときは十万円、副長なら十五万円、課長は三十万円、部長は五十万円渡します。昇格賞金を全部合わせると合計で四百八十万円になります。その懇親会で私は「賞状は本人に渡しますが、賞金は奥様がお遣いください」と言うんです。そうすると奥さんが協力的になるんです。組織が大きくなればなるほど、そんなふうに会社全体をひとつにしなければなりません。独身寮の寮母さんたちも同じです。独身寮というと、ひとつまちがえば仕事のできない社員の不平不満のたまり場になってしまいます。仕事が大してできないのに新人達に悪いことを吹き込む先輩もいますからね。それを防ぐために、私は徹底して寮母さんたちを教育しているんです。

問 どのようにするのですか。

川路 私は独立する前の支店長時代、私が行くところは必ず一年で日本一の支店にしていたんです。当時は企業秘密で言いませんでしたが、その方法はまず寮母さんのところに行くこと。一カ月に一度くらい、私が寮に食事に行く時間を連絡しておくんです。すると寮母さんが一生懸命したくをしておいてくれるので、そこで食事をしながら会社や業界についていろいろな話をするんです。そして帰るときにポケットマネーで一万円置いていくんですが、これがものすごく効くんです。そんなふうにやっていると、寮母さんは全社の実績が上がる頃に支店に電話を入れ、自分の寮生がどういう仕事でどんな成績を上げたか聞いてくれるようになります。そして成績を上げた寮生が帰ってきたら「よかったね」とほめてあげ、成績が悪くて落ち込んでいる寮生は励まします。辞めたいという社員がいたら、すぐに私に連絡をしてくれるようになります。陰の支店長になるんです。

問 それは素晴らしい。

川路 成績が上がらない営業マンがいれば、寮母さんがお客さん役になって昼でも夜でも練習相手をしてくれるし、朝五時頃に出かける社員のために、早起きしておにぎりや温かいみそ汁を作ってくれる。寝る暇がないほどですが、そこまでやってくれるんです。それができたら次は家族。たとえば、まだ若い部長などは社員が不祥事を起こしたりすると、責任を取って辞めるなどと言い出します。こちらとしてはすぐ辞められては困るので、課長以上が辞めるときには必ず報告させるようにしています。社長と話しても決意が変わらないときには、翌日に私のところへ来させることになっているのですが、そんなとき私はこっそり、社員の奥さんに電話して「あなたのご主人には非常に期待しているのです。辞められては困ります」と伝えるんです。すると、みんな奥さんには頭が上がりませんから、翌日私のところに来たときには、あっさりもう一度がんばりますと言うんですよ。他の幹部は「やっぱり代表はすごい」と、びっくりするのですが、実は奥さんに電話しただけなんですよ。やはり組織というものは、どんなに大きくなろうとも、みんなが同じ方向を向いていることが大切なんです。

問 今、一番力を入れているのは人材づくりですか。

川路 先物にしても証券にしても、お客様のニーズに合った企業をつくっていかねばなりません。すべての分野に通用する人材づくり、それを受けることができる企業の体制もつくっていかなくてはなりません。

問 御社の研修は今までは精神棒を入れるという面が強かったと思いますが、これからは知識面を強化するということですか。

川路 これからはそうしていかないと生き残っていけませんからね。先物から証券のほうに研修に行かせたり、証券から先物のほうに研修に行かせて免許を取らせたりします。個人でも法人でも、どちらにも対応できるような能力をこちらが身につけないといけません。大企業の名刺を持っていても意味のない時代になってきたからこそ、その分野を磨いていけばビジネスは発展していくのです。そのことをお客様が意識してくれれば手数料の問題は関係なくなるのです。



 四柱推命が告げた人生の師の登場。 それが豊田会長との出会いだった

問 四柱推命に凝っているそうですね。

川路 豊田善一会長との出会いも、四柱推命で人生の師匠が現れると言われた時のことでした。公開関係の都合で紹介していただき、国際証券の相談役としてお会いしたのですが、その方がうちに来てくれるなんて夢にも思いませんでした。

問 豊田会長は元野村証券副社長で“営業の神様”といわれた伝説の方ですが、どんな方なんですか。

川路 豊田会長が来てからは、トヨタの社長室でもソニーでも東京電力でも、どんな会社でもアポイントが取れて行けるんです。大銀行の頭取でもこんなに簡単にいきませんよ。十分という約束だったとしても、実際には四十分ぐらい相手をしてくれる。ふつうでは考えられないほど偉い人たちが本当に大事にしてくれるんです。

問 豊田さんに見込まれたことについて何か思い当たる節はありますか。

川路 外面がいいからですかね。たとえばKOBE証券の内村専務にしてもTOKYO企業情報の新田社長にしても、私のほうから来てくださいとお願いしても、来てくれなかったと思います。まだ箸にも棒にも引っかからない会社でしたから。しかし、彼らは先を見通す力や人を見る目があるので、わが社に来てくれたんだと思います。

問 川路さんの人とのつき合い方の規範は何ですか。

川路 常に本気でつき合うことです。あまりに本音でつき合うものですから、いつかは裏切られるのではないかと思うほどですが、そこまで本音だと、いくら悪い奴でも裏切ることができないものなんですね。たとえば怒るときは目から火が出るくらい本気で怒りますが、そのあとは「ゴメン、こちらも悪かった」と謝るんです。それは故郷の九州の風土かもしれません。自分がそういう性格なので、逆に嘘をつかれたり、言っていることとやっていることが違ったりする人間とは二度とつき合いたくありません。

問 光陽グループの団結力はすごいと思います。社員との信頼関係はどうやって築いてきたのですか。

川路 社員達と将来ああしよう、こうしようという夢やロマンを話し、彼らと約束したことは絶対達成しようという気概でやってきました。できないことは言いません。経営者と社員との信頼関係というのはそこから来ると思います。この人は厳しく、うるさい。しかし絶対に嘘は言わない、絶対に最後まで面倒を見てくれるという安心感だと思います。創業当初は私がまだ三十歳そこそこで、部下達は二十代でした。そこから、うちのグループの原点が生まれてきているんです。



あくまで先物感覚を中核に今できることをやっていくのがベスト

問 光陽グループは全部で十二社ありますが、すべての売上はどのくらいですか。

川路 売上高は主に手数料ですから、今年の四月から四カ月間の経常利益は先物五社で百十億円前後、KOBEもこれまでマイナスだったのがプラスになってきました。そのまま進んでくれれば年間ではこの三倍になります。ボランティアでやっているホテルなども合わせますと、社員の数は全部で二千人を超えます。

問 総合金融業になりますと、光陽グループには銀行が欠けていると思われますが、それについてはどう考えていますか。

川路 銀行は最後の最後でいいと思います。わざわざ既存の会社を買収しなくても、それだけの能力を備えてきています。これからのひとつの形を考えたとき、証券、商品などの先物感覚を中核にして、お客様のニーズに合わせた徹底したサービスを提供できる体制を整えておけば、銀行の分野は自然に開けてくると思います。本当にやる気、能力、信用があれば、最終的に銀行業務はついてくると思います。力が不十分なうちにいろいろ手をつけますと駄目になってしまう。とにかく今できることをやっていくことが大切なんです。

問 あくまで先物感覚を中核にするのですね。

川路 証券業界は株価が上がっている間はすごく勢いがありますが、下がったとたんに倒れてしまうんです。依然としてバブル頃の体質から抜け出せていません。ですから営業については証券で鍛えられた人は各段に優れていますが、商いについては先物で育ったメンバーに任せたいと思っています。なぜなら景気がいいときも悪いときも商売できる感覚を、先物で育った人間はもっているからです。バブル崩壊後、平均株価が三万九千円から一気に下がって一万五千円を切り、その後、二万円に回復したと思うとまた下がり……を何回か繰り返していますね。先物感覚のある人なら、一万五千円のときから少しずつ買っておいて、二万円を超したときに売り出してます。買うばかりじゃなくて、売り買いの両方をやる感覚を養えば、下がったときも商いができるし、お客様も増やせるんですよ。

問 川路さんは今回の上げ相場では、平均株価が二万五千円までいくと予想してますが、その根拠は?

川路 バブル崩壊後に日経平均株価は、小さな山はありましたが、十年間下がり続け、そして今回上昇してますね。今回の不況は谷が大きくて深かっただけに、それが反転するときの山は大きくなるものなんです。

問 二万五千円になるのはいつ頃になりそうですか。

川路 そんなに先のことではないでしょう。株式公開を控えているうちとしては、二〇〇〇年か二〇〇一年に二万五千円を超える相場になってくれたらと思います。八九年の秋、三菱商事がロックフェラーセンター・ビルを買ったとき、いよいよ天井をつかまされたと思い、翌週の全国朝礼で「株は終わったから、持っている人は処分しなさい」と言い、私自身も株を全部処分しました。当時、新聞は九〇年三月末には四万円を突破すると予想していましたが、年明けには大暴落しました。結局、そうした感覚が大切なんです。日本でもアメリカのように子供の頃から先物感覚を植え付けて、その子供達が大人になったときに、いろいろな世界のリーダーになっていけばいいと思いますね。

問 今後もご発展を期待しています。どうもありがとうございました。



プロフィール

かわじ・こういち


1945年鹿児島県生まれ。鹿児島市立商業高校中退。68年に商品先物取引業界に入り、業界大手企業で辣腕営業マン、支店長として活躍する。80年、銀行・証券・保険・先物といった枠にとらわれない「金融総合商社」を設立する夢を抱いて独立。光陽グループを設立し、先物取引会社を次々と買収、黒字企業に立て直してきた。現在、三貴商事をはじめとする商品先物取引5社、KOBE証券、不動産を扱う光陽不動産、保険を扱う光陽キャピタルなど計12社のCEO(最高経営責任者)。



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