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トピックス -企業家倶楽部

2014年12月27日

いまを懸命に生き新たな可能性に挑戦/ジャパネットたかたの21世紀戦略

企業家倶楽部2015年1/2月号 ジャパネットたかた特集第1部


テレビショッピングの草分けとして君臨するジャパネットたかた。2013年12月期の売上は1423億円、経常利益154億円と復活を遂げた。しかしこの1 年間の復活劇はただものではなかった。テレビ特需が終了、2年連続で2010年ピーク時の経常利益136億円の半減に陥った。社長の髙田明の「過去最高益を超えなければ社長を辞める」との爆弾宣言に、全社一丸となって戦い、不可能の壁を乗り越えた。見事社長の座を死守したにも関わらず、その髙田が今度は2015年1月に、長男で副社長の旭人に社長を交代すると宣言した。新たなジャパネットたかたは何を目指すのか。復活劇と未来戦略に迫る。(文中敬称略)



全身全霊を込めて伝える

 2014年11月24日月曜日、休日だというのに長崎県佐世保にあるジャパネットたかた(以下ジャパネット)本社のスタジオには熱気が溢れていた。朝9時、社長の髙田明は既にスタンバイ、映像スタッフらと念入りなチェックに余念がない。この日はジャパネットがメディアミックスを駆使し、一日限定で一つの商品にスポットを当てる「チャレンジデー」なのだ。

   10秒前、5秒前。スタッフのカウントダウンの声に、スタジオ内に緊張が走る。9時50分、生中継が始まった。「皆さんおはようございます。11月24日祝日の今日、ジャパネットで何かが起こる・・・・・」

   お馴染みのハリのある声に、一緒に並んだMCの顔にも笑顔が浮かぶ。「今日はジャパネットのチャレンジデー!皆さんの憧れの商品を用意しましたよ!」髙田の声のトーンが一段と高くなる。

   チャレンジデースタートのシーンを撮り終えるや、髙田は広いスタジオ内を走り出した。一番奥に設えたこの日のチャレンジ商品、ダイソンのクリーナーを紹介するためだ。「本日はジャパネットのチャレンジデー、あこがれのクリーナー、吸引力の変わらないダイソンをご用意しましたよ。32個のサイクロンの力で分離します」。説得力のある口調に思わず惹き込まれる。

   一緒に出演しているMCの河野友里との掛け合いも慣れたもの。吸引力の凄さを理解してもらおうと、髙田は小道具の小麦粉を撒いた畳に駆け寄ると、いたずらっ子のように畳に小麦粉をすり込む。その畳の目地に詰まった微細な小麦粉を吸い込むダイソンの力を示すためだ。

   その商品の持つ魅力をしっかりと伝えたい。その商品を使うことでその人の生活を楽しく快適にしたい。髙田が番組制作で一番大切にしていることだ。

   満を持してチャレンジデーにぶつけた、ダイソンのクリーナーだけに、髙田のテンションはさらに上がる。通常の大きさのクリーナーにハンディタイプもセットして、2台で5万9600円という破格の値段。まさに価格もチャレンジなのである。

   この日のために、商品開発本部、テレビ企画・制作部、注文を受注するコールセンターなど、各部署が総力を挙げて準備してきた。その戦いの火蓋が切って落とされたのだから、テンションが上がるのも無理はない。

   スタジオにはコールセンターへの入電状況がグラフで掲示され、出演しているMCにもひと目でわかる。その数字に髙田のテンションは最高潮に達する。

   緊張感溢れる一回目の生放送が終わると、髙田はすぐさまスタッフと打ち合わせを開始した。髙田が気にしているのはお客様にきちんと伝わったかどうかである。そしてポケットからスマホを取り出し、受注数量を確認、ようやく笑顔を向けた。 濃密な一回目の生放送の後、10分ほどの休憩で、髙田は隣に設えた商品の紹介を始めた。

   次は白物家電の代表格、東芝の冷蔵庫「ベジータ」である。「通常野菜室は下段にありますが、このベジータは違います。野菜室が真ん中にありますよ!だからとても使いやすいのです」「今日は思い切った値段を出しますよ。皆様ぜひご期待下さい」。髙田のテンションは上がりっぱなしだ。

   チャレンジデーのこの日、髙田は9時50分から16時すぎまで出ずっぱりというハードなスケジュールをこなした。わずかな休憩時間に昼食を取るという具合に、ノンストップで放送に臨んだ。こんな緊張の中にいたら胃に穴が開きそうだが、髙田にとってはここが主戦場。最も楽しく、最高の舞台なのだ。

   だからこそシナリオは毎回、自分の頭の中に描く。台本があったらとても喋ることはできないと髙田。実際、ジャパネットの番組放送には台本がない。従ってMCがどう表現するかは、その人の裁量に任されている。それだけに商品の特長、どう伝えたらわかりやすいかなど、商品知識はもとより、伝え方の研究は欠かせない。MCとして与えられた時間でいかに、わかりやすく伝えるか。どうやったら伝わるか必死だ。

   夕方5時、髙田は満足そうな顔でスタジオから引き上げてきた。全社総力を挙げて挑んだチャレンジデーがうまくいったからだ。チャレンジ商品の注文はこの日一日限り、24時まで受注する。「売上額は20億円位はいったと思いますよ」と語る髙田の顔は自信に満ちていた。


全身全霊を込めて伝える

社長の椅子をかけた一大宣言

 ジャパネットたかたの最大の看板商品は社長の髙田明その人である。37歳で創業、1994年にテレビ通販を開始以来、常に先頭に立ってきた。その髙田が覚悟の爆弾宣言をした。

   それは2012年12月初旬のジャパネット恒例の大忘年会の席上だった。広い会場には数百人の社員が集結、華やいだ雰囲気に包まれていた。挨拶に立った髙田から、思いもよらぬ言葉が発せられた。

「テレビの特需が終わり2011年、2012年と2期続けて収益が半減している。このままではこの会社の未来はない。来期一年間で2010年に達成した過去最高益136億円を超えなければ、社長を辞める」

   髙田の突然の宣言に誰もが耳を疑った。「冗談でしょう!」しかし髙田の真剣な表情に、会場は静まり返った。そんなこと無理だ。しかしその場にいた全員が心の中で叫んだ。「髙田社長を辞めさせるわけにはいかない!」

   翌日から一人ひとりが必死で考えた。過去最高益を超えるにはどうしたら良いのか。何を為すべきか。当時テレビに依存していたジャパネットの業績は、どんどん落ちていった。特需終了後の2011年度の経常利益は74億円、2012年度は73億円と、最高だった2010年と比較して2年続けて約半減となった。

   ビジネスモデルを変えなければ生き残れない。髙田の社長の椅子をかけた決死の覚悟に、いつもは穏やかな社員たちが爆発した。10年前、日本ユニシスから転身した、ジャパネットコミュニケーションズ社長の星井龍也は、「さすがは髙田社長」、とその英断に感心したと当時を振り返る。

   髙田がカメラ店を始めた頃からの社員で、入社27年になる執行役員の浦明美は、最初は冗談かと思ったが、髙田の真剣さにこれは大変なことになったと身震いした。髙田社長を辞めさせるわけにはいかない、どうしたら良いものか。

   この時の心情について髙田は「テレビの特需は終わった。この現状を受け入れ、精一杯努力するしかない。そうすればなんとかうまくいくのではないか。もしできなくてもその時は自分が社長を辞めれば済むことだと思った」と振り返る。しかしそこには必ずできると、社員たちの底力を信じている髙田がいた。


社長の椅子をかけた一大宣言

怒涛の復活劇 攻めの経営で勝利

 目標を達しなければ、社長を辞任するとの髙田の爆弾宣言に、社員たちは狂ったように動き出した。旗印は「ムーブジャパネット」。原点に帰ることだ。我々は本当にお客様にきちんと伝えているか。

 髙田は「悪いときこそ攻めよ。後ろ向きになるな」と攻めの経営で社員を鼓舞した。

 2012年6月には、東京・六本木に事務所をオープン。12月中旬には10数億円かけたスタジオをオープン。佐世保と東京の二局体制で社内競争に挑んだ。バイヤーはほぼ全員、専門チャンネルやネットメディアの担当も東京に移動。あらたなMCや社員も採用、東京での番組制作が始まった。その東京チームの総大将を務めたのが長男の旭人である。佐世保スタジオも負けてはいない。髙田を中心に地上波向けの番組制作、紙媒体を引き受けた。

 髙田は社員たちに言い続けた。「後ろ向きになるな、攻め続けよ。こういうときこそ気弱になってはダメだ、どんどん投資し、どんどん前に進め」。従って人の削減や、経費削減は一切しなかった。フィギュアスケートなどスポーツのスポンサーも、一切引かずむしろ増やしたほどだった。毎年恒例の社員の海外旅行もハワイやグアムなど予定通り実施した。幸い、資金は潤沢にあった。こういうときこそ社員の気持ちを弱くしてはいけないという髙田の攻めの姿勢に、社員たちがしっかり応えたのだ。


怒涛の復活劇 攻めの経営で勝利

企画力で勝つ

 1日24時間限定でテレビ・インターネット・チラシ・カタログなどの紙媒体を併せたメディアミックスを駆使し、1品を徹底的に売るという「チャレンジデー」の企画は、旭人の発案だった。1日24時間、1品だけなんて勿体無いと、最初髙田は反対した。しかし旭人の強い意向にGOサインを出した。しかしこれが大当たり、大成功に導いた。

   テレビに依存しすぎた商品戦略も変えていった。その中で大きな力となったのが、ふとんクリーナー「レイコップ」である。これは今や累計104万台の柱に育っている。東芝のクリーナー「トルネオ」も150万台という驚異的な数字をたたき出している。粗利が高い商品をミックスし、戦略的に新しい商品を積み重ね、幅を広げていった。寝具、靴、時計、食品など今や取り扱い商品は8つのカテゴリーに広がっている。

   企画力を駆使し、佐世保、東京と2局体制での社内競争を強化した結果、8月、9月までは好調に推移した。しかし10月になって落ち込み、目標達成は五分五分の状態に追い込まれた。11月後半になってようやく「これはいける」と確信した時はうれしかったと髙田。

   2013年12月の恒例の忘年会で、目標が達成できたことを発表すると、会場から拍手が沸き起こった。そして集まった500人の社員たちの眼からは涙が溢れた。「髙田社長を辞めさせるわけにはいかない!」決死の覚悟で臨んだ1年間、誰もが辛かったはず。しかしその試練を乗りえた社員たちは一回り大きくなった。そして自信がついた。「やればできる。越えられない山はない」

   社長の椅子が死守できたことよりも、社員が団結して不可能にチャレンジしてくれたことが何よりもうしかった、この頑張り、この経験が次へと繋がると、その時の喜びを語る髙田。そして2013年12月、若い力を信じ、2年以内に副社長の旭人と社長を交代することを明言した。



髙田明から息子の旭人体制へ

 その髙田が2014年7月に、半年後の2015年1月に社長交代することを告げた。周囲は2016年1月と思っていたため、1年早い交代となる。ジャパネットといえば髙田の勇姿が最大のブランドだけに各界に衝撃が走った。

   2014年7月14日、企業家倶楽部主催の第16回企業家賞で、企業家大賞に輝いた髙田は、記念講演の冒頭、晴れやかな顔で語りだした。「来年1月に社長を退任することを決意しました。この1年間の長男旭人の成長ぶりに、若い力に任せてみようと思いました。但しテレビのMCはまだ続けますよ」の言葉に会場からは拍手が沸いた。

   カリスマ創業者の後を引き継ぐことになる長男の旭人だが、その経営手腕には定評がある。2013年の怒涛の復活劇を支えたのは、旭人その人だった。


髙田明から息子の旭人体制へ

新体制は企画力とマーケティングを強化

 社長交代を2015年1月16日と決めた今、旭人は着々と新体制を固めている。これまではテレビ番組制作に大きな重きを置いてきたが、これからは企画とマーケティングに力を入れたいと語る。そして強烈なカリスマが引っ張るのではなく、組織力で社員たちの力を結集したいと意気込む。髙田は、旭人は自分よりも人に任せるのがうまいと目を細める。

   組織力強化のため、ホールディングス制を強化、ここに5つの事業会社をぶら下げる形にする。ジャパネットホールディングスは全体の戦略部隊となり、各事業会社の管轄や管理系業務を担う。そして株式会社ジャパネットたかたはテレビ番組などの制作関連を担う。そして旭人が今後力を入れたいという企画・マーケティング部門は、ジャパネットたかたの中に組み入れる。コールセンター業務を担うジャパネットコミュニケーションズはそのまま存続、星井龍也が社長を務める。

   中でも旭人が目玉とするのが、ジャパネットサービスパートナーズを新設、自社でアフターサービスを実施するというものだ。既に会社を立ち上げ、社員を募集中だ。

   また愛知県春日井にある物流センターは、ジャパネットロジスティクスとして新設、商品の配送と管理を行う。物流戦略はスピードアップにチャレンジ。春日井だけでなく6カ所に拠点をつくる考えだ。まずは東京の平和島に物流拠点を確保、首都圏に限り、商品によっては当日配送に着手する。また旭人の姉が別会社で担ってきたグループ内のハウスエージェンシーについては、ジャパネットメディアクリエーションとして設立、1月1日からの本格稼働を目指す。

   最近はメーカーと一緒になってジャパネットオリジナルの商品づくりに力を入れている。メイン顧客が50代、60代、70代というジャパネットだけに、わかりやすい機能、使いやすさなど、お客様目線は絶対欠かせない。どのカテゴリーであっても最強の逸品を扱いたいという。

   さらに今後はモノだけでなく、旅行や保険などサービスを扱ってみたいと夢を語る。旅行先を実際に収録、こんな温泉で、こんな女将さんがいて・・・などの実態を伝えることで、いい旅が作れるのではないかと睨む。

   いずれにしても新たな組織づくりに着手、2015年1月1日からスタートする予定だ。カリスマ社長から、企画力・組織力の旭人体制へと移行、新生ジャパネットの誕生はまもなくだ。



あと一年で完全引退

 当の髙田は会長として残る気はなく、あと1年で身を引くと社員たちに宣言している。会長に就任、新社長を補佐するものと思っていたから、社内にはまた衝撃が走った。しかし髙田の決意は固い。会長として残れば必ず口出ししたくなる、それでは若手がやりにくいとの想いからだ。

   既に髙田は10月からは役員会にも出席せず旭人の手腕に委ねている。但し、テレビ番組制作だけは1年間続投、髙田の全てを若手に引き継ぐ考えだ。そのため、2012年に東京・六本木に新設したスタジオは縮小、11月末には佐世保の本社に統合した。当然、東京で活躍していたMC、ディレクター、カメラマンも佐世保に合流、番組制作に加わっている。10数億円かけてつくった東京スタジオはまだ、償却も終わっていないが、それもジャパネット流と、旭人は意に介さない。

   MCもあらたなスターが育ってきている。男性陣の塚本慎太郎、中島一成、馬場雄二、そして河野友里、丸尾詩織と女性陣も育ってきている。どの人も髙田そっくりの口調で、まるでミニ髙田のようだ。

   しかし、髙田に言わせればまだまだなのだという。そこで1年間だけは髙田の全てを注ぎ込み、テレビ番組制作の真髄を伝授するというのだ。髙田の後、制作の全てを任されるのが、入社27年のベテラン、メディア企画制作本部/テレビ企画・制作部部長の浦明美である。商品部が発掘してきた商品をいかにお客様に伝えるか。その商品の先にある、手にしたお客様の快適な生活をどう伝えるか。毎回が真剣勝負だ。1年間という期間限定だけに、髙田は一段と力が入る。そして髙田の一挙手一投足を我が身に叩き込もうと、MCや制作陣の目が光る。



いまを懸命に生き新たな人生を発見

 会長に残って指導して欲しいとの旭人の要望を退け、1年後に完全引退を宣言した髙田。それだけにプレッシャーが大きいと旭人は語る。

   では1年後の髙田明はどうするのか。今のところ白紙である。若い時からの夢だった海外留学を実現、英語とフランス語を勉強するのもいいと、笑顔を向ける。アメリカとフランスに併せて3年間留学。70歳で帰国して、あらたなチャレンジがしたいと、さまざまな可能性に想いを馳せる。

   しかし実際、今の髙田の頭にあるのは、どうやって1年間という限られた時間で、MCや制作関係者にジャパネットたかたの真髄を伝授していくかである。

   先のことを考えても仕方がない。いまを懸命に生きるのが髙田の信条。いまこの一瞬に人生の全てを注ぎ込むという髙田の生き方は変わらない。その髙田は116歳まで生きたいと語る。そう考えれば66歳の今はまだ道半ばということなのであろう。

 ゴルフもやりたいことの1つだ。これまではコースに出る暇もなかった。たまに行ってもスコアは120を切れば良い方という。その髙田が友人に1年間で90を切ると宣言したのだ。周りは絶対ありえないとたかをくくるが、髙田は至って真剣。抜群の集中力で練習すれば、達成するのも夢ではない。

   いまを懸命に生きる髙田の前には、新たな世界が広がっている。しかし髙田ファンとしては1年後、テレビでその勇姿を見られなくなるというのは極めて残念なことだ。メインの顧客が50歳代以上というジャパネット。旭人体制でどこまでやれるのか。テレビショッピング・ネットショッピング共にライバルがひしめく中、新リーダーの手腕が期待されている。

   成功とは後悔しないこと、いまの瞬間を一生懸命生きることと語る髙田。今後の髙田の生き方、そして旭人率いる新ジャパネットたかたがどう進化していくのか楽しみだ。



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