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トピックス -企業家倶楽部

2015年01月19日

「憧れの存在」の背中に学ぶ/俺の株式会社代表取締役社長 坂本 孝 × メディアフラッグ代表取締役社長 福井康夫

企業家倶楽部2015年1/2月号 新春インタビュー


全国で店頭での「覆面調査」事業を行うメディアフラッグは、設立当初赤字続き。「なんとしてでも売り込みたい」と社長の福井が決死の覚悟でプレゼンをした相手は、憧れの企業家・坂本だった。福井の事業内容に関心を持った坂本は以降、同社に一人の企業家として助け舟を出す。そしてついに2012年、同社は東証マザーズに株式上場。本年の新春インタビューでは共著『俺のフィロソフィ』を出版した2人の出会いと、昨今話題となっている中国をはじめとしたアジア圏への展開について語る。



2012年に上場きっかけは風水か

坂本 福井さんとの共著『俺のフィロソフィ』にも書きましたが、メディアフラッグの業績が設立後なかなか伸びない時期がありました。その原因には社屋に風水的な問題があるのではないかと言われていたのが懐かしい。結局、そこから今の社屋に移転してビジネスチャンスを見出していきましたね。

 初めは私も「そんな理由ではないだろう」と思ったのですが、当時趣味で集めていた水晶を福井さんにあげたのを覚えています。香港の水晶市場で「世界で一番大きいのが欲しい」と言って3つ購入したもので、検査に引っかからないよう、重い水晶を手荷物で日本まで持ち帰りました。そのうちの1つをある人にあげたらたちまち株式公開に至った経緯から、「これを持っていると絶対、株式上場できる」と言って福井さんにも渡しました。

福井 本当にそうなりましたね。まだその水晶はメディアフラッグにあります。


2012年に上場きっかけは風水か

2人を繋いだ「盛和塾」

問 2人の出会いはいつですか。

福井 2006年、坂本さんがブックオフの会長だったころ、企業家として高名な方だったので知人に仲介をお願いしました。お会いしたその日には、銀座の料亭で気合のこもった事業内容のプレゼンをしました。それからずっとご縁あって、良くしていただいています。

坂本 私も前にミステリーショッパーという覆面調査の会社を起こそうと燃えていたのですが、実際は行動に移すまでに時期が空いてしまっていました。そこで福井さんと会ったものですから、事業内容を聞いて「そうだ、あれは俺がやろうと思っていたんだ」と興味を持ちました。

 私より福井さんの方が強気の経営をするし、8気筒付き排気量6000cc大型車のような熱意のこもった英知を感じます。しかし、手がける事業は小さくまとまっていて、軽自動車並み。だから「この人は1つのことをやりとげる感じだな」というのが第一印象でした。愚直というより人のいうこと聞かないタイプです。(笑)

問 福井さんは坂本さんの印象はどうでしたか。

福井 ブックオフであれほど短期間でフランチャイズのチェーンをつくられた方だったので、ベンチャー企業家の中でも憧れの存在でした。

 当時はメディアフラッグを立ち上げて2期目が終わったときで、まだ赤字で資金が必要でした。そこで出資のためにも「何としてでも売り込みたい」という気持ちがありました。プレゼンの結果それをお受けいただき、株主になっていただいた上、ブックオフの仕事もくださいました。

 今回の共著『俺のフィロソフィ』の出版についても、坂本さんが「メディアフラッグの宣伝になるなら」と出版社からの企画がきっかけで提案してくださいました。

坂本 私が退任してからブックオフとメディアフラッグの付き合いがなくなってしまい、「福井さんと一緒にビジネスができなければ、2人の関係も尻切れトンボになるぞ」と思っていました。

 そもそも、福井さんを紹介した知人とは京セラを創業した稲盛和夫氏主催の盛和塾を通して2年間の付き合いだったので、紹介した自分の人格を疑われるような人は紹介しないという暗黙の了解がありました。つまり福井さんは紹介した彼にとってそれに値している人材だったわけです。

 そこでまず私は「それなら稲盛和夫という企業家を研究してみて下さい」と福井さんに言いました。私は稲盛塾長のお話に共感し、「この人に師事しよう」と思って盛和塾に入っていたので、まずは同じ志を持ってもらおうと彼に半ば強引にその塾に入ってもらおうと考えていたのです。そこから付き合いが続いていますね。

福井 2年前に上場を果たしましたが、坂本さんには上場前からの株を今でも持っていただいています。一時期は月に1回の役員会議にもお越しいただいて、そのあと開かれる役員たちとの懇親会にもよく参加してくださいました。

 初めの2、3年はなかなか事業が立ち上がらず、赤字続きで、人材の流出も止まらず、役員が定着しない時期がありました。それを踏まえ、役員を一新した際には坂本さんから直接のご指導をいただけたおかげで、現在の経営陣が固まりました。


 2人を繋いだ「盛和塾」

「あいつを男にするんだ」

問 福井さんが坂本さんから一番学んだことはどんなことですか。

福井 信頼できる仲間と企業理念ですね。企業理念については「どんなときでもそれを共有することが一番大事だ」と学びました。

 もちろん、要所要所で具体的なアドバイスをいただいていますが、一本化した理念の共有が一番のポイントでした。共著にもありますが、坂本さんが私に細かく指示することはなく、「稲盛さんの盛和塾できちんと学びなさい」と励ましてくれました。また、当社の役員たちにも「福井と一緒に頑張れ。あいつを男にするんだ」と言ってくださったことがありがたかったですね。そのおかげで、上場以降も今の役員たちと信頼関係のある良いチームになれたことが会社にとっても一番良い影響を与えたと思います。

坂本 優秀な片腕が辞めたときは真っ青な顔をしていたけれども、今は他の役員たちも良く育ってますね。

福井 坂本さんの言葉が役員たちにも響いたようです。一緒にお食事をさせていただく中で、坂本さんの立ち振る舞いや部下に対する接し方など、見ているだけで学ばせていただくことがよくありました。



インドネシアから依頼

坂本 時価総額40億円程度になればマザーズから東証1部に上場できますので、その際には是非世界に進出してほしいですね。

福井 今はまだマザーズのみに上場している状況なので、今後も成長できるチャンスをいただいていると思い、気を引き締めています。現在はアジアの一部地域に本格的に進出していて、シンガポールに拠点を置いています。インドネシアの財閥であるサリムグループから頼まれ、子会社のコンビニエンスストアチェーン・インドマレットのコンサルティングを今後請け負う予定です。世界で成功しているセブンイレブンのノウハウを使うので、細かい仕組みは必要ですが、1から創りあげるような苦労はありません。

 今のところは自分たちから海外進出するのではなく、「仕事があれば行く」というスタンスです。今のところはインドネシア、上海、インドには進出していますが、坂本さんがおっしゃるようなアメリカ、ヨーロッパにはまだこれからです。



ビジネスに国境なし

坂本 実は今、アメリカでいくつか成功するよりも上海のほうが、市場規模も13億人と巨大なので魅力があると感じています。もちろん、まだ文化の程度が低く、ものを座りこんで食べる始末ですが、消費の需要は高い。10年後は世界大国でしょう。

 2013年時点では中国に進出するにはリスクが大きいと言っていたのですが、最近その考えがガラリと変わる体験がありました。

 当時は尖閣諸島を巡って中国漁船と海上保安庁が衝突する事件などがあったため、「中国に進出すべきではないな」と思っていました。しかし、ある日「中国最大の外食チェーンを率いる女性社長が日本に来ていて、その人が一番興味を持ったのが『俺のフレンチ・イタリアン』だった」という話を耳にしました。

 実際に機会を得てその方と座って話をしたところ、私の想像していた中国人像とは違って、「企業家に国境は関係ないし、起業の志を持つ者同士なら互いを尊敬できるのだな」と感じました。

「まずは中国に行って、フランチャイズを任せられないようなら断ればいいだけだ」と思い、早速現地に向かいました。すると、中国で彼らは影響力を持ってしっかりとした経営をしていました。ついには中国でも盛和塾が盛んだったようで、「稲盛さんを尊敬しています」と言われたのは、私にとって痛いところを突かれてしまい、一気に引きこまれてしまいました。


ビジネスに国境なし

稲盛氏の心中国でも生きる

福井 坂本さんはスピード感がありますね。

坂本 中国側の代表が3月13日頃に来日し、5月15日には契約しました。

 フランチャイズ展開で、当社からは食文化やキッチンの仕組みを提供し、中国側には土地関係など我々には不慣れな分野で協力してもらいました。結果、先方の力あって上海の一等地を押さえることができたので、来年4月か5月にオープンできそうです。

 また、彼らは儲けよりも、中国の外食業界のレベルを高めるために広めたいと言っていたのが印象に残っています。向上心のある中国人は国際的な感性も持っています。かつて中国産の冷凍餃子に混入物があったとニュースになったことがありましたが、国際意識のある中国人がビジネスの上で何かをごまかしたりすることはないですね。

 そしてビジネス上の礼儀だけではなく、それに合わせて日本と中国との間に信頼関係をつくっていこうと言うのです。実はそうした中国側の思いの根底にあるのも稲盛フィロソフィだったようで、中国で盛和塾の講演があると聞くと、どっと多くの中国人が来たといいます。



相手を選ばず自分から歩み寄る

福井 先ほどの中国の話もありましたが、坂本さんは自分の中の既成概念をガラっと変えることができる。成功されている経営者なのに、保守的にならずこれだけ柔軟に考えられるのはすごいことです。

坂本 人と人との心が繋がれば、それだけ幸せにできる人の数が増えると思います。だから海外進出では、当社のノウハウで世界に通用することを証明すると同時に、現地の人々とも手をつなぎ、「一緒に挑戦できてよかった」と我々のビジネスで幸せになってもらう。それが人類の真価と言っても良いのではないでしょうか。

 今回の海外進出では、信頼できる方に出会えたことがきっかけとなりました。もちろんそれも、こちらが自分にとって都合の良い相手を選ぶのではなく、交渉している相手が良い人物だと思うことが重要。相手に自分を好きになってもらうのではなく、自分から相手を好きにならなければ恋愛は成就しません。



企業家坂本音楽業界に関心示す

問 5年後はどうなっているでしょうか。

福井 2019年には当然の通過点として東証1部、年商では今期で約70 億円を見込んでいるため、100億円を目指します。というのも、覆面調査という店頭のマーケティングビジネスを100万店舗で実施することを目標としているからです。

 今期だと30万店舗程度で、店頭でのマーケティング領域では圧倒的1位になれます。まずはこの目標を達成し、それと同時に去年から手がけている流通・小売の再生事業の第1号である「十勝甘納豆本舗」を成功させたいと思っています。

問 坂本さんはいかがですか。

坂本 日本で苦労しているシェフや料理人が世界中で活躍できるような場を提供したいと思います。その中心はまず東京です。

 アカデミーではシェフがよく育っています。一人前になるのに10年かかるといわれていますが、実際には20カ月で副店長のレベルは軽く到達できます。皿洗いを3年間もさせられている状況では、優秀な人材でも心が折れてしまう。

 今後はそうしたシェフの中で年収1000万円プレイヤーを生み出す仕組みをつくらなければと考えています。例えば40歳くらいの銀行員なら支店長クラスなので、約2000万円は受け取れます。もし同じような年齢のシェフで1000万円でも稼げるようになれば、シェフたちも自分の息子に胸を張れるでしょう。

 また、音楽産業にも進出します。音大を卒業しても、日本では活躍の場が少なく、学校の音楽の先生でも募集が少ないと聞きます。音楽産業が栄えるのはアメリカや先進国の特徴ですが、日本はそうはいかない。事実、日本で車やスマホが売れてもなかなかピアノは売れないでしょう。だからこそ、そうした音楽業界の人材にもシェフと同じように「俺の」で働いてもらおうと考えているところです。そしてゆくゆくはその文化を中国などアジア圏に輸出することも視野に入れています。



P r o f i l e

坂本 孝(さかもと・たかし)

1940年山梨県甲府市生まれ。いくつかの自営業を経て、90年にブックオフコーポレーションを創業。2011年9月、東京・新橋に「俺のイタリアン」をオープン。高級店の3分の1の価格で提供、立ち飲みで顧客を1日3回転以上させ、繁盛店の利益を実現する新たなスタイルで急速に店舗を拡大している。99年度第1回企業家賞人材育成賞を受賞。

福井康夫(ふくい・やすお)

1968年千葉県生まれ。1991年早稲田大学法学部卒業後、旧三和銀行に入行。1995年セブン- イレブン・ジャパン入社。2001年セブンドリーム・ドットコムへ転籍。2004年メディアフラッグを設立し、代表取締役社長に就任。2012年、東証マザーズ上場。「覆面調査マーケティング」など企業のマーケティング支援を行う。



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