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トピックス -企業家倶楽部

2004年12月28日

世界で戦える次世代ユニクロづくりに賭ける/柳井正を支えるスタッフ

企業家倶楽部2005年1/2月号 ファーストリテイリング特集第4部 



 再び成長軌道に乗ったユニクロは今、世界で戦えるインフラの構築を急ぐ。「高品質かつ低価格を実現させる」という創業以来変わらぬ基本コンセプトのもと、国内1000店舗、2010年売上高1兆円をめざす。社長の玉塚元一をはじめとする四人のビジネスリーダーが「世界の市場で戦えるユニクロをつくる」(玉塚)ために日々、柳井と共に闘っている。



高品質を貫き、めざすは2010年1兆円企業

ファーストリテイリング社長 玉塚元一

(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)

1兆円企業を見据えてグローバルなインフラを作る

問 今期は三千八百億円を見込んでいるということで、再び成長軌道に乗ってきたようですが、ユニクロはこの二年でどう変わりましたか。

玉塚 特に、生産と販売を直結させた業務インフラを作ったのは大きな進化でした。国内の小売業を支えるインフラを、グローバルな製造小売業のインフラにしたのです。その一つは店舗主導です。今までの本部主導を、店長の計画に沿って商品を投入していく仕組みに変えていきました。

問 なぜ店舗主導にしたのでしょうか。

玉塚 店長に権限と責任を与え、成長させるためです。店長の成長が店舗の販売力をつける一番の要ですから。二〇一〇年に売上高一兆円のビジョンを達成するためには、人材が質・量とも大量に求められます。そのために、社内の人間を成長させる場を設けること、会社をオープンにして人材のフローを作ること、この二点を重視しています。今後は海外進出、ユニクロ以外の衣料品分野の買収で人材が増え、単一だった企業風土は急激に多様化していくでしょう。二〇〇三年に資本参加した「theory(セオリー)」ブランドからは、物作りに関する考え方を学んでいます。セオリーもユニクロのオペレーションを学んでいます。そういった学び合いや多様化が可能な組織力や人事制度、企業文化に成長させていくことに今チャレンジしています。

ユニクロは以前から高品質路線

問 二〇〇四年九月の世界品質宣言ですが、これは今までのユニクロの低価格路線を高品質路線に切り替えるということなのでしょうか。

玉塚 何も切り替えません。ユニクロはずっと、高品質の商品を手頃な価格で販売することが基本コンセプトでした。ただ、千九百円のフリースのように、生産と販売の直結といった仕組みの結果、価格があまりにも安かったため、消費者の多くに所詮安物という認識をされてしまったのです。われわれは全量検品し、素材は自社で見つけたものを使うなど、ものづくりには一切妥協していないのに、それが伝わっていません。世界品質宣言は、ユニクロのコンセプトをもう一度声高らかにした宣言です。

問 ユニクロはユニセックスのカジュアルというコンセプトですが、最近はウィメンズにも力を入れていますね。

玉塚 三年前のウィメンズの構成比は約二五%でしたが、今期ベースで約四割まで上がってきています。今はユニセックスというコンセプトは残しつつ、男性女性それぞれの消費者が求める商品を提供していて、ウィメンズの割合はもう少し上がるかもしれません。今や日本のカジュアル市場の女性マーケットの規模は男性の約二倍です。私達はユニクロを国内六~七兆円の市場で約一〇%、六千億円のシェアにしようと言っています。そのためには外部とのコラボレーションなど、ウィメンズ強化は絶対欠かせません。

海外では基盤となる強い店舗をつくり国内では1000店舗をめざす

問 イギリス、中国に進出し、韓国ではロッテショッピング社と提携されるとのことですが、新しく描いている海外戦略はどのようなものでしょうか。

玉塚 今、イギリスに六店舗あります。一時はスケールを拡大して失敗しましたが、店舗を五店まで減らして、一つ一つの基盤を全社員が現場に行って作り上げた結果、二〇〇三年に黒字化しました。今後は成長軌道に乗って着実に新店を出店していくつもりで、これからが本番です。中国は上海に七店舗を出店していますが、こちらも今期黒字化します。将来的には大規模に出店していきたいです。韓国進出にあたっては、ロッテションピング社と提携し、合弁会社を設立しました。韓国の市場は日本人にとって難易度が高く、パートナーが必要だと思ったのです。イギリスの反省をふまえて、まずは強い二、三店舗を一緒に作って、収益と成長性が確保できたら、一気に多店舗展開をするつもりです。

問 国内では、今後は年間どれくらいのペースで出店する予定ですか。

玉塚 スクラップアンドビルドで、年間五十店舗増やします。空白地帯に出店し、売り場面積二百~三百坪と大型化した店を作り、売り場面積百四十坪以下の店舗を閉めていきます。ただ自由が丘店のように、ウィメンズだけ取りそろえた店も場所によって作りますね。広い店だけ作るとなると出店場所が限られてしまいますが、ウィメンズだけ取りそろえるなら、駅ビルの中など百坪でそれなりのお店ができます。キッズやベビーでも同じ事ができまるので、これらを組み合わせて、国内千店舗をめざします。

問 ユニクロの未来を暗示している店はありますか。

玉塚 二〇〇四年十月九日にオープンした、大阪の心斎橋にあるユニクロプラスです。売り場面積は六百五十坪、店のコンセプトは「世界のグローバル市場で戦えるユニクロの原型を作る」というものです。心斎橋店そのものが戦えるとは言っていません。ただそれを実際の売り場でつくる、ユニクロの進化の方向性を示す店です。

自分の殻をやぶって成長していく

問 玉塚さんは九八年に入社しましたが、当時それほど知名度がなかったファーストリテイリングに入ろうと思った一番の理由は何でしょうか。

玉塚 柳井会長や何人かの経営チームにお会いして、この人達と一緒に仕事をすれば鍛えられのではないかと思ったからです。実際、柳井会長と共に仕事をして思ったのは、とにかく原理原則を大切にするということです。勉強で一番大事なことは、裏の裏の深い所にある本質を掴み「だからこの人はこんな一行を書いたんだ」などと理解して自分の行動にあてはめ「こうあるべきだ」という原理原則を自ら組み立てていくことです。彼は自分で会社を興し、悪戦苦闘しながら経営・商売として一番大切なことを自分で体得し、かつ勉強しながら揺るぎない信念を確立したのでしょう。この原理原則はグローバルな企業でも通じるものです。まさに驚異的ですよね。もう一つ彼のすごい所は、自ら殻をやぶって成長していける所です。売り上げの規模に応じて、自分が経営者として進化するべき方向を感じ、自分自身を変えていけるのです。松下幸之助さんと同じで、素直な心を持っているのでしょうね。今のユニクロも殻を破って、二〇一〇年に一兆円、今の三倍成長しなくてはいけません。すべきことはたくさんあります。私も今の自分では一兆円企業の社長はできないので、チャレンジして進化して、一兆円企業の社長にふさわしい人材にならないといけない。そのスピードが遅かったら失格です。壁を何枚もぶち破って進化すれば、一兆円企業の社長になれると信じています。



世界で勝てる企業となり、世の中の人々を豊かにしていることを実感したい

取締役副社長 堂前宣夫

 経営計画、生産供給、海外事業、経理・財務、法務と、実に幅広い分野の担当を務める。マッキンゼーに勤めたのち転職を考え、人材紹介会社に教えられたのがファーストリテイリングであった。面接で初めて会った柳井の印象は「エネルギーのある、まっすぐな人」。その時、柳井は「日本発の世界企業を作る」と語った。「『ちょっと大きな会社で上場すればいい』といった考え方は違うと僕は思っていました。官庁みたいな大企業に自分がいるだけでは、世界発になどなれない。人間が集まってこそ会社。だから世界と戦って勝つという夢を持つ柳井の言葉に引かれたのだと思います」

 こうして九八年九月に入社した堂前はサプライチェーンマネジメントを担当。その業務は今もずっと続いてきている。その大きな柱は、まず生産と販売が一致するよう細かく目を配り、欠品がないようにすること、かつまたそうした会社を作ることだ。もう一つは店舗の人間が生き生きと働けるような仕事の仕方やシステム作り。何も考えずに店頭に商品を並べたりするのでなく、店長が全体を把握し、どこにどう商品を置くか、どう発注するかも考えさせる店長発注の仕組みもその一つである。こうした業務に取り組む堂前が見る、ファーストリテイリングという仕組みの強みは何であろう。

「まず、お客様との触れ合いも含めた店頭のモチベーションの高さ。そして、ボリュームが大きくなったこと。そのおかげで、他では真似できない品質と価格のバランスがあります」

 現在、堂前が業務として取り組んでいることは前述のとおり幅広い。するべきことは山積しているが、やはり「世界でも勝てる企業になる」という思いは強い。生産、素材開発、海外オペレーションなど、世界的に見ても競争力がある会社になりたいのだという。そのためにもグローバル化は重要な業務である。

「単に海外に店舗を出すだけでなく、仕事の仕方や商品開発も世界的に強くなるように、内部の人間の教育をすることも大切。イギリス、上海で学んだのは、まだまだ実力不足だということ。アパレルとしての実力がなく、小売り、サプライチェーンマネジメントとしても完成されていないことです」

 堂前によると、企業の海外進出には二つのパターンがある。一つは法務の人間などがまず現地へ出て、次にスタッフを集め……などと形式や段取りを踏む方法。もう一つは、とりあえず会社があるなら店を開けてしまい、商品を並べてしまう方法で、もちろんファーストリテイリングは後者である。

「つまり実践ありき。会社とはそうあるべきです」と語る堂前だが、さらに最終的に目指すのは、世界中の人に受け入れられるような、そして人類を豊かにするような企業となることである。「たとえばトヨタ、松下、ソニー、ホンダ。儲けるためだけでなく人間の生活そのものを一歩進めた会社です。そういう考え方でやっている人達、企業はすごい。儲けようとしてやっても、そこまでは行かないでしょう。海外でも成功するのは、やはりそういう会社です。金のためでなく、何万人もの人が幸せになり、世の中全体をよくしていくことが大事。ユニクロもそういう店にしていきたい」

 そのために堂前が心がけているのは、今を一生懸命に励むこと。最終的に会社がもっとよくなり、世の中がよくなることが夢である。

「いつも『自分がいいことをしているんだ』と感じられる状況でいたい。そう願い、取り組んでいます」



夢は「世界で売れるユニクロ」。そのためにもっと強いチームを作りたい

取締役 中嶋修一

 マーチャンダイジング、デザイン研究室という商品部門の担当役員である中嶋はダイエー出身。ファーストリテイリング入社は十一年前である。一年間に及ぶ神戸のユニクロ店舗での業務からキャリアをスタートさせ、その後、本社の在庫コントロールに一年。マーチャンダイザーを二年務めたのち、マーチャンダイジング部の部長として生産などを担当し、現在に至る。ダイエーではプランタンを担当していた中嶋は、ユニクロの販売現場を目の当たりにした時、衝撃を受けたという。

「とにかく服が大量に売れて行く。チラシに載ると、その棚が一日でカラッポになってしまうんです。『何だ、これは!?』という感じでしたね。商品の価格は安いが、その畳み方や並べ方はどこよりもきれいで見やすく、わかりやすい。当時の日商は平均二千五百万円程度ありました」

 そしてフリースブーム最盛期の九九年~二○○一年。売れに売れるのはいいが、手配するのが大変で、追加しても追いつかない。十月終わりから十一月初めのフリースシーズンには売り場が空になってしまうのではないかという危機感にかられたという。

「柳井からは毎日、欠品に関しては厳しく言われていました。せっかくお客様に来ていただくのだから迷惑をかけるな、品切れだけは絶対にするな、と。それはものすごい執着心でした」

 そのフリースブームが終わりを告げた頃、戦略を変えるべき転換期が訪れる。数量が伸びているから、生産側もさらに伸びる準備をしている。だが、売れ行きは下がって行く。そこですべての商品の調整が必要になってくるのである。

 発注した物は引き取るのがファーストリテイリングの方針だから、よけい苦しかった。売れ行きが落ちたのは商品の新鮮さ、新しさが失せたからだと考えた柳井、中嶋らはその後、新商品の開発に挑む。それは吸汗、速乾性の素材、エアテックであり、上質なカシミアやダウンであり、ウィメンズの重視。今までユニクロになかった服、ニュースになる新商品である。

「うちの店ほど、さまざまな年代のいろいろな人が買い物をしている店はないでしょう。最初から柳井が掲げる『あらゆる人に』を目指すから、一つの商品を企画する時に、メインターゲットとする層からもう一年代上の人も着られるかどうかを考えます。たとえば『自分の親父は着るかな?』などとね(笑)」

 そう話す中嶋はファーストリテイリングの強みを「まっすぐ当たり前のことに継続的に取り組んでいく姿勢」と語る。「まっすぐ」とは中嶋が入社時の面接で初めて柳井に会った時に感じた印象そのものである。

「柳井は仕事に対しては厳しいですが、人間的にはすごく優しい。部下に対しても基本的に敬語で、呼び捨てもしません。怒った時も敬語で『だめっしょー!』なんて言われますよ。もちろん商品開発力もあるし、今も世に出て行く商品には一○○%を目を通します」

 現在の中嶋の夢は「世界で売れるユニクロにすること」。これはもちろん柳井の夢でもある。各国に店があり、喜んで買ってもらえること。そのための強いチーム作りも課題である。

「成長意欲を持った人をもっと集めたいですね。普通では味わえないスケール、分量の仕事ができるわけですから。デザイナーにしても、普通はニッチな方に行くことが多いんですが、やはり何万人という多くの人に着てもらえる服を作るのは喜びでしょう。それを感じられる会社なんです」



この会社なら自分の人生を自分で決め、変えられる。その直感は正しかった

執行役員 営業2部(東日本)部長 若林隆広

「僕の職歴ではファーストリテイリングは三社目。以前の二社はどちらも三~四ヵ月で辞めました。それなのに、この会社にはもう十二年。水が合ったんでしょうね」

 笑いながらそう語る若林。営業部門(東日本の店舗運営)の若き責任者である。若林が新卒で入社したのは愛知にあるトヨタ系の大会社。「すべてにおいてスピードが遅く、何事もダイレクトに伝わらない大企業ならではの体質が嫌」で、辞めた。二社目は静岡の家具会社。「同族会社だったので、十~二十年後までが見えてしまっていて嫌」で、また辞めた。ところが求人を見て尋ねたファーストリテイリングは、その二社とまったく違っていた。

「まだ大きな会社ではありませんでしたが、若くても責任のある仕事ができる。それに十年、二十年、三十年後の自分の人生を自分で決め、変えられる。そういう社風やビジネスモデルに引かれたんです」

 入社直後はさまざまな店舗で責任者として働いたが、まず感じたのはユニクロの圧倒的な可能性。とにかくすごい数の客が来店したのだという。販売の現場では実に多くのことを学んだが、特に忘れられないのは池袋東口店の責任者を務めていた時の柳井との思い出である。

「欠品という、お客様の期待に応えられないことをしてしまい、疲労困憊していたんです。その時、柳井が声をかけに店に来て、僕の話を直接聞いてくれ、困っていることをその場で判断・決済してくれたんです。実は隣のビルを倉庫として借りて欠品しないようにするという、百五十万円ものお金のかかる方法だったんですが、即決ですよ。本当に嬉しかった。柳井はそういう人間的な面を持ち合わせながら、経営感覚で即決できる人なんです」

 現在の若林の主な業務責任は二つ。まずは育成責任、そして足元の売上責任である。人材の育成法としては半年後、一年後……と将来の期待や抱負を決め、上長と双方でコミットする社内的フォーマット、ブレイクスルーシートの活用。また一~二年程度での部署替えで停滞や現状維持をさせないジョブローテーション、それに“ユニクロ大学”と呼ばれる教育研修もある。一方、売上責任に関しては、さまざまな部署が行った仕事の結果などを精査・調整し、店舗と客へいい形で伝えるアウトプットに力を入れる。「いくらいい仕事をしてもアウトプットできないと自己満足ですからね」と言う若林。彼が考えるファーストリテイリングの強みとは、こうだ。

「ファーストリテイリングという社名のとおり、『早く』て『ing』であること。フラットな組織だから何でも決めるのが早い。それに今でもスタートアップの会社、小さい会社と同じで、社員の一体感がすごい。これはなくしちゃいけないものだと思います」

 さらに若林は柳井という存在については、こう語る。

「考えることと判断することを同時にし、すぐ実行できる。しかもオーナーとして一からやってきたから、現場の人間よりも店舗のことがわかっている。また、このビジネスモデルを考え出しながら、さらに進化させている。目標に到達するための仕組みを構築する能力は圧倒的です。僕にとっては十分の一でも目指すべき目標、経営者像であり、いい親父。尊敬してます。経験も年齢も能力も不十分な僕という出る杭を打たずに、のびのび育ててくれた。だから、この僕が十二年も続いたんです」



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