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トピックス -企業家倶楽部

1999年04月27日

【リゾートトラスト特集】エクシブ蓼科はこうしてできた/伊藤與朗を支える人間群像

企業家倶楽部1999年5月号 特集第4部



九九年三月四日、エクシブ蓼科シアターオークで記者発表会が行われた。

『エクシブ蓼科は当社の二十七カ所目、エクシブシリーズでは十カ所目のホテルになります。エクシブの第一号を鳥羽に開設して、ちょうど十二年目です。ということは、十二年間で、一般ホテルでいえば四百室規模の大型リゾートホテルを十カ所つくったことになります。これは驚異的開発力と言えるのではないでしょうか』伊藤與朗は力強い口調で言い切った。


売上高四百八十億円、経常利益四十億円(九九年三月期)。過去最高益を更新する実績からくる自信と、いいものをつくったという達成感、満足感を感じさせる堂々とした会見だった。その背後には、トップを支える強力な武将たちがいる。(文中敬称略)



蓼科で社長交代を宣言する

 三月十日、エクシブ蓼科はオープンした。この日、リゾートトラストの全幹部は、視察をかねて一泊している。客への対応は万全か。何度もチエックを繰り返したが、実際の運営状況は見てみなければわからない。百八十七億円の投資をした大プロジエクトに妥協は許されない。各役員は案内板の位置から、照明の調光にまで鋭い目を光らせた。


 翌十一日、蓼科で役員会を開く。役員たちから問題点、改善策など、プロの目による意見が多く出たが、皆おおむね満足そうだった。


 窓外の唐松林から木漏れ日が射し込む。植樹にも四億円という破格な投資をした。自然環境を保護し、リゾート感を出すため、普通は苗木を植えるところを、最初から成長した木を植えた。雪をかき分けての作業は困難を極めた。最初から完壁。それが絶対条件だった。伊藤は窓にちらっと目をやり、おもむろに口を開いた。「エクシブも十カ所になった。これを機に四月から副社長(伊藤勝康)に社長になってもらい、私は会長になろうと思う」
 
 伊藤勝康は突然のことに驚いた。しかし、二年前からCOO(最高執行責任者)として、実質的には社長の仕事をしている。戸惑いはなかった。「わかりました」頷いた伊藤(勝)の脳裏に、伊藤(與)と共に歩んだ三十年が走馬灯のように浮かんだ。



出会いが二人の運命を変えた

 二人は姓は同じだが血縁関係にはない。伊藤(與)が四歳年上である。

 伊藤(勝)は工業高校で設計を学び、一橋大学を経て公認会計士の資格をとった。公認会計士の事務所を始めて間もないころ、目の鋭い男がぶらりとやってきた。


 父親が死んだので会社を継いだが。いま持っているレストランチェーンの業態を変更したい。相談に乗ってほしいという。


 話してみると、非常に気が合う。「今度、飲みにいこう」


 二人とも二十代。すぐに友達になり、杯を交わし合いながら、事業への夢を熱っぽく語り合った。列島改造ブームのまっただ中、都市再開発、土地利用に関するアイデアは次々と湧き出た。「一緒に会社をつくって、やってみよう」となるのは自然な流れだった。二人で資本を出し合い、資本金五千万円から始めた。


 伊藤(與)が伊藤(勝)を得たことは、ホンダの創業者の本田宗一郎が藤沢武夫を得たような幸運だった。


 二人とも企画力は抜群だが、検証、計画などの実務面は伊藤(勝)が担当、大きなコンセプト、組織運営面は伊藤(與)が担ってきた。


 会社が大きくなったいまでも、会員制ホテル事業の柱であるエクシブに関しては、この二人が一〇〇%関わる体制である。重要なプレゼンテーションは必ず、二人が揃ったときに行われる。


 伊藤(與)の理想を実現するには、伊藤(勝)の実務力が必要なのだ。


 伊藤(與)の要望に対して、設計事務所の人間が、技術的に難しいと応えたとき、図面を引くこともできる伊藤(勝)がすかさず反論する。「ここをこうして、こうすれぱできるじゃないか」


 この二人が揃えば、業者はどんな小さなごまかしもできない。絶妙のコンビが、一プラス一を三にする力を生むのだ。



すべてが同時進行で進んでいく

 蓼科に関しては、十年以上前から注目していた。しかし、バブル時代には価格が高すぎて手を出せなかった。「バブルの時は、会員権は高く売れたが、異業種分野の人たちが、採算は合わなくても転売すればいいという形で参入してきたので、長期的に採算が合うものしかやらなかったわれわれは本当に困りました」と伊藤(勝)。


 その蓼科に絶好の土地が見つかったのは三年ほど前だ。大手企業向けの大型保養寮分譲予定地として確保されていた土地が、景気の低迷で建設のめどが立たなくなった。その土地を買い受けた。二万七千坪の土地代や温泉開発費などを含めて二十億円弱の値段は、ピーク時の半分以下だった。


 取締役企画開発本部長として、現地に何度も通ったのが江幡幸久(現常務取締役管理本部長)だ。蓼科プロジエクトには、土地の選定から関わった。「建坪一万坪、二百室を超えるホテルとなると、それに伴う従業員の寮も百室は必要。ホテルは街中でないから従業員の、駐車場も百台分は必要。客の、駐車場と合わせて三百台分は確保しなければならない。とすると、本体以外に三千坪の駐車場がいる。それで別世界をつくるとなると、かなりの規模の土地がいる。しかも、東京、名古屋、大阪の販売拠点から車で三時間以内で行ける有名リゾート地という条件がある。それを見つけるのがまず難しいです」と江幡。


 江幡は九六年四月、株式公開を手伝うため、あさひ銀行から出向してきたが、依頼され一年後に転籍した。企画開発本部長に任命されたのは、その豊富な交渉経験が買われたからだ。
 

 幸い蓼科にいい土地が見つかったが、八ヶ岳中信高原国定公園内にあり、歴史のある別荘地なので行政の制約はかなりあった。一一階建て以上にはできず、建物一棟の大きさにも制限があった。制約をふまえて、別世界をつくるにはどんなコンセプトで、どんなものをつくったらいいか。そこまで決まっていなければいけない。


 物件が内定すると価格交渉、設計事務所との交渉、行政との交渉という過程に入っていく。蓼科の設計は、観光企画設計社に発注した。


 観光企画設計社の担当者は早い段階で現地に何度も足を運び、どんなものがつくれそうかを検討し、素案を出す。会長、社長も同時にコンセプトを煮詰めている。それを受けて、設計事務所のプレゼンテーションが繰り返される。


 そして、この土地なら可能だと判断されると、初めて土地を買う交渉に入る。この段階ではすでにコンセプトの詰めが相当進んでいるから、土地を買うと同時に、ゼネコン(鹿島・長谷工建設共同企業体が施工)に発注。すべての単価交渉。別途工事の交渉も始まる。「同時進行でプロジエクトを進めるのがうちの特徴です。最初の一年間、エクシブ琵琶湖ができあがるのを見てきましたが、すべて初めての経験でした。琵琶湖でも、土地の買収が遅れているなかで、かたや建物が建っていくという、金融機関時代には想像もできなかったことを経験した。ハラハラドキドキしながらの二年間でした」と江幡。



壁をきれいに塗りすぎて工事が三週間ストップする

「伊藤(会長)のすごさは、エクシブをもう十カ所もつくっているのに、いまだに自分の家以上に打ち込んでいること。家具の一つ、間接照明の調光。客室の家具、ロビーの家具、デザインその他まで、あらゆる細部にものすごい関心をもっているし、気がつく。その辺が社長といいコンビです」


 設計ができるまでに三、四時間のミーティングを十回ぐらいやる。工事が始まってからも現場に出かけ、さまざまな指導をする。


 現場では、本工事に入る前に、モックアップルームをつくる。外壁、内装など本物とまったく同じものをタイプの違う二部屋だけつくらせ、伊藤以下のスタッフ全員が見に行く。「この色は悪い」「このデザインを変えろ」いろいろな意見が出る。改善策を施した上で、ようやく本工事に入る。


 それでも、変更は出る。


 九八年夏、伊藤(與)は、遊びに行った帰りに、蓼科に寄った。すでに外壁の塗り工事が始まっていた。


 伊藤(與)は首を傾げた。どうもモックアップの時と違う。全体の印象がまったく平だ。ブリティッシュ・カントリーのコンセプトを表現する重厚感、面白さがない。「駄目だ。全部ストップしろ」その場で工事は止まった。


 日本の左官職人は、壁に塗り跡が出ないように、できるだけ真っ平らにきれいに塗る。日本ではそれがよしとされているのに、塗り跡がつくようにやれと指示され、現場は困惑した。塗り方の指導をする先生を改めて呼ぶことになり、工事は三週間ストップした。



販売が終わってから本当の勝負が始まる

 そのころ、常務取締役ホテルレストラン運営本部長の河崎信彦も多数の事案をかかえ、目の回る忙しさだった。運営本部が開業準備室をスタートさせたのはオープンの一年前の九八年三月だが、スタッフとしては三年ほど前から、トップのコンセプトを受け、徐々に一つひとつの案件を著詰めていく形になる。「蓼科は滞在型ホテルだ。滞在するためには何が必要か研究しなさい」と会長には言われている。カートを導入しよう、エステをやろう、教会をつくってウエディングをやろう、コンベンションホールをつくろう、温泉を掘ろう、といった具体的注文も次々と出てくる。
 

 最良な形でサービスを具体化するのが河崎の仕事だ。


 温泉があって、大浴場があって、冬でも泳げる野外プールがある。この環境を最大限に生かすには、どんなしかけが必要か。エステ、温泉療法士などの資格を持っている人にプログラムをつくってもらい、インストラクターを採用し、研修を受けさせることにした。


 カートの運営については、見たことがないのでイメージがわかない。同社では優秀社員数十人が年に一回海外研修に行く制度がある。これを利用して、スタッフとともにオーストラリアのホテルに研修に行った。その上でカート運営のマニュアルをつくり、何度もチェックした。


 春にはこういう花が咲く、夏には、秋にはとストーリーを考え、春夏秋冬、いつ散策しても楽しめる庭園造りも行った。


 河崎は七八年、大学卒業後に入社した。大阪で十年間営業に携わった後、名古屋に転勤し、ホテル・レストラン運営本部にきて十一年目になる。営業をしていたころ「われわれの仕事は日本人に余暇の使い方を伝える伝道師だ」と上司に言われたことを、いまでも胸に深く刻み込んでいる。


 販売も大変だったが、運営にも別の難しさがある。マンションと違って、会員制ホテルの場合は販売が終わってから本当の勝負がスタートする。いかに顧客満足度を高めていくか。息の長い戦いだ。「お客さんとコミュニケーションをもとう。お客さんが満足しているか。楽しんでいるかという問題意識をもって会話してください」と指導している。これを「三つの約束」と呼んでいる。


 社員が生き生きしていればこそ、気持ちのよいサービスができる。そのためには職場の活性化が大事だと考え、酬運営本部では最近、社員が上司を評価する制度を導入した。


 上司は三カ月に一回審査され、職場を活性化していないと評価されると、一回目は反省文と対策の提出。悪い評価が二回続くと始末書。三回続くと降格になる。


 伊藤(與)については、非常に厳しい人だと感じている。ちょっと油断するとバンとくる。場面、場面で「感性が違う!経営センスだ!」と言われる。しかし、厳しさの中に優しさがにじみ出るのを感じる。意見は言いやすい。



営業の極意を極めた販売部門のトップ

 エクシブの販売は、着工と同時に始まる。そのため、どんなことがあっても最初に設定した予算は変えない。百億円クラスの建物を建てるときは、五億円ぐらいの追加工事が出るのは常識とゼネコン関係者は言うが、リゾートトラストには通用しない。


 エクシブ蓼科の販売は九七年四月からスタートした。会員権の販売は他のエクシブと平行して行われるから、取り立てて準備したわけではないが、二年後のオープン記者発表の時点ですでに九百二十二口を売り切り、百四十三億円あまりを回収した。全体で四百十七億円売る計画で達成率は三四%。予定通りの状況である。


 販売部門のトップは専務取締役の高浪宣昭。七六年入社。三年間勤めた大京から、上司に引っ張られる形で転職してきた。その後、三十二歳の若さで役員に抜擢される。「シリーズ第一号のエクシブ鳥羽を開か八七年。その後バブルの全盛時代を経て、営業サイドから、高くてもいいからもっとゴージャスなものにしてくれと盛んに要請していったんですよ。それまでは高級会員制リゾートホテルといっても、せいぜい一口三百五十万円。そのレベルでものを考えるから、できることも限られてくる。その意味では、エクシブ蓼科もバブル時代がなければ生まれなかったホテルなんですよ」バブルは傷だけを残したのでなく花も残した、と高浪はいう。


 販売部門のトップになったとき、「好きなようにやらせてくれ」と伊藤(與)に談判し、認められた。本当に放任してくれた、度量の大きさに感謝している。


 現在はなぜリゾートトラストの会員権ばかりが売れるのか、と他社から思われている。その秘密を握っている、営業の極意を知り尽くした男である。


 若い頃はただ、がむしゃらな営業マンだった。「私にとってはCIが転機だった」と振り返る。


 タイムシェアリングという正直なシステムを取り入れ、それが顧客に受け入れられた。そこから学んだことは、顧客の立場になること、正確に伝えることがいかに大事かだ。それまでは、売ることを優先し、やたらに電話をしては、うるさい、しつこいと怒られていた。しかし、そういうことを積み重ねていくと、企業イメージを悪くすることに気がついた。


 営業マン同士の重複をなくするためにテリトリー制にして、既存の顧客を大切にするようにした。その結果、新規契約の七〇%が顧客からの紹介者で占められるようになった。「エクシブの会員がエクシブを利用して満足するのは当たり前。それより、エクシブの会員が、会員になって本当によかったなと思われるようになりたい。そう思われるように意識しています」
 
 営業マンへの指導は厳しい。顧客を裏切ったりした場合は辞めさせることもある。が、長時間労働を強いたりはしない。CIの導入で始めたのは、営業マンの待遇をよくしたこと。営業は集中力が大事。リゾートを売る人間がリゾートプアーではいけないと考え、年に二回、世界のトップリゾートに行かせている。


 エクシブ蓼科を売り切るにはあと三年かかる。売り切るための作戦は、本部が考えるのでなく、営業マン一人ひとりが考える。自分で考えたアイデアで成功するのが面白い。そうしなければ営業マンのモチベーションが高まらない、という。


 営業のコツは、一言でいえば信頼。信頼してない人が何を言おうと、人は聞かない。医者に手術を任せるのと同じ。信頼関係がなければ何もできない。「断られても、おっしゃる通りです。わかりますと答える。相手に、彼は私にとって有意義ないい提案をしてくれる、なかなかいい感じだという印象を残すことが大事なんです。営業の強さはテクニックでなくて姿勢、雰囲気なんですよ」


 営業を極めることは人生を極めることだと思っている。営業とは、顧客のノーをイエスに変える仕事。ノーをイエスに変えるのは、人に対する影響力。影響力はすなわちリーダーシップ。営業部門にはバランスのいいリーダーが育つ土壌があるので、いい人間を育て、会社全体をさらに発展させたいと考えている。



顧客の立場に立った料理を提供する

 エクシブ蓼科は滞在型ホテルだから、一週間以上滞在しても飽きないよう五種類のレストランを設けている。割烹「樺林」、日本料理「花木鳥」、フランス料理「ボナキュー」、イタリア料理「ルッチコーレ」、中国料理「湖陽樹」である。


 料理部門を取り仕切るのは、ホテル・レストラン運営本部料理統括部長の取締役内山敏彦だ。五つのレストランで、それぞれ何を訴えるのか。イタリア料理ではカジュアルさを出すためパスタ中心にする。日本料理も「樺林」は高級感を、「花木鳥」は気軽さを出すようにしている。


 リゾートトラストには三百二十人の料理人がおり、蓼科だけでも五十三人いる。食事が気に入るかどうかは、顧客満足度の大きな部分を占める。非常に重要な部門である。


 開業準備室が出来た段階で、試食会は何度も開かれる。会長、社長が自ら試食し、納得のいくまで繰り返す。蓼科についてはワインの試飲会も行った。蓼科にはソムリエを持った人間もいる。


 伊藤(與)にいつも言われるのは、客の立場に立って料理をつくること。料理人のこだわりで、やたらに高価な材料を使ったりしても受け入れられない。高級料理でなくて、リーズナブルな価格でいいものをつくること。「この料理で何を表現したいのか」と伊藤(與)は問う。マニュアル通りの料理ではなくリゾートトラストの料理が求められる。


 たとえば会席料理も、決まりきったものでなく、『リゾート会席』をつくる。従来の会席料理は肉などまったくなかったが、若者にも受け入れられるように肉を使っている。「会長の食事は長年つくってきましたが、ものすごい情熱家です。レストランで夜食事するとき、お客さんはどんな雰囲気の中で食事をするか。照明の明るさはこれでいいか。そこまでチェックします。また蓼科の中国料理レストランでは野外でバーベキューができるようにしてますが、ファミリーやカップルがここで食事をするとき、どんな雰囲気になるかを考え、入念にチエックします。遊ぶ空間を非常に大事にする演出家です」


 内山はヨーロッパで長くフランス料理の修業をしてきた。帰国後、誘いを受けて入社して二十年になる。フランス料理を広めるためのボランティア活動などもしており、フランスの料理人団体から表彰されたこともある料理業界の有名人である。そうした活動を伊藤(與)は理解してくれる。


 専門のフランス料理にはこだわらない。客の要求に応えること、オリジナリティが大事だと思っている。さらに、料理をつくることだけにもこだわらない。「料理をつくるだけでなく経営に参加する意識をもて」と部下には言っている。



ホテル業界トップの座も見えている

 エクシブ蓼科が完成したのはオープンの一カ月前だ。通常はニカ月猶予期間を設けているのだが、今回は半分しかなかったから、あわただしさも半端ではなかった。こだわるほど問題点は次々と見えてくる。わずか一カ月の間に、百を超える改善を行った。


 こんなこともあった。伊藤(與)と伊藤(勝)がレストランに入り、席についたときのことだ。何か違和感がある……。二人は顔を見合わせた。調べさせてみると、テーブルの高さが、設計と三センチ違っていた。もちろん即座に直した。


 夢を追う大胆なコンセプトと、細部にも妥協しない姿勢。その積み重ねがリゾートトラストの強さだ。


 その可能性は、会員制リゾートホテル業界で圧倒的ナンバーワンというだけに留まらない。五力年計画では、二〇〇三年の売上高は七百四十億円。プリンスホテル、ホテルニューオータニといったホテル業界トップの売上高が一千億円ほどであることを考えると、業界トップの座も、すでに見えているのである。



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