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トピックス -企業家倶楽部

2003年02月27日

【フルキャスト特集】人間くさい男に率いられた新世代の体育会系集団/平野岳史を支えるスタッフ

企業家倶楽部2003年4月号 特集第4部


人間くさい男に率いられた 新世代の体育会系集団

正真正銘の体育会系。誰に対してもフランクで気さく。猪突猛進。高い志と強い意志。考えるより行動が先。大切にするのは他人への気遣いと人の和。目指すはナンバーワン。――平野岳史を評する言葉は数限りない。だが最も多く語られる言葉は、やはり「熱い男」であろう。仕事に関しても、生き方にしても、人間関係にしても常に熱い男・平野の周りには、彼を慕い、ともに歩んで来たスタッフたちがいる。かつては自分の会社のアルバイトであった平野から“部下”に命ぜられ、今に至るフルキャストファクトリー代表取締役会長の石川敬啓、やはり創業期から苦楽をともにしてきたフルキャストテクノロジー代表取締役社長の貝塚志朗、総勢三十名ほどの規模の頃のフルキャストに加わった若き営業本部長の岡田努、上場に向けて大きな使命を帯び、それをこなした管理本部長の岩田剛司、そしてもっとも新しいメンバーであるビジネス経験豊富な経営企画部長の久保裕。誰もが平野と同じく熱く前向き、そして闊達な男たちである。平野を支え続けてきた五人の男に、平野との出会いからともに歩んだ今までの道のり、そして今後について聞いた。(文中敬称略)



昔から実に熱い人間。身内のように、下町の人間関係のように喜怒哀楽を表現する

フルキャスト 執行役員 営業本部長 岡田 努

夢やビジョンが実現できる予感があった創業期のフルキャスト

   一九九四年九月頃、フルキャストに入社した岡田努は、入社以前、小さなコンサルティング会社の社員であった頃から平野と交流があった。公私にわたる共通の知人を介しての出会いであったが、そのつき合いは決してビジネスライクなものではなく、岡田曰く「時には兄貴のような」ハートフルなものであったという。

「平野は当時から実に熱い人間だったんですよ。ベタベタに喜怒哀楽の感情を表現して、まるで身内のように、下町の人間関係のように接してくれる。最初は『スクールウォーズ』の熱血教師みたいな人間が本当にいるんだな、と驚きましたが、そんな人間臭さに引かれました。フルキャストを立ち上げて間もない頃だったから、食事をしながらビジョンや夢を語るんですね。僕も、その夢が実現できる雰囲気を確かに感じて、平野からの入社の誘いを承諾したんです」

   当時は社員・スタッフ総勢三十名ほどの規模。その仲間、同志と仕事も遊びも一緒に楽しみながら、仲間を増やしていきたい――それが平野が岡田に語った夢であった。岡田の入社後、フルキャストは川崎にあったオフィスを解散し、横浜と秋葉原へと分かれた。横浜のオフィスへ移った岡田はスタッフの採用、面接、コーディネート、営業など通常の支店業務を一通りこなしたのち、新宿に作った営業店の責任者となる。その後も名古屋、神戸支店責任者を経て、総務・人事など管理部門の責任者や事業戦略・広報の仕事をこなし、再び営業へ。現在は営業本部長として、営業全般の再構築や営業態勢の強化のほか顧客管理システムの導入、社員教育研修などを手がける。さぞやプレッシャーも大きいことと思いきや岡田は笑顔でこう返す。

「いや、楽しくやってますよ。プレッシャーはありませんね。暗い顔は性格的に合わないんですよ。そういえば『たまには辛そうな顔しろ』と言われるけど、ヘラヘラして見えるのかな? でも、そもそも僕がフルキャストという会社に引かれた理由は、平野の人柄に加えて、当時のメンバーが元気に楽しそうに仕事していたことにあったんですよ。その頃の雰囲気がそのまま残っていると思いますね」

   寝坊したある朝、いきなり部屋に侵入してきた平野に起こされてフルキャストでの約八年間における平野との思い出を尋ねると、岡田はまた笑い出した。

「創業の頃、こんなことがありましたよ。毎朝七時に営業がシフトでスタッフにモーニングコールをしていたんです。ある朝、僕が寝坊して横浜の社宅で寝ていたら、誰かに起こされたんですよ。見たら平野がなぜか部屋にいて『だめだよー。何寝てんだ。行くぞ』と。電話でなく、部屋に入ってきて起こすんですからね(笑)。創業の頃から本当に体育会系の会社でしたよ」

   そんな平野の人間性は創業の頃と基本的にまったく変わらない、と岡田。身分でなく人対人として相手に接し、初めて会ったとしても旧知の仲のようなフランクな人づき合いのしかたは昔と同じだという。

「ただ、もちろん経営者として勉強もしているし、成長もしていると思いますよ。それに今までは自分が先頭切って走って、ついて来いというタイプでしたが、今は役割分担を重視するようになりましたからね。また、ここ二~三年で顔つきが少し変わってきたんじゃないかな。前は人情的な人柄といかつい顔のギャップが大きかったけど(笑)、そのギャップがなくなってきたような気がしますね」

   そう語る岡田自身も、フルキャストで働くうちに変わってきた自分を感じるという。

「両親が言うんですよ。『いつも夜遅くまで仕事してはいるけど、まともになったね』って。前は斜に構えているところがあったようなんですが、平野の影響で僕自身も熱くストレートに変わってきたみたいですね」

   フルキャストの若き営業本部長は、そう自己分析して、また屈託なく笑った。

技術者を社員として採用し、派遣するのがフルキャストテクノロジーの最大の強み

フルキャストテクノロジー 代表取締役社長 フルキャスト 取締役 貝塚志朗

起業を夢見て、平野と二人、チャンスを探していた若き日々

   現在、フルキャストテクノロジーの社長とフルキャストの取締役を兼任で務める貝塚志朗は、もともと神奈川で平野とともに家庭教師派遣の仕事に打ち込んだ男である。最初の出会いは共通の友人を介して、ともに出かけた大学の卒業旅行。ラスベガスの空港での待ち合わせだった。その後、それぞれ就職、別々の仕事をしていたが、二人ともサラリーマンで一生を終わる気はさらさらなかった。「どこかにチャンスはころがっていないか?」目を輝かせて、それを探していたのであった。貝塚は、こう振り返る。

「とはいえ、当時の平野はグータラでしたね。僕はアパート住まい、彼は実家だったんですが、いつの間にかうちの合鍵を持っていて、勝手にうちに上がり込み、テレビ見ながらミカン食べてるんですよ(笑)。夏なんか僕が帰ったら飲もうと楽しみにしていたコーラが、なぜかない。見たら空き缶がテーブルの上にあって、平野が『飲んどいた』って(笑)」

   そんな二人のタイプはまったく正反対。猪突猛進型営業マンで、考える前に動くタイプの平野。状況を見ながら事を進めていく貝塚。より行動力のある平野は先に会社を辞めて家庭教師派遣業を始め、若干後に退社した貝塚もそれに加わることとなる。家庭教師派遣の仕事は自転車操業。「契約を取ると、その現金を持ってメシを食いに行くという感じだった」と貝塚は語る。

「でも大変というのはなかったですよ。ただガムシャラにやらにゃ、しかたない。それでもサラリーマン時代より、自分で実行できる楽しさがありましたね。その頃にはさすがの平野も“グータラ”でなくなってましたよ(笑)」

   規模が拡大した会社で平野は自分と同じく孤独感を感じているはず……

   平野とともに創業期の苦楽をともにした貝塚は現在、フルキャストテクノロジーの社長である。大手電機メーカーをターゲットに技術者の派遣からハード、ソフトの受託開発、コンサルティングなどまで、すべてを請け負うテクニカル・ソリューション・カンパニーである。派遣業務だけではフルキャストは後発組。先発組の牙城を崩すためにもテクニカル・ソリューション・カンパニーとしての力を磨いてきたわけだ。貝塚が語るフルキャストテクノロジーの強みは、各事業の専門化、そして責任者が権限を持って動けるスピード感。そしてフルキャスト・グループの中でも同社のみが行なっている特定派遣だ。派遣する技術者を正社員として採用しているのである。

「クライアントとしては技術者を社員として派遣してほしいという思いがあるんです。でも、それはこちらにとってリスクとなる。給料というコストを抱えねばなりませんから。それで苦しかった時期もありますが、社員にする人間、契約社員にする人間をうまく分けることでリスクを軽減してきました」

   フルキャストがさらなる強みを身につけるのに必要なのは人材教育だ、と貝塚。これまでは気合いと根性で拡大してきた同社だが、競合他社も増えてきた今、他社より質の高いサービスを提供するために欠かせないのが人材教育なのである。そう語る貝塚は今、長きにわたる同志、平野をこう評する。

「負けず嫌いで人を引っ張って行くパワー、それに経営者としては優れた吸収力が平野の魅力ですね。でもツーと言えばカーと言うような密接な仕事場でワイワイ働くのが好きな平野としては、規模が大きくなって社員との距離が生まれた今の会社には孤独感を感じているでしょうね。僕だってそうですから。でも平野に言いたいのは『孤独感はあっても、安心して任せてください』ということかな。……このセリフ、俺って百点満点だな(笑)」 と笑う貝塚。互いに多忙さが増し、以前のようにプライベートで会う場面は減ったが、オフでは平野とは今も友人同士。冗談めかしてもらす言葉の中にも、同志、そして友でもある平野を思いやる深い心情が確かに垣間見えた。



アルバイトの平野に「自分も会社作るから、お前、部下になれ」と言われて「はい」と(笑)

フルキャストファクトリー 代表取締役会長 フルキャスト 取締役 石川敬啓

ボロ家の四畳半に電話一本でスタートした平野との起業劇

   現在フルキャストファクトリー会長とフルキャスト取締役を兼任する石川敬啓と平野の出会いは殊に古く溯る。石川が仲間四人とともに作った家庭教師派遣センターへ、テレホンアポインターとして応募してきたのが平野であった。「自分はプロゴルファーになるから正社員でなくアルバイトがいい」と言いながら、大きな契約をバンバン取る平野に、石川らは仰天。正社員になるよう勧めたが、平野はかたくなに拒絶。その後、テレアポから営業に替えてみると、成約率もほぼ一〇〇%とケタはずれで、またまた石川らを驚かせた。

「その後、僕は仲間と行き違いもあって独立を考え、平野を誘ったんです。すると平野は全然契約を取ってこなくなった。変だなと思っていると、平野が『俺も会社を作ったから、お前、今の会社を辞めて部下になれ』と。『わかりました、なります』と答えて部下になった会社が、神奈川進学研究会の前身です」

   平野と現在の夫人、そして石川、アダ名で呼び合う彼らの会社はボロ家の四畳半で電話は一本きり。営業の電話をしていると、母親や友人から電話が入ってしまうというありさまであった。以前の会社では百万円あった石川の給料も、最初は何と七万円。

「当時、僕の部屋の家賃が七万円。『これじゃ生活できない』と平野に言うと『俺もだ。だから、やれ』と。本当に、三人で一個ののり弁を分けて食べる日々でしたよ(笑)。その後、一年たって数字が上がり、武蔵小杉の知人のオフィスに間借りしたんです。そこでは電話が四本あって感動しましたね。それからアルバイトが入り、その後に貝塚志朗も入社してきたんです」

   仕事がない創業期、平野とともに繰り広げたゲリラ的営業作戦

   石川が思い出す創業期以来の平野の口癖は「でっかい会社作るから、俺について来い!」「俺もやるから、お前もやれ」。「『俺もやるから……』は今でも言ってますね。確かにいつの時代も平野は誰よりも働いていた。それはやはりすごいと思いますね」と石川はしみじみと言う。短期業務請負業をスタートさせた頃も、彼らならではのユニークなエピソードには事欠かない。仕事がなかった頃、彼らが決行したゲリラ的な作戦がある。

「倉庫街に行って、すべてのポストにDMをベタベタ貼ってくるんです(笑)。当然、怒りの電話が来ますよね。そうすると『謝りに行かせてください』と出かけて、謝った後で『ところで……』と営業の話を切り出す。最後は相手も笑ってくれて、一棟丸ごと契約を取れたこともありましたよ。ええ、みんなで考えた作戦です(笑)」

   平野を筆頭に、この石川も、貝塚も、岡田努も、特に創業期以来のフルキャスト・メンバーはおしなべて明るく闊達。気さくによく話す。

「確かにみんな明るいですね。僕達は自分を歯車と感じない会社を目指していたから、みんなが対等。それはスタッフに対しても同じですよ。そんな社風が自然にでき上がってきましたね。その根本にいるのは、やはり平野。他社の経営者などに会う機会もありますが、平野が人に与える心地よさというものはやはり違うんです。エグイこと言ったとしても、それが後で心地いい。だから、みんな平野のことが好きですよ」

   現在、石川が代表取締役会長を兼任するフルキャストファクトリーは工場ライン業務請負業。製造ラインの一セクションという部分的な業務請負から、総合複数ラインの一括請負までという、製造業へのアウトソーシングに特化したもので、倍々の伸びを誇っている。その強みは、やはりバックボーンにフルキャストがあること。フルキャストからスタッフを回すことも可能とあって、過去、仕事を断ったことはないという。

「僕はフルキャストの基本はサービス業だと思っています。だから、たとえばレストランの運営も頼まれたいと思う。人が働く場ならば、何でも頼まれたい――そう思いますね。専門性や知識、マナーなどスタッフの教育をしっかりして闘うベースを作り、さらに上のステージを目指します。平野は二~三年でやろうと言うけど……せっかちだからな(笑)」



フルキャストに入社して強く感じたのは社員一人一人の「がんばろう」という熱い思い

執行役員 管理本部長 岩田剛司

職を紹介してもらおうと訪れたフルキャストで平野に誘われて

   平成十一年六月一日、上場を前にしたフルキャストに入社したのが、それまで経理畑を歩んできた岩田剛司である。知人の紹介はあったものの、フルキャストが人材サービス業と聞いて、自分の職を紹介してもらおうと訪ねたのだ。そこで平野から「うちへ来ませんか?」と誘われ、入社に至るわけだが、その平野に対する岩田の第一印象はこうであった。

「規模が大きくなった会社にしては若い社長だな、というのが第一印象でした。ただし若いが、さすがしっかりしているとも感じましたね。年齢は僕より二歳下なんですが。若い会社だし、人材ビジネスという新しい分野。やれることがどんどん大きくなるだろうという期待を感じていましたね」

   財務部財務課に配属になった岩田はさっそく上場の準備に着手する。その後、上場準備室でもあった社長室の室長に。会社の整備からルールやしくみ作りのほか、各子会社それぞれが行っていた決算を上場に必要なグループ経理にするため、決算期をそろえるなどの連結作業、監査法人や税理士らとの調整を手がけることとなる。

「上場に求められるものは数多い。悠長にやっていられないというスピード感はありましたね。さらに平野はよくも悪くも、どんどん進んで行く。それを後追いで形にしなければなりません。時には『やりすぎです』とか『タイミングが悪い』などと言わざるを得ないこともあり、平野としては簡単に受け止めにくいこともあったでしょう。フルキャストの体育会系サークルのノリはとてもいいのですが、自分は時にそれを抑える立場。そうやって何とか沿う形にしていったわけです。ただ平野は物事を独断で進めるのでなく、他の者の声にも耳を傾け、理解を示す姿勢を持っているので助かりましたね」

   感銘を受けたのは高い志 決してあきらめない意志の強さ

   上場を含め、業績が思うようにいかない場面では、時に平野の弱気な面も垣間見たが、それでも対外的には胸を張って発言する姿に打たれたという。また上場すると派手に遊び始める経営者もいるが、平野の場合はまったくそんな気配がない、とも。

「昨年一年はフルキャストにとって厳しい時期。経費も厳しくなっていたので、逆にそれもよかったのかもしれませんね(笑)」と岩田。現在、岩田は管理本部長。間接部門の統括、財務、経理を担当する。業績拡大を目標として、財務、経理面など得意分野で平野をサポートするほか、営業的な側面では拠点を増やすとなれば人を採用し、支店を出すとなれば家賃やリース、備品の問題などまでを手がける。

「サポート役というと受け身な感じになりがちですが、先回りしてやっていきたい。平野にも『任せるから、やりなさい』と言われています。入社の頃、思った通り、やることはいっぱいありますが、それがどんどんやれているのは大きなやりがいですね」

   そう語る岩田が平野から得たものは「志を高く持つこと、強い意志を持つことの大切さ」である。

「ナンバーワンになりたいという志の高さ、意欲、貪欲さ、あきらめないこと。それが平野を見ていて感じるものですね。また人に対する気遣いや、人の和、組織を大切にする姿勢。平野は激情型ではありませんが、心のホットさは喜怒哀楽の『怒』でなく『喜』に表れています。つまり事業を拡大しようという前向きさですね」

   社長の平野よりも年上ながら、幹部社員としては社歴が浅く、“体育会系サークルのノリ”の手綱を締める立場にある岩田は、他の面々とはやや違う角度、一歩引いた位置でフルキャストを眺めているように見える。その岩田はフルキャストという会社についてこう語る。

「大企業のように居心地がいいばかりではありませんが、仕事を通じて一人一人ががんばろうとしているのを感じます。人材の流動化も激しく、中途で入社してくる者がほとんどだというのに、何事もスムーズに浸透する部分が多いのは、そんなみんなのがんばろうという思いがあるからではないでしょうか」



劉備玄徳を支える諸葛孔明のようになりたい

フルキャスト 執行役員 経営企画部長 久保 裕

初対面からオーラを放っていた 若くて元気なこの人に着いていこう

   幹部社員の中でもっとも新しく入社したのが今年三十六歳の久保裕である。早稲田大学大学院で応用化学を専攻し、修士を取ったという異才だ。シンクタンクの三菱総研から外資系のインキュベーターに転職し、インキュベーターとしていくつかのベンチャー企業創業に携わった。自らが一年間程ネットワークゲーム会社の社長を務めたことも。「社長の経験はすごく貴重でした。でもよく考えると僕はあまり親分向きではない。どちらかというと親分の元で参謀する役の方が合っているなあと」

   その間、仕事を通して平野と知り合った。第一印象は、「スポーツでいうと、主将タイプ」のイメージ。「威圧的な監督タイプではなく、みんなを従えて『やるぞ!』と叫ぶ主将タイプなんです」そんな平野から一緒にやらないかと誘いを受けた。平野の人を惹きつけるオーラにすっかり魅了されていた久保は、「新しいことをどんどんやっていて、元気で活力がある。そんな平野となら、よりすごいことができるのでは」と考え入社を決めた。シンクタンク時代に大手企業を含めた数々の企業の事業戦略(リサーチ&コンサル)をやっていたし、経営参謀をやってきたという経歴は他のメンバーとは毛色が違う。経営戦略の面でこの力を出せれば、と考えた。「それに現場の人たちが生き生きしていて、やる気に溢れているのがすごく魅力的でした。僕はみんながハッピーにならないとビジネスは上手く回らないと思うんです。経営戦略を通してさらなる社員のモチベーション向上の役に立ちたい。メンバー・家族を含め、みんながハッピーになってほしいんです」二〇〇二年四月に経営企画部長として入社。半年後の十月から執行役員になった。

   実際に社員としてフルキャストで働き出して、久保は改めて平野の強いリーダーシップを目の当たりにした。シンクタンク時代いろんな企業の社長に会ってきた久保は、こんな話を例に平野を説明する。“社長”には五タイプくらいある。①二代目タイプ、②サラリーマンタイプ、③MBAタイプ、④ビジネスサイボーグタイプ(二十四時間働き続けるようなタイプ)、⑤ビジネス野獣タイプ(勘とパワー、目に見えないオーラがあるようなタイプ)。「社長は自らは⑤のタイプだ仰っていましたが、僕は④と⑤のちょうど間くらいだと思いますね。創業社長独特のパワーみたいなものがある。その重みはひしひしと感じます」

「人に任せる」ことができる人 あらゆる面で器の大きさを感じる

   そんな平野から学ぶことは無限にある。これだけの規模の会社を築いた人物だけに考え方が非常に柔軟だし、常に現場を思いやるバランス感覚がある。才能溢れる幹部社員たちをまとめられるのもその器の大きさに拠るところだ。何よりすごいと感じるのは「人に任せられる」こと。「当然ある指針はくれますが、その人を信じたら、任せて最後までやらせる。ある結果が出てくるまでしっかり待つことができる」

   もちろん任された方も逆に早く結果を出さなければいけないし、やるからにはちゃんとやらなければ、という責任感も生まれる。また成功しても失敗しても、結果の責任も取らなければならない。

「でもそういうチャンスがないとなかなか人間はやりませんよね。社長が一番望んでいる人材は、決められたことを決まったようにやるのではなく、自ら動いてそれを改革したり新しいことを作っていったり、よりよくしていくことができる人なんだと思うんです」

   現在フルキャストは軽作業請負業界のリーディングカンパニーだが、業界だけでなく広く人材業界において日本のリーディングカンパニーにして行くのが使命だ。

「五百、一千億円規模の会社にしていくときに耐えられるように、物資やインフラなどの諸々の施策を練るのが僕の役割です」

   道を誤らないように、最良の道で日本のリーディングカンパニーになるための戦略をきちんと作る。また、大きな規模にも耐えられるような人材、そしてそれを育成していく人材をいかに数多く輩出していくかが今後の課題と考えている。

「自分は参謀タイプだ」と自覚する久保は、平野を“親分”のような存在と慕う。「その親分を僕がしっかりサポートする。『三国志』でたとえると平野が劉備玄徳だとしたら、僕は諸葛孔明みたいな存在になれたら格好いいなと(笑)」一国の王である平野がいて、その周りを名武将である幹部社員たちが取り囲んでいる。そんなイメージを感じさせる若くて力強い会社だ。



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