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トピックス -企業家倶楽部

2001年01月28日

【アスクル特集】「明日来る革命」の軌跡と真実 お客様からすべてが始まった/アスクルのスタッフたち

企業家倶楽部2001年2月号 特集第4部


「この仕事は私にやらせて下さい」青空(ブルースカイ)委員会でアスクルの事業プランが出来上がったとき、岩田彰一郎は即座に、プラス社長の今泉嘉久に申し出た。「いや、おまえはダメだ」と今泉は言った。二度目に申し出たときも、許可されなかった。岩田はなおも食い下がった。

「どうしても、やりたいんです」三度目に言ったとき、今泉はついに折れた。

「わかった。その代わり、今おまえが持っている部隊、右腕左腕を全部とるぞ。先代がリヤカー一つからプラスをつくったように、ゼロからやってみろ」
 
こうしてアスクルの第一歩は1992年4月15日、プラス本社の片隅に置かれた楕円形の机一つから始まった。

岩田の元に集まってきたのは三人。文具事業本部から鈴木誠(マーケティング&マーチャンダイジング プリントオンデマンド担当マネージャー)、東京支店から竹越秀雄(カスタマーサービスコンシェルジュチームマネジャー)と木村美代子(マーケティング&マーチャンダイジング副統括)が配属され、アスクル創業メンバー四人が顔を合わせた。(文中敬称略)



お客様がすべてを教えてくれた

 マーケティング&マーチャンダイジング副統括 木村 美代子氏

 小さな机一つに電話だけが四、五台あった。電話が鳴ると木村がとる。「はい、アスクルです」と言うと、プラスの人が「本当にアスクルというのか」と笑った。ふざけた社名と思われていた。一番最初の問い合わせ電話も木村がとった。その対応があまりにも下手で、おどおどしていた。その様子を陰に隠れて見ていた岩田が言った。

「お客様の窓口はすごく大切だから、小さくても専任の上手な人をおく必要があるな。うちの小さい大きいは、お客様には関係ないことだからね」

 こうして専任の人間をおくようになったが、この話には後日談がある。実はそのお問い合わせ第一号の電話は、岩田が友人に頼んでわざとしてもらったものだった。

 岩田は事業全体を考え、木村がマーチャンダイザーとしてカタログをつくった。竹越は物流と調達。鈴木はシステム、仕組みづくりを担った。岩田と木村が前線部隊、竹越と鈴木が後方でそれを支えた。

 カタログづくりの校正で読み合わせの相手は岩田だった。五百品目ほどのカタログ第ゼロ号は家族の手づくりという感じだった。小さく生まれたから理念の共有ができたと思っている。

 受注FAX第一号はやはり、岩田の知り合いの客だった。流れてくるFAXを見て岩田は手を合わせた。「この一枚はずっと、とっておきなさい」と岩田に言われた。今もロッカーに保存してある。

「このビジネスは絶対、すごく大きくなるんだよ」と、岩田は最初から言っていた。木村は、自分を励ますために言っているんだと思っていたが、カタログ第ゼロ号から第一号へ移行するため、客にアンケートのFAXを流したとき、自分でも確かな手応えを感じた。

「どんな商品が欲しいかアンケートをとったのですが、出した途端に、約三割のお客様から、本当に即座に返事が返ってきたのです。最初はUCCのコーヒーしか出してなかったのですが、ネスレのゴールドブレンドの百グラムをいくらで欲しいと、ちゃんと書いてある。本当にちゃんと希望を書いてくれるんだな。これは教えてもらえるなと思って、びっくりしました。一枚一枚にお客様の声が書いてあって、何をいくらで出したらいいのか、教えてくれることに感動しました。そして、それをメーカーに持っていくと、普段お客様の声を直接聞いたことがないメーカーの担当者も顔色を変えたんです。これはおもしろいと思いました」

 君の役割はお客様の声をしっかりと伝えることだ、と岩田に言われ、お客様の代理という形でプラスの役員会に出席した。

「お客様はこの商品を○○円で欲しがっています」「どうしても使い慣れたK社のファイルが欲しいとおっしゃっています」客観的なデータに基づいた客の声を、しがらみがない立場で率直に伝えた。木村はプラスの役員から「アスクル娘」と呼ばれるようになった。

 今泉、岩田の理解とバックアップが木村を支えた。

 客の声を聞いて、サプライヤーと一緒に、新しい価値を創造していくという仕事の基本は今も変わらない。新商品をカタログに載せて、一週間もすると客の反応がわかる。メーカーとアスクルのMD(マーチャンダイザー=商品をつくる人)が仮説を立てて、新商品をつくると、その結果がすぐにわかる。結果を検証しながら進化していけるところがおもしろいと感じている。

 岩田については次のように言う。

「みんなをうまくまとめ、やる気を出させるのがうまい。そういうムードがあるんです。会議でも、下の人にまでみんなに意見を求め、まとめ上げる。それから、よく褒めますね」

 ねばりっこく、細かいところによく気づく岩田は、今でもカタログを一ページずつチェックする。「このページは何を言いたいのか、語りかけてくるのか、こないか」

「この価格で本当にいいのか」と言われて、百円の表示を、あわてて九十九円に変更したりした。そんな岩田に鍛えられ、「アスクル娘」も今では九人のMDを指揮する立場になり、新時代のビジネスピープルとして縦横無尽の活躍をしている。



あたり前のものが当たり前に売れる

マーケティング&マーチャンダイジングプリントオンデマンド担当マネージャー 鈴木誠氏

 プラスの文具事業本部では、プラスの商品をどう伸ばすか、価格をどう設定するかといった仕事を担当していた。その仕事に対する思い入れも強かった。そんな時、岩田に声をかけられたことで運命が変わった。

「プラスのことはちょっと置いておいて、新しい事業をやろうよ」

 当初、アスクルの備品は楕円のテーブル一つ。テスト運用は一ヵ月後の五月十五日だというのに電話すらない。プラスの総務に電話の手配を頼むと、手違いで八台も納品され、テーブルの上が電話だらけになって大あわてした。

 エージェント、文房具店に紹介してもらった客先にカタログを置いてもらうところから最初の営業が始まった。注文は徐々に増えていった。

 中古のファックス一台、マック一台という環境の中で、ひたすらがむしゃらにやっていた。システムもプラスのコンピユーターシステムのなかに間借りしていたので、朝プラスのホストコンピユータから出てきたリストを、連日パソコンに入力し直し、分析を行った。伝票の記入、請求書の発送などすべて自分たちでやった。クレームがあったときは、客先に菓子折りを持って行った。

「最初はプラスの製品を売りたかったんです。岩田はずっと文具の開発をしていましたから、プラスのファイル製品などに非常に自信を持っていて、カタログでそのよさをアピールすればガンガン売れると思っていたし、そのようにしようともしていました。ですが、実際に売れるのはコピー用紙とか、ファックス用紙といったものなんです。当たり前のものが当たり前に売れていくね、と途中で気が付きました。ファイルについても筆記用具についても何でも、当たり前のものを用意しなければ流通としてやっていけないとわかってきたんです」

 現在は名刺や社名入り封筒などの印刷物を担当して二年になる。印刷物は時間がかかるという常識を覆し、翌日納品を可能にした。

「ただ、がむしゃらにやってきただけ」と何度も繰り返した。



信念で守り通した「明日来る」の約束

カスタマーサービスコンシエルジエチームマネージャー 竹越 秀雄氏

六六年プラスに入社。業務センターで文具事務用品の受発注を担当していた。アスクル事業では物流・調達を担った。

「アスクルはプラス社内でのプロジェクトから事業推進室、事業部となったんですが、プラスの今泉社長がよくお見えになりましたよ。『今日は何件のご注文があったか』『一日五件来ないと承知しないそ』なんて言っていました」

九五年の阪神大震災の時、道路機能が寸断され宅配便も使えず、被災した客からの注文を、翌日届けるのは困難な状況だった。そこで岩田はプラス社内の物流便を使い、所沢のプラス物流センターから大阪のプラス物流センターへ毎日商品を送った。大阪の物流センターからは赤帽などを使って、神戸の客へ翌日納品した。品薄な商品は郊外まで現金で買いにいくなどの手段も講じた。客の要望には何が何でも応える。そんな岩田の執念を間近で見てきた。

「お客様がいつでも安心して注文でき、その翌日お届けするためには物流センターに的確な在庫がなければいけません。ですが、通常の仕入先、通常の調達ルートだと欠品が生じてしまうことがあります。そんな時、土曜日などに岩田自ら量販店へ行き、商品を買ってきていました。またカタログ掲載後、モデルチェンジして価格もアップする製品もあります。お客様からどうしてもモデルチェンジ前の、カタログに掲載されている商品が欲しいとご要望があり、いろんなデパートに問い合せて、赤字を承知で現金購入して納品したこともありました」

竹越は岩田を「厳しいところもあるが懐が深く温厚な人」と語る。客や注文がどんどん増えていた頃、欠品、品薄や発送手違い、商品破損などのクレームも増えた。スタッフの「こういうことは仕方ない」と考える甘さもあった。クレームは徐々に減らしていくと竹越が言った時、岩田は机を叩いて言った。

「そんな生ぬるいことじゃダメだ。とにかくクレームをゼロにしろ、明日お届けするのがアスクルだ」

「注文した品が納品され、お客様がその箱を開けた時の第一印象が大事なんです。岩田がお客様のご了解を得た上で、お客様の事務所ヘスタッフを連れて出向き、自社の商品が届くのを待ち伏せて、どういう状態で商品が届いたか、どんなミスがあったのかを確認したこともありました。アスクルが伸びたのは翌日お届け、というサービスを徹底して守ったからではないでしょうか」

今、竹越の担当はお客様相談係。一日に五千本以上かかってくる問い合せは配送に関することが多いという。

竹越の今後の抱負を聞いた。

「お客様のご要望も多様化しています。そのスピードに乗り遅れず、いかに一人ひとりのお客様のご要望にきめ細かく応対できるかということですね」ともすれば浮き足立ちがちな若い集団を、竹越のような温厚なベテランが下から支えてきたのである。



ボールペンー本今すぐ欲しいと言われたら……

取締役最高業務執行責任者(COO) 冨田幸男氏

九九年十一月、岩田に請われて花王からやってきた。岩田がライオンで私が花王と、出身会社はいわゆる犬猿の仲なんですが(笑)、九九年五月に岩田と初めて出会ったとき、言葉が一緒だったんですよ」と冨田。年が同じで、共通の言語を持っていた岩田に「新しいビジネスモデルをこれから作っていこうと熱く誘われ心が動いた。

「フィーリングというか第一印象がぴったりあった。本当に初恋がそのまま実ったっていう感じでした」

今アスクルは次の世代を支えていくeビジネスの新しいモデルをつくろうとしている。激動期の渦中にあって、毎日毎日がものすごい変化の中にいる。

「その中心にいる人間の心の琴線に触れる…機会はなかなかないじゃないですか。感動したっていうか、この人となら同じ夢を追えるなと思ったんです」実際にアスクルに入ってみて、カルチャーショックを受けた。日本を代表する優良企業、花王で営業をしていた冨田をして百分の過去がいかに甘かったかを思い知らされた」と言わしめるほど、アスクルの顧客指向は徹底していた。

「たとえば消しゴム一つでもコストに関係なくお届けする。あるいは先日の中部地方の集中豪雨や鳥取の大地震の際には、地域のすべてのお客様に何か不都合はございませんか、どんな場合でもすぐに納品いたしますとファックスしたんです」

いずれも大メーカーの発想では、考えもよらないことだった。お客様に緊急の事情があって、今すぐボールペン一本欲しいと言われたらどうするか、という議論をしたときのことが強く印象に残っている。バイク便を使うなら千円だ。いや二千円だ。それはとりすぎだから三百円にしようという意見が出ていたとき、岩田が言った。一そういう議論そのものがおかしい。お客様が困っている時こそ、無償でお届けするべき。それがわれわれの姿勢じゃないのか」と。冨田は感銘した。なかなか言えることではない。お客様のために進化するという理念を掲げているが、アスクルはそれ以前に、この世の中でどんな存在であるべきなのかを考え、現実に実行している。このことに強いカルチャーショックを受けた。

「お客様が何に困っているのか。それに対してわれわれは何を提供できるのか。ハッピーオフィス・ネットワークと呼んで、それを本気で考えているんです。それは私がアスクルに来て誇れることの一つですね。今後もこれは守っていかなければいけないことだと思います」岩田と同じ言葉を持ちながら、またひと味違ったムードを醸し出すCOOである。



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