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トピックス -企業家倶楽部

2003年02月27日

【フルキャスト特集】新世代の企業家を“人間力”でリードする野性派経営者/平野岳史の人的ネットワーク

企業家倶楽部2003年4月号 特集第5部


終身雇用制の崩壊、若者の就業意識の変化が追い風となって、短期軽作業の請負業という新しい業態を創出し、急成長を遂げてきたフルキャスト。しかしその先頭を走る平野岳史は時代の動向を鋭敏に捉えてきたというよりも、むしろ現場で試行錯誤を繰り返すうちに「人材」という鉱脈を掘り当てた企業家といえる。「親分肌」「面倒見がいい」「信頼感がある」……といった表現で、30代や40代前半の経営者たちに慕われる平野。こうした側面は25歳からの企業家人生の中で、幾多の壁を乗り越えながら体験的に培われてきたもの。人をひきつけ、人をやる気にさせ、人を大事にする。そんな“人間力の人”の素顔を、同世代の友人たちが仕事とプライベートの両面から解きあかす。(文中敬称略)

仕事、趣味、家庭をすべて両立させ得る全人格的経営者

グローバルメディアオンライン社長 熊谷正寿氏


   一九九九年以来に共通の友人を介して知り合って以来、熊谷にとって平野はあこがれの先輩経営者だという。ビジネス上の直接的なつながりはこれからだが、プライベートで月に数回は会う。

「いかにも元ラガーで体育会系出身というイメージですが、実は非常に細やかな気配りをされる人です。私の中では“人柄の平野”という印象が強いです」

   熊谷は実はゴルフやテニスが嫌いだが、一度付き合いでしぶしぶテニスコートに立ったことがある。平野もいっしょだった。ラケットもほとんど握ったことのない熊谷は、一週間前にテニス用品を買いそろえ、ビデオでにわか勉強して当日に臨んだ。しかし結果は惨憺たるもの。体は思うように動いてくれない。そんなとき平野は熊谷とペアを組むと見事にフォローし、ネットの向こうからはさりげなく手加減してくれた。

「ビデオを見たくらいでテニスができるわけないですよね。その程度でごまかそうとするのが私のよくないところなんですが、そんな私にすごく気を使ってくれて、わざと打ちやすい球を打ってくれたり、平野さんの気配りをつくづく実感したテニスでした。日常的な場面でも彼は本当に周囲の人を大切にするんです。立ち居振る舞いや言葉から彼の気配りが伝わってきます。ある意味で『人格で社員を引っ張っていける社長』という側面も、多分社内では大きいんじゃないでしょうか」

   もうひとつ印象的だったのが、オフの日に偶然遭遇した家庭人としての平野の顔だ。子どもと向き合っているときの彼の表情が、なんともいえず温かく好印象だった。このときも仕事はできるが、仕事一辺倒ではない経営者の側面を垣間見たような気がした。

「わずか十年余りで二百億円企業を築き上げるものすごいビジネス手腕。しかしそれを一向に感じさせない、温かくて気さくな人柄。酒も飲むし、スポーツは万能。おまけによき家庭人。時代をリードしている企業家って何かひとつくらい欠けているはずなんですが、平野さんはそれがない。正直言って非の打ち所のない、全人格的な経営者ですよね」

   かつて出資した子会社の経営がうまくいかなくなったとき、平野は個人的に代表者をバックアップしたことがあった。一旦着手したものは、何があろうとも最後まで面倒を見るその一貫した姿勢にたまたまふれた熊谷は、そのとき彼に「武将の大きな器」を見たような気がしたという。

   では全人格的な平野に果たして弱点はないのだろうか。この質問に熊谷は頭を抱えてしばらく考え込んだ末、こう言った。

「あえてあげればとても情の厚い人だから、情に引っ張られて冷静な判断が鈍ることがあるかもしれません。私などはその点、はっきりしていて、ダメなものはダメと割り切るんですが。それから疲れや気づかいが顔に表れないタイプなので、無理をしていたとしても周囲が気づかない。その分、ご自分で十分に気をつけてほしいですよね。逆に私は気をつけすぎる方なのですが、平野さんにはお酒の飲み方、時間の使い方など、自分の体にも気配りしてあげていただきたいと思います。何しろ彼の後ろには何万人もの全国の仕事関係者や大切なご家族が控えているんですから」

   そう語る傍らで熊谷はもう一度黙って考え込み、最後にこう念押しした。

「仕事、趣味、家庭のオールマイティーな能力、人柄……、どう考えても平野さんは全人格的なんです。私などはどうしても仕事にずるずると引きずられてしまい、反省することが多いのですが、平野さんはオンとオフの切り替えがすごく上手で、すべてに無理なく全力投球しているという感じ。私にとっては彼はやっぱり理想的な経営者としかいいようがないんです」



人材、経営への思い、志を共感し合える“信頼の人”

レインズインターナショナル社長 西山知義氏


「平野さんはどんな方に紹介しても、相手とうまくコミュニケーションがとれる人。その意味で妙な気を使うこともなく、本当に安心してお付き合いのできる経営者です。ちょっとこわもてな外見とは対照的に、彼のソフトで落ち着いた人柄がビジネスチャンスを広げてきた一因だとも思います」

   ベンチャー企業の経営者は個性の強い人が多く、個性と個性がぶつかり合うこともある。平野はその点、人当たりがよく、万全の信頼感をもてるのだと西山は自信をもっていう。かくいう彼も穏やかで安定感があり、どことなく平野の印象とオーバーラップする。

「私のほうが平野さんより五歳年下なんですが、体格や雰囲気が似ているのか、実はよく兄弟と間違われるんです。確かに共通点は多いです」

   共通点のひとつが人材に対する考え方。フルキャストにとっては「人材」は「人財」。まさに人材育成の重要性も難しさも知り尽くしているのが、平野とも言えるだろう。西山もまた経営において人材育成は、非常に重要なポイントと考えている。社員ひとりひとりが力を存分に発揮できなければ、会社の本当の成長はありえないと捉えているからだ。「社員を幸せにしていきたい」平野から社員へのそんな思いをきいたときも、西山は即座に共感できた。

「平野さんも私も、ゼロから会社をたち上げ、徒手空挙でやってきたタイプなんですよ。だから創業期には人の問題などでもずいぶん苦労している。時には天狗になって社員の反発を受けたりしながら、自分の悪いところを一つひとつ直していく。創業経営者ってそういうものなんです。だから目を見ただけで互いに分かり合えるものなんです」  

「平野さんは常に高い目標を設定しますが、思考がすごくポジティブですよね。大きな目標を前に社員が『大丈夫でしょうか?』と不安な顔をしたら、彼は常に『目標を実現するまでやり続けるから大丈夫』と答えるそうです。できない理由は考えず、実現するためにどうすべきかを考えて行動する。そういう思考パターンもお互いに似ています」

   西山は穏やかな笑顔を浮かべて言う。

   ガッチリとした体格の二人だが平野は学生時代はラグビーで、西山はアメリカンフットボールで活躍。体育会系出身という点でも共通点がある。ビジネス上のつながりはこれからだが、ゴルフや食事などプライベートな部分で気兼ねなく行き来できる関係なのだ。その西山が平野に圧倒的な強さを感じるのは、彼が軽作業請負という新しい業態をつくり、そこで成功を収めているという点である。

「外食産業のようにすでに基盤のある業態の中で、ビジネスを展開するときは、既存のシステムの問題点を削り、新たなものをプラスしていけばある程度の成功は望めます。しかし平野さんのように軽作業請負という全く新しい業態を自ら創出し、そこでナンバーワンになるのは、前例がない分リスクを負う覚悟と人一倍強いチャレンジ精神がなければ到底無理です。成功事例のないところで事業を始められたこと自体、ものすごいすごいことで、さらに成功を収めている。これはなみ大抵のことではありません」

   会っているだけで楽しい。気も使わない。お互い大いに刺激し合えるいい関係だ。外食産業で元気のいいレインズインターナショナルと人材派遣と業務請負の世界で躍進し続けるフルキャスト。意気投合できるこの若手経営者の今後が楽しみである。

「業界は違いますが二人でいっしょに年をとって、やがて日本を代表するような企業に成長できればうれしいと思うんです」

   閉塞感からなかなか抜け出せない日本経済の現状を考えると、そんな志の高さもまた平野と西山の頼もしい共通点のひとつだといえるだろう。



思わず頼りにしてしまう面倒見のいい大先輩

アガスタ社長 松崎光紗氏


   二十六歳で手探りで起業して五年を経た松崎光紗にとって、平野岳史は常に「大きな励み」となる経営者である。出会いは若い創業経営者の集まり「YEO(「世界青年経営者の会」の略)」への加入がきかっけだった。二〇〇〇年から一年間、平野は同会の会長を務め、会の中心的存在として多くの若手経営者に慕われている。松崎も彼を先輩と慕う一人だといえる。

   ITバブルの頃、同会にはIT関連企業を起こしたばかりで資本金数億円という経営者が何人も加入してきた。かたや松崎は貯金三百万円を資本金に中古車輸出業界の世界で、コツコツと実績を重ねてきた経営者。彼女にとってIT関連の若手経営者は、ビジネススケールも発想も桁違いで、自分の器の小ささを痛感させられる思いだった。そんな時、平野の言葉に幾度となく励まされたという。

「周囲を気にしなくていい。下積みがないと経営者としての実力はつかないよ。苦労がないと本当に大きくはなれないもんだ」

   こう語った平野自身も九〇年のフルキャスト創業時は、三百万円を元手のスタートだった。途中、志を同じくした仲間にやめられ、頭を下げて戻ってもらったり、金策に奔走したことなど数々の苦い経験もある。そうした壁を乗り越えて平野は十年間でフルキャストを資本金三十二億円、年商約二百六十億円(二〇〇二年九月期)の企業に成長させている。また母子家庭だったため、高校時代はいくつものアルバイトをこなしながら、学費も自分で稼ぎ出してきた。苦しい時代を自力で乗り越えて着た人だけに、平野の言葉は説得力に満ちているのだ。苦労を体で知っているから情が厚く、懐が深いのだ。

「ビッグビジネスを展開しているのに、人間的にはすごく気さくで温かいんです。お忙しいだろうと思いつつも、携帯電話に連絡して『すみませーん。実は相談にのっていただきたいんですけど……』とお願いできていしまう方。すると自分の本業でなくても、『よーし、任せておけ』って親身になってくださる。甘えてはいけないんだけど、つい頼りにしてしまう」

   ビジネス上で直接の取引きはないが、松崎は平野から仕事につながる人を紹介してもらったり、銀行との付き合い方を伝授してもらったりと、「お世話になってばっかり」だという。とにかく親分肌なのだ。

   また世間では松崎は経営者としでではなく「女性経営者」という色メガネで見られることが多いが、平野は一人の経営者として、なんの偏見もなく見てくれるという。

   もうひとつ松崎が感じるのが、平野の旺盛なサービス精神。あるとき若手官僚と若手企業家の討論会で、平野が司会進行役を務めたことがある。硬い雰囲気の討論会で、本音の議論がなかなか出なかった。そこで平野はいきなり『はい、まずここで東大出身者の人、手をあげてみてください』と質問。官僚の大半は挙手し、企業家側は皆無。その対照的な現実に会場から笑いが起こり、場が和んだ。

「笑いのツボをよくご存知なんですよね。人材派遣で司会者の依頼があったときは、自分で司会業をやっていたんじゃないの? と思わせるくらい、場を盛り上げるのがとにかくうまい。もちろん硬いスピーチだって見事です。周囲への気配りやサービス精神がめちゃくちゃ旺盛な方ですよね。いっしょにいると前向きで、本当に楽しいんです」

   会社の新年会でも平野は社員の前で演じる出し物のために年末、専門家を呼んで太鼓や踊りのプライベートレッスンを受けるほどだ。こうした旺盛なサービス精神は、人を大事にすることで成長してきたフルキャストの根幹につながっている一面なのかもしれない。



親分肌で面倒見がいい人

テイクアンドギヴ・ニーズ社長 野尻 佳孝氏


   野尻は二〇〇一年の十二月、ナスダック・ジャパン市場(現ヘラクレス市場)に最年少で上場した。平野とはその一年ほど前に、日本ベンチャー協議会の会合で出会った。互いにラグビーをしていたことで親交が深まり、平野から経営のアドバイスを受けるようになった。

   上場前でわからないことだらけで弱っていた野尻に、平野は先輩経営者として懇切丁寧に教えた。

「逆の立場で考えてみると、後輩にそこまで丁寧に教えることはできないと思う。平野さんは親分肌で面倒見がいい。頼まれたことに関しては、何かしら絶対に返すような人です。私が割とスムーズに上場できたのは平野さんのおかげと言っても過言ではありません」

   ITビジネスがもてはやされていた当時も、本業をきちんとやって利益を出すことが基本、それが一番大事だよ、と野尻に説いた。

「平野さんはマインドコントロールがすごく上手な人。オンとオフの切り換えがうまい。ゴルフをやって思う存分楽しんだら、私などはしばらく遊び気分を引きずるのですが、平野さんは終わったらスパッと頭を仕事に切り換える。『オンとオフの切り換えをきちんとやっていくと楽だよ。だからそういうマインドを自分でつくっていくことも大事だよ』と、教えられました」

   頭の切り換えができないと、経営者はずっと仕事をし続けてしまい、それが逆にいい結果を生まないときがあるからだ。

   創業のメンバーが辞めてしまったとき、野尻は涙が出るほど落ち込み、平野に相談した。

「そこで経営者が弱くなってはいけない。どんなことがあっても、弱った顔を見せてはいけない。常に強くあらねばならないんだよ」

『俺って、間違っているのかな』という思いに駆られるほど弱気になっていた野尻はその言葉で奮起できた。

「よく経営者は孤独と言われるけど、それまで私は孤独だとは思っていなかった。和気あいあいとやっていたので、なぜそう言われるのかわからなかった。そういうことがあって初めてその意味がわかりました。それから平野さんは忙しい合間をぬってジムに通い、ものすごく身体を鍛えている。身体を鍛えることがメンタルを鍛えることにもつながるんです。それで、私も真似してジムに行くようになりました」と、相当心酔している。

   平野とは頻繁に会っており、月に一回ぐらいゴルフもする。ゴルフの腕は若手経営者の中では、平野と楽天社長の三木谷浩史が双璧ではないか、と野尻。

「それと腕相撲は多分、上場会社の社長の中で一番強いと思います。僕が一番強いと思ってたんですが、負けましたから」

   明大ラグビー部で大学選手権優勝を二回経験しており、年も十歳以上若い野尻に勝ったというのだから大変なものだ。おまけに機敏だからスポーツ万能。テニスもうまい。今年四十二歳になる平野だが、三十歳の野尻に「私よりパワーある」と言わせる。

「孫正義さん、南部靖之さん、澤田秀雄さんたちの次に続く、三十五歳から四十代前半ぐらいの世代のベンチャー経営者の中で最も信頼されているリーダーではないか」と野尻。二〇〇二年八月には日本ベンチャー協議会の会長として、百人ものベンチャー経営者をまとめて中国を訪問した。

「すごい手のかかる人たちを連れて行ってまとめた手腕はすごい。相手が望んでいることをいち早く察知して行動する人なんです。そういえば平野さんは私の誕生日会に来てくれたんですが、その日は予定以上に人数が多くなってしまって、まとまりがつかなくなってしまったんです。するとその場の雰囲気をすぐ察知して、ぱっとマイクを持って『みなさーん、今日は野尻君の誕生日ですよ、と』一発で全体をまとめてくれた。そういう気配りがすごくできる方なんです」



新しい世代の日本を代表する経営者になってほしい

参議院議員 小林温氏


   辣腕経営者であり、信頼できる兄貴分でもある、と小林は平野に対する尊敬の念を隠さない。

「非常に気さくで楽しい方ですし、年齢的にも私のほうが後輩ですから、兄貴分として面倒を見てもらっているという感じです」

   学生時代は早大雄弁会、卒業後は松下政経塾と政治活動一色の人生だった小林は、父の突然の死によって家業を継ぐことになる。それからしばらくは、政治家への志を持ちつつも、青年会議所での活動、新規事業の立ち上げとビジネスの世界に深くのめり込んでいた。

   平野との出会いは今から約五年前、小林がITベンチャー企業の経営者だった頃、友人の紹介で経営者仲間の会合に参加したときだ。そのときの平野の印象を小林は「飛ぶ鳥を落とす勢いの頃でしたから、光って見えました」と語る。創業経営者同士ということもあり何となくウマが合ったのか、それから仕事・プライベート両面での付き合いが始まった。

「私が経営者だった頃には色々な相談をしたり、仕事を紹介してもらったりしました。一言で平野さんを表すならば『逞しい』に尽きる。ベンチャー経営者は絶えずチャレンジする姿勢を持ち続けるべきですけど、それを体現されている方だと思います」

   二〇〇一年、小林は参議院議員に立候補し、念願の政治家への転身を成功させる。平野から学んだ「チャレンジする姿勢」を政治の舞台で発揮することが小林の新たな目標になった。政治の世界に踏み込んでからも、両者の交流は途絶えるどころか、ますます親密なものになっていく。前回の選挙では平野が横浜に応援にきて、投票日に一緒に万歳までしてくれたという。平野が東京にある小林の若手後援会の会長を務めていることもあるが、去年の夏には、日本ベンチャー協議会が主催した日中ベンチャー交流に共に参加するなど、お互いの活動の中で接点は多い。経営者と政治家という別々の道を歩んでいるが、「ベンチャー」をキーワードに共同作戦を取る機会は今後も増えそうである。なぜなら、小林にとって政治・政策の視点から平野に期待するところは大きいからだ。

「平野さんには若手ベンチャー企業家のリーダーになっていただきたい。もっと大局観をもって政治、財界活動、あるいは後進の育成などを通してベンチャーを育むような土壌を作って欲しい。新しい分野の産業と政府がどのように付き合っていくかは、これからの重要なテーマです。平野さんの事業の成功体験に裏打ちされた考え方は、ベンチャー企業全体の底上げにとって大きな財産であり、フルキャストグループには、新しい産業、ひいては国のためという志をもって成長してほしい」

「エンジェル税制やストック・オプションなど、新しい産業を育成するためにどのような政策が必要なのか積極的に提言してほしい。平野さんは、若い企業家予備軍にネットワークや知恵を授けたりと親分的なところがありますから、みんなの意見を吸い上げて、政策のレベルまで落しこむ作業に力を注ぐことができる方だと思います」

   エンジェル税制やストック・オプションは、言うまでもなくベンチャー育成を促すもの。平野は一企業の経営者としてだけではなく、ベンチャー全体の利益を考える段階に入っている、平野にもその覚悟はあるはずだ、というのが小林の主張。以前、小林が仲介した竹中平蔵大臣との昼食会の席での平野の発言を、小林はこう記憶している。

「企業家が生き生きと活躍できるような土壌を本気で考えていかなければならない。企業も人も国を選べる時代だから、日本で事業を展開していくメリットがあると思える制度や税制を整備し、規制緩和などを積極的に推進していく必要性がある」

   ベンチャー企業家の旗手と元ベンチャー企業家の新進政治家、日本の産業活性化のための二人三脚の「試み」は始まったばかりである。



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