• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -企業家倶楽部

2015年03月23日

インドネシア視察記2/日本企業の知恵と汗のグローバル戦略

企業家倶楽部2015年4月号 緊急リポート


2014年11月初旬、企業家ネットワークではヌサンタラ総合研究所と合同で、ジャカルタ視察を実施した。人口2億5000万人、その内7割が30歳以下というインドネシアは、若者が溢れており、そのエネルギーに感動した。視察記今回は、インドネシアで成功している企業3社を紹介したい。



マンダムインドネシア


マンダムインドネシア


45年の経験を生かしさらなる飛躍を

 11月5日、我々視察団はジャカルタ市内から30kmほどの工業団地にある、マンダムインドネシアスンター工場を訪問した。マンダムが現地に進出したのは1969年、日本企業としては最古参といえる。日比武志社長、古林常務、尾崎取締役、笹川マーケティング担当他、多くの方々にご対応いただいたことに感謝したい。

 日比社長の挨拶の後、マンダムインドネシアの現状と成功の軌跡についてレクチャーいただいた。2015年で創立45周年というマンダムインドネシア。立ち上げから現在に至るまでの苦労は計り知れない。多くの苦難を乗り越え、今の成功があるのだと感銘した。




 主力商品としては、男性整髪の「ギャツビーブランド」と女性向けコスメティックブランドの「ピクシー」がある。マンダムの成功要因の一つに、容量のバラエティがあるという。特にギャツビーは一回使用の個包装パックを約3円で、屋台で販売したことが大きいという。デートの時など必要な時に1回分だけ買えるという利便性が、現地の若者に支持され、広まっていった。ピクシーは各地で「美と健康」に関するセミナーを実施、地道にファンを獲得していった。そして今や、大手スーパー、小売の棚では大きなスペースを陣取り、成功企業として知られている。

 熱心なレクチャーの後、実際に工場見学をさせていただいた。綺麗に整頓された工場では、若い女性たちがズラリと並び、作業している姿が印象的だった。ラベル貼り、箱詰めなど、手作業で進められていた。これら多くの人々を雇用し、教育・訓練を施すことの苦労は計り知れない。




 マンダムのように現地にしっかり根ざし、現地に溶け込み、きめ細やかなマーケティングを実行すればこその成功だと納得した。このような先行企業の知恵と汗のおかげで、今の日本とインドネシアの友好関係が築かれているのだ。

 マンダムインドネシアはアジア戦略の拠点として、タイ、フィリピン、ドバイなどにも出荷しているが、拠点工場として2015年にはチビトン地区に移転する計画という。長年の努力が実って、さらに大きく飛躍しようというマンダムの成功事例は、次に続く日本企業の大きな希望となるもので、今後益々の発展を期待したい。



大戸屋インドネシア

日本の家庭食を広めたい

 ジャカルタでもトップクラスの高級モールプラザインドネシア。そのビジネス棟に大戸屋プラザインドネシア店がある。日本の大戸屋に親しんでいる人間からすると、定食屋としての大戸屋のイメージとは異なり、高級感漂うワンランク上の大戸屋となっている。メニューは、ほぼ日本と同じだが、黒を貴重とした78席の広々とした店内は、まさに高級和食店そのものである。

 インドネシアに7年滞在、2008年の1号店の立ち上げから尽力したきたディレクターの池田豊和氏と、タイ大戸屋で5年半活躍し、4カ月前にインドネシアにきた中井氏にお話を伺った。


大戸屋インドネシア


インドネシアの大戸屋はFCで8店舗を展開しているが、日本人はこの2人のみ。あとは現地スタッフで運営しているという。伺ったプラザインドネシア店は、近くに日本大使館、ホテル、ビジネスビルが立ち並ぶ、ジャカルタの中心地、それだけに客層としてはミドルクラスの人が多いという。ランチだけでなく夜はお酒も伴う、きちんとした和食が食べられる店として人気である。それだけに今後は、焼き鳥、そば、寿司も加えて、夜にも対応できる高級和食店としての準備を進めている。

 人気メニューを伺うと、1位は「牛炭火焼き定食」11万4000ルピア。日本円にすると1100円程度となる。やわらかくて香ばしい牛肉の美味しさは抜群。ごはんも味噌汁もまさに大戸屋の味と感動する。2 位が「炭火焼き鳥丼」7 万5000ルピア、3位は日本でお馴染みの「さばの炭火焼き定食」12万4000ルピアという。




 大戸屋ではこの店だけでなく、他店においても大戸屋のポリシーである店内調理を基本としている。それだけに現地スタッフを指導し、日本の大戸屋の味をしっかり守ることに注力している。

 輸入規制が厳しいインドネシアではあるが、さばやしまほっけなどは日本から輸入。コメは日本人の管理下で現地栽培されているジャポニカ米を使用、タレ類は店内調理というこだわりようだ。

 FCチェーンとして、日本の大戸屋の理念と味をしっかり伝えることが、この2人に課せられた使命といえる。そのために毎朝の朝礼は欠かせない。スタッフの自主性を尊重し、育成するように心がけているという。長年、現地スタッフと一緒になって大戸屋の味をつくりあげてきた池田氏と中井氏。大戸屋の海外戦略成功の裏には、こうした現地を守るサムライがいるからこそと納得した。




この国で仕事をさせていただいている

「インドネシアの人々は親日的で大変ありがたいが、我々はこの国で仕事をさせていただいているという気持ちが大切、従って現地のスタッフと同じ目線で仕事をするように気遣っている」と池田氏。7年間も現地スタッフと苦楽を共にしてきたからこその本心であろう。こうした姿勢こそが、大戸屋海外展開の成功の秘訣といえそうだ。今後は大戸屋の理念を共有し、大戸屋の仕事がきちんとできるリーダーを育てたい。そして日本と同じような組織を作り上げたいと意気込む。

「大戸屋の日本の味を“うまい!”と言ってもらえるように、多くの人に美味しさを届けたい」と熱く語る中井氏。

 今後、この2人と現地スタッフの活躍で、日本の大戸屋の味がインドネシアの隅々に行き渡り、かの地の人々に和食の美味しさを味わってもらえることを期待したい。



ユニクロインドネシア


ユニクロインドネシア


グローバルブランドとして認知度を高めたい

 ユニクロがインドネシアに出店したのは2013年6月である。既に6店舗を展開しているというが、11月6日、1号店となるクニンガンエリアのユニクロ ロッテ ショッピング アベニュー店を訪問した。クニンガン地区はさまざまなショッピングモールが立ち並ぶ、渋滞が激しい地区。中でも大型のロッテ ショッピング アベニューは、平日のせいか閑散としていた。

 目指すユニクロの店舗は、正面入口入って1階の左奥。1階と2階の2層の売り場は、ユニクロの東南アジア店舗の中でも、最大級となる約810坪という広さ。すっきりとした店内を覗くと驚くのは、フリースやウルトラライトダウン、ヒートテックといった冬物商品がメインに並んでいることだ。外は35度という常夏の国で、こんな冬物商品が売れるのかと聞いてみると「旅行用に買う人が多い」と、アシスタントマネージャーのLUKMAN HAKIM氏が答えてくれた。しかもこの店の一番の売れ筋はフリースというのだから驚く。筆者もフリースを購入してみたが、価格は12万9000ルピア。品質は日本と全く同じである。




 現地法人の責任者である林泰寛氏によると「常夏のインドネシアとはいえ、グローバルブランドとして秋冬の商品構成で販売している。ジャカルタは国際都市なので、売れ行きは非常に好調で足りなくなるほど。インドネシアの気候条件に合わせて薄手の商品も用意しているが、冷房の効いた室内や、海外旅行などのニーズもあり順調。 売れ筋はヒートテック、フリース、ウルトラライトダウンが好調」とのこと。

 広い店内にはメンズ、ウイメンズ、キッズ、ベビー用まで揃っており、丁寧に畳まれた商品は、ディスプレイとしても美しく、まさにユニクロそのものであった。平日の午前中とあって客はまばらだったが「休日は多くのお客様が来てくださる」とLUKMAN氏。中級クラスのこのモールには、休日にはショッピングを楽しむ家族連れや若者が、大勢押し寄せるのであろう。

 
 10月24日にオープンしたばかりという、高級ショッピングモール、ユニクログランドインドネシア店には、+ Jシリーズも入っており、ユニクロの気合が感じられた。こちらは若い女性客が多く、商品を熱心に品定めしていた。




「オープンしてから1年半が経過し、店舗が増えるにつれ、ユニクロの認知度、ブランド力も上がってきていることを実感している。客層は20代、30代の方が多く、ユニクロを買われるお客様は、富裕層の方、若くても働いていて購買力のある方や、ファッション感度の高い学生などが多い」と林氏。

 さらに「インドネシアは世界第4位の人口を誇り、めざましい経済発展を遂げている国であり、将来性にとても期待を感じている。近い将来は、アセアンの中で最も売上の高い国になると確信している」とコメントした。

 どちらの店舗もスタッフが熱心に商品を整理する姿と、笑顔が印象的だった。人口2億5000万人を有し、その7割が30代以下という若者国家のインドネシアで、ユニクロがどこまで浸透するのか。日本発のグローバルブランドとして今後の健闘が楽しみだ。



コメントをシェア

骨太対談
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top