2015年03月18日
個人の力で日本を動かす/松井証券代表取締役社長 松井道夫
企業家倶楽部2015年4月号 核心インタビュー
「証券業界の革新者」と呼ばれる松井証券の松井道夫社長。世の中に新しいモデルを提示した社長の功績に影響を受けている企業も多い。その松井社長が今の証券業界の動きをどう捉えているのか。また日本に抱く不満とは。財政面で不安を抱える今の日本に、これから必要とされることについて語った。
(聞き手は企業家ネットワーク会長、徳永卓三)
問 松井証券は営業を廃止し、インターネット証券(以下、ネット証券)を始めました。業界に新風を吹き込み「証券業界の革新者」と呼ばれている松井社長の角度から、ネット証券の現状をお伺いします。
松井 現在、個人投資家の90%以上がインターネット上で取引をしています。もはやインターネット以外の取引は例外的になっているのです。しかし、顧客層が広がっているわけではありません。以前から変わらず、個人投資家はだいたい500万-600万人程度。年齢層も変わらず、60歳以上の方々が多いです。
ただし、売買ボリュームは大きくなっています。その大半がデイトレーダーです。
問 多くを占めるデイトレーダーとはどのような人たちですか。
松井 1日のうちに何度も投資取引を行う人たちのことです。500万人ほどの個人投資家の内、1%程度がデイトレーダー。そのデイトレーダーが売買の約70%を占めているのが現状です。
問 証券会社としては、デイトレーダーをいかに獲得するかが重要ですね。
松井 デイトレーダー争奪戦です。金融ビックバンにより手数料が自由化され、手数料をいかに安くできるかという価格競争が続きました。いまや、以前の法定手数料に比べて40分の1ほどの価格になっています。しかし、この価格競争は行きつくところまで行ったと私は考えています。この競争は終わりを迎え、その後どのようなモデルをつくるのかが今問われています。
問 市場においても新しい展開を迎えるのでしょうか。
松井 わずかな時間で価格が動いていく今、その価格差が問題になってきます。また、同じ銘柄について複数の市場で取引が行われ、かつ、市場間で価格差が生じることを、「市場の分裂」と言います。日本には馴染みがないこの現象がこれから起こるでしょう。
そこで我々に求められることは、個人投資家が不利益を被らないような環境をいかに提供するか、その姿勢にあると思います。こういったものが競争の原点になる時代が来るでしょう。
問 企業に対する信頼が一番大切になるのですね。いつ頃から新しい競争に切り替わるのでしょうか。
松井 水面下ではすでに起こり始めています。今後はこれまで以上に企業の差異が表出してくると私は考えています。そして世間の目もそういったものに向いていくわけです。おそらく、その世間の評価は現在すでに競争の原点になっていると思います。
問 その競争は以前とは大きく異なるものになりますね。
松井 お客様の知識が高まっているので、新しい競争に勝つためにはただ単に「真面目にやります」と唱えても意味がありません。
問 競争が高度化する中で、松井証券の強みは何でしょうか。
松井 我々は3年後に設立100周年を迎えます。その長い時間の中で、日本のさまざまな変化を目にして来ました。私自身も20年近く証券の世界に関わってきたため、知っていることは多い。また我々は事実を認識しているだけでなく、その意味もよく分かっています。
問 長年の知識があるからこそ、ネット証券に踏み切ることができたのですね。
松井 大手の証券会社は1万人ほどの人を雇い、コストをかけて事業を行っています。私はその様子を見て、コストをかけるやり方は大手に任せ、我々は我々らしいやり方を採用しようと考えました。営業の廃止を決意したのはその結果です。
問 大きな挑戦でした。松井証券がネット証券を始めた後、同じようにネット展開を始める会社がありましたね。
松井 我々がネット証券を始めたそもそもの哲学を理解せずに形だけ真似している会社もあります。彼らは、インターネットを使えば我々と同じようにできるだろうと安易に考えています。本質的なところを分かっていないため、勘違いしてやり方の違う大手の証券会社に対抗しようと考えるのです。
問 根本を知らないと、場違いな競争をしてしまうということですね。松井社長は常に真っ向から立ち向かわれている印象があります。
松井 世の中が「おかしいな、筋悪いな」と思った事柄に異を唱えないことは、私にとって耐えがたいことです。多少の利益をあげることは重要ではありません。まして人のモノマネには価値を見出せないのです。簡単なことではありませんが、納得がいかないことを追求して行動するのが我々の商売です。
問 証券業界を牽引してきた松井社長には、再び新しいモデルに挑戦していただきたいです。
松井 新しいことを始めた頃、私は若かった。周囲からの反発があっても、若さゆえの執念がそれに優り、はね除けることができました。しかし60歳を過ぎて、少なくとも体力がなくなってきました。加えて、若い時の燃えるような、わけの分からないエネルギーも今はなかなか持てません。しかし、それでも挑戦していかなければ意味がないという気持ちでいます。
問 年齢に負けずに挑戦する松井社長が、現在の日本において一番不満に思っていることは何ですか。
松井 日本はあまりにも自由と責任の概念から外れた国になってしまったと思います。確かに日本は民主主義ですが、その基本は個人の自由と責任の両方です。自由だけではなくて責任もあります。
問 日本は自由ばかり考えて、責任を国民に持たせていないということですね。
松井 個人にも責任が必要です。競争がある中で、努力した人間と努力しない人間を同一に扱うことは不正義だと思ってしまいます。それでは誰も努力しようと考えないでしょう。決して健全な社会ではありません。
問 具体的にどのような問題があると松井社長はお考えですか。
松井 日本に格差があることは事実で、国が率先して改善しなくてはならないことでもあります。しかし全てを国が支える必要はありません。日本は個人の力をないがしろにしてしまっているのではないでしょうか。私はこれを「パターナリズム」と表現しています。
問 確かに、国におんぶに抱っこでは国民の活気がなくなってしまいますね。
松井 官僚が悪いとは言っていません。しかし官僚は、例えるとすれば馬を水辺に連れて行くことに一生懸命になっていると思うのです。また、そこで馬が池に溺れてしまうかもしれないと余計なことを考えて、「規制」という名の柵を設けるのです。
問 国の制度が余計なお世話になってしまうのですね。
松井 その通りです。自ら水を飲みたがっている馬であっても、水を飲めなくなってしまうかもしれない。そのようなことを政府は進めていると思います。結果、国民は全てを国に求めてしまい、国家財政は破綻してしまう。本来は、馬が自ら水を飲みたくなるような環境を創ることが重要です。国に求められることは、国民の力を引き出すことです。
問 国民の力がなければ国は健全になりません。
松井 高度経済成長は官僚が行う政治によるものではなく、国民の力によるものでした。どん底から一生懸命はい上がったのです。国民の力を強く感じる時代でした。しかし一方で今の国民には、当時のような目標が無いのです。
問 安倍首相は「もっと民間の力を活かしたい」ということを話していますが、期待できるのでしょうか。
松井 大筋においては、首相が話していることは決して間違いではありません。しかし一歩間違えると、再びパターナリズムが出てくる恐れがあると思っています。おそらく、彼はまだ国民の真意を完全には分かっていないのではないでしょうか。
問 日本は以前のように自由と責任のある国になれるのでしょうか。
松井 個人が中心となって動くことができるようになれば、必ず再生すると思います。日本人は忍耐強く、責任転嫁しない国民です。文化や伝統などの良い部分を基礎に置いて、国民性を活かすことができれば、それは健全な国と言えるはずです。
問 健全な国になるためには、1000兆円の国債残高についてどのような動きが出てくるのでしょうか。ハイパーインフレーションが起こるのではないかと考えてしまいますが、社長の見解はいかがですか。
松井 ハイパーインフレはしばらく起きないでしょう。でも、未来永劫起きないとは言い切れません。個人が高齢化して貯蓄の取り崩しが始まっているため、国債の買い手が減少してしまいます。だからと言って、そこで日銀が国債を全部引き受けると、通貨の価値は大きく下がります。法律で引き受けが禁止されているのはそのためなのです。
問 例えば、ドイツはほとんど国債を発行していません。
松井 ドイツはベルリンの壁の崩壊以降、西ドイツが東ドイツの共産主義の人たちを吸収する際に約300兆円使いました。膨大な国家借金です。しかし、ドイツの国民全員が克服するために立ち上がったため、健全な国に再生することができたのです。
問 その点、日本もドイツの強さを参考にすべきですね。
松井 全てを真似する必要はありませんが、ドイツ人が個人の自由と責任を徹底的に追求した仕組みは参考にするべきです。ドイツのように国民が責任を持たなければ、国の財政は危機的な状況になってしまうでしょう。
問 社長はいつ頃日本の財政が立ち行かなくなると予想していますか。
松井 遠い将来ではないです。このままでは10年ほどでしょうか。誰も望まないことが突然起きてしまうのです。そうならないために、今から時間をかけて衝撃を抑えるためのソフトランディングの準備が求められます。
問 ソフトランディングはどのようにすればできますか。
松井 徹底的な小さな政府。役人は当然大きな政府を好みますが、小さな政府にすべきです。問 今の国家予算は100兆円ほどと多いですが、小さな政府となると少なくて済みますね。
松井 国債費を除いて50兆円で十分でしょう。つい20年ほど前まで、国の予算は国債費を除いて50兆円くらいでした。しかし、大きな政府指向になって過大な予算になってしまったのです。
問 小さな政府になると、政府に求められることが限られます。
松井 私は、小さな政府の社会保障は社会的弱者に限定して行われるべきだと考えています。医療や介護など、全ての保障においてです。そうすることで保障されない人たちが自由と共に責任も持ちます。小さな政府になることで国民の力を倍増させることができるでしょう。
問 日本人の力について、松井社長の思いを伺います。
松井 日本人は海外から見た日本人像とは違い、それほど単純ではありません。誰に馬鹿にされても我慢強く、誰にも責任転嫁せずに生きてきた戦後あたりの日本人は、何も分かっていなかったわけではなかったのです。当時の日本人のように、個人の力で国を動かすことは現在でもできると信じています。
問 しかし日本人の中を覗くと、世代間で価値観にズレがあるように感じることがあります。
松井 団塊世代と若者世代で違いがあります。若者は団塊世代と比べて将来に対して淡泊です。今が充実していればいいのです。そのため、努力すれば報われるという団塊世代の価値観を、今の若者は理解できない。育った環境や時代背景が異なるのだから当然の変化なのかもしれません。
問 世代間の価値観の違いは、ビジネスにも関わってきますか。
松井 日本に数ある価値観のどれが、世の中の基軸となるかを見極めることが必要です。加えて、会社という組織が人間の集団なので、働く個々人の価値観も関わってきます。
その複雑な状況下で、日本がどこを向いているのかを常に考え、会社のベクトルを合わせることが、社長の仕事だと思います。
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