• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -企業家倶楽部

2015年03月25日

成功するまで挑戦し続ける企業文化/ホットランドの強さの秘密

企業家倶楽部2015年4月号 ホットランド特集第2部


看板商品の「銀だこ」も「クロワッサンたい焼」も佐瀬の何度失敗しても諦めない粘り強い努力から生まれた。新しいアイデアが浮かんだら、すぐに行動に移す。今では「とにかくやってみよう」が企業文化となっている。日本一のたこ焼屋が世界を目指す。今、最も注目を集める和の外食ベンチャー、ホットランドの強さの秘密に迫る。(文中敬称略)

 



強さの秘密1


職人による実演販売

 「ありがとうございます。美味しく召し上がれますように」

 作り立ての熱々のたこ焼が船の形をした「築地銀だこ」専用の容器に入れられて、店員から客に手渡される。

 ここは千葉県船橋市にある大型ショッピングモール「ららぽーとTOKYO-BAY」西館1階にあるフードコート、1日中客足は途絶えない。1月まだ肌寒い週末の土曜日午後3時頃とあって、熱々のたこ焼を求める子供連れの家族や買い物客がレジの前に行列を作っていた。


強さの秘密1


 店舗は客から焼き台がガラス越しに見える造りになるよう工夫されている。焼き上がりを待つ間も職人の技を目の前で見ることができ、飽きさせない。職人が慣れた手付きで焼き台にたこ焼の生地(ネタ)を流し込む。次にネギ、天かす、紅しょうがを均等に行き渡るように熟練の技でさっと撒く。そして主役である大ぶりのタコを丸い型に一つひとつ丁寧に入れていく。千枚通しという2本の針状の返し棒を使った職人の手際の良い仕事振りに大人も子供も時間を忘れてつい見とれてしまう。たこ焼が焼ける音と匂いがさらに食欲をそそる。

 「常にお客様に見られている仕事なので緊張しますが、やりがいがある」

 「たまに『ここ、タコ入ってないよ』なんて教えてもらったりして、そんな会話のやり取りが嬉しいのです」と取締役の荻野哲は現場で職人をしていた頃のことを懐かしく語る。

 荻野は19年前に入社し、銀だこ1号店の店長も経験した叩き上げの一人。群馬から本格的な東京進出を果たした中野店でも佐瀬から店長を任された。

 「中野店はオープン初日からとにかく売れました。朝10時開店から夜10時閉店まで休む間もないくらい焼き続けた記憶があります。行列が途切れず商店街の入り口を塞いでしまって、隣近所から苦情が出るくらい繁盛した。隣町からわざわざ買いに来る人も多くいたほど」と荻野は話す。1日で8個入りを1500セット、売上げは60万円近くになる繁盛店になった。

 現代人の消費行動を分析すると「モノ」よりも「コト」を求めると言われる。数あるテーマパークの中でディズニーランドが不動の人気があるのは、乗り物などのアトラクションだけでなく、ディズニーが創り出す世界観を体験できることが重要と言われる。外食にもそれは当てはまる。コーヒーチェーンのスターバックスコーヒーが職場でも家庭でもない、「第3の場所」して人気があるのも頷ける。

 実演販売では、作り立ての美味しいものを安心・安全に提供するという「銀だこ」の世界観を表現しているのだ。実際に調理する工程を全て見せているので、チェック機能が働く。結果として、今日外食産業で問題となっている異物混入などのトラブルは起こりにくいといった効果もある。

 銀だこの店舗では、作り置きはしない。注文があってから、職人が一心不乱にたこ焼を焼く。店頭はいつも活気があるのが特長だ。



強さの秘密2

強い個性の単品メニュー

 「銀だこといえば、外側がパリッとしていて、中はトロッとやわらかい」、皮がパリっとしているのは大きな特長となっており、この食感のファンとなっている人も多い。3、4年前のこと。東日本震災の復興を目的として宮城県石巻に銀だこ本社を移転した際にテレビ番組で特集されたことがあった。気になってオフィス近くの店舗に足を運んでみた。行列に並んでいると私の前に購入した女性が戻ってきて店員にクレームを言い始めた。

 「これは私の好きな『銀だこ』のたこ焼ではない。もっと皮がカリカリでクリスピーなのっ! 交換してください」

 迫力のある光景に驚いたが、こんなにも強烈なファンがいることにいたく感心してしまった。「たこ焼といえば本場は大阪だろう」という人も多い。しかし、「銀だこ」は大阪の柔らかいたこ焼とは一線を画す異なった食べ物といえる。それは、先ほどの女性客ではないが客の舌が覚えているのだ。「銀だこ」が「銀だこ」たる所以であり、誰でも分かる特長は他社との大きな差別化要因となる。

 では、この強い特徴を持った「銀だこ」はどのように誕生したのだろうか。佐瀬が初めて外食店をオープンさせたのは1988年。意外にも当初は焼きそばとおにぎりを提供する店だった。なぜ焼きそばかといえば、ルーツは佐瀬の実家である鉄工所の3時のおやつだという。

 「私の爺さんは群馬県桐生市で鉄工所を営んでおり、お祖母ちゃんが3時になると職人のおやつとして鉄板で焼きそばを焼いて食べさせていた。それが本当に美味しくて、ほっと安らぐ好きな時間でした」と佐瀬は社名の「ホットランド」の由来となったエピソードについて語る。

 ホットランド1号店はオープン当初は賑わったが、次第に客足は遠のいていった。なんとか盛り返そうとお好み焼きやたこ焼などメニューを増やしていった。すると客を待たせないようにするためにはどうしても作り置きになってしまう。すると作り立てよりも味は落ち、さらに売れないといった負のスパイラルになっていった。

 そこで、佐瀬は昼時にしか売れない焼きそばではなく、時間帯を選ばずに売れるたこ焼単品にメニューを絞り込んだ。また、作り置きではなく、実演販売で作り立てを提供する方式に変えることを決断。

 さらに、商品にも他と違う工夫を凝らした。大阪ではその場で焼き立てを食べるが、関東は持ち帰りが多く、時間が経つと皮が湿って味が落ちるという課題があったのだ。

 「そこで、北京ダックをヒントに焼き上がりの前に鉄板に油を差し、表面をパリッとさせた」と佐瀬は言う。銀だこの最大の特徴である「外パリ」はテイクアウトの問題を解決させるために生まれたアイデアだったのだ。


 強さの秘密2

強さの秘密3

何でも作る自前主義

 銀だこの特長である「外パリ」を作り出すのは、焼きの仕上げで鉄板に油を差すことで生まれる。油を差すと鉄板の温度が下がってしまい焼き時間が長く掛かってしまうため、鉄板を高温で保ち続ける必要があった。また、ガスを使っていると油に引火する危険もある。以前、実際に引火してしまいボヤ騒ぎを起こしたことがあった。火を消そうと消火器を使うと、隣の花屋は消火器で粉まみれ、さらに悪いことにスーパーの入り口を塞いでしまう結果に。

 「当時まだ若かった私の頭の処理能力を完全にオーバーしてしまい、パニックでした」と当時の店長だった荻野は失敗談を語る。

 「このことがきっかけで焼き台がガスから電気に変わった。私がその張本人です」と苦笑いする。 ホットランドでは理想の焼き台がなければ、自分たちで作るのは至極当然のことなのだ。佐瀬自身が鉄工所の次男とあって機械作りは朝飯前。銀だこで使用する焼き台は、熱が伝わりやすいようにと岩手県南部鉄を使用し、高温を保つために厚さを出した自社製造のオリジナルである。

 銀だこと並んで看板商品となっている「クロワッサンたい焼」も自社製造の専用焼き台で作られる。24層のクロワッサン生地を上下からオーブンのように一気に高温で両面焼きが出来るため、独特のカリッとした食感が生まれる。今では他社で似たような後追い商品が出るほど、人気商品となっているが、特許を取得している両面加熱型たい焼機までは各社真似できないでいる。

 「機材から自社専用のオリジナルを作るのは、その結果、美味しいものが作れるから」と佐瀬は味へのこだわりを語る。


強さの秘密3


 美味しさへの追求は、商品開発や機材だけにとどまらない。当然、原料調達にも目が向けられる。世界で有数のタコを扱う企業として、安定的に仕入れるため直接世界へ出て行って買い付ける。現地でタコの捕り方、加工法まで教え、港に工場を建設し雇用を作るところまで手掛ける計画だ。それだけに終わらずに、国内では真だこの完全養殖の研究を進めている。

 素材へのこだわりから、たこ焼を販売する会社が、原料調達、加工、流通、養殖まで進出し、川上から川下まで一気通貫したサービスを確立することでリスク分散と食の安全を図る。



強さの秘密4

素早い行動力

挑戦と失敗の蓄積

 「失敗を恐れるな。失敗して学べ、そして、成功するまで挑戦し続けろ」がホットランドの社風である。困難を乗り越えたときに大きな成功があるとされ、「とにかくやってみよう。すぐ行動に移そう」が合言葉だ。

 現在ではイオングループをはじめ多くのデベロッパーとも付き合いのあるホットランドだか、以前は門前払いも同然だった。佐瀬は出店スペースを求めて東北自動車道を自ら車を運転し北上した。南から北へ各サービスエリアを訪ね、出店できないかと営業して回った。全て断られて埼玉県まで戻り外環道を走っていると、当時のジャスコ北戸田店(現イオン北戸田店)の看板が車窓から見え、反射的に高速を降りた。佐瀬は店の駐車場に車を停めると店長とおぼしき人を見付け、藪から棒に出店依頼を直談判した。当然、アポなしである。

 「あのさ、今日は何の日か知ってる?19日、20日はお客様感謝デーで一番忙しい日だよ」、店長は見るからにいらだっていた。

 「スミマセン!でも、うちのたこ焼は冷めても美味しいんです。一度試食の機会だけでも下さい」と食い下がる佐瀬。その数カ月後には劣勢をひっくり返し、見事出店を果たしているから佐瀬の営業力には頭が下がる。僅か5坪程の小さな店舗だが、売上げが月商800万円、年商1億円を稼ぐ優良店で評判となり、その後の出店交渉に弾みがついた。

 佐瀬の行動力は尋常ではない。ウイスキーを強い炭酸で割るハイボールとたこ焼を立ち飲みスタイルで提供する店はサントリーとコラボして開発した「築地銀だこハイボール酒場」という業態だ。2009年5月28日に東京・新宿歌舞伎町の1号店が流行ると迷わず2カ月後の8月7日には、サラリーマンのメッカ新橋駅前に2号店をオープン。次々と出店し、サントリーもハイボールを盛り上げるため有名女優を起用しCMを打ったところ、あまりにウイスキー角瓶が売れ過ぎて、原酒が底を付き出荷制限を掛けるほど流行った。機を見るに敏とはこのことである。


強さの秘密4

強さの秘密5

佐瀬の熱い想い

 「日本一のたこ焼屋になる」

 佐瀬はまだ会社を設立して間もない頃、創業の地、群馬県桐生市にある店先で数名の社員とパートの主婦の前で自らの夢を語った。

 「本気でそんなこと考えているのは社長だけよ」とパートの主婦たちは誰も信じなかった。当然だろう。その時点で数十店でもチェーン展開をしていたら反応も違ったかもしれない。しかし、現在の「築地銀だこ」の業態が始まるのは1997年まで待たなければならない。その当時、誰が今のホットランドの姿を想像できただろうか。20代の青年社長の夢物語をパートやアルバイトが悪い冗談だと一蹴したのも理解できる。

 かのソフトバンク社長の孫正義が創業間もない頃、みかんの木の箱を裏返し、その上に立って朝礼をした話と似ている。孫はアルバイト2名の前で「将来1兆円企業になる」と宣言。「この人、狂っている」といって1週間後には2人のアルバイトは辞めてしまったというのは実話だ。

 企業家とは実績が有る無いに関わらず、創業の頃から高い志を持ち、ただひたすらに夢を追いかける生き物といえよう。いつしか一人の男の熱い想いに共感する仲間が現れチームに加わっていき、一人では出来なかったことが実現していく。童話「桃太郎」ではないが、佐瀬はお腰に付けたきび団子ならぬ、たこ焼を天高く掲げて邁進した結果、今日では文字通り「日本一のたこ焼屋」になったのだ。


強さの秘密5

強さの秘密6

想いを共有する同志

 「佐瀬代表は1店舗しかない頃から『100店舗出そう』と宣言していた。そして口にしたことは必ず実現してきました」とオーナー会会長でタコプランニング社長の澤野寛之は話す。

 「夢を語る佐瀬代表の目の輝きは昔も今も変わらない。何か大きなことを成し遂げる雰囲気が当時からあった」と佐瀬と20年近く付き合いのある澤野は言う。

 ホットランドでは、本部とFCは主従関係ではない。対等なパートナーと考える。

 「日本一うまい食を通じて、ほっとした安らぎと笑顔いっぱいのだんらんを提供できることを最大の喜びとする」といった経営理念を共有する本部とFCオーナーは同志である。

 本部は小スペース、小コストで利益を生み出す「仕組み」を作り、FCオーナーは本部が作った「仕組み」を店舗の現場で正確にオペレーションを動かせるように「仕込む」。

 新商品の投入の際には、忙しい上に店舗ではトッピングなど新しいオペレーションが増え、覚えなければならないことも多くなる。客に手渡す時間が長引けば売上げにも影響するので、中には「準備期間が短い」と不満を漏らす店舗もある。しかし、以前店舗側から提案した新商品を売り出した際も本部が提案した新商品の場合と差が無いというデータが出た。

 「数字で証明された訳です。差が無いのなら、本部は仕組みを作ることに専念し、FCオーナーはその仕組みを仕込むことに専念した方が良い。文句を言うのは止めようと決めた」と澤野は本部とFCの関係を上下関係ではなく、役割分担が上手く行っていると語る。


強さの秘密6


 「銀だこグループが伸びてきたのは、佐瀬代表の強い想いがあったから。強い商品、自社専用の機材も特長だが、第一は理念の共有です」、佐瀬に対する澤野の信頼、尊敬の念は固い。

 「初対面の時から気さくで、それは今でも変わりません。知らないことは背伸びせず、新しいことに対する好奇心が強い。今までしてきた失敗も隠さず話してくれる」、2014年からホットランドグループの一員に加わったコールド・ストーン社長の石原一裕(現ホットランド取締役)も佐瀬の飾らない性格は多くの人を巻き込む力があると一目置く。

 すでに海外FCの実績がある「コールド・ストーン」、さらに50年の歴史のある米国ロサンゼルスの老舗コーヒーチェーン「ザ・コーヒービーン&ティーリーフ」をグループに迎え入れた佐瀬。

 日本一のたこ焼屋になった今、「今後は和のファーストフードチェーンを世界でも展開し、日本の良き共食文化を世界に広めたい」と佐瀬は次の目標を語った。

 夢の実現のため、仲間を乗せたホットランド号の航海は続く。



コメントをシェア

骨太対談
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top