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トピックス -企業家倶楽部

2015年03月26日

スタートアップ成功条件を考える 直感的な行動、感動、観察、自己発見/日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝

企業家倶楽部2015年4月号 日の丸キャピタリスト風雲録 vol.42

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合

代表 村口和孝《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

 投資先にはDeNAの他、ウォーターダイレクト社が13年3月15日東証マザーズに上場。 



成功の出発は「粗野の世界」


 過去、様々な業界の立ち上がりを見てきた。ジャパンケアサービスが、介護保険施行の4年程前1991年頃にビジネスの立ち上げのために動き始めたとき、まだ社員が一人だった。介護のメニューにどういうものを揃えるべきか、札幌市豊平区の特別要介護老人ホーム「幸栄の里」でテストをしている状態だった。まさに試行錯誤の毎日で、介護サービスの百貨店になるんだと頑張っていた。時代はまだ介護サービス時代には日の出前で、周囲は不動産バブルの真っ最中だったのだ。

 DeNAの場合、99年頃といえば創業期の最初のオークションサイトの立ち上げは悲惨で、外注したシステムが全く作業が進んでおらず、予定の発表通りにサービスをスタートすることすら危ぶまれた。先行を許したヤフーオークションには、追いつけど追いつけど、離されるばかりで、わざわざ莫大なお金を使って、ヤフーが目立つために、DeNAが引き立て役として敗者を演じているような状況だった。まさに当時のDeNAの現場は、寝袋と夜食が散乱する、ごちゃごちゃの戦場であった。DeNAが携帯サービス「モバオク」で成功するのは、04年になってからだった。

 事業が新しければ新しいほど、最初の頃は業界のルールも未整備で、常識や経験よりも「元気が良い」ことがもっとも重要な競争条件である。キャズム前は、要するに粗野段階なのである。商品も、顧客も、取引関係も、すべてが未熟な状態である。新しい産業が生まれるフロンティアは、まさに黎明期の荒々しい活動の景色である。この荒野の景色と、粗野の荒々しい活動と、試行錯誤による新サービスの発見の中にこそ、未来の成長の出発点がある。



会社立上げは簡単だが

 商品やサービスがなかなか整わない一方で、小さな株式会社そのものは作業すればいとも簡単に立ち上がる。司法書士に相談して、定款を作って、法務局に登記すれば、とりあえず会社はできるのだ。99年DeNAという株式会社は設立できた。よく「会社を立上げる方法」などさも難しそうにいうけれど、休眠同然で何もしていなくても、会社は会社で法的に存在させられるのだ。むしろ何もしない方が、会社は整然としていて、綺麗だともいえる。何も始めなければ、社員もおらず経費も掛からないから、赤字にもならないし、社内には管理するものもなく一番すっきりしている。だからといって、会社を立ち上げても、投資家から資本を集めたり、最終目的である事業そのものが立ち上がらなかったら、起業も成功もあったものではない。99年春の段階では、DeNAには会社があるだけで、中身は何もない。資本も集めていないし、従業員も居ないので活動もまだ始まっていなかった。

 事業を立ち上げようとすると、商品も、取引先も、顧客も、従業員もまだ未熟だから、粗野な世界での激闘が始まるのである。99年夏、DeNAは活動を始め、資本を調達し始める。この粗野な段階で重要なものは、とにかく行動することである。よく最初に事業計画を作れというが、まだ仮説の域を出ず、出来上がった企業に勤めていたサラリーマンには当たり前の予算統制や稟議制度もまだ機能する段階にない。DeNAの事業計画といっても単なるネットオークションの説明書のパワポだけだった。この段階は、日々のアクションプランがあるのみである。毎日毎日アクションプランを作って、大至急作業して処理をする、それで日が暮れる。役割分担は大雑把なものしかなく、あるのは日々の臨時の作業分担である。毎日毎日作業に明け暮れても、そう簡単に商品サービスは立ち上がらない。経費が出て行くばかりで、売り上げはゼロなのである。何しろサービス開始が出来ていないのだから。何もしていない出発点に比べて、活動が活発になった分だけ、経費支出が多くなり、赤字が急に膨らみ出す。そもそもサービスがスタートできるのか、それ以前の粗野な時代なのだ。



粗野段階は和室の大部屋方式」で

 創業当時のDeNAを振り返ってみると、「修学旅行の和室の大部屋」をイメージしたらいいと思う。畳の大部屋にエネルギーが余った元気な修学旅行生が20人布団を敷いて寝ようとするが、まくら投げが始まって寝るどころの騒ぎではなくなる。大体、先生か旅館の人が怒鳴り込んで、ようやく事態が収まる、という体験ないだろうか。あの景色は粗野だが、誰がどういう状況で何をやっているか一目瞭然、お互いにコミュニケーションが良い。打ち合わせも、作業分担も、適宜簡単だ。

 それに比べて、個室で小さく仕切られたホテルに大勢の修学旅行生が宿泊すると、どうだろう。事態は突然全くわからなくなってしまう。誰が、どのチームに居て、今何をやっているのか、相互に判らなくなってしまう。知りたければ、会議を開くか、各部屋を誰かが見回って情報収集しなければならない。だから部屋割りをした当初の計画通りに事が進んでいるのかチェックが困難であるのみならず、いわんや計画以外の事態が生じたら、どう新しい事態に対処したらいいのかとても困難だ。東京電力が想定外の東日本大震災による津波発生時に当時に陥った混乱状態を、想像してもらえばいいかもしれない。事前の計画が正しいことを前提に役割分担したホテルの部屋割りは、一見、とても整理されて好感が持てるように思われるので、事業が立ち上がって上場審査を受ける頃には、当然きちっと整備されていることの方が重要になってくる。ただ、まだ前提条件の商品サービス、取引先、顧客動向が、定まらずどんどん変化する創業期の粗野段階には、最適ではない組織形態だ。この違いがホテル式のガチガチの組織に慣れ親しんだ大企業のサラリーマンが、和室大部屋式の創業ベンチャーで活躍できない理由の大きな部分だと思われる。



粗野段階を担うのが起業家


 不思議なことに、何もなかった社会の中に、しばらく何年か時間が経つと事業が立ち上がっている。これはいったい、どういうことなのか。99年DeNAという会社が事業を始め、05年上場し、野球団を持ったりする。それはどういう社会現象なのだろうか。考えてみれば、それは、常に「誰か人」が核になって、実現を夢見て、忍耐強く実現したのだ。事業成功の何らかのイメージを、起業家がイメージしてそれに向かって試行錯誤を繰り返す。これは何も起業だけでなく、結婚や、クラブ活動や、一般社会の活動に共通する話だろう。DeNAでは南場さんだし、ジャパンケアサービスでは対馬さんだ。イメージが持てないものを偶然実現してしまう、ということは人生の中で滅多にない。

 人がいて、イメージを持ったら事業は実現できるのか?ということを次に考えてみる。単にイメージを持っているだけなら、親が子供に持つ将来イメージも同じである。イメージを持てても実行できるかどうかは、もう一つ別次元である。統合されたイメージを生き生きと持ち、責任をもって実現しようと努力をコミットする人、行動し、試行錯誤の中から修正し、最終的に近いものを実現してしまう人、それが起業家だ。



なぜよい協力者が現れるか?

 成功する事業イメージの条件とは何だろうか。そもそも、起業家の事業イメージが他人が協力したくなる要素を具備していなければ、事業の拡大は限られたものになる。事業は自分一人で出来ない。だから、そのイメージとは、何よりもまず、顧客にとって素晴らしい商品サービスであること、取引先にとってもリーズナブルな取引ができる。取引する相手にとって、収益性、健全性、成長性が期待できるビジネスであることだろう。顧客が満足せず、不健全なビジネスには人も集まらないだろう。多くの顧客、そして取引先、従業員から支持される事業イメージは会社が拡大するためには、必須のものである。商品サービスを立ち上げる過程で、様々な取引先との関係が出来ていく。この粗野な段階における取引先が、後々、会社が発展していく上での重要な礎となっていく。その取引先との関係の健全性や、目標や経営の共感が、取引先の良さにつながってゆく。ただし、いまだに立ち上がっていない粗野な段階で、取引先から信頼を得ることは、大変難しいといわざるを得ない。

 将来、事業が急拡大したときに少々の無理を聞いてくれる取引先がいるのは、心強いことである。起業家は成功を確信し、取引先との信頼関係を実績で積み上げ、素晴らしい商品を市場投入できるようにする。商品サービスを投入したものを、時間をかけて徐々に成熟させていって、辛抱強く顧客のニーズがキャズムを越えていくのを待つ。何年もかかるかもしれない。需要の大きさは予知が難しく、状況によって取引先に柔軟に対応してもらえる関係を、出来れば事前に構築しておく必要があるのである。協力してくれる取引先から、思わぬ事業展開が持ち込まれることもある。



起業家精神

 起業家精神と言われるものは何か。まず、自立して人に頼らず、自分の活動に責任を持ち、自分で判断し生きて行こうとする独立心だろう。基本的なルールは、自分でデザインして制定し、節度と責任をもって運営する。ゼロから頼らず生きて行くのだから、行動に対して困難との直面は当たり前で、その試行錯誤の中から何かを学習し、先に人生を進めなければならない。次に、社会に対して常に善であること。特に顧客に対して善であることは最重要だろう。その善の中身が提供する商品サービスの形となって、立上げの時間を経て、世の中で輝かなければならない。取引先や従業員への信義を守ることも重要だ。自立と協力は同居できる。でなければ、商品サービスを正常に顧客に提供することができない。逆に依存する協力は不健全である。そして、顧客に対して商品サービスを提供して、ある値段で買ってもらい、何らかの価値を感じて頂くことである。その合計が売り上げであり、費用を引いたものが利益である。

 粗野な段階は、ゼロから起業家が必ず辿らなければならない必然の道である。だからと言って、粗野は、野蛮とは違う。優れた起業家は、粗野な段階を、極めて高い品位をもって、物凄く活動的アグレッシブに、毎日毎日粗野な創業期を過ごすのである。最初の半年から5年が、事業立ち上げの勝負といってもいいだろう。このなかに明日の成功の礎も失敗の原因も内包することになる。



感動と観察


 ゼロからの起業を実現させてくれるもっとも重要な要素は、言うまでもなく「事業機会の存在」である。機会がなければ、何をやっても無駄である。この事業機会を提供してくれる経済社会そのものを常に観察する能動的姿勢も、起業家には重要だ。そして観察した経済社会の変化を、面白いなあ、と感動する感性も日々起業家は磨きたい。DeNA南場さんやアインファーマシーズの大谷さんなど、本をよく読む起業家が多いのは、偶然ではない。

 起業家は、独立心と成功への強烈な「パッション(情熱)」をもって、主体的に善の力を信じ経済社会を観察しながら人生を送り、株式会社(資本組織)をデザインし、登記して、資本を集め(株主総会)、取締役会を組織して、歴史的に活躍できる会社を作る。次に、事業機会を観察し、商品サービスを企画し、顧客に供給できるよう、事業構築(「商品提供能力」)。最初は粗野な段階(試行錯誤)を経て、取引先や初期の顧客、スタッフやハンズオン投資家と出会いながら、ビジネスモデルを構築。やがてオペレーション組織になり、上場企業になる。それまでは予算統制やセクショナリズムは関係のない「和室の大部屋」方式の経営が最適だ。

 また、成長戦略が必要な日本社会の中で、フロンティアのイノベーティブだが粗野な段階をサポートできるベンチャーキャピタリストやメンターが、組織過剰の日本社会の中で大量に生まれ、活躍することを期待されている。



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