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トピックス -企業家倶楽部

2015年04月17日

【サマンサタバサ特集】ひたむきにブランド作りに邁進する男気溢れる経営者/寺田和正の人的ネットワーク

企業家倶楽部2008年1/2月号 特集第5部


寺田の人間関係はとにかく幅広い。F1チーム「スーパーアグリ」代表の鈴木亜久里、20代の女性誌「Can Cam」編集部の大西豊とは、共にサマンサタバサのブランドを創ってきた。主に日米の政治経済の研究をするライシャワー東アジア研究所所長のケント・カルダーは寺田の外交的センスを褒め、麻生専務の麻生巖は「両親思いの熱血漢」と語る。大学の大先輩として「生意気だが可愛げがある」と寺田に目をかけるオンキヨー会長兼社長の大朏直人に加え、企業家の後輩として寺田に尊敬の念を抱くヤマノビューティメイト社長の山野幹夫。年齢、国籍を問わず、彼らは寺田がブランド作りに見せる一途な男気に惚れこんでやまない。(文中敬称略)



両思いの熱血漢

麻生専務取締役 麻生

 やや長めの髪。物怖じしない目つき。ぶっきら棒に見えて繊細な物腰。和服を着せれば、幕末の志士のような風情がある。

 それもそのはず、麻生巌は明治の元勲、大久保利通の血を受け継ぎ、昭和の名宰相、吉田茂を曽祖父に持つ。生まれたときから九州の名門企業、麻生グループを率いる定めを背負ってきた。


 その麻生がヤマノビューティメイト社長の山野幹夫から寺田を紹介されたのは数年前。 


「私はすぐ仲良くなるタイプではない」という麻生がどういうわけか寺田とは波長が合い、すぐに「寺さん」「厳(げん)ちゃん」と呼び合う仲になった。


 2人は2、3カ月に1回、仲間とともに会食する。仕事のことより、日増しにすさんでいく世の中を若手でどう良くするか、あるいは互いに独身だが、このままでいいのかなどをワイワイ語り合う。そんな時、寺田が一番熱くなる。麻生は熱く語る寺田を見て、「時々、チャチャを入れる一方、頼もしい兄貴分」と思う。


 寺田にことのほか親近感を感じたのは、あるイベントでのこと。「確か、サマンサタバサの株式上場記念パーティーだったと思う。寺さんはご両親を招かれていた。自分の晴れの舞台に両親を招かれていたのが、私にはとても新鮮に見え、親思いの方なんだと改めて感じた」


 経営者、寺田については「商品を通して世の中にエネルギーを与えている」と評す。時々サマンサタバサの事務所を訪れるが、「寺さんは若い社員と屈託なく会話を交わし、ときには肩をたたき合ったりしている。社内が一丸になっていると感じて、正直羨ましく思う」という。


 最近、サマンサタバサは女性社員向けの社内託児所「Thavasa Room(タバサルーム)」を開設した。託児所を設けるのは珍しいことではないが、「寺さんのところでは、社員のみなさんが自分たちで設計し、作業をしている。本当に全員参加型で会社を創っている、と言う感じ」と寺田の全員参加型経営を語る。 


 麻生は寺田とは対照的に名門企業の御曹司として入社、社員と食事をしたり、フレンドリーに対話することを自制してきた。麻生グループはセメントのほか医療、教育、情報など幅広く事業を手がけ、関連企業が80社強、従業員数は6000人にのぼる。麻生が担当する医療部門だけでも、3000―4000人はいる。一部の社員と親しくするより、意識して距離を保っている方がかえって、会社がうまく回ると思っているからだ。しかし、最近、サマンサタバサの一丸となった全社員参加型の経営を見て、麻生にも変化が見られる。


 麻生グループでは病院も経営しているが、「2カ月に1回ぐらい訪問する際、職員のみなさんと食事をするようになった。そうすると、自分たちが汗をかいて稼いだカネをこの人は適正に使ってくれているな。悪い人ではない、と理解してもらえるようになった。これは寺さんに教わったことかもしれない」と打ち明ける。


 今のところ、麻生グループとサマンサタバサはビジネス上は一切関係がない。「だからこそ、フランクに付き合えるのかもしれないが、仮に一緒にビジネスをやっても、寺さんとなら、今まで通りに付き合える」と麻生は断言する。


 株式上場を果たして、成長を続ける寺田を「年下の私が言うのはなんですが、最近、人間として大きくなっている。より余裕が出て、厚みのある温かさになった。家族が出来てからも、変わらないお付き合いをしたい」と麻生は末永い交遊を誓った。



気遣いを忘れないその姿は日本武士々

ヤマノビューティメイト代表取締役社長 山野幹夫
 
 鋭い眼光、力強い握手。


「とにかくインパクトが強かった」


 5年前、とある経営者の食事会でのこと。たまたま遅れて参加してきた寺田に、山野の目は釘付けになった。さっそく声をかけ、帰り際まで話しこみ、盛り上がったのは山野の叔父で美容室「HAIR DRESSE YAMANO」などを運営する山野景章のこと。山野景章と寺田は二人ともファッション専門店ビルのパルコに店舗を出しており、10年来の付き合いだったのである。


 家族のことについて話すうちに気づいたのは、寺田も山野もともに家族を非常に大切にすることだった。「寺田さんも山野家も、家族を大切にするカルチャーが強いんです。気が合うな、と思いました」


 以来、プライベートでぐんと親しくなった。共にパーティーに出かけたり、二人でひたすら飲み、事業や互いの話に花を咲かせたり。寺田に経営相談を持ちかけたこともある。「この人と組むとメリットがあるのだけれど、迷っているんです」。寺田の答えは明確だった。「いや、それはやめた方がいいよ」。寺田の考えはこうだ。ビジネス上でメリットがあるからといって気乗りしない人と組むと、短期的に成功しても、長期的には成功しない。逆に、嘘をつかず、自分が心の底から好きだと思える人と付き合うと、長い目でみてと必ず成功する。


「結果、寺田さんのアドバイスがとても役に立ちました。寺田さんは人に会った一瞬で、好きな人か否かを判断できるみたいです。そんな直感を昔から育ててきたからこそできるのでしょうね」


 加えて山野が寺田から学んだことが、目上の人との付き合い方である。アパレル業界の経営者といえば50―60代の重鎮がほとんど。ゴルフの最中も若手とは違い、どんどん酒を飲む。寺田もそれに合わせ、日本酒を片手にコースを回る。休憩時間にもすすんで杯を交わす。山野はそんな寺田の気遣いを、目線や行動、寺田自身の話から学びとることが多い。


「寺田さんは目上の人をとても大切にするなど、かなり日本的な要素が強い方です。サマンサの社風も、外資系のように見えて実はすごく日本的。社員と家族のように接するし、寺田さんは社員に『家族を大切にしなさい』と常々言っています。それがサマンサの成長の秘訣ではないでしょうか」


 寺田を「尊敬する先輩です」と嬉しそうに語る山野。もちろん、サマンサタバサの男性向けブランド「サマンサキングズ」の商品も持っている。最近では、20代男性向け雑誌「KING(キング)」で寺田と対談もした。山野が毎回親しい友人を呼んでビジネスについて語るコーナーで、ぜひにと寺田に依頼したのである。ちなみに、内容はサマンサプロモーションモデルの一人であるペネロペ・モニカ&クルス姉妹の口説き方について。「親しいからこそ、ざっくばらんな話ができたんですよね」と感想をもらす。


 時々、子供のようにじゃれあったりもする。山野がたまたま寺田に言い忘れたことを、寺田が他の人から聞いた時のこと。「ウソつくなよ」。寺田がぶすっとして言ってきた。「ウソはついていません、言うのを忘れただけです」と山野はあわててフォローをしたが、寺田はむくれたまま。「寺田流の愛情の裏返しなんですよ」。思い返してくすくす笑う。


「そんなところもありつつ、高い志を持って世界ブランドを創ろうとしていて格好いいんです。本当に男らしい、日本の武士のような人。日本の若い男性は今、元気がないと思います。寺田さんに憧れて、後に続くような人たちが出てきて欲しいですね」



男にとっても魅力的な人

小学館「CanCam」編集部 チーフプロデューサー 大西 豊

「お前には会いたくない」「俺だって」 


 2001年も暮れの頃、とある麻布十番のワイン専門店で開かれた忘年会。元・F1ドライバーの鈴木亜久里の紹介で引き合わされたのが、寺田だった。会ってそうそう、二人は喧々諤々の口ゲンカを始めることとなる。


 事情はこうだ。当時のサマンサタバサはライバルの雑誌と仲がよく、20代女性向け雑誌「Can Cam」に対して風当たりが強かった。「編集部にサンプルのバッグを貸してくれない」。編集部からは文句も上がっていた。さらに二人とも酔っぱらい。言いたいことを散々言って、互いに険悪なムードで酒をあおった。


「まずい」と気が付いたのは、すっかりシラフに戻った次の日のこと。慌てて寺田にメールで謝ったところ、寺田からも「ごめん」とメールが届いた。そうして決まった2回目のアポイントメントで、二人は完全に意気投合した。

「ケンカの時に何を言ったかは、完全に酔っ払っていてあまり覚えていませんが(笑)、お互いはっきりと物を言う性格。そんなところで気が合ったのかもしれません」


 当時の大西は「CanCam」編集長としてとにかく必死だった。ただでさえ部数が伸び悩んでいるのに、インターネットという脅威もある。このままでは雑誌が淘汰される。激しい危機感からアパレルメーカーと協力し、CanCamがコラボレーションした服を作るなど、生き残りをかけた誌面改革の真っ最中だった。


 そんな大西の姿を見ていたのが寺田だった。「サマンサタバサのバッグもCanCamでコラボレーションできないか。その際?エビちゃん“を起用できないか」。そう大西に話を持ちかけてきたのである。ちなみにエビちゃんとはCanCamの専属モデル・蛯原友里のこと。当時ブレイクし始めていた彼女に目をつけた寺田の眼力に、大西は感嘆した。そして05年3月、晴れてエビちゃんをデザイナー・プロモーションモデルに起用したバッグとジュエリーが誕生する。結果は大ヒット。07年12月までほぼ毎月?エビちゃんコラボ“商品が3―4種類出続けている。


「彼には消費者の声を捉える感性があるんでしょうね。サマンサタバサがヒットしたのは寺田さんの感性と、デザイン、質、価格設定にある。今、流行のサイクルは早くなっています。かつメインターゲットの23歳前後の女性は、中学生の頃からファッションへの関心が強く、厳しい。そんな中売れ続けているのはすごいことです」。そう手放しに褒める。


 加えて、サマンサタバサの成長の秘訣は社員たちにある、と断言する。


 大西は時々、東京・青山にあるサマンサタバサ本社に顔を出す。その時いつも社員が笑顔を絶やさずに働いている光景を目にする。社員が本当に「サマンサタバサ」のブランドを好きなんだな、働くことが楽しいのだな、寺田のことが好きなんだな、と感じている。


「仕事柄、色々なファッションメーカーに行きますが、社員がイキイキと働いているのは、サマンサタバサがぶっちぎりですね」


 プライベートでは「寺ちゃん」「アニキ」と呼び合う仲。よく酒を酌み交わす。朝が早い大西は基本的には午前様にはならないが、寺田はとにかくお酒が好きで、オシャレにワインをたしなむ。ペース配分も上手い。


「夜は遅いし、仕事を恋人のように一生懸命やっている。こんな熱い人はそういない。男にとっても魅力的ですね。ただ、夜は遅いし、仕事だけになっていやしないか、そこだけが心配ですね」。


 そう「アニキ」の一面も垣間見せる。

 
 共に20代女性をターゲットにする二人。友情は熱い。



固い信念を持つ男気溢れる経営者

エー・カンパニー取締役スーパーアグリF1チーム代表 鈴木亜久里
 

「彼は男気があります。ケンカすることもありますが、いつのまにか仲直りしていますね」


「アグちゃん」、「寺ちゃん」と呼び合うほど仲が良い2人。


「突然ケンカを始めるから周りは当然驚きます。小学生みたいに『もう絶交!』とか。お互い酔っているのもありますが(笑)」


 出会いの舞台は2人の通うスポーツジムのサウナ室。まさか寺田が今をときめくサマンサタバサの社長であることなど露知らず、鈴木は寺田との世間話に花が咲いた。それをきっかけにすっかり2人は意気投合。食事やお酒の席を積み重ねて友情を深めていった。


 F1とバッグ。業種は違うが、寺田の経営観はF1チーム運営に通じるものがあるという。鈴木は寺田の経営観を野球に例える。


「名プレイヤー、必ずしも名監督にあらず」という名言がある。何でもこなせてしまう名プレイヤーはチームメイトの失敗や欠点にやきもきする。しかし名監督と呼ばれる人は、欠点や失敗にやきもきすることなく、選手やコーチを信頼し育て上げる能力に長けている。チームは1人では成り立たない。相手を信頼できなければ、自分への信頼が集まるわけがなく、最悪チームが崩壊してしまうことにも繋がりかねない。


 鈴木は「トップは常に明確なビジョンを部下に示し、脱線しそうなら修正をかけることも必要」とも語る。


「サマンサタバサを世界ブランドにする!」。この明確なビジョンの下、寺田は社員に全幅の信頼を置き、担当者にとことん仕事を任せてしまう。そして、もし誰かが困っていれば全員で解決に当たる。名監督の要素を寺田は備えている。


 いかに信頼できる人材を経営の中核に配置し、信頼して仕事を任せられるかに会社の良し悪しがかかってくる。


「トップは自分のパートナー選びにほぼ全てのエネルギーを費やさなければならない」が鈴木の持論だ。


「想いや気持ちをお互いに理解し合える人をパートナーに選ばないとチームワークはとれない。彼は自分の経営観に一切妥協しないからこそ男気に溢れている」と、寺田の経営観を自分のF1チームの運営に重ねる。


 鈴木は、相手が100のうち1つだけしか良い点を持っていなかったとしてもまずは話を聞き、その1つの良い点だけを吸収する。
 

 しかし寺田は、愚直過ぎるほど1人の人間との関係を大切にする。良い縁を感じた人とは自分の全てをさらけだし、とことん付き合うのが寺田流だ。


 現在「スーパーアグリF1チーム」と若年男性向けブランドである「サマンサキングズ」はプロモーションパートナー関係にある。形としては、二人の友情によって実現したビジネス関係とも言える。しかし鈴木は、寺田とはビジネスありきの関係でないことを強調する。


 お互いの会社も東京・青山にあり近い。協力し合うことで良い相乗効果が生まれることを鈴木は期待する。


 一人の良き友人、良き飲み仲間としての関係を続け、ビジネス上の損得は一切考えずに、協力できることは協力するというのが鈴木のスタンスだ。


 最後に鈴木は、その爽やかな笑顔と共に、寺田にこう太鼓判を押す。


「彼には自分の生き方をとことん貫き通し抜いてもらいたいし、いつまでも今のままでいて欲しい。日本を代表する世界ブランドを目指すのは難しいことだと思います。私もF1の舞台で世界を相手に戦っているのでその困難さがよく分かりますが、彼の思い描く世界戦略を推し進めてほしい。彼だったら必ずできると思います」 



元気で生意気な頼もしい後輩

オンキヨー代表取締役会長兼社長 大朏直人

 駒澤大学はスポーツ界には多くの人材を輩出しているものの、経営者となると極めて少ない。オンキヨー会長の大朏直人と寺田和正は、その数少ない駒澤大学出身の経営者である。ちょうど1年前、知人に「駒澤大学の後輩に、元気な経営者がいる」と紹介されて大朏は寺田に会った。


 2人は初対面ながら意気投合した。磊落ながら礼儀に厳しい大朏と、やんちゃながらその辺の呼吸を心得ている寺田の波長が合ったようだ。その後も大朏と寺田との交流は続き、会食やゴルフを共に楽しむ仲になった。「寺田さんのゴルフは人柄同様に生きがいい」と上総モナークカントリークラブの理事長を務める大朏は太鼓判を押す。二周り年の離れた後輩を、4社の企業再生と3度の株式上場を果たした経営のプロである大朏はどう見ているのだろうか。


「情熱的で元気のいい経営者ですね。長幼の序をわきまえていて、礼儀正しく、かつ生意気ですが、可愛げがあるんです。だから僕達先輩は、つい応援したくなってしまう」


 ファッション業界というときらびやかなイメージがあるが、「伝統ある鉄工所を経営していた父親の背中を見て育ったせいか、メーカーっぽさのある人物で、とても好感を持った」と大朏は目を細めて後輩を語る。取引先、仕入先との付き合い方ひとつをとっても、真剣に取り組む姿がうかがえる。父の鉄工所経営を間近に見て育ち、ものづくりへの想いが身についた寺田に、大朏と通じ合うものがあったようだ。


 大朏が注目するのはものづくりに対する姿勢だけではない。「寺田さんの、サマンサタバサのブランド力を高めよう、世界ブランドにしようという情熱はものすごい。きっと社内のどの人間よりも強く思い、行動しているでしょうね。プライドを持ってものづくりするだけではなく、積極的にブランドイメージを作り上げている。シャラポワやビヨンセ、ヒルトン姉妹など、さまざまなジャンルの有名人を起用し、日本だけでなく世界へサマンサタバサブランドをアピールしようとしている。そういう人物を起用できてしまう情熱がまたすごいですよ」と寺田の世界ブランドにかける情熱を高く評価する。


 製造業の世界ではトヨタ自動車やソニーのように、世界ブランドを確立している日本企業は数多い。しかし、ファッション業界ではまだ、ほとんど見当たらない。「サマンサタバサが日本を代表するようなファッション界の世界ブランドになって欲しい」と期待を寄せる。


 ものづくりは楽しく、その製品を褒めてもらえた時の喜びは大きいが、責任は重い。そして企業となると、ものづくりだけではなく、取引先や仕入先などとの関係も重要になってくる。家族のいる社員への心配りも大事だ。


「ものづくりを楽しみ、仕事に思いっきり全力投球している彼が作る商品は、とても魅力的なものです。これからもきっといいものを作り続けていくことでしょう」


 今、寺田は42歳。近い未来、家庭を持てば、プライベートな面での環境は変わっていく。同時にサマンサタバサのブランドも年を経るごとに成長、進化していくに違いない。「それでも企業家として、これからもまっすぐに育って欲しい。ものづくりの姿勢を忘れず、余計な投資話などに乗ってはいけない。投資をするなら自分の会社にすべきですよ」と後輩にアドバイスする。


「同じ駒澤大学出身の経営者として、業界は違えど刺激しあい、お互いがお互いを自慢できるような関係であり続けたいですね」と、大朏は生意気だけど愛嬌のある後輩に限りないエールを送った。



外交センスを持った戦略家

ライシャワー東アジア研究所所長 ケント・カルダー

 2005年6月、韓国で開催された済州(チェジュ)フォーラム。当時カルダーは、このフォーラムに日本代表として会場で熱いプレゼンテーションをできる、志の高い若手経営者を探していた。「それならば」と知人に紹介されたのが寺田だった。ワシントンから電話をかけて事情を話すと、「行きます」の一言。その決断の速さに驚かされた。


「それに、プレゼンテーションもとにかく印象的でした。サマンサタバサの生い立ちから宣伝戦略、さらに日本産によってコストは上がるが成功しているなど、勢いよく話していました。その後、一緒に夕食をとりながら様々なことを語り合いましたが、本当に楽しかった。上昇志向が強い人だと思いましたね」


 その時間は二人を結びつけるのに十分だった。4カ月後、カルダーはサマンサタバサの本社を訪ねることとなる。社長室にはスロットマシンやワインセラーなどが並んでいた。普通の社長室とは一風違うその作りに、寺田の想像力の豊かさを見た。そしてサマンサタバサで働く若いスタッフの優秀さに感じ入った。


 2006年には寺田がカルダーを招待し、一緒にF1を観戦。カルダーはカーリングや競馬などを見に行ったことはあったが、F1は初観戦、エンジンの爆音を肌で感じ「雰囲気の違いを感じた。面白かった」と振り返る。


 カルダーの生徒がサマンサタバサへ取材に来たこともある。その時も生徒達を快く受け入れ、日米貿易やマーケティングについて熱く語った。そしてサマンサタバサの旗艦店である「表参道GATES(ゲイツ)店」に案内し、「好きなものを持っていきなさい」とバッグをプレゼント。「まるでディズニーランドみたい。本当に綺麗。クリスマスが来たみたい」その生徒の感激はひとしおだった。人を喜ばせたいという寺田の想いに、カルダーもまた感動した。


 加えて寺田の面白い点として、「日米関係などをさらに良くしたいという政治的な視点も持っているところ」と語る。


 寺田は日米関係や外交に関心が強い。寺田、カルダー、森喜朗元総理の3人で、これからの日・米・インドについて話し合ったこともある。その関係で寺田は現在、日・米・インドのあるプロジェクトに関わっている。また、サマンサタバサはライシャワー研究所発行の年次報告書のスポンサーにもなっている。トヨタ自動車、東京電力、三井物産などの大企業が名を連ねる中、ファッション業界ではサマンサタバサのみ参加している。


 サマンサタバサの強みは2つあるとカルダーは考える。第一にブランド戦略だ。韓国のスター俳優イ・ビョンホンなどのタレントに製品のデザインを頼み、タレントの想像力や自己表現への欲求を商品に繋げる。そして第二に、寺田の人間関係の広さ。例えば、先日福田康夫総理がジョージ・W・ブッシュ大統領と会見する際にお土産として持って行ったのは、サマンサタバサのバッグだった。総理の息子がカルダーの教え子で、寺田を紹介したのである。他にも、国連の事務総長に国連のロゴ入りの特製パスポートケースを贈ったり、お茶セットを作って提供。ビジネス・政治・芸能など職種も様々で、国籍も日本・アメリカに止まらない寺田の人間関係を「日本の若手経営者では珍しい」と評する。


「国や組織のトップにサマンサタバサを広めているので、世界中から後々知られるようになるはずです。寺田さんには本当に頑張っていただきたい。ビジネスで成功したら、今度は世界のために国際活動を続けて欲しいと思います」



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