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トピックス -企業家倶楽部

2015年04月07日

【SBIホールディングス特集】厳しさと優しさを併せ持った企業家/北尾吉孝の人的ネットワーク

企業家倶楽部2007年4月号 特集第5部


「孫正義の最強の味方になった人物」「恵まれない子ども達を支援する心優しい人」「生涯の恩師」「信頼を信頼で返す男」――北尾の友人が語る、それらの言葉からはメディアを通じて知れ渡る北尾のイメージとはまったく違う姿が浮かんでくる。一方で「敵に回すと恐ろしい存在」「働きすぎな面もある」などと言った声も聞かれた。アメとムチの両面を併せ持つ北尾の姿とはいかなるものか。あらゆる業界に広い人脈を持つ北尾の真の姿が、ここにある。(文中敬称略)



面倒見がよく部下想いの経営者

セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長 最高経営責任者(CEO) 鈴木 敏文


    鈴木が北尾と出会ったのは1992年のこと。当時、野村企業情報で取締役だった北尾とともにIRのロードショーでイギリスやアメリカなどを回っていた。


  「とにかくエネルギッシュな人だった。非常に気が利くし、英語も達者で、野村證券のなかでも傑出していたと思う。それに北尾さんの凄さは後藤光男さんからたくさん聞かされていた」と鈴木は語る。


    鈴木の周囲には、北尾をよく知る人物がいた。それが元セブン&アイ・ホールディングスの常勤監査役だった後藤光男である。後藤は80年代後半から野村企業情報の社長を務めていた。北尾は当時、野村企業情報で後藤の部下として活躍し、その実績が買われ野村證券の事業法人三部長に就任した経緯を持つ。


    鈴木が後藤から聞かされたエピソードで印象に残っているのは、北尾の圧倒的な勉強量だった。北尾が野村企業情報でM&Aの担当になると、書店に行ってM&Aに関する書籍を片っ端から買い集め、次々と読破していった。当時はM&Aに関する日本語の書籍は少なく、英語で書かれた書籍をオフィスの机に山積みにして全部読んでしまった。その勉強の成果が実を結び、たった1カ月半で社内でもM&Aに一番詳しくなったという。その後、ロンドンへ赴任してからは、日本企業の動向はもちろん野村企業情報のメンバーの業務報告書も懸命に読み込んでいた。北尾はその豊富な蓄積を武器に、数多くの実績を積み上げていったのである。


  「後藤さんは『北尾さんがいるといないとでは業績もぜんぜん違ってくる。野村企業情報のエースである北尾さんを野村證券が返してくれと言われたときは、ショックだった。潰れてしまうと危機感を持ったほどだ』とおっしゃっていた。北尾さんはそれほど貴重な人材だったということだ」と鈴木は語る。


    その後、北尾は野村からソフトバンクへ転籍する。そんなある日、鈴木が北尾とソフトバンク社長の孫正義とともにゴルフをしていた。鈴木が孫に「部下を叱ることがあるのかね」と聞くと、孫は「ソフトバンクには部下を叱る専門家がいますから」と笑ってこたえた。部下を叱る専門家とは北尾のことである。北尾は部下に対して非常に厳しい。だが、北尾に叱られ続けた部下はどんどん育っていった。


  「後藤さんはよく『北尾さんは部下を大切にする人だ』と言っていた。私もまったく同感だ。北尾さんは部下を育てる能力が凄い。誰もが叱られながらもついていく。それは北尾さんが部下想いの一面も持つからだ」と鈴木はいう。


    北尾は人事評価では特に思いやりが発揮される。自分の評価は気にしないが、自分の部下に対する評価には真剣だ。自分の部下がどれだけいい仕事をするかを人事部にどんどん訴えに来る。「彼は面倒見がいい。人を育てる能力は経営者として一番大切な要素だが、彼はその能力を十分に持っている。彼の元で育った人間がたくさんいる。メディアは北尾さんの発言の一部分だけをピックアップし、非常に傲慢な人間のように伝えている。しかしそれはまったくの誤解だ」と指摘する。


    鈴木は孫と北尾の違いについて「孫さんはみんなが躊躇するようなスケールの大きいことをどんどんする人。一方、北尾さんは孫さんとの比較で見れば、ひとつひとつ着実にやるタイプだと思う。しかし2人とも新しいことに対して積極的に取り組む姿勢がある。二人の共通項は、社会に刺激を与えてくれることだろう。彼らはいい意味で世の中を大きく変えてくれた」と評価する。


    現在、北尾率いるSBIはソフトバンクから独立し、総合金融カンパニーとしての道のりを歩んでいる。「北尾と孫が仲違いしたのではないか」といわれることも多いが、「それは違う。孫さんが困ったら、最初に駆けつけるのは北尾さんでしょう」と鈴木はいう。


    北尾と孫は目指す世界が違う。SBIは金融革命を志し、ソフトバンクはデジタル情報革命を推進している。目指す方向がひとつとしてダブっていない。だから二人とも争うことなく、それぞれが別の世界で歩み続けるのだ。実際、孫と北尾は現在、月に一回会う仲である。


  「孫に対しても率直にものを言えるのが北尾さんの強さだろう。北尾さんは最強の味方になってくれる。それはつまり敵に回すと恐ろしい存在でもあるということだ」と鈴木。


  「私が電話でなにかを相談すると、北尾さんは真剣に考え応えてくれる。信じる人には信頼で返す。彼はそういう男だと思う。今後も、今のままで成長を続けて欲しい」



厳しさと優しさを併せ持った人

林原 代表取締役社長 林原 健


  「虐待や家庭内暴力、ネグレクト(養育放棄)などの厳しい家庭環境に置かれた子ども達を救いたい」。数年前のある日、北尾は林原にそう語った。SBIグループは2004年12月にSBI児童福祉有限責任中間法人を設立、児童福祉関連施設への寄付や児童福祉活動への助成を通じて、傷ついている子ども達への支援活動を行っている。05年10月には活動領域を広げるべく、SBI子ども希望財団を設立、全国105の施設に合計約1億5507万円(06年3月31日現在)を寄附している。


  「志の高い方だと感銘を受けました。北尾さんは表向き怖いイメージに見えますが、実際はぜんぜん違います。非常に純粋な方ですね。仕事には大変厳しい方だと思いますが、それ以外の部分は非常に優しく心の暖かい方だと思うんです」と林原。


    林原がSBIの従業員に話を聞くと、「北尾はいつも周囲に気を配っている」という。社員が病気だと知るとすぐに医者を紹介するなど、きめ細かい配慮がある。


  「SBIが企業として成長を遂げているのは、北尾さんが人として素晴らしい方だからだと思います。経営は手腕なんてあってないようなもので、人に対する暖かさがすべての原動力になっているのです」


    林原と北尾はこれまでに互いの自宅を何回か行き来している。あるとき、林原夫妻が北尾の自宅に伺ったときのこと。北尾は犬を飼っており、まるで自分の子供のように可愛がっていた。


  「その犬は北尾さんがいると、とても静かでいい犬です。でも北尾さんが離れると、落ち着くがなくなって行儀が悪くなったりするんです。奥様が注意されてもずっと吼えています。ところが北尾さんが戻ってくると、すぐ静かになります。犬は人間を本当に良く見ていますよ」と笑って語る。


    互いに仕事の話はほとんどしないが、北尾は林原グループが手がけるメセナ事業(文化支援活動)に大きな関心がある。林原グループは1883年、岡山で水飴製造業「林原商店」としてスタートしたが、現在ではバイオ業界のトップメーカーとして知られている。トレハロースをはじめとする澱粉糖化製品、抗ガン剤となるインターフェロンなどの医薬品原料などの研究開発や製造を手がけている。


    その一方で、メセナ活動にも力を注ぎ、地元岡山の備前刀や備中漆などの伝統文化を保護・育成する林原共済会や財団法人林原美術館の運営などを行っている。数年後には自然科学博物館も完成する予定だ。林原グループはこれらのメセナ事業を本業のひとつと位置づけている。


  「人間が企業をつくり、企業が社会を形づくっています。ですから『人間が主体』という考え方がなければ、人々の暮らしに役立つ技術開発もできません。企業のメセナ活動は単なる慈善事業で終わるのではなく、次世代に文化をレベルアップさせ引き継いでいくことが大切だと思うのです」。こうした林原の考え方に北尾も大いに共感している。「北尾さんは『企業は社会貢献を本業にするべきだ』との考えをお持ちです。だから我々のメセナ事業にも興味を持たれるのでしょう。いつも積極的に質問してくださいますよ」と林原。SBIグループや投資先企業の従業員も林原グループの手がけるメセナ事業を勉強しようと、頻繁に足を運んでいる。


  「北尾さんはとても素晴らしい企業家ですが、反面働きすぎのようにも感じます。北尾さんの奥様もずいぶん心配されています。身体を大切にされながら邁進してほしいと願っています」



21世紀のスタンフォード

東京大学名誉教授 新井賢一


    日本は先端医療の開発・バイオベンチャーの振興が必要である。北尾と新井を結びつけたのは、2人が共通して抱いていたバイオベンチャーの重要性への想いだ。新井が東京大学医科学研究所で所長を務めていた2002年。立派な経営者は数多くいるが、生命科学・医学に強い関心を持つ経営者は少ない。「この人は信頼できる」。新井は出会ってから、ものの5分でそう感じたという。


  「北尾さんの魅力は『人を作る』ことを大切にしていることだ」と新井は語る。当時から傑出した存在である北尾の周りには次世代を担う人々が数多く集まり、若い社員たちも北尾を父親のように慕っている。「彼はまるで人を引き寄せる『磁場』を作り出しているようだ」


    人を育てることに注力する北尾。「自分に子供はいない。しかし、次世代の子供達の為に自分の資産を残さず使いたい。それならば!」と思い立ち、「SBI子ども希望財団」を立ち上げた。そして、税引後利益3億円以上を計上したSBIグループ各社は、利益の1%を児童社会福祉法人へ寄付している。「出会った時から一貫している、富を形成することを通して社会貢献をするという目的」。これには新井も共感し、評議員として財団に関わっているという。


    社会還元は子供財団だけではない。「スタンフォードのような大学を作り、日本とアジアのシリコンバレーを形成したい」。19世紀、スタンフォードはアジア人を雇って鉄網道を作り、巨大な財をなした。しかし、彼はその財をなげうってスタンフォード大学をつくり、今のシリコンバレーの源流を作り出した。21世紀の日本、北尾の信念がSBIユニバーシティを誕生させた。そして今、ここで育まれた有為な人材は世界の経済・社会に活力をもたらしている。


  「北尾さんが幅広く作り出す『人』や『産業』。それらは世界を見る上で欠かせない2つの目によって作り出されている。中国・インド・韓国などのアジアに早い段階から注目していた『長い目』と、医学医療・科学技術にも関心の強い『広い目』。この長期的な視点と広い視野で資金を運用し、新たな価値を創造しつづけている。彼は近代の分析的な考え方と、東洋の伝統である総合的な考え方を兼ね備えた人だ」と新井は指摘する。


    例えば、バイオテクノロジー産業。ITは早くて3年、バイオは10年で、ビジネスとして成り立つというのが投資家の一般的な認識だ。そのため、多くのベンチャーキャピタルは利益回収が比較的容易なITに資金投入する傾向が強い。しかし、北尾は違った。ホールディングスだからこそ持つ長期運用が可能な経営資源と、ITでの実績を生かし、ITとバイオを結びつけ、多様な事業体を連携するネットワーク型の組織を作り出している。


    免疫医学の分野での新たな創薬を目指すギンコバイオメディカル研究所への投資、医科学研究所に再生医科学寄付研究部門を支援、昨年京都で開かれた国際生化学分子生物学連合(IUBMB)の第20回国際会議のスポンサーをも務め、バイオ産業に対しても次々と支援を行っている。


    しかし、「生命医学」を中心に今の日本は、欧米に大きく出遅れている。新井は今後、SBIの支援により、世界から広く創薬のパイプラインを集め、臨床開発を通した創薬に注力する。日・米・中のバイオベンチャーによる提携も開始し、世界初となる3カ国に及ぶジョイント型創薬バイオベンチャーを目指す。


  「北尾さんは日本のイノベーションをすすめる改革の推進者であり、次世代の子供達を育てる、新世代の父親を担う存在でもある。これからも新たな産業を創生して価値を作り、人を作っていただきたい」



終始一貫した信念を持つ努力家

大和証券投資信託委託 取締役社長 樋口三千人


    1996年1月に設立し、それから1年10カ月でスピード上場を果たしたヤフー。樋口と北尾はこの歴史的な1ページを共有した。樋口は大和証券で働いていたが、「担当となったからには3分の1は相手方の社員になったつもりで取り組む。人のことをやるのではなく、自分たちが一緒にやるんだという観点が大事」と話す。


    出会いは1995年、樋口が担当役員としてソフトバンクを訪ねた時である。「とても年下には見えない風格だ」。当時の北尾を見て樋口はそう感じた。「信用第一」の証券業界一筋で磨かれた樋口の目から見ても、その風格と澄んだ目は際立っていたのである。


  「儒教の北尾」。樋口が北尾を紹介する際に使う名称である。「北尾さんは非常に努力家。自分のやりたいことは世の道理にかなっているか、反していないかを見極め、信念で完遂する人だ」。その心構えはライブドア・フジテレビ騒動の北尾の行動にも現れている。当時飛ぶ鳥を落とす勢いであったライブドア。しかし、北尾は「マーケットは神聖なものである」という認識を持ち、一貫した信念を貫いた。樋口も同じ気持ちだ。「マーケットに参加する企業は、マーケットに何かを求めるのではなくて、マーケットに何ができるかという精神で入り込んでもらいたい。私利私欲でマーケットを利用し、市場を汚すものは誰であろうと許せない」という。


  「北尾さんの気概は『我』から発するものではなく、先人達からの教えに基づいている。だから、ベースがしっかりした『育てられる経営者』として、判断がブレない」。北尾を信じてついてきた有志も多く、彼らは北尾という人柄そのものにひかれている。


  「終始一貫」北尾の心構えは他の所にも現れている。「北尾さんは強面のように報道されるが、本当の彼は温厚だ。孤児院の子供を可愛がり、奥さんを非常に大切にしている」。いたわりの精神が強い北尾にとって、その対象に限りはないのかもしれない。


    しかし、慈愛の精神だけではない。「優しさと厳しさ」のある北尾は、常に高い目標に挑戦、実現し、思っていることを形にする。まだITと騒がれていた頃、ソフトバンクインベストメント(現・SBIインベストメント)は500億円を出資しベンチャーファンドを立ち上げた。大和グループも200億円の出資を集め、ベンチャーファンドの資金は当時としては異例とも言える1500億円まで膨らんだという。


    当時ではまだ一件あたり1~2億円規模の募集がせいぜいであった。この画期的なファンドはなぜ実現したのだろうか。「北尾さんを信じたからこそ、自分の大事なお客さんにそのファンドを勧めた。そのお客さんは私を信じて買ってくれた。だから、私が紹介するときに北尾という男は信用できる。だから、是非本人にあって直に確認してください」と話す樋口に、賛同する企業が増えていった。樋口を信用してお金を預けた投資家。それに対して、必死に運用して答えていく北尾。信用と信用で繋がりあった輪は大きな好循環を生み出した。ITバブル崩壊という荒波を乗り越え、現在では元本をはるかに上回るリターンを投資家に還元し、ベンチャー市場の盛り上げに一役買ったのである。


  「外からではなく、内から」という精神で投資先と関わるSBI。「外野で言ってもしょうがない。企業再生は経営者の考えをしっかり把握し、資本をだすからには経営にも口を出すよという意気込みで、中に入りこんでいくべきだ」「今の姿勢を貫いて欲しい」そう話す樋口と北尾の関係は今なお根強い。家族同士での付き合いもあるという。「徳」のある君主には「徳」のある人々が自然と集まっている。



生涯の恩師

ネクシィーズ 代表取締役社長 近藤太香巳


  〝最大のピンチ〝を救った恩師、これが近藤の表現する北尾像である。


    2000年4月、ITバブル崩壊の煽りを受け、携帯電話や衛星放送の販売促進を手がけていたネクシィーズ(当時ネクステル)は、念願だった東証マザーズへの上場承認が下りるものの上場予定日2週間前に突如、証券会社から呼ばれ上場中止を告げられる。東証マザーズでの上場取り消しは第一号。前例のない“事件”に取引先や銀行が離れ、数十億円が手に入る資金計画が崩れてしまう。当座の資金も底をつきかけていた。


    このピンチを救ったのは、他でもないSBIホールディングス(当時ソフトバンク・インベストメント)からの出資であった。上場中止から約一カ月後の2000年5月19日、それが北尾と近藤の初めての出会いである。


    人づての紹介からもらえた北尾との面接時間はたったの15分。緊張で張り詰めた空気の中、近藤は偽りなく会社の全てを伝えた。結果、時間は1時間に延びていた。近藤の情熱に心を動かされた北尾は、やさしく語りかけた。「ビジネスモデルはすばらしい、君の目は輝いている、応援しよう」。そして、その場で30億円の出資を決めたのである。突然で拍子抜けしてしまう近藤であったが、19歳で起業して以来、何かをする前から人に認めてもらえることは初めての体験であった。事前にステージを与えてくれた北尾に、近藤は大きく心を打たれた。


    そして、2002年3月6日、ネクシィーズはナスダックジャパン(現ヘラクレス)に上場を果たす。その後の1年間は、ネクシィーズの会長として、毎月の取締役会にも出席していただいたという。ナスダック上場から約2年で東証一部に市場変更を果たすほど躍進した。結果、SBIは投資に対し、数百億という単位で利益をもたらすことができた。


    北尾からは「近藤君は永遠に青きロマンチストであれ」との言葉を受けたという。


  「北尾さんは外見から放つオーラとは別に、本当の優しさを持っている」と近藤はいう。


    親しい付き合いのある近藤は、長くその優しさに触れてきた。だが、最近は、その優しさが周りにも知れ渡ってきていると話す。優しさに甘えてしまっている人を見ることがあるからだ。


  「北尾さんの優しさに甘えてしまっては義理を欠きます。常に『お前はよくやっているな』と認めてもらえる結果を出していきたい」


    近藤は、実際に存在するわけではないが、「北尾塾」塾生第一号でありたいと思っている。


  「僕は北尾さんに憧れていますし尊敬しています。生涯の恩師なので、絶対に裏切れません。意図的にではなく、結果として優等生でありたい」


    北尾は事業家としての知略に富んだ行動や厳しい態度を持つ一方で、人間としての器も大きい。「北尾さんは徳を重んじる純粋な方である」と近藤は心の底から訴える。


  「世の中に一点突破の人はそれなりにいると思います。でも北尾さんは事業家としても人としても本当にバランスのとれた方だと思います」


    2006年6月には、連結子会社であるNexyz.BB、イデアキューブの2社に新たに合計約46億円の出資を受けた。「期待を裏切らぬように一層努力して取り組んでいる」と話すが、恩師を喜ばせるのは事業だけではない。近藤は毎年、工夫を凝らした誕生日プレゼントを用意する。


    これまでには特別な意味を込めた手ぬぐいや、生まれた年のワインなどを贈ってきた。直近の誕生日では、高額なお箸をプレゼントに選んだ。古来よりの縁起物で、人と人との箸渡しをしてくれるなど日本文化の象徴として深い意味が込められている。毎年、知恵を絞った演出をするという力の入れようだ。


  「家族同士のお付き合いもあり、社員も会社自体も可愛がっていただいています。この関係をいつまでも続けていけるように自分が努力したい」と語る近藤の言葉からは、改めて北尾の「徳」を感じることができる。必要とされれば、どんなことでも引き受けると話す近藤の北尾への思慕は大きい。何も特別なことではなく、それだけ信頼でき、尊敬できるということだ。まさに生涯の恩師なのである。



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