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2015年03月24日

【テンプスタッフ特集】明るい笑顔と一貫した信念を持つ女性企業家/篠原欣子の人的ネットワーク

企業家倶楽部2007年8月号 特集第5部



 その人生を持って人材ビジネス業界の先頭を懸命に走り続けてきた篠原欣子。彼女の周りにはいつしか、互いに支え合い志をともにする素晴らしい仲間が集まっていた。資金繰りの苦しい頃、融資を決めた三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)の元頭取、佐伯尚孝。未経験の分野を開拓する辛さを分かち合ったパフォーマンス教育協会理事長の佐藤綾子。篠原と共に人材ビジネス業界を作り上げてきた人材ビジネス専門誌「月刊人材ビジネス」編集主幹の三浦和夫とイーストウエストコンサルティング社長の室松信子。4人は篠原の律儀さと強い信念、そして花のような明るさを賞賛する。(文中敬称略)



融資の恩義忘れない律儀な人

三菱東京UFJ銀行名誉顧問 佐伯尚孝


 
    2人の出会いは今から28年前、佐伯が三和銀行(現三菱東京UFJ銀行) の赤坂支店で初めて支店長に昇格した時である。その頃の支社長は預金集めが仕事のようなもので、得意先を回っては預金をお願いしていた。その一つに創業間もないテンプスタッフがあった。「初めて会社にお邪魔した時は、社員が20人もいなかった。しかもほとんど女性、男性はアルバイト1人だけだった」と佐伯は昔を懐かしむ。


    東京・赤坂という町は新しい会社が生まれては消える、浮き沈みの激しい所であった。年に1回、赤坂支店では得意先を集めてパーティーを催していたが、毎年顔ぶれが変わった。そんな中で篠原だけは変わらず、「いつも静かに微笑んでいた」と佐伯は当時を振り返る。


    ある時、部下から佐伯に相談があった。テンプスタッフの資金繰りが少し苦しくなり、数百万円の融資が必要という。人材派遣業は顧客から代金を頂く前にスタッフに給料を支払わなければならない。事業が大きくなればなるほど資金需要も増える。


    そんな事情を察して、佐伯は数百万円のつなぎ融資を承諾した。銀行にとっては日常茶飯事のことだったが、篠原はそのことをよく覚えていて、「あの時は本当にありがとうございました」と10年経っても感謝の言葉を述べた。律儀な人柄に、融資した佐伯の方が驚いたくらいだ。


    そんなこともあって、佐伯が本社に戻った後も年に1、2回会っては経営の相談に乗った。


    佐伯はその後、頭取に就任、99年、業界再編の荒波にもまれながら銀行マン生活を終えた。肩の荷をおろし、平穏な日々を送っていた時、篠原が切り出した。「佐伯さん、テンプスタッフの監査役になって下さい」。他ならぬ篠原からの申し入れ、快く承諾した。


    毎週1回の取締役会への出席を佐伯は楽しみにしている。各部門からの報告を聞いているだけで、時代の鼓動が伝わってくる。取締役会での篠原はあまり口を出さない。部下を信頼し切っているのであろうか。担当者の説明をうなづきながら聞いているだけである。グループ会社は44社。それでいて、篠原は子会社の多くの情報を常に把握している。きちんと任せるけど、面倒はきちんと見る。そんな経営スタイルで、テンプスタッフは毎年確実に業績を伸ばしている。任せる経営に徹する篠原に佐伯は脱帽する。


 
  「篠原さんの経営は手堅く、そして清潔です。社員にもその雰囲気がよく伝わっている。監査役に入ってみてつくづく思いました。上場の際も、何か気になることがあったら『今はその時期じゃない』と幾度も見送ったことがあった。一気に東証1部に上場した時も、東証も『もうこれしかない』という感じで上場を受け付けていた。本当に、満を持しての上場だったのです」 


    そろそろ、篠原は後継者を指名する時期に差しかかっている。具体的な名前は明かさないものの、篠原の頭の中では後継者は固まっているようで、篠原は「いつ交代しても大丈夫」と現在の経営体制に自信を持っている。佐伯もニッコリ笑って、篠原の考えを肯定する。


    篠原と佐伯は昭和9年生まれの同い年。激動の昭和を共に生き抜いてきた戦友のような絆があるように見受けられる。


  「何かあったら厳しくアドバイスするつもりです。幸いなことにすごく落ち着いている会社ですが。篠原さんは本業一筋の人。これからも変な欲を出さないで、社会のために頑張って頂きたい」と有終の美を飾ることを願っている。
 



少女のような明るさと一貫した信念


社団法人パフォーマンス教育協会 理事長 佐藤綾子


  「あら、また篠原さんと一緒に出ている」


    自身が取材を受けた女性誌を手に、佐藤はくすりと笑った。


    二人の出会いは90年代前半、あるパーティーでのこと。以来、雑誌で同じ号に掲載されることもあって、篠原はずっと気になる存在だった。篠原も同じ思いだったのか、ある時佐藤はテンプスタッフから講演会の依頼を受けることとなる。前半は篠原が人材派遣について、後半は佐藤が日常生活の自己表現法、すなわち?パフォーマンス学“について語った。篠原は人材派遣で、佐藤はパフォーマンス学で日本におけるパイオアニア。未知の分野に挑戦し、一生懸命切り開いてきた女性という点でぴたりと重なる。「似ているわ」。以来、ぐっと仲良くなった。


    佐藤の著書「思いやりの日本人」(講談社)の帯に、篠原が「思いやりは生きる原点。大切なことに気づく一冊」とコメントしたり、二人で会った時は深く自身のことを話すようになったり。その過程で共通点がさらに見つかってゆく。生きることをキャッキャと楽しむ。思い立ったらガンガン行動する。いつだって、「明るく楽しくためになる」ことをめざしている。そして、本質以外は寛大であれ、という姿勢。


  「二人とも、本質だけは譲らずにズバっと決めて、枝葉末節は後からつけていけばいいと考えているんです。譲れない本質は、私はパフォーマンス学、篠原さんにすれば『どんな人を派遣するか』などといった人材教育でしょうね。ただ、篠原さんも私も、大ざっぱ。細かいことを指摘されて『あら、忘れていたわ』なんてことが多々あります」 年齢で言えば、佐藤は篠原より一回りと少し下。「でも、一緒に走ってきたような感じがします」。理由は、篠原の話しやすく親しみやすい雰囲気にある。佐藤と篠原が二人で話していると、篠原はぐっと体を乗り出し、佐藤に次次と質問を投げかけてくる。「パフォーマンス学はどのようなもの?」「なぜ必要なの?」佐藤が説明すると、篠原は目をきらきらさせながら聞いてくれる。「そうだったの!」納得したら、ぱんと手をたたいて、にこにこ笑ってくれる。「篠原さんのリアクションが嬉しくて、ついついいっぱいしゃべってしまうんです。講演料にすれば50万円分くらいのことをタダで話しているかもしれません」


    篠原が常に少女のような明るさで人に対応できるのは、人並みはずれたタフな精神を持ちあわせているから、と佐藤は分析する。事業の立ち上げや運営にあたって、必ず予期せぬ失敗が起こる。テンプスタッフにとって、98年の登録者9万人の名簿流出事件がそれに当たる。社員なら体調不良で逃げることができるが、トップが逃げるわけにはいかない。篠原は苦しみながら情報管理など対応策を打ち、会社を倒産から守り、成長軌道に乗せていった。


  「篠原さんの精神力は、持って生まれた資質でなく、おそらく経営者になってから育てていったものだと思います。私も、仕事をする中で経営者としての素質を育てていった人間です。?同類“だからお互いを嗅ぎ取り、呼び合い、仲良くなったのだと思います」


    佐藤にとって、篠原は「いいモデル、そして目標」。希望があるから、いくつになっても若くいられる。ブランド品をギラギラと身にまとわなくたって、自分に自信を持って「私はステキ」と思える。人材教育に一貫した信念を貫ける。そんなところに魅力を感じている。もちろん、そんな魅力的な女性を世の男性が放っとくはずはない。「篠原さんは72歳の今になっても、とてもモテるんですよ」クスクスと笑って、佐藤は最後に付け足してくれた。



人材ビジネス業界の顔として活躍して欲しい

株式会社オピニオン 代表取締役社長兼編集主幹 三浦和夫


    三浦和夫がテンプスタッフと初めて関わったのは1986年7月、月刊「人材派遣」(現「月刊人材ビジネス」)の創刊号への広告出稿がきっかけだった。篠原に初めて会ったのは、その御礼にと本社を訪れたときだ。「小柄で綺麗で、女優の賠償千恵子さんそっくりだった」


    当時三浦は38歳、篠原はひと回り以上も年上だが、若々しくて自分よりお姉さんだとは知らなかった。


    その後社団法人日本人材派遣協会の設立準備会で何度か会うことになるが、「少しは雑誌売れているの。私も最初は随分苦労したのよ。諦めずに頑張っていれば必ず報われるわよ」と励まされた。徒手空拳で人材派遣会社を立ち上げた篠原には三浦の苦労が理解できたのであろう。辞めようと思うことが何度もあった三浦だが、篠原の笑顔と言葉に勇気づけられたという。


    今や業界第2位にまで上り詰めたテンプスタッフだが、篠原の経営者としての魅力を尋ねると、「秘めたる情熱家。ギラギラと表に出さないので一見淡白そうに見えるが、奥に秘めた情熱はすごい。簡単に諦めない。奇をてらうことなく着実という言葉がピッタリ」と絶賛のことばが返ってきた。男性はとかく急成長すると図に乗りがちだが、篠原社長は着実で堅実。そこがテンプスタッフの強み。他社がどうあろうが着実でマイペース、これが篠原流の経営術だ。


    当時の女性は補助的仕事がほとんどだが、「女性たちにもっとチャンスを与えたい。これが私の仕事」と篠原はよく語っていたという。テンプスタッフは当初女性社員のみだったが、男性を入れて活性化し、これがうまく機能した。2006年東証一部に上場を果たしたが、篠原社長は今や業界全体の顔となっているという。


    人材派遣業界も今や4兆円市場、250万人の雇用を支える一大産業に成長した。当時はこんなに大きな産業に育つとは予測もしなかった。業界全体については「量的な拡大はそろそろ限界にきている。これからは質的な充実が成長のポイントとなる。我々は派遣で働く人あってのビジネス。派遣で働く人々の満足度をどう上げていくかが大切。規模ではなくサービスの良し悪しで選別される時代となる」と業界のスポークスマンとして三浦は警鐘を鳴らす。


    今後の雇用の課題は「団塊世代の再就職問題、ニート問題、主婦の活用、障害者の雇用開発、外国人労働者の雇用確保の5つがある」と指摘する。テンプスタッフはすでにこれらの分野を手がけているが、業界全体ではまだ十分対応しているとはいいがたい。「課題解決策の一つとして派遣システムをもっと活用し、就業に結び付けていくことを考えなければいけない。我々は派遣事業を通じて、全員参加型の社会を実現していく必要がある」と力説する。


    20年以上も共に業界を成長させてきた篠原と三浦だが、今は2カ月に1回のランチデートが楽しみという。食事をしながら2人でさまざまな話をする。この時にしか見せない篠原の顔もあるという。気のおけない二人の情報交換の場となっているようだ。


    自らのブログで「この業界は名士が不在」と語る。そして「今までは自社の拡大に忙殺され業界を代表する人が育ちにくかった。今後は篠原さんに業界全体のために先頭に立って活躍していだたきたい。そのための手伝いならどんなことでもしたい」とエールを送る。最後に「篠原さんが大好きだし、尊敬している。経営者としても優れていますが、女性らしい部分もお持ちです」と目を細めた。
 



上品かつクリーンそしてハツラツとした女性

イーストウエストコンサルティング 代表取締役社長 室松信子


  「肩で風を切って堂々と歩く」「男勝りで言葉遣いも荒い」女性経営者といえばそんなイメージが先行していた90年代前半頃。とある経営者向けの勉強会で、二人の女性経営者が初めて顔を会わせた―当時、ヘッドハンティング会社のイーストウエストコンサルティングを創業して数年の室松信子、そして拡大期に入ったテンプスタッフを引っ張る篠原である。


    その頃すでに「テンプスタッフの篠原欣子」と言えば女性経営者の中でも著名な存在。室松もテレビで何度も篠原を見たことがあった。どんな人かと思って話してみると、「とても謙虚で人当たりよくて、肩肘張った女性経営者というイメージとは全然違う人」。そこから二人の付き合いが始まった。


    篠原の気取らない性格は会った時のまま。室松と篠原がある忘年会に参加した時のこと。室松が会場に向かって歩いていると、少し先にキョロキョロとあたりを見回し、困ったように首をかしげる女性がいた。篠原だった。「篠原さん」室松が声をかけると、篠原はホッとした顔で言った。「よかった!お店がわかりづらくて、どうしようかと思ってたの」篠原にはお付きの人すらいなかった。「すごく庶民的な方だなあと驚きました」室松は当時を思い出し笑う。


    成功した経営者が「普通」の感覚を保つのは案外難しい。会社が儲かるようになれば、派手な格好で豪遊しがち。おカネを貯めこもうと道徳に反する事業に手を出す人も出る。しかし篠原は質素な暮らしを変えず、カネ儲けに目をギラギラさせたり、変な事業に手を出すこともない。そんな篠原が育てたテンプスタッフだからこそ、室松は大きな期待を寄せる。テンプスタッフが上場する前の2000年頃、室松は篠原にこうアドバイスした。「テンプスタッフは上場した方がいいと思う。人材派遣業界のイメージはぐっとよくなるはず」テンプスタッフを人材派遣業界のリーダーたる企業と確信してのことである。


    その6年後にテンプスタッフは上場。その時、室松は篠原に聞いた。「上場おめでとう。でも、上場したことでおかしないいがかりや誹謗中傷をしてくる人はいないの?」質問に対し、篠原はおだやかに答えた。「ちゃんとやっていれば、そんなことはないはず。きちんと経営していれば恐れることはないのよ」


  「ムダな贅沢をしない上品さ、クリーンさは経営者として素晴らしいと思いました」室松は感嘆する。


    経営者・篠原のやわらかい物腰の奥には、事業を育てるパワーや様々なアイディアがぎゅっと詰まっている、と語る。やりたいと手を上げた人にはまずやらせてみる。失敗しても学ぶ事はある。「何でもやってみなければわからないわよね」という篠原の口ぐせを室松は何度も聞いた。そんな自由にチャレンジができる社風があればこそ、飲食業界の社員採用・派遣活用をサポートするテンプスタッフ・フードスターなど新しい業態が次々に生まれてゆく。「『あれはみんなのアイディアなのよ、私は聞いているだけ』と篠原さんはニコニコ笑って謙遜しますけど」


    篠原は72歳。しかし仕事ぶりはイキイキと若々しい。秘訣は篠原の仕事観にある。「『手足が動かなくなるまでチャレンジして、自分を高めていきたい』『私から仕事をとったら何も残らない。でもね、人は仕事を生きがいにしてこそ成長できると思うの』そう篠原さんはおっしゃるんです。いつでもハツラツして、美しい女性。今後もずっと元気でチャレンジし続けて欲しいですね」



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