• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -企業家倶楽部

2015年04月27日

バイオ医療のパイオニア/テラの21世紀戦略

企業家倶楽部2015年6月号 テラ特集第1部 


免疫システムを応用して「がんのワクチン療法」という新しいがんの療法をスタートさせたテラ。この11 年間で同療法の契約医療機関は37カ所、9000症例にのぼる。今後はバイオテクノロジーを駆使して、予防・先制医療にも挑む。「将来はがん患者を出さないことが目標」と語る社長の矢﨑雄一郎は医者であるとともに、チャレンジ精神旺盛なバイオベンチャー企業家である。医療業界の革命児は、免疫力でがん撲滅の悲願を実現出来るか。(文中敬称略)



がんと闘うテラグループ

 2015年3月24日午後2時53分、矢﨑らテラ取締役陣が着席した。これからテラの事業報告会が始まる。その前に同社は第11期株主総会を開催した。場所はテラ本社に近いホテル、ANAインターコンチネンタル東京の地下1階、プロミネンスの間、約120名の株主が出席した。


 同じ場所で開いた事業報告会では、矢﨑は「がんと闘うテラグループ」と題して、約30分間、テラのワクチン療法と今後のテラグループの方向性について話した。まず、ワクチン療法の中核となる「バクセル」の動画を投資家たちに披露した。


 「『まず、がんになったら、テラに相談しよう』と思ってもらうような会社になりたい」と訴えた。


 背すじをピンと伸ばし、丁寧に語る矢﨑の姿勢からは誠実さが伝わってくる。同時に、がんを新しいワクチン療法で治してみせる、という使命感も矢﨑の態度に溢れている。


 2015年内に「バクセル」を健康保険に認めてもらう治験届けを出し、治験を開始し、2020年までには薬事承認が下りるようにスケジュールを組み、治療費を引き下げる、と矢﨑は説明した。


 「100万人のがん患者に(ワクチン療法を)認知してもらえるよう活動していく」と締めくくった矢﨑は一礼して壇上をおりた。


がんと闘うテラグループ

免疫ががんから守る

 矢﨑が語るがんのワクチン療法とはどんな治療法なのか。もっと、具体的に説明しよう。その前に、がんはどうして出来るのだろうか。矢﨑によると、がん細胞は毎日、5000個程度、人間の体内で出来ているという。それががんという病気として発症しないのは、人の免疫システムが働いているからだ。


 キラー細胞ががん細胞を殺傷してがんにならないように、日夜体内をパトロールしている。ところが、何らかの理由でキラー細胞が働かないと、がん細胞が大きくなり、がんとして発症するのである。


 そこで、免疫システムが非常に重要になって来る。免疫は生まれつき持っている免疫(自然免疫)と後天的に出来る免疫(獲得免疫)に分かれる。後天的に獲得する免疫は胸腺という所でつくられる。


 胸腺は肋骨の裏側、心臓のちょうど上あたりにある臓器で、獲得免疫のひとつであるT細胞を厳しく“教育”する。10億とも100億ともいわれる抗原への闘い方を教え、武器を与える。ただ、胸腺は20歳を過ぎると、なくなってしまう。つまり、20歳までに免疫力は鍛えられるのである。


 さらにボス細胞といって、体内に入ってきた細菌やウイルスと戦う免疫システムに命令したり、戦い方を教える細胞がある。


免疫ががんから守る

樹状細胞が司令塔になる

 ボス細胞は皮膚の表面に多くある樹状細胞からつくられる。がんのワクチン療法はボス細胞を体外で培養し、増殖させて体内に戻し、がんを制圧する療法で、「自分の細胞から薬(バクセル)をつくるので、全く副作用がない」と矢﨑は自慢する。


 テラでは、「バクセル」というボス細胞を増殖させた薬の開発手法を考案、がん患者に投入している。これまでに9000症例を実施し、契約医療機関は国内だけでも37カ所にのぼる。これだけのワクチン療法を実施した医療機関は世界でも珍しい。



米国の教授スタインマンが発見

 がんのワクチン療法の原理はノーベル賞を受賞した米人のロックフェラー大学教授ラルフ・スタインマンが開発した。1973年にボス細胞を発見し、正式に樹状細胞と名付けた。その功績で2011年にノーベル賞を受賞した。


 この発見・研究によって、ボス細胞ががん細胞を抑える司令官の役割をしていることが分かった。そして、1990年代に樹状細胞療法は実際に臨床応用され、2010年にアメリカで承認された。スタインマンの功績である。


 ところが、スタインマンは実はノーベル授賞発表の3日前に亡くなっていた。ノーベル賞は故人には授与しないという規定があるが、授賞決定時に選考委員はスタインマンの死亡を知らなかったこともあり、異例の受賞となった。


 スタインマンは2007年に膵臓(すいぞう)がんに侵され、リンパ節まで転移していたという。通常、膵臓がんは見つかった場合、1年以内の生存率だと言われているが、スタインマンはワクチン療法を自らに施し、4年強も生存した。


 スタインマンは授賞発表前に死亡、4年間のがんワクチン療法による闘病などで話題を呼んだ。iPS細胞で日本の京大教授山中伸弥が2012年に受賞する1年前に劇的に受賞した。がんワクチン療法はそんなエピソードを持つ療法である。



当初は外科医からスタート

 矢﨑がワクチン療法にたどりつくまでには、紆余曲折があった。まず、矢﨑は大学卒業後は外科医としてスタートした。外科医生活は充実していたが、「もっと、医者として多くの人を救いたい」と思い、外科医を辞め、放浪の旅に出た。尊敬する叔父夫婦をがんで失なったことも大きな理由だ。


 イギリス、フランス、スペイン、ハンガリー、チェコなどヨーロッパを半年間ほど回った。一冊の本『ゲノム』を持って。その時、漠然とではあるが、バイオテクノロジー(生命工学)が矢﨑の満たされない気持ちを解決してくれると思ったのであろう。


 帰国して、東京・八王子の書店で、運命の雑誌に出会った。『バイオベンチャー ゲノムの最前線』だ。「これだ!」と思った。その雑誌を購入し、近くの電話ボックスに飛び込んだ。最初に書かれていたバイオベンチャーに電話を掛け、こう叫んだ。「給料はいらないので、とにかく働かせてほしい」


 その後、東大医科学研究所で、樹状細胞のことを知った。ところが、東大医科学研究所はある事情で樹状細胞の研究をやめるという。「それでは僕が引き継ぎます」と言ったのがテラ設立の始まり。2004年のことである。


 はじめはがん患者からがん細胞を取り出し、それに合った樹状細胞を培養し、再び体内に戻していたが、患者が手術を嫌がり、ワクチン療法の課題となっていた。徳島大学で岡本正人という講師が口腔がんに樹状細胞を直接注射していることを知り、岡本と連絡を取った。


 しかし、口腔がんは外から見えるが、胃がんや膵臓がんは体内にあり、外から見られない。どうしても、手術をしてがん細胞を取り出さなければならない。矢﨑たちはまた、壁にぶつかった。


 ところが、岡本は顔が広く、大阪大学ががん細胞を人工的につくる技術を持っているという情報をキャッチした。これで手術なしでがん細胞をつくり、がん細胞を攻撃する樹状細胞を培養することが出来るようになった。


 しかし、大阪大学の技術を独占的に使わないと、ビジネスとしては成り立たない。「独占的に使わせてほしい」と頼み込んだが、大阪大学は「独占的には難しいのではないか」と首を縦に振らない。三顧の礼でもって、やっと独占使用が実現した。


 「バクセル」の開発にも苦労した。「バクセル」はがん細胞を攻撃する戦闘モードの樹状細胞にしなくてはならない。これを専門的にはTh1反応をもった樹状細胞という。テラの「バクセル」はTh1反応を持った樹状細胞なのである。これで技術的な面は一応クリアした。


当初は外科医からスタート

資金集めに苦労する

 しかし、解決しなければならない難題がもう一つあった。資金の問題である。矢﨑たちは「技術面が解決すれば、カネはすぐ集まるだろう」と考えていたが、甘かった。篤志家にいくら説明しても理解してくれない。


 幸運なことに、2004年4月に東京大学エッジキャピタルというベンチャーキャピタル(VC)が設立された。このVCが1億円出してくれるという。このVCも設立したばかりで、実績がほしいところだった。そこへ、テラの案件が飛び込んできたのである。出資比率は40%だった。


 1号目の医療機関のクリーンルームに1億円を使った。そこでもう1億円追加出資をしてもらった。その時は株価を引き下げられ、「私の首も危なくなった」と矢﨑は振り返る。とにかく、創業時はカネに困った。


 ある時、社員の結婚式があって、式場までの交通費はなんとか工面したが、祝い金がない。仕方がないので、社員の奥さんから借りて祝い金を出した。「今、会社の経費で新幹線代が払えるようになった」と矢﨑は笑う。



2020年に年商150億円

 テラを設立して、11年。2009年3月にはジャスダックに上場した。2014年は18億6500万円の売上げだが、「2020年には150億円の売上げを目指す」と矢﨑は胸を張る。


 がんは2人に1人がなり、年間36万人強ががんで死亡している。テラが将来、手がける再生医療や細胞医療などは2020年には国内1900億円、世界で2.1兆円の市場になると予測されている。テラが2020年に150億円を売り上げるというのは決して無理なことではない。


 市場拡大に伴なって企業グループづくりにも力を入れている。2014年1月にテラファーマ(医薬品事業)を設立したのを皮切りに、オールジーン(ゲノム診断支援事業、2014年2月)、テラ少額短期保険(保険事業、2014年8月)など子会社を矢継ぎ早に設立した。


 テラの保険会社は「最先端のがん治療を、もっと身近に、もっと手軽に」という視点から考えたもの。例えば、40歳未満の男性であれば、月500円を切る保険料で最先端のがん治療が受けられる。また、70 代女性でも、1日あたり約100円で同様の保障を得られるという。


 がん治療には、手術、抗がん剤、放射線療法などがあるが、「これにワクチン療法を加えて、がんを制圧したい」と矢﨑は強調する。


2020年に年商150億円

バクセルに続く薬を開発

 売上げ150億円を達成するためには、乗り越えなければならない課題がいくつかある。まず、第1はワクチン療法の価格を下げること。現在、ワクチン療法を施すには170万円?230万円かかる。健康保険が効かないので、高額の自由診療となっている。


 2012年に山中がノーベル賞を受賞してから、再生医療への関心が高まり、2014年に再生医療に関する法律が出来た。テラは2015年にバクセルの薬事申請まで持って行き、早くて2018年?2020年の間に認めてもらうスケジュールを考えている。膵臓がんの治験データを出して、まず、膵臓がんを認めてもらう。


 第2は「バクセル」に続く薬の開発。たとえば、花粉症。これは一種の免疫の過敏反応だから、樹状細胞に免疫を抑えることを教えておけば、花粉症を直すことが出来るはずだ。「この薬も開発したい」と矢﨑は意気込む。



知名度を上げる

 その際は大手製薬会社との提携も考えている。新薬の開発・製造はテラで手がけ、販売を大手製薬会社に任せることもありそうだ。


 第3はがん患者の獲得。毎年36万人強ががんで亡くなり、年々増えているので、ワクチン療法の存在を知ってもらえば、獲得数は増えるはず。ところが、医者の大半がワクチン療法を知らない。知名度を上げることが必要だ。以前、ある週刊誌にワクチン療法の記事を出したところ、それなりの効果があった。地道に知名度を上げる努力が必要だ。


 第4は先制医療への取り組み。予防医学で、がんにならないように生活習慣を変える。がんにならないためには、免疫を強化しておく。矢﨑は『免疫力をあなどるな!』という本も執筆した。


 免疫強化にはスポーツより食生活が役立つ。がんになりにくい食品はいろいろあるが、矢﨑は「納豆キムチなんかは最適」という。


 免疫細胞の70パーセントは腸内に生息するといわれており、規則正しい食生活が基本となる。「腹八分目」という昔からの言い伝えは理にかなっているのである。


 第5は海外事業。ワクチン療法は始まったばかりで、医者の大半も知らない。そうした中で、テラは9000症例を持ち、契約医療機関は37カ所にのぼる。日本はアメリカとともに「がんのワクチン療法」の先進国だ。


 海外の医療機関もテラのワクチン療法に注目しており、アジアの国々から問い合わせが殺到している。「海外の医療機関へのバクセル提供も考えて行く」と矢﨑は海外進出に積極姿勢を見せる。



チャレンジできる医療人

 今、テラの人員は46名(2014年12月末)、2020年に売上げを150億円にするには、300名態勢に持って行かなければならない。人材育成も重要になって来る。


 同社では、「TELLA」の頭文字を取って、「Teamwork、Evolution、Leadership、Love、Action」の5つの要素を社員に教え込んでいる。中でも重要視しているのがベンチャースピリットで、「チャレンジ出来る医療人になってもらいたい」(矢﨑)という。


 テラの業績が落ちた時、普通なら事業を縮小して建て直すのだが、矢﨑は逆に事業を拡大して苦境を脱した。チャレンジ精神が旺盛なのだ。


 日本の医療業界は古い体質がはびこり、岩盤規制が最も強固なところ。その中でテラが新しいワクチン療法を定着させ、未来の再生医療にどうつなげて行くか、注目したい。



コメントをシェア

骨太対談
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top