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2015年07月27日

自著を語る「新・日本経済入門」/千葉商科大学名誉教授 三橋規宏

企業家倶楽部2015年8月号 緑の地平 vol.25


肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。

Profile

三橋規宏(みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授

1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。



累積70 万部を超えるロングセラーの続編

 本書は「ゼミナール日本経済入門」(日本経済新聞出版社)を全面刷新して書き上げた新刊本だが、著者の気持ちとしては、前回25版の後続本として位置付けている。

「ゼミナール日本経済入門」は85年が初版である。この年の日経・経済図書文化賞を受賞した。それから数えて今年で30年目に当たる。この間、改訂を重ね12年4月に25版を出版した。学生、新入社員、さらに多くのビジネス人の教科書、テキストとして愛読され、累積70万部を超える異例のロングセラーになった。本書を読んで社会に巣立った学生数は30万人を超える。 

 初版を出版した当時は、バブル景気の助走期にあたり、日本経済は元気に満ち溢れていた。90年以降も高い成長が続くと楽観していたが、期待は見事に裏切られてしまった。デフレに足をとられ、名目成長率ゼロの「失われた20年」を経て、今日に至っている。

 
 90年代までの改訂版では、長引く不況もこれまでの延長線上の政策でなんとか克服できると考えていた。2000年代に入ると、さすがに日本経済の異常さに危機感を抱くようになった。高度成長期に切れ味のよかった不況対策(財政拡大と金利引き下げの同時実施)の限界を指摘し、規制緩和など行財政改革の重要性を指摘するなど改訂版の力点の置き方も変えてきた。それでも決定的な問題点の指摘は不十分で、正直のところ隔靴掻痒の感があった。新規に追加すべき政策提案も少なくなったため、改訂版の頻度も毎年ではなく、最近5、6年は2年に一度と間隔を広げた。

 
 11年3月11 日に東日本大震災が発生、それに伴って深刻な原発事故が起り、リーマンショックから立ち上がりかけていた日本経済を直撃した。25版は大震災と原発事故が経済に与える影響分析に力を入れた。

 それから3年近くが過ぎたが、デフレは克服できず、景気の低迷は続いたままだ。12年12月に政権を獲得した自民党の安倍晋三首相はデフレ脱却を目指して、3本の矢を柱とする総合経済政策を打ち出した。そのアベノミクスも誕生から2年半近くが経過した。

 
 26版を出すタイミングが巡ってきた。この間共著者3人も満を持して日本経済の分析に取り組んできた。26版はこれまでの25版までと違って、多くの新しい視点を盛り込む必要がでてきた。この際思い切って全面書き下ろしにし、旧版の2色刷、2段組みページを廃止し、新刊本として読みやすさに工夫をした。

 本書には旧版同様、最新の統計情報が満載されているが、旧版に欠けていたいくつかの新しい視点、課題の摘出、「これからの日本」が目指すべき方向について試論を提起した。



戦後70年を踏まえた日本経済の今を分析

 本書の第一の特徴は、戦後70年を踏まえた「日本経済の今」を分析することに力をいれたことだ。旧版は数年に一度の改定だったため、数年先の短期展望に比重を置き、長期的視点から日本経済の今を分析する視点が欠けていた。今年が戦後70年、初版から30 年目という節目の年に重なったことを好機として、戦後日本の経済発展を振り返り、日本経済の今を徹底的に分析した。分析に当たっては、日本経済を高度成長期に代表される「明の時代」と90年代に入り突然デフレに足をとられ低迷してしまった「暗の時代」に二分し、なぜ「明の時代」から「暗の時代」に転落してしまったかを考えた。70年の歳月は人間の一生にも擬せられる。人が誕生し、子供、成人、熟年と年を経る過程で様々な変化に見舞われる。この変化に柔軟に対応できる者が生き延び、できなかった者は落後し、消えていく。経済も同様だ。時代は刻々と変化しており、新しい変化に対応できないと経済は停滞し衰退してしまう。

「明の時代」から「暗の時代」へ転落してしまった最大の原因は、日本が成熟社会へ向かっているのに、高度成長時代の制度や法律、さらに問題意識が温存され、新しい産業の育成を怠ってしまったこと、財政・金融政策も財政を増やし、金利を引き下げれば不況は簡単に克服できると思い込み、新しい時代へ向けた制度改革や構造改革に取り組んでこなかったことなどが挙げられる。



アベノミクスの評価と課題


 第二は、アベノミクスの評価と課題に取り組んだことだ。デフレ脱却のため、アベノミクスは3本の矢を掲げている。第一の矢は大胆な金融緩和、第二の矢は機動的な財政政策、第三の矢が成長戦略だ。この三つの矢を総合的に展開することで経済回復を目指す政策であり、方向は正しい。しかし三つの矢のうちもっとも重要とされる第三の矢を実施するためは、様々な規制に守られてきた既得権益を排除しなければならない。だが既得権益グループは、選挙を通し、それぞれの支持政党と密接な関係を維持している。このため、政治と既得権益グループが妥協し、成長戦略が腰折れしてしまう懸念も大きい。本書の各章では、執筆時点での「アベノミクスの評価と課題」をコラムとして取り上げている。



ICT革命に活路

 第三の特徴は、これから50年へ向けて日本の将来を展望し、必要な対策、考え方を提案したことである。これからの日本を考えると、難問が山積している。少子高齢化を伴う急激な人口減少、危機的な財政赤字、産業、特に製造業の空洞化、原発事故の後遺症、資源、環境制約など数え上げれば切りがない。これらの難問に対し、「明の時代」の発想で対応しようとすれば、前途は絶望的である。人口減少によって2030年前後をピークに日本のGDPは縮小に向かい、30?50年の年率経済成長率はマイナスに転ずる。50年の日本は老人が4割近くに達し、人口は1億人を割り込んでしまう。衰退した日本の姿がそこにある。

 だが、私たちが「時代が変わったので、自分も変わった方がお得」という考え方に価値観を転換させ、時代の変化を積極的に受け止めれば、全く違う世界が見えてくる。「明の時代」の経済政策はいかに成長率を高めるかに比重が置かれていた。しかしこれからは、いかに生活水準を高め、維持するかに目標を切り替えていかなくてはならない。経済成長率はマイナスになっても、生活水準を高め、維持することは可能である。具体的には生活水準を示す指標である一人当たりGDPを低下させず、引き上げることを経済政策の中心に据えるべきである。

 そのための秘密兵器がICT(情報通信技術)である。ICTが引き起こす経済・社会変革がICT革命である。ICT革命がいかに人口減少という禍を福に転じさせることができるかは、誌面の関係で説明を省略するが、関心のある向きはぜひ本書の終章、「日本の選択」をご覧いただきたい。全体として読み応えのある内容になったと自賛している。



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