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トピックス -企業家倶楽部

2015年08月19日

独創性と技術開発力でトップをひた走る/島精機製作所の強さの秘密

企業家倶楽部2015年8月号 島精機製作所特集第2部


編機の世界シェア6割を誇る島精機製作所。その裏には、半世紀以上に亘って連綿と続いて来た同社の歴史があった。本社と工場の双方を地元和歌山に置き、製品の75%を内製化。一極集中により圧倒的なスピード感で改善を続ける同社は、独創的な発想から世界を驚かせる製品を生み出している。経営理念「EVER ONWARD(限りなき前進)」の下、挑戦を重ねる島精機の強さの秘密に迫る。(文中敬称略)

肩書き、プロフィール、会社概要は掲載当時のものです。



強さの秘密1 商品力

洋服の3Dプリンター

 シャー、カッシャン。心地よい一定のリズムを刻みながら、魔法さながらに糸を編んでいく。それに合わせて、下からは編まれたニットの洋服が徐々にその姿を現す。MACH2XS123。島精機製作所が開発するホールガーメント横編機の最新モデルだ。


 秒間1.6メートルという最高編成速度は他社の追随を許さない。まさに「MACH(マッハ)」の名に相応しい速度で糸を繰るこの機械は、シンプルなセーターならば1着わずか20分で仕上げてしまうというから驚きだ。

 洋服を制作する場合、通常は前と後ろ、そして左右の袖を別々に作り、それらを縫い合わせることで一つの商品を完成させる。しかし、島精機のホールガーメント横編機に糸を設置し、電源を入れれば、一切縫い目の無い製品が自動で出来上がる。

 言わば、洋服の3Dプリンターのようなもの。縫い目を持たないため、丈夫で長持ちする上、美しいシルエットが表現できることでデザイナーからも大好評だ。

 縫い合わせて作る方法では、どうしてもカットロスが生じて1着あたり布地の約30%は捨てざるを得なかったが、ホールガーメントによって編まれたセーターにそうした無駄は皆無。年間9000トンも消費される糸の45%はアパレル業界によって使用されているというから、環境負荷の軽減に貢献する上で本製品の意義は大きい。

世界シェア6割を誇る

 島精機の編機は、世界シェアにして6割を誇る。ファーストリテイリングが展開するユニクロやMUJIの名が世界的に知れ渡っている良品計画の手掛けるファストファッションから、エルメス、プラダ、グッチといったヨーロッパの高級ブランドまで、顧客層は幅広い。きっと多くの人が、それと知らずに島精機の横編機で編まれた洋服を着ているはずだ。

 ホールガーメント横編機で編まれた洋服は編み目が細かいので埃が付着しにくいことから、宇宙飛行士の土井隆雄、山崎直子が着用する船内活動着にも採用された程である。

 円高のあおりを受けて一時減速したものの、景気の戻りに合わせて業績も復活。2015年3月期の売り上げは483億5400万円、経常利益84億7000万円と好調だ。



強さの秘密2 開発力

手袋編機から始まった

 今でこそ島精機の代名詞となったホールガーメント横編機だが、もちろん一朝一夕で完成したわけではない。そこまでには半世紀以上にわたる島精機の歴史が積み上げられている。

 同社の原点となったのは、社長の島正博が生み出した手袋編機である。

「母が内職をする時の負担を少しでも軽くしたい!」

 このわずか16歳の孝行息子が自力で作り上げたのが、「二重環かがりミシン」。当時、軍手は別々に編まれた甲と手首を熟練の技で繋ぎ合わせねばならなかったが、この機械は甲と手首の部分をセットするだけで自動的に編んでくれるという代物であった。

「器用貧乏では研究開発費がかさんで良くない。発明の焦点を絞りなさい」

 島の持つ天賦の才を見出した恩師からの助言を素直に聞き入れた発明少年。この頃より、「緩みにくいボルト」から「冷めにくい弁当箱」まで、分野に囚われず次々と「新製品」を世に送り出していたが、最終的には一番自信を持っていた編機の世界に身を投じることを決意した。

 そんな中で開発したのが、ゴム入り安全手袋の編機である。当時の作業用手袋は、手首の部分の編み目を少なくすることで抜けにくい構造を作っていた。しかし、手袋ごと機械に引きずり込まれた作業員が、指や手を無くすどころか、命まで落としてしまう重大事故も発生していた。

 島はこの問題を、手首の部分にゴムを入れることで解決しようと思い立ち、これが1964年の全自動手袋編機(角型)開発へと結び付いていく。たった2分15 秒でゴム入り作業手袋を吐き出すこの新作は、翌年の展示会で衝撃を呼び、大量注文に至って島精機飛躍の足掛かりとなった。

 ちなみに、現在売り出されている最新型の手袋編機が一つの手袋を編むのにかかる時間は約1分半。より早く、より高品質に。島精機が絶え間なく進化し続けていることが伺い知れよう。

世界初・世界一を量産

 創業期の慌ただしさから、企業として軌道に乗ってきた島精機。しかし、島の心が休まることはなかった。

「手袋編機だけでは市場規模が小さく、一商品が当たったところでたかが知れている」

 新しい収益の柱を立てなければ、いずれ業績が落ち込むと考えた島が、対策として考案したのが、ニット製品を生産する横編機の開発であった。

 これまで作ってきた手袋編機とは、編機ということ以外に何の関連性も無いように思えるが、そこが島の発想の柔軟なところ。手袋の真ん中3本の指を合わせ、かつ指を下に向けてみて欲しい。親指と小指が袖となって、洋服に見えるだろう。島は、これまでの自社技術が横編機に応用できることを確信していた。

 海外メーカーとの激戦は必至だが、島はこの巨大市場を取りに行くことを決断。ノウハウも無い中、世界初に挑戦していくこととなる。67年には全自動フルファッション衿編機(FAC)を開発。以降、1年ごとに次々と新商品を投入していく。世界初のオンパレード、まさに快進撃である。

「東洋のマジックだ!」

 95年に開かれた国際繊維機械見本市(ITMA)の会場、島精機のブースは、世界中の人々が上げる歓喜の声に包まれた。同社は、「繊維業界のオリンピック」とも言うべき4年に1度のこのイベントに、満を持して世界初の完全無縫製型コンピュータ横編機(SWG)を投入。この機械は上に糸を取り付けるだけで、数十分もあればニット製品を編み上げてしまう。目の前で編まれていくセーターを見せつけられた来場者が度肝を抜かれたのも無理は無い。

 無論、その後も同社は改良に改良を重ね、現在に至る。ここで紹介した製品群はほんの一部に過ぎず、島精機の開発した「世界初」「世界一」は数えきれないほど多い。和歌山市にあるフュージョンミュージアムに、島精機の歴史と共に発展してきた製品の現物が置いてあるので、是非足を運んで欲しい。

毛を3本加えろ

 さて、こうした島精機の成長を支えてきたのは、同社の開発力に他ならない。その礎を築いたのは、やはり社長の島本人だろう。

「今日はずいぶん熱心だったじゃないか」

 ある商工会議所の懇談会でのこと。県の予算について議論が交わされ、いつになく真剣な表情をしていた島に、会頭から声が掛かった。さぞかし有意義な会だったのだろうとメモをチラリ。だが、そこにびっしり描かれていたのは針のイラストなど編機に関する設計図であった」

「良い発明を思い付くと描かずにはいられません。この図は …」

 無邪気に説明にかかる島をたしなめる言葉を、会頭は見つけられなかった。

 その発想力の秘訣を聞くと、「常にアンテナを張っているからだろう」と社員一同口を揃える。エジソンの名言通り「天才は1%のひらめきと99%の努力」といったところだろうか。何事にも興味を持ち、観察しているからこそ、ここぞという時に良いアイデアが浮かぶのかもしれない。

 そんな島の精神を受け継ぎ、開発に勤しむ後進の社員たちがいつも言われるのは「毛を3本加えて開発せよ」との言葉。昔から「猿は人間と比べ毛が3本足りない」と言い、「猿真似ではなく、少しでも進歩を見せよ」という意が込められているらしい。

「もっとも、最近では毛を50本も60本も追加しなければ満足してもらえませんけどね」と笑うのは常務の和田隆。他社の追随を許さない島精機だが、まさに「己に克つ」精神でまだ見ぬ未来の製品へと向かう。

 前述した世界最速のホールガーメント横編機MACH2XS123の誕生も、このように全社を挙げた努力の賜物なのである。


強さの秘密2 開発力

強さの秘密3 技術力

歴史的発明が最新機種を支える

 シンプルなセーターならば、1着約20分。最新機種MACH2XS123の神業とも言うべきスピードを現出しているのが、スライドニードルと4枚ベッド構造という独自技術である。

 1849年の発明以来、150年以上に渡ってニット編機に使用されてきたのはラッチニードル(ベラ針)であった。これによってイギリスはニット製品大国へとのし上がったわけだが、島精機はこの編み針を根本的に見直し、新たなスライドニードルを開発した。

 針の開閉によって糸を繰るラッチニードルに対し、スライドニードルは2枚組のスライダー機構の片方が華麗に滑ることで、針に掛かっている糸を別の針に移す作業を容易にし、複雑な編成を可能とした。

 また、針と針の間に位置するコントラシンカーと呼ばれる部分がせり上がることで、針の動きを最小限にとどめることができるため、糸への負担が軽減され、糸切れを防ぐ。これにより使用可能な糸の幅も広がり、編むことのできる洋服の種類が増加した。

 そのスライドニードルを備えた鉄の板であるニードルベッドを4枚搭載しているのもMACH2XS123の画期的な部分だ。従来、ニードルベッドは2枚と相場が決まっていたが、島精機はこれを4枚にした。当然その分、複雑な動きが求められるが、しっかりとコンピュータ制御された3000本もの編み針が、指令された通り服を立体的に編んでいく。

 スライドニードルと4枚ベッド構造を組み合わせることでもたらされたのは、生産効率の向上だけではない。従来の36通りから144通りまで編成のバリエーションが広がり、多種多様なニット製品を容易に編み出すことができるようになったのである。

 これらがどれほど歴史的な発明かは、ソニー、東レ、東芝といった日本の誇る企業が受賞している大河内記念生産特賞の授賞理由となっていることでも分かる。この横編機にかかれば、通常のニット製品はもちろん、ウェーブのかかったスカートや繊細さが必要とされるレース製品もお手の物。世界の名だたる企業が欲しがるのも頷ける。



強さの秘密4 自前主義

メイド・イン・ワカヤマ

 独自技術で業界を独走する島精機。製造業の例に漏れず、中国や東南アジアに工場を持って生産を行っているのかと思いきや大間違い。和歌山にある本社の真下に広がる工場群で、製品の75%を内製している。

 確かに、新興国に工場を置いて生産した方が、安い労働コストによって安価な商品を提供でき、価格競争力で他社より優位に立てるかもしれない。しかしそれでは、島精機の求める高品質でスピード感溢れる開発を実現できないのだ。

 研究開発から製造に至るまでを和歌山本社に集中させることで、一気通貫した生産が行えるのはもちろん、本社内で挙がった改善案や意思決定が圧倒的な速度で製作現場に共有されるため、それを受けてすぐに次の行動へと移ることが可能となっている。円高が進行した際には、海外生産を行うべきではないかとの意見も出たが、島はこれを退け、信念を貫いた。

 中国のメーカーが島精機の製品を分解してコピーし、安価な商品として市場に投入してきているが、部品一つひとつの練度・精度は島精機のものに遠く及ばない。これも、国内生産を徹底することで、技術流出のリスクが回避されている証左である。

「ネジ一つとっても、出来上がった品を従業員が全て手作業で水洗いして仕分ける。まさに職人技ですね」

 こう感嘆するのは社外監査役を務める弁護士の的場悠紀。確かに工場内を見回すと、従業員が製品の一つひとつを自分の手で丁寧に組み立てている様子が伺える。

 技術は人。国内で生産を行っている以上、これを海外勢が真似するのは至難だろう。このように丹精込めて作られた島精機の製品は丈夫で長持ち。その上、サポート体制もしっかりしているとなれば、軍配が上がるのは当然だ。

 特に中国では、近年の経済成長と共に人件費が徐々につり上がり、あちらで作るメリットは無くなりつつある。しかし、仮にそうした事情が無かったにせよ、同社は単なる安売りを求めない。島精機では、価格はクライアントの利益を考えて決定する。製品が高品質でクライアントが儲かれば、必ずリピーターとなり、それが大局的な利益に繋がることを、身をもって知っているのだ。


強さの秘密4 自前主義

強さの秘密5 革新力

2.5次産業を提唱

 前述した大河内記念生産特賞だが、スライドニードルと4枚ベッド機構の他に授賞理由として挙げられているのが、コンピュータ制御システムとデザインシステムの開発である。

 町工場から始まった島精機は、脇目も振らず製造業一筋と思われるかもしれないが、島正博の視野はそんなに狭くない。むしろ彼は、誰もがコンピュータの可能性を侮っていた早い時期から「2.5次産業」を提唱し、モノづくりとソフトウェアが融合する可能性を指摘していた。

 言うだけでなく行動するのが島精機流。77年には業務のシステム化のためにコンピュータを導入すると、翌78年にはシマトロニックジャカードコンピュータ制御横編機(SNC)を開発している。

 当時はその社会的意義が理解されず、業界誌も「コンピュータ編機の需要はじきに終息する」という予測を立てた程であったが、その読みは大きく外れて時代はコンピュータ化の波へと飲まれていった。今や横編機は、USBメモリ内に服の設計図を入れて接続すれば、その通りに自動で編むところまで進化している。

NASAからの買い物

 コンピュータ横編機と同時に必要となったのが、デザインシステムだ。編機のコンピュータ化も驚きだが、島精機はなんと自社でデザインシステム自体を構築してしまった。

 パソコン本体に島精機のロゴを冠した最新のデザインシステム「SDSーONE APEX3」は、3Dバーチャルシミュレーションに対応し、画面上であたかも人間に洋服を着せているかのような体験をすることができる。

 これまでは、新しい洋服を作る際、デザイナーにわざわざ制作した試作品の現物を送り、色や柄のイメージに相違があれば最初から組み直さねばならなかった。その点このシステムを使えば、色や柄はもちろん、デザイン、糸の種類、シルエットといったシミュレーションまで自由自在。デザイナーにはデータ上で見てもらえば済むので、やり取りが飛躍的に楽になり、時間や原材料といった経営資源が節約できるようになった。

 このシステムも、やはり島が目を付けたグラフィックボードが原点となっている。画像処理を行うこの装置は、元々米国航空宇宙局(NASA)が土星のアニメーションを再現するために使用していたもの。79年当時、1500万円もする代物であったが、島は即断で購入を決めた。

「技術者に他の荷物を捨てさせ、ボードだけ確実に持ってくるよう指示した時は、頭がおかしくなったのかと思われた」と苦笑する島だが、まだコンピュータグラフィックス(CG)という言葉が全く普及していなかった頃であり、編機を作る会社が何を始めようとしているのかと訝しがられたのも無理はあるまい。

 実は、この装置にはもう一ついわくがある。NASAから払い下げられた3枚のボードのうちの1枚に島と共に手を挙げたのが、アップルの創業者スティーブ・ジョブズであった。彼が後にCGを利用したアニメーション映画で有名なピクサーを立ち上げ、そこから『トイ・ストーリー』が生まれることを考えれば、島の先見の明とこの装置の歴史的意義がお分かりいただけるだろう。



強さの秘密6 企業家精神

限りなき前進

「無知は平和の敵。だが、知って聞いてやらぬは極悪人!」が島の口癖。挑戦した結果としての失敗は許される。しかし、最初から諦めるのは御法度で、「できません」は全社を通して禁句事項。島精機の従業員に社風を問うと、誰もが口を揃えてこう答える。社長の島がやると決めたら、その達成のために全力を尽くす覚悟が、ひしひしと伝わって来た。

 この根っからの発明家は「無いものは自ら作り出す」と豪語して憚らない。そして、実際に世界初の製品を世に送り出してきた。

 この精神を受け継ぐべき新入社員が、毎年約30名入社する。彼らには、開発支援ソフトCADなどコンピュータ化が進んだ今でも、まずは手で図面を書かせるという。1200名いる従業員中、3分の1は島の母校である和歌山工業高校出身者が占める。彼らは言わば、社長直系の後輩。「高卒上がりの技術者は、出来ない理由を考える前に体を動かすので社風に合っている」と島は笑う。

 ただ、50年前は小さな町工場であった島精機も、今や東証一部上場、和歌山の誇る大企業だ。安定を求めて入社してくる社員がいないと言えば嘘になる。しかし、島はそうした後進たちにも語りかけ、愛情を注ぐ。

 大勢の社員を前にした訓示は「話が水割りになってしまう」から好きではないと言う島。「お金を愛すな、仕事を愛せ」。自ら業務フロアに降りて、社員一人ひとりと語り合う。 彼ら、島精機魂に火を灯した社員たちが、経営理念「EVER ONWARD(限りなき前進)」の名の下、これからも世界を驚かせる製品を生み出し続けていくだろう。



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