トピックス -企業家倶楽部

2015年09月24日

「乾坤一擲」、日経が英FTを買収、米WSJに日英連合で挑む/梅上零史

企業家倶楽部2015年10月号 グローバル・ウォッチ


日本経済新聞が英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を買収するというニュースが7月23 日夜、世界を駆け巡った。グローバルな英字経済紙としてアジアでも強い米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に日英連合で挑む。日本企業に海外メディアを経営できるのかという不安もあるが、世界のメディア再編史に日経の名を刻む“ 快挙”に国内外で波紋が広がった。



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梅上零史(うめがみ れいじ)

大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、コンテンツビジネスの動向などを追いかけている。株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。




「経済メディア世界最大」。24日付けの日経朝刊は横見出しの一面トップで自社のFT買収を伝えた。新聞発行部数は日経(273・9万部)がFTの22・5万部を加えて「WSJ(146・3万部)の2倍強」。電子版も有料会員数で日経(43万人)とFT(50・4万人)の合計でWSJ(73・4万人)を20万人上回り、「米ニューヨーク・タイムズ(91万人)を抜いて世界トップになる」という。

 言語も内容も異なる商品の部数を合算することにどれほどの意味があるのか分からないが、朝日新聞も一面トップ、読売新聞や毎日新聞、WSJなども一面で報じており、客観的に見て「日経、FT買収」はメディア業界にとって歴史的なニュースだった。ユーザーベース(東京・渋谷)が運営するネット媒体「ニューズピックス」はニュースに著名人のコメントが付くのが特徴だが、「すごい買収!」「素晴らしい!」「非上場企業だからこそ可能だった思い切った戦略」などのおおむね評価するコメントが並んだ。

 FTと同じ英出版大手ピアソン傘下にある週刊誌「エコノミスト」も「驚きの買収」と伝えたが、「世界最大」の経済紙が誕生することではなく、世界ではほとんど知られていない日本のドメスティックな会社が、より知名度のあるFTを買ってしまうことに驚いたようだ。立場が入れ替わったような買収劇に、日本でも快感を感じる人が多かったのではないか。

 7月21日の時点で「米ピアソン、FT売却検討」と米通信社ブルームバーグが報じた時に具体的に名前が上がっていた買い手は、ドイツ語の一般紙「ディー・ヴェルト」を発刊する独アクセル・シュプリンガーのみ。「アジアの投資家が関心を示す可能性がある」と伝えたが、FT自体も発表直前までアクセル・シュプリンガーが有力と報じていた。土壇場で買い手が日経に変わったことで驚愕度が増したこともある。

 規模的に日経が買い手になることに違和感はない。2014年の売上高は日経が3006億円でFT(3・34億ポンド=約630億円)の5倍弱、営業利益は日経が168億円でFT(2400万ポンド=約45億円)の3倍強だ。発行部数でも電子版を入れて4倍も大きい。知名度の低い日経だが、今回の買収報道で世界的にその知名度を高めたことは間違いない。日経平均という株価指数としては有名だったが、新聞が主体の会社でしかもFTの4倍の規模もあることが欧米に知られたとすれば、かなりの広告効果があったと思われる。




 さらに議論を呼んだのが8億4400万ポンド(約1600億円)という買収金額。FTの直近の営業利益の35 年分、過去5年間の平均では25年分だ。純利益ならもっと年数がかかるだろう。だが高いかどうかの判断は難しい。仮に将来FTを購入時と同じポンド建て価格で日経が売却することになって、その時に現在よりも円安が進んでいれば、円建ての売却金額が1600億円を上回ることもあり得る。円高になっていればその逆だが。

 FTの報道によればアクセル・シュプリンガーは7.5億ポンド(1420億円)を提示していたというから、土壇場で逆転するにはそれなりの金額を上積みしなければならなかったのだろう。投資利回りをどのぐらいと見ているか不明だが、FTを手に入れて歴史に名を刻むには180億円の上積みは経営陣にとって正当化できる額だったのではないか。日経は現預金が1092億円あり、純利益も昨年は103億円出ている。手持ちのキャッシュに5年分の稼ぎを足した金額と聞けば、まあ払えない額ではなさそうだ。

 日経社内では今回の買収話を聞いて「予算が削られるのではないか」「経費削減の圧力が高まるのでは」といった懸念も聞かれたという。日本企業の外国企業買収では日本企業が買収先を使いこなすというよりも、買収先から金づるとして見られて逆に振り回わされるという例が多い。コンテンツ系の買収では特にそうで、ソニーの米映画会社コロンビア・ピクチャーズ、松下電器産業(現パナソニック)の同MCA買収が思い浮かぶ。

 1600億円はピアソンに支払うお金であってFTに払うものではない。FTへの追加の投資が別途必要になる。記者会見で岡田直敏社長は「FTは今までデジタル戦略を進めてきましたが、自分たちがやりたい投資が十分できなかったという声も聞いています。FTへの積極的な投資、成長を支援していきたいと考えています」と語っている。ただでさえ社員の高齢化が進み、高コスト体質になっている。記者が銀座で飲み歩いた後にタクシーチケットを切って帰宅するなどという良き時代はとうの昔に過ぎ去った。

 日経編集局の中では「青目が上司になるのか」「会議は英語になるのか」「FTに出向させられるのでは」といった不安の声も出ているという。帝国ホテルで24日に開かれた記者会見では、日経がオーナーになることでFTの編集権の独立が脅かされるのではないかとの質問が出たが、買収する側の日経の社員はFTが日経の経営に及ぼす影響を心配しているのだ。

 実際「青目の上司」の例では電通がある。電通は2012年に世界広告5位の英イージス・グループの買収を発表し、翌年、買収に貢献した電通アメリカのCEO、ティム・アンドレー氏を外国人初の本体の取締役に昇格させた。イージス改め「電通イージス・ネットワーク」のトップも兼務して、電通の海外部門を取り仕切っている。ちなみに弁護士のスティーブン・ギブンズ氏によれば、この時の買収金額は3955億円でイージスの営業利益の過去5年平均の36倍だったという。

 日経の場合、2年ほど前から強化している英文媒体事業をFT出身者に任せるというシナリオがあり得るだろう。日経は2013年に「アジアによるアジア目線」という触れ込みで、国内情報主体の英字週刊紙日経ウイークリーなどを衣替えして「Nikkei Asian Review(NAR)」を創刊したが、いまだ鳴かず飛ばず。岡田社長は「NARを大きく育てたいと考えています。ブランド力があり、人材も豊富なFTと一緒になることで自分たちが思っていたよりも速くメディアを大きく育てられるというのが買収の狙いです」と会見で述べた。

 
 偶然だとは思うが、FT買収を伝えた24日付けの日経新聞「経済教室」に、マッキンゼー日本支社長を務めた平野正雄早大教授が「海外M&A㊦ 経営のグローバル化急げ」という論文を寄稿している。日本企業の海外M&Aについての一般的な指摘をしたものだが、非常に示唆に富む。

 いわく「買収すること自体が自己目的化して(中略)高額のプレミアムを正当化する傾向がある」「具体的な案件が出てきてから検討することも多い日本企業の買収は、場当たり的かつ乾坤一擲(けんこんいってき)なものになりがちだ」。買収が成功するためには「独自の技術・ノウハウや効率的なオペレーションなど、資金以外に買収先へ提供できる実質的な価値あるものの存在」が必要であるとも言う。

 成否はともかく先細りの日本市場にしがみつかず、成長が期待できる海外に打って出ることが生きる道、と日経は〝乾坤一擲?の勝負に出た。ピアソンはFTを58年間保有した。当時の決断が成功だったのか失敗だったのか、もはや議論することすら無意味だろう。日経も買収した時のことが忘却の彼方になるぐらいFTを保有し続けてほしい。「支配権は冒険に対する褒美だ(Masteryitself was the prize of theven ture)」(ウィンストン・チャーチル)。



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