トピックス -企業家倶楽部

2015年12月11日

原発でつまずいた東芝/千葉商科大学名誉教授 三橋規宏

企業家倶楽部2015年12月号 緑の地平 vol.27


三橋規宏(みつはし・ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。



特設注意市場銘柄転落の不名誉

 東芝が不適切会計で揺れている。同社は、2015年3月期の決算報告書を6月末に公表する予定だったが、不適切会計が明らかになったため8月31日に延期した。それでも間に合わず9月7日に再延期した。同社のような名門企業が再延期に追い込まれることは極めて異常なことである。

 7日発表の15年3月期の純損益は結局378億円の赤字となった。また不適切会計対象期間の09年3月期から14年4~12月期までの約7年間に2248億円の利益が水増しされていた、と発表した。記者会見した室町正志社長は今後の再建策を問われ「制約を設けず改革に取り組む」と言葉少なげに、苦渋の表情で語った。不適切会計は西田厚聰、その後を引き継いだ佐々木則夫、その後任の田中久雄の歴代3社長の下で続けられてきた。3社長は責任をとりすでに辞任している。

 今回の不適切会計を受けて、東京証券取引所と名古屋証券取引所は9月15日から東芝株を「特設注意市場銘柄」に指定した。特設注意市場銘柄とは、上場廃止まではいかないが、内部管理に問題がある銘柄であることを投資家に注意を促すもので、上場企業にとって極めて不名誉なことである。1年以内に管理体制の不備を改め、「内部管理体制確認書」を作成し、毎年取引所に提出しなければならない。確認書が不満足と判断されれば、最悪の場合、上場廃止に追い込まれることもありうる。

 なぜ、過去の決算で利益を水増しするような前代未聞の不祥事を引き起こしてしまったのか。この点については原因究明に当たった第三者委員会(委員長上田広一・元東京高検検事長)の調査報告が克明に解明している。



上意下達の企業体質に原因ありと第三者委員会が指摘

 それによると、利益の水増しや損失計上の先送りを指示した歴代3社長の発言が具体的に記載されている。たとえば、東芝では3社長の時代しばしば「チャレンジ」という言葉が使われてきた。チャレンジとは、一般的には目標を定めその目標に向かって出来るだけ頑張ろうという意味で使われる。達成できなくとも特に問題にはならない。だが東芝の場合は必達目標として使われてきた。一種のノルマである。目標達成のため「施策」を上司から求められる。施策とは目標を達成するための事業計画である。施策が提案できないと上司から激しく叱責される。

 不正を強要された現場は、不正と分かっていても、異論を唱えることができず、不適切会計に手を染めざるを得なかった東芝の企業風土に原因があったことも指摘されている。特に厳しい「上意下達」の企業風土が社内の自由闊達な議論を封じ、不正を防げなかったことが強調されている。その指摘は正しいだろう。

 だが、今回、粉飾会計にのめり込んでしまった真の原因は、経営トップが原発を成長事業と見なし、過大な投資に踏み切った経営判断ミスにあったことを見逃すべきではない。

 福島原発事故(2011年3月11日発生)の発生以前、経済産業省・資源エネルギー庁は「今世紀は原子力ルネサンスの時代になる」として原発時代の到来を煽った。2020年までに9基の原発を新設、30年までに14基以上の原発を新設し、電力発電量の50%以上を原発で賄うことが必要だと打ち上げた。この体制に移行することで経済成長、エネルギーの安全保障、地球温暖化対策の三つの目標が達成できるとして、同省・同エネルギー庁は10年6月に「エネルギー基本計画」を作成、その推進を産業界に呼びかけた。



原発への過大投資が粉飾会計の原因

 東芝、日立製作所、三菱重工の三大原子炉メーカーも呼応して原子力事業分野の強化に乗り出した。三大原子炉メーカーは米仏の有力原子力企業と技術、資本両面の提携強化を図り、世界市場で盤石の競争力を築き上げようとした。

 特に東芝は積極的だった。同社は06年10 月に米国の巨大原子炉メーカー、WH(ウエスチングハウス)の発行済株式の77%を54億ドル(当時の為替で約6600億円)で買収し、同社を子会社化した。当時、専門家の間では、ピークを過ぎたWHの市場価値は、最大その半分の3000億円、あるいはそれ以下と言われており、「東芝は高い買い物をした」とささやかれていた。買収当時の社長が西田厚聰氏だった。

 西田社長は08年5月に「2015年度までに33基の新規原発受注を見込む」と意気盛んだった。その後を継いだ佐々木則夫社長は原発事故発生直後の11年5月に「2015年度の原発の新規受注39基、売上高1兆円」を目標として打ち上げた。

 しかし、原発傾斜の西田路線は、08年9月のリーマンショック、11年3月の原発事故でもろくも破綻してしまった。事故発生後、国内の新規原発の受注はゼロ、近い将来も期待できない状態である。三大原子炉メーカーは天国から地獄に突き落とされたような状態に陥り、一気に経営が悪化した。特に巨額の投資をした東芝は深刻だった。原発事故後、佐々木社長がなお原発事業の将来を楽観視する発言をしていたことは、経営トップの判断として耳を疑いたくなる。


原発への過大投資が粉飾会計の原因

お荷物の原子力事業からの撤退が東芝再生のカギ

 東芝のような巨大企業の経営戦略は、監督官庁の情報を鵜呑みにせず、独自の情報収集、冷静な時代感覚、予想されるリスクなどを総合的に判断する経営トップの見識が必要だ。東芝は原子力事業分野では特に経済産業省と密接な関係を維持してきた。このため同省が「原子力ルネサンスの時代」を掲げると、時代に遅れては大変だと判断し、常識を超えるような過大投資にのめり込んでいった。もし、経営トップが経産省の情報に振り回されることなく、米欧の原子力事業の将来を冷静に分析していれば、リスクの大きい原発がすでに斜陽産業に向かっていることが分かったはずだ。アメリカでは79年3月のスリーマイル島原発事故以後、新規の原発建設はストップ状態だ。リスク回避のための安全コストが上昇を続け、ビジネスとして不向きとの判断が強まっているためだ。欧州でも86年4月のソ連・チェルノブイリ原発事故以降、原発への不信感が強まっている。ドイツ最大の原子炉メーカー、シーメンスは福島原発事故後、原発事業から撤退した。

 東芝トップが時代の先を見る独自の視点、情報を持っていれば、WHの巨額買収によるリスクは避けられたはずだ。東芝再建のためには、もちろん上意下達型の企業風土を改め、自由闊達な意見交換が歓迎される開かれた企業風土への転換が必要なことは言うまでもない。だが、同時にお荷物になっている原子力事業分野の思い切った整理、撤退に踏み切る勇気、経営判断ができるかどうかにかかっているといえるだろう。



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