トピックス -企業家倶楽部

2016年01月08日

お客様目線を貫き唯一無二のサービスを追求/ハウステンボスを支えるスタッフ

企業家倶楽部2016年1/2月号 ハウステンボス特集第4部


   肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。

 
訪れた人を魅了してやまないハウステンボス。その成功の陰には、お客に驚きと感動をもたらす仕掛けを創り出すスタッフたちがいる。厳しくも愛をもって率いる澤田の下、常に新しいことに挑戦し続ける彼らの熱き想いに迫る。

 

 



世界一、世界初を追求し比類なきテーマパークへ


世界一、世界初を追求し比類なきテーマパークへ


専務取締役 髙木潔 

髙木潔は1986年のエイチ・アイ・エス入社以来、旅行業一筋に歩んできた。10年以上の単身赴任も経験し、取締役に昇進。そんな折、澤田から「ハウステンボスのイベント責任者として長崎へ赴任してくれないか」と打診を受け、「行きます」と即答した。同じ観光業とは言えど、新規事業は髙木にとって未知の世界。全く予想もつかなかったが「今日の自分があるのは澤田社長のお陰」と他の選択肢は無かった。

2014年3月の着任以来、髙木は園内におけるイベント企画から実施までを全て管理している。新規イベントは社内の企画チームの案件と、ゲーム会社などからの持ち込み案件があり、社内企画は全て髙木がふるいにかけることになるのだが、そのポイントは実にシンプル。すなわち、「世界一」「世界初」であるかどうかだ。

 それは、他のテーマパークとの差別化を図るために妥協できないこだわりだ。九州の商圏は関東の10分の1と言われ、九州だけで集客するのには限界がある。しかし、外資系のテーマパークのように人気キャラクターを持っているわけでもなく、立地も長崎空港から車で1時間と決して恵まれているとは言えない。

 例えば関東から行くならば、飛行機代、ホテル代、土産代なども含め、1人10万円程かかる。格安航空券が普及した昨今では、同じ予算で近隣の海外旅行に行けてしまう。「10万円を払っても良い」と思わせる価値のあるものを作らなければ、来園してもらえない。しかし裏を返せば、遠方からでもリピートしてもらえるということは、海外でも通用するテーマパークという証でもある。

 ハウステンボスの誇るもう1つのキーワードは「3世代」。テーマパークでは同じアトラクションを親・子・孫の3世代が同時に体験するのが通常だが、年齢が違えば興味や関心、体力が違うのは当然だ。一緒に入園した後、花畑やゲーム、観劇などを各々楽しみ、食事やイルミネーションなどの時間は共に過ごす。これは、広大な敷地内にあらゆる年齢層をターゲットとしたテーマの異なるイベントを展開するハウステンボスだからこそ可能なことである。

 ハウステンボスは年々2桁成長し、営業利益が100億円を超え、現在新たなステージに入った。今後成長を続けていくには、全てのサービスのクオリティを更に上げていかなければならないと髙木は考えている。例えば「テーマパークの食事はまずくて高い」のが定説だが、同園では地元の産物を食べたいとの声に応え、地元の魚や野菜などを使った新鮮で美味しいメニュー作りに取り組んでいる。リピーターから「前よりも進化している」と感じてもらえるように「お客様第一主義」で現場を把握し、基本を確実にこなしていくことが重要だ。そのため、澤田は現在でも月の半分ほどは長崎で過ごす。

 スタッフらの夢は大きい。ハウステンボスを日本だけでなく世界に通用するテーマパークに育て、その枠を超え、技術や情報も発信していけるような観光ビジネス都市を目指している。この陣頭指揮を執る澤田は、経営のプロフェッショナルだ。ビジネス案をひらめくとすぐさま実行に移し、形にして、結果を出す。その姿勢は常に「率先垂範」だという。澤田が大きな背中を見せていることで、部下が皆納得するのだ。

 テーマパークは喜びを演出する楽しい仕事であり、髙木は新しいチャレンジが楽しくて仕方がないと話す。そんな彼は、尊敬してやまない澤田へ「引き続き、ご指導よろしくお願い致します」とメッセージを送った。



社員満足度を高め質の高い接客を追求したい


社員満足度を高め質の高い接客を追求したい


取締役管理統括本部長 竹田幸雄 

「お客様の笑顔との近さ。私の仕事の原点がハウステンボスにはあります」

 現在ハウステンボスの経理、人事、総務、情報システムを一手に統括する、取締役人事総務担当の竹田幸雄がエイチ・アイ・エスに入社したのは1987年のこと。営業所勤務を経て、以来人事を担当してきた。

 2014年9月、「ハウステンボスの内部強化に取り組んでみないか」と澤田から話を持ちかけられた。「機会があれば澤田社長の直属で仕事がしたい」と思っていた竹田にとって願ってもない話であった。家族は後で説得すれば良いと、話し始めて10分も経たない内にハウステンボス行きを決断し、すぐさま佐世保へ飛んだ。

「それからは日々格闘です」

 ハウステンボスには施設の管理者からシェフ、バスの運転手まで、まるで一つの町を思わせるような50近い職種が揃う。そこでの人材確保・管理も竹田の仕事だ。そんな彼は澤田から「社員を大事にすること」と事あるごとに言われている。「彼らの将来を考え、甘やかすのではなく時には厳しさを持って育てなさい」という意味だ。

 仕事に対するモチベーション向上や継続性の面から考えて、社員全員が自分のやりたい仕事が出来ることが理想である。しかし時には本人の能力や経験によって、説得のうえ別の仕事を振り分けることも必要だ。「どの仕事が一番社員の成長に繋がるかを軸に、いつも考えてばかりいます」と竹田は言う。

「自分が一番やりたいことではなかったとしても、与えられた場所で結果を出すために頑張れるか。それが出来る人は、いずれ自分の好きなことに取り組めるようになるという事例を社員に示していきたいです」

 そこには、「どこにいてもやりたいことを常に意識し、努力し続ければ夢は叶う」という澤田イズムが息づいている。

 サービス産業では社員一人ひとりのやる気がおもてなしの質に大きく影響することを充分に理解しているからこそ、竹田はモチベーション維持にも常に意識を配るようにしている。

「お客様から『ありがとう』と言われれば、スタッフは嬉しいですよね。接客の質を上げることで社員の満足度とやる気は向上します。ただ、ハウステンボスに関してはお客様の期待も高まり続けているので、それに応えるための教育や研修は意識して取り入れるようにしています」

 そんな、ハウステンボスのサービスの核である人材を統括している竹田は、澤田を「話しているだけで自然と元気をくれる人」と称し、「世の中が必要としていると見れば、ロボットだろうと他のサービス産業だろうとどんどん手を広げていきます。当初ゴールだと思っていたところが、いつの間にか次の目標への中間地点になっている」と笑う。

 常に新しいことにチャレンジし続けている澤田の行動に共通するのは、「お客様に喜んでいただく」という信念だ。言うのは簡単だが実際に徹底するのは困難。それを実現しているところが澤田の強みだ。

 澤田が来てから5年。ハウステンボスは利益100億円を叩き出すテーマパークとなった。「今後は周辺の宿泊施設や交通インフラを整備し、より多くのお客様を受け入れられる態勢づくりに力を入れたいと思っています」と竹田。ゆくゆくは「世界の人々に喜びと感動を提供し、新しい観光都市を創造します」という企業理念を体現する施設を作り上げるのが夢だ。

「社長も休むときはしっかり休んで、安心して私たちに任せて欲しい。それを言うにはまだ早い、やるべきことやってから言えって叱られそうですけどね」



未来都市計画を夢では終わらせない


未来都市計画を夢では終わらせない


HTBエナジー代表取締役 早坂昌彦 

 世界初、ロボットが接客する「変なホテル」。その生みの親が早坂昌彦だ。

 早坂は大学卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。しかし、海外生活への憧れや、ビジネスマンとして一般企業で働きたいとの想いから退職した。イギリス留学を経て、アニメーションのベンチャー企業に転職。そこで、海外事業の責任者として活躍していた時、澤田と出会う。

 澤田は早坂に夢を語った。

「ハウステンボスを未来都市にする。最先端技術の実験場にして、ここから世界に展開するビジネスを何個も生み出すつもりだ。面白いだろう?」

 早坂は18年連続で赤字だったハウステンボスを再生し、利益を100億円出すと語る澤田に魅力を感じていた。そんな早坂に「君、話が分かるねぇ。ハウステンボスにはいつ来るの?」と問う澤田。1カ月後にはハウステンボスを見に行くことが決まっていたと早坂は笑う。

 ハウステンボスは早坂が経験したことのないB2Cの仕事がメインのテーマパーク。自分がそこで何をするのか全く見当も付かない状況だったが、早坂は澤田と出会ってわずか4カ月後にはハウステンボスに入社した。

 そんな早坂が入社の条件として提示したのが、澤田直下のポジションに自分を置くこと。しかし入社初日、上司である澤田に指示を仰ぐと「何もしなくても良い」との返事が返って来た。約1カ月はチラシ配りやお客への挨拶などをしていたという早坂。「おそらく、私が周りに馴染めるようにするための配慮だったのでしょう」と澤田の真意を推察する。

 早坂が仕事に慣れてきた頃、澤田は突然「ハウステンボスをスマートシティ化する」と言い出した。澤田自身が最先端技術を試すために住む、スマートハウス。これを建てるのが、澤田から任された早坂最初の大仕事となった。こうして彼は、太陽光発電施設の建設などを含むスマートシティ化に向けたプロジェクトを行う事業開発室に配属となったのである。

 ただ、事業開発室と言えば聞こえはいいが、最初の2年間、部署の人間は早坂一人。周りがテーマパーク運営に直結する仕事をする中、彼一人が環境・エネルギー事業という異色の業務を行っていた。「正直、浮いていた」と早坂は当時を振り返る。

 プロジェクトは苦労の連続。前例も無ければ、早坂には建築やエネルギーに関する知識もない。リアルな完成イメージを持っているのは澤田だけ。何から始めれば良いのかすら分からない、全くゼロからのスタートだった。

 様々な苦労を乗り越えて迎えた、スマートハウスの竣工式。達成感に満ちていた早坂は、集まったメディアに向けた澤田の一言で度肝を抜かれた。

「この家で試す技術の良いとこ取りをして、2年後にスマートホテルをオープンします」

 ほっとしたのも束の間、再び早坂に試練が訪れた。もちろんホテル開設の指揮を執るべきは自分。「公に宣言されたらやるしかない」と気合いを入れ直し、再び山積する問題の解消に努める日々を送った。

 スマートハウス竣工式から2年後の2015年7月17日。澤田の宣言通り、スマートホテルは仕上がった。世界に驚きを与えた「変なホテル」の開業である。スマートシティを目指すプロジェクトが実を結んだのだ。

「現在の変なホテルは、お客様に世界初ということで大目に見て頂いている状態。澤田が目指す、完全無人化や生産性・快適性追求のための課題は多い」と話す早坂。

「私を澤田直下に置くという入社時の約束を、彼は守り続けている。そして、彼は常に周りから浮いていた私の味方でいてくれた。感謝しています」



感動と驚きの仕掛け作りを追求する


感動と驚きの仕掛け作りを追求する


執行役員 新規店舗開発部部長 兼 商品部アドバイザー 早坂俊 

 現在、ハウステンボスの執行役員を務める早坂俊と澤田の出会いは5年前に遡る。カジノを中心にホテルや国際会議場、レジャー施設が併設される統合型リゾートが好きだという早坂。ちょうどシンガポールの誇るリゾートホテル、マリーナ・ベイ・サンズでカジノを堪能していたところに、国際電話がかかってきた。

「エイチ・アイ・エスの澤田会長から転職のオファーが来ていますよ」

 この伝言を聞いた早坂は、全ての予定を切り上げ即帰国。その数日後に行われた面接で、澤田にこう問われた。

「早坂さんは運のある人ですか」

 早坂は訝しがりながらも「澤田さんから会社に来て欲しいと思われている時点で僕に分がある。つまり運は良いでしょうね」と回答。これに対し澤田は顔を曇らせ、「もういいです」と面接は終了した。

 怒らせたのではないかと不安もよぎったが、聞けば、「これは澤田が役員クラスの面接で必ず聞く常套句で、質問の答えではなく帰る時に背中から出るオーラを見ている」とのこと。早坂は澤田が自分を選ぶという自信を持ち、その時点で「他のオファーは全部断って下さい」と言ってのけた。最終的に入社が決まり、今に至る。

 前述の通り、統合型リゾートを好む早坂は、澤田が手掛けるハウステンボスに大きな可能性を感じている。

「東京を離れ、船の上から初めてハウステンボスを目にした時、ここは間違いなく当たると直感した。来たお客様だけではなく地域も従業員も含め全員がウィンウィンになる三方良しの経営。そこに魅力を感じました」

 そんな早坂は現在、ハウステンボスの新規店舗および商品開発を一手に担っている。どこを取っても、そのこだわりようは並大抵ではない。

 彼の代名詞と言えば「城」シリーズだ。澤田に「僕は7つの王国を作るから、君は7つの城を作ってね」と全てを任された。以来、4年前に作った「カステラの城」に始まり、「チーズの城」、「ワインの城」などを手がけ、全ての店舗で売上は好調だ。

 一番のこだわりは、「お客様目線」。例えば「カステラの城」では、数あるカステラメーカーが販売する18社100種類ものカステラをその場で食べ比べ、購入することができる。

「私たちはその筋の専門家ではありません。商品を選ぶ時に、どれが一番美味しいかを決めるのはお客様自身であり、売る側が『これが一番だ』と勧めるものではない。だからこそ城シリーズの全てのお店で食べ比べ、飲み比べができるようにしています」

 レストランのメニュー開発にも熱が入る。「少なくとも自分が良いと思うものでなければ、お客様は誰も食べたいと思わない」。そう考える早坂は、新しくメニューを投入する際、必ず自分が検食してから販売許可を出す。

「驚きと感動を生み出すために、何事にもエンターテインメント性を持たせる。お客様の『わお!』という反応なくして私の仕掛けは語れません」

 その徹底したお客様目線を最も大切にしているのは、上司であり経営者でもある澤田だ。彼が結果に対してシビアなのは周知の事実で、城シリーズを大成功に導いた早坂ですら「85%くらいは叱られてる」と言う。人が感動し、喜ぶサービスを提供したいという想いの強さが、厳しさに表れている。ハウステンボスにかける澤田の本気度には早坂も舌を巻くほどだ。

 そんな澤田に「父親を感じる時がある」という早坂。

「厳しさもありますが、ただ叱咤するのとは違い、従業員の成長を想う親心を感じます。経営者はどこまでも孤独な面があると思いますが、澤田さんが担ぐ神輿のほんの端っこでも喜んで担がせてもらいたい」



澤田のDNAを引き継ぐ若き支配人


澤田のDNAを引き継ぐ若き支配人


ハウステンボスホテルズ支配人 友弘和真 

「難しい状況をどう乗り越えるか考えるのが仕事だ」

 ハウステンボスグループ直営ホテルの支配人を任されているホテル部部長、友弘和真が学んだ澤田イズムの神髄。これを体得したこの男は、32歳という若さながらハウステンボス全体の約4割を占める40億円の利益を出すホテル群を作り上げた。

 友弘は2007年にエイチ・アイ・エス入社後、法人や団体向けの営業や出張の手配を行う部署に配属された。官公庁に対応する窓口を立ち上げ、奮闘していた時に転機が訪れる。

「うちが管轄しているオーストラリアのホテルに行ってみないか」

 旅行代理店の一営業マンであったにも関わらず、ホテル業に携わることを打診されたのだ。青天の霹靂ではあったが、アメリカの大学を卒業したこともあり、英語に不安はない。機会があれば海外に挑戦したいと考えていた友弘は快諾した。

 ビザが取れるまでの間、彼に課されたのは想像以上の難題だった。ハウステンボス内のホテル再建である。与えられた期間はわずか5カ月。2010年2月、当のハウステンボス本体を立て直し始めて1年足らずの時期であり、客足がまだ伸び悩む中での挑戦であった。

 赤字で2年間閉業していたホテルの再建は容易ではない。湿気で使用できなくなっている客室の整備、他のホテルに運び出されてしまった家具や皿の購入、新たに清掃業者との契約……やることは山積みだ。それらを乗り越え、2010年7月に念願の開業。現在も人気を誇るウォーターマークホテル長崎の誕生である。

「この経験がホテル事業に活きましたね」と笑う友弘は、オーストラリアに着任するとレストランの給仕からフロント業務、清掃まで経験した。わずか1年足らずで多くを学び、ハウステンボスへ舞い戻った。

「ハウステンボスグループ最上級であるホテルヨーロッパは九州一と言えるくらいのお代を頂いている。にもかかわらず、普通のサービスを提供していたら満足していただけない。暗い顔や眠そうな顔をしているような従業員はホテルマンとして失格だ」と支配人として厳しい一面を覗かせる友弘。サービス向上委員会を設置し、お客に喜ばれたことを共有する他、スタッフの知識を深めている。自社スタッフに常に笑顔の接客と挨拶を求めるのは当然だが、委託している外部の業者にも必ず止まってお客に一礼するよう指導する徹底ぶりだ。

 そんな友弘に澤田は「何か問題はあるか」と問いかける。友弘は「常に問題意識を持って周りを見なさい。責任者の仕事は問題を見つけて潰していくことだ」という澤田のメッセージだと捉えている。

 そんな澤田の問題解決力は逆転の発想によるものだ。例えば、ハウステンボスの「寒くて暗い冬」というイメージを、光の王国を作ることでチャンスへと変えてみせた。

 また友弘は「はるか遠いと思われる目標と夢を立て、達成する実行力を持つ澤田を尊敬している」と語る。澤田は、開業以来18年連続で赤字だったハウステンボスで100億円の利益を出すと宣言し、わずか数年でこれを実現してしまった。月の半分ほどハウステンボスに滞在し、常に現場にいたからこそ遂行できたのだろう。

「今は40億円の利益ですが、もっと積み上げていきます。リッツ・カールトンのような全国的に有名なホテルにすることが目標。エイチ・アイ・エス管轄のホテルにハウステンボスホテルズから支配人を派遣するくらい、優秀な人材育成も同時に行っていきたい」と友弘の夢は大きい。若き総支配人の挑戦は始まったばかりだ。



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