トピックス -企業家倶楽部

2016年01月14日

ASEAN共同体見切り発車 TPPで揺らぐ結束

企業家倶楽部2016年1/2月号 グローバル・ウォッチ vol.5


東南アジア諸国連合(ASEAN)が「ASEAN 共同体(AC)」の2015年12 月末の創設を宣言した。人口6億人を抱える統一市場が誕生するというのが触れ込みだが、サービス分野の規制緩和や非関税障壁の撤廃など未達の目標が多く、見切り発車との印象も強い。米国が主導する「環太平洋経済連携協定(TPP)」になびく加盟国も続出し、AC の求心力は創設早々揺らいでいる。

 

Profile 

梅上零史(うめがみ・れいじ)

大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。




 「個人的にも感無量な瞬間であり、とても感動した」。15年11月22日、マレーシアのクアラルンプールで開催されたASEAN首脳会議で、同国のナジブ・ラザク首相は「AC創設宣言」に署名した瞬間を振り返りこう語った。48年前の1967年8月、ASEAN設立をうたった「バンコク宣言」に署名したのが父親のアブドゥル・ラザク副首相(後の第2代首相)だったからだ。

 ACは「政治・安全保障」「経済」「社会・文化」の3つの共同体で構成し、中でも中核となるのが単一の消費市場・生産基地を生み出す「ASEAN経済共同体(AEC)」だ。10カ国計6億3000万人という人口は欧州連合(EU)の5億1000万人、北米自由貿易協定(NAFTA)の4億8000万人を上回る。名目GDP(国内総生産)では米中日独英仏に次ぐ世界第7位の経済規模で、ブラジルよりも大きい。

 ASEANの域内関税ゼロへの取り組みは1993年の「ASEAN自由貿易地域(AFTA)」協定から実質スタートし、先発加盟国6カ国間ではすでに2010年にほぼ実現している。15年というのは経済規模の小さい後発4カ国の関税がゼロになる時期だ(一部は18年)。03年にAC構想を打ち出した時、ASEANが考えていたのは「ポストAFTA」であり、サービス分野の自由化など関税撤廃以外の進展こそがACで目指すべき内容であったはずだ。

 欧州共同体(EC)統合では1992年の時点で国境は目に見えないものになっていた。高速道路を走っていても税関検査も出入国管理手続きもなく、いつの間にか隣国に入っていた。ASEANでは通関手続きはまだ必要だし、車が国境を越えて隣国まで抜けるのは例外中の例外。そもそも「コネクティビティ(連結性)」強化を旗印に、道路網や鉄道網の整備を強化している最中だ。タイから隣のミャンマーに貨物を運ぶには陸路はまだ未整備で、バンコクからシンガポール経由でアンダマン海を渡ってヤンゴンまで海路で3週間もかかる。単一市場を肌で感じる状況にはない。




 AC創設宣言と同時にASEANは「ASEAN2025宣言」も採択し、新たな統合の計画(ブループリント)を作成して、進捗状況をASEAN首脳会議で毎年チェックすることを約束した。ナジブ首相の感動をよそに、2025宣言は事実上の統合目標の10年延期とも受け取れる。シンガポールのリー・シェンロン首相は「AC創設は重要な一里塚だが、やるべきことはまだある」と語り、サービス分野の自由化、ASEANオープンスカイ協定の批准、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の妥結の3つを優先事項として挙げた。

 統合への求心力どころか、むしろ遠心力すら働いているようにも見える。ASEAN首脳会議に先立ち、フィリピン・マニラで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)。ここで話題になったのは15年10月に大筋合意に至ったTPPだ。ASEANからは初期メンバーのシンガポール、ブルネイに加えマレーシアとベトナムが交渉に参加していた。インドネシアはジョコ・ウィドド大統領が10月下旬の訪米時にオバマ米大統領に交渉参加を直接申し出た。フィリピンのアキノ大統領もAPEC会議で参加を表明した。タイのプラユット暫定首相も「関心を持っている」と前向きな姿勢に転じた。

 ASEANとしてTPP交渉に参加しないのはなぜか。それはASEANがECと違って関税同盟ではないからだ。域外の国に対しては各国がそれぞれ独自の関税を課している。ASEANが単一市場を目指すのは中国やインドに対抗して、海外からの直接投資先として魅力を高めるためだ。単一市場ならば企業としては域内の一ヶ所で集中生産して域内及び域外に商品を供給したい。結果的に市場が一体化すればするほど、加盟国が外資の投資誘致で競合することになる。企業はTPPに参加する国に工場を設ければ、ASEANに加えてTPP加盟国という巨大な市場へのアクセス権が手に入る。

 雇用など波及効果が大きい自動車産業で見れば、ASEAN域内ではタイ、インドネシアに投資が集まり、国民車構想を推進していたマレーシアは負け組になりつつある。これから自動車の普及が始まるベトナムも完成車メーカーが投資する動きは見られない。両国はTPPに参加することで自動車分野でも巻き返せるかもしれない。さらにTPPではサービス分野での規制緩和が加速するとみられており、流通分野などの外資誘致でも先行できそうだ。

 中国が人工島を造成して周辺国の反発を招いている南シナ海問題でも、ASEANの足並みが乱れている。加盟各国と中国との経済的な距離に差があるからだ。15年10 月のASEAN拡大防衛相会議(日米中など18カ国が参加)では共同宣言すら出せなかった。南シナ海を巡ってはフィリピンが最も強硬で、ベトナム、マレーシア、ブルネイも紛争当事国だ。しかし中国への輸出依存度が小さいフィリピンに比べ、ベトナムやマレーシアは中国にある工場の生産ネットワークに組み込まれ、リーマンショック以降は中国への輸出比率が急速に高まっている。中国からの投資が大きいカンボジアやミャンマーは南シナ海問題については中国非難のブレーキ役となっている。

 さらにASEAN各国は高次な経済統合よりも、目先の国内問題に取り組む必要に迫られている。AC創設宣言がなされたマレーシアでは、ナジブ首相が汚職問題で辞任圧力にさらされている。政府系投資会社「ワン・マレーシア・ディベロップメント(1MDB)」からナジブ氏の個人口座に7億ドルもの大金が不正送金されたのではないかとの疑惑があり、マハティール元首相らがナジブ氏に退陣要求をしている。 

 15年11月の総選挙で野党・国民民主連盟(NLD)が大勝利したミャンマーでは、アウン・サン・スー・チー党首主導の政権が16年3月に発足するが、軍部との調整がうまく行かなければ混乱は必至だ。アキノ大統領の下で安定していたフィリピンでは、再選を禁じられたアキノ氏抜きで16年5月に大統領選が実施される。ベトナムとラオスも10年続いた現政権が世代交代の時期を迎える。

 そして軍事政権が続くタイでは新憲法草案をめぐる国民投票が16年8月に延期され、総選挙も17年6月になる見通し。国王の健康不安も懸念材料で、軍事政権下で見せかけの安定が続いているのが現実だ。相対的に安定していたカンボジアではフンセン首相のライバル、サム・レンシー救国党党首への逮捕状が出され、同氏が海外から帰国できないでいる。13年の総選挙で救国党が躍進しており、18年の次期総選挙での政権交代も視野に入っていた。

 欧州は第二次大戦後50年で市場統合を成し遂げ、さらに10年後の02年には通貨統合にまでこぎ着けた。ASEANの場合、ベトナム戦争が1975年に終結して40年。カンボジア内戦が93年の総選挙で終わってからはまだ20年余りしか経っていない。形だけのAC創設宣言でも大きな前進と解釈すべきなのかもしれない。



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