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2016年02月08日

「気持ち良い人」を育て日本の住宅文化を変える/リノべる代表取締役社長 山下智弘

企業家倶楽部2016年1/2月号 モチベーションカンパニーへの道 vol.18





 既存の中古マンションをお客の要望に沿って作り変えるリノべる。新築物件にも見劣りしない内装にも関わらず、平均費用はなんと新築の3分の2で済む。「余った3分の1のお金でもっと生活を楽しみましょう」。そう提案するのは、2010年設立の同社で社長を務める山下智弘だ。

 日本人の住宅購入環境は、まだまだ改善の余地がある。現在の状況をアパレル業界に例えるなら、9割が既成のスーツを買い、自分の好みに合わせたオーダーメイドはほとんど無いという具合。リノべるは、そこに果敢に切り込んでいる。



お客に提案しない

 安価の秘密は「リノベーション」という事業にある。この言葉は「RE・INOVETION」の略語。その名の通り、内装工事を施す前の何も無い状態に戻した既存の建物を、丸ごと刷新してしまうのだ。リノベるも、お客の購入した中古マンションを個々人のニーズに合わせて自由に作り変えている。

 その業務の始まりは、リノベーションしたいお客を自社サイトで募集するところから。しかし多くの人にとって、家を買うのは一生に一度のイベントなので、ウェブ上の情報だけでは不安になる。そこでリノべるでは、北は仙台から南は沖縄まで、全国各地にショールームを作って部屋の参考例を展示している。実際に目で見て、お客に具体的なイメージを持ってもらうためだ。

 こうした体験を通じて、気に入った物件を見つけてもらう。その上で、それをどうアレンジしたいかを社員が綿密に聞く。この意図について山下は、「お客様は初めて家を買うので、話し合いの際も緊張しています。心の奥にある本当の要望をなかなか言い出せない。私たちはそこを整理整頓して、その人の本当のニーズを引き出すのです」と語る。お客と話す際に心がけるのは、「提案しないこと」だ。

「ノウハウがあるほど、この人はこういうタイプだと決めつけ、提案したくなってしまう。しかし、家はその人の個性の塊なので、型に当てはめるものではありません」と確固たる信念を持つ。

 また通常であれば、お客は自身で建築家や不動産会社を探して、手続きをする必要がある。だが、専門知識の乏しい人々にとって、その敷居は高い。その点リノベるならば、自社サイトに登録された設計士・不動産会社などの中から、お客の要望を叶えるのに最適な建築家・物件を選び、マッチングしてくれる。その上で、1人の担当者が設計・施工側の窓口となるので、お客はワンストップでまとめて手続きできるのだ。施工まで行う他社は数多くあれど、両者を繋ぐプラットホームを運営する企業はリノベるしかいない。山下自身も、「我々は少しポジショニングが独特です」と語る。

 ただ、それゆえの悩みも多い。一番の苦労を聞くと、「コミュニケーションです」と答えた。「我々の事業は、設計士さん・工事会社の監督・職人さん・不動産会社さんなど関係者が多い。なので、コミュニケーションミスが起こりやすい」と分析する。

「今までミスがあった時は、担当社員の対応の問題点を解明することに注力していた。しかし、本当は人に問題があるのでなく、人と人との間に全て問題があったのです。それに気づいてから、コミュニケーションの質と量にはこだわっています」

 社員の対話の頻度・内容をこまめにチェックする仕組みがある他、ITの技術も活用している。その一つが、「nekonote(猫の手)」という自社開発のアプリだ。これを利用すると、社員や設計士・工事会社など全ての関係者は、ウェブ上のチャットでコミュニケーションを取ることが出来る。

 また最適な設計・施工者を選ぶには、社員が彼らの得意分野などを知っていなければならない。その点に関しても、自社に教育制度を整備している。その名も「リノべる大学」。従業員だけでなく、設計士などパートナー向けの授業も数多くあり、様々なノウハウを学ぶことができるのだ。 




 日本ではまだ主流になっていないリノベーション。山下は、なぜこの分野で起業しようと思ったのか。

 大学卒業後、大阪のゼネコンに入社した山下。企画部に配属されたが、仕事内容はいわゆる地上げだったと言う。新築マンションを建てたい場所に住む住民に、立ち退きをしてもらうのだ。そこで起きたある出来事が、彼の運命を変える。

 きっかけは、断固として立ち退きを拒否する一人のおばあさんとの出会いだった。理由を聞くと、彼女の家は夫とずっと住んできた思い出の場所なのだと言う。とはいえ、なんとか承諾してもらわなければならない。山下は、必死に説得を続けた。その熱心な行動はついに実を結び、「あなたがそこまで言うなら」と同意を得ることに成功する。

 しかし2年後、山下が見たのは、完成したマンションの横で泣くおばあさんの姿だった。「あなたは私の人生を奪った。大事な思い出が無くなってしまった」。その言葉を聞いた山下は思った。「僕は何をしているのだろう」。この一件が原因で、2カ月間の休暇を取ることを決意した。自分の仕事が人を悲しませる現実に耐えきれなかったのだ。

 その後は、海外に住んでいる学生時代のラグビー部の先輩・後輩の家に泊まる生活が続いた。その中で、山下は幾度となく衝撃を受ける。外見に気を遣うようなタイプでなかった仲間達の部屋が、個性的でおしゃれになっていたのだ。一方で、日本に帰って友人の家に泊まると、どれも同じ様な家に見えた。

 この違いは何なのか。調べて分かったのは、驚くべき事実だった。日本では10人のうち9人が新築物件を買うのに対し、欧米諸国では逆に8、9人が中古物件を買っていたのだ。彼らは、それを上手にリノベーションして自分だけの家を作っている。日本では既成の新築住宅を買う人がほとんどで、特注で作ってもらうのは一部の人のみだった。

 それに気が付いた山下に、ある思いが芽生える。「オーダーメイドの物件を、もっと上手に賢く買う方法があるのではないか」。それを模索して辿り着いたのが、今の事業だった。



大失敗を教訓に人材育成を重視

 現在、リノべるには約100名の社員が集う。この数年でその数を大きく増やす予定だが、山下は、採用・育成を慎重に行う姿勢を崩さない。かつて同じような状況で、大きな失敗をしたからだ。

 以前、テレビ番組で取り上げられたことがあった。放送後の反響は凄まじく、運営サイトには以前の10倍の問い合わせが殺到。しかし、対応するには人手が足りない。そこで、急いで大量採用を行った。そして、外部の研修は受けず自社のみで育成に励んだ。しかし、それがまずかった。社員が100名を超えた頃には、社員を教育する立場の中間層を育てられなくなっていたのだ。十分な育成が行えなくなり、社員間で理念が理解・共有されない状況に陥った。その結果、「多くの社員が辞めてお客様に迷惑をかけてしまった」と振り返る。

 その経験から、現在は、「リノべるバリュー」という31個の行動指針を重視して採用・育成をする方針を掲げる。

 その中でも採用時に特に重視するのは「謙虚さ・感謝の気持ち・明るいバカの3つがあるかどうか」と山下は断言する。これらを見分ける方法を聞くと、「この3つを持っている人は、一言で言うと気持ちが良い。過去の経験談を聞けば、それはだいたい分かります」と答えた。

 そんな山下に今後の目標を聞くと、力強い返答が返ってきた。「私たちが気にするのは、お客様にどれだけ影響を与えられたか。その一つの指標がマッチング数です。今は年間350件ですが、これを3年後に1000件にしたい。その次は10000件を目指します」。多くの人が、ライフスタイルに合った家に住む日は、そう遠くないかもしれない。



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