トピックス -企業家倶楽部

2016年02月10日

打たれ強い東北の反撃/吉村久夫 

企業家倶楽部2016年1/2月号  歴史は挑戦の記録 vol.12


肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。

 

吉村久夫( よしむら・ひさお)

1935 年生まれ。1958 年、早大一文卒、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、日経ビジネス編集長などを経て1998 年、日経BP社社長。現在日本経済新聞社参与。著書に「進化する日本的経営」「本田宗一郎と井深大に学ぶ現場力」「二十一世紀の落とし穴」など。



東北は懐が深い

 東北の歴史は敗退の歴史です。アテルイと坂上田村麻呂、安倍貞任と源義家、藤原泰衡と源頼朝、九戸政実と豊臣秀吉、奥羽越列藩同盟と討幕軍。いずれも残念ながら蝦夷、東北の敗退でした。そして太平洋戦争。全日本の一部としてですが、やはり敗戦でした。なんとも分が悪いのです。

 しかし、負けるが勝ちという言葉もあります。確かに、中央政権からみれば、東北は負け続けました。だが、東北地方の現場から見れば、なんとか持ちこたえる戦いをしてきたのではないでしょうか。逆に、勝者の中央政権に資源を提供し、かつ多数の移住民を受け入れてもきたのです。

 東北は打たれ強いのです。決して滅亡はしません。しぶといのです。それになんといっても懐が深いのです。東北には肥沃な平野、豊かな森林があります。面積は本州の2割もあります。オランダやデンマーク、スイスに匹敵します。別の言葉でいえば、フロンティアに富む土地なのです。

 古来、東北はいろいろな人を受け入れてきました。安東氏の先祖だという長髄彦の兄の安日だって、神武天皇に負けて新天地を津軽に求めたのです。菊池(地)氏の例もあります。南北朝動乱の時代、肥後の菊池氏は南朝方の大将で、一時は九州を制圧しました。ところが現在、菊池姓の人は熊本県には少なくて、東北に圧倒的に多いのです。私は東北が旗色の悪くなった菊池氏を受容したのだと思っています。

 勝てば官軍、負ければ賊軍といいます。勝敗は武士の習いです。奥羽越列藩同盟がもろくも崩壊し「白河以北一山百文」と軽侮されたって、東北は健在なのです。しぶとく出直せばいいのです。歴史は切れ目のない長い挑戦なのですから。



大震災の東北

 2011年3月11日、東日本大震災が起きました。戦争とは別に大地震と大津波が東北を襲ったのです。これには東北も参りました。相手は自然です。自然と戦うのは至難の技です。実際、大津波の結果、残ったのは昔の海岸線なのです。埋立地や人口構築物は消えてしまいました。

 実は東北は大震災は何度も経験してきました。昔からの大震災で知られる三陸沖地震は869年(貞観11年)以降、何度か記録に残っています。明治以降では、1896年と1933年にありました。1896年の時は、今回の大震災を上回る3万人近い死者を出しています。

 ですから、東北にはいろいろな先人の忠告が残されていました。しかし、喉元過ぎればなんとやらです。寺田寅彦の言にあるように、天災は忘れた頃にやってくるのです。大地震に懲りたはずなのに、埋立地を造ったり、海岸の側に住宅を建てたりします。人間は楽観的で忘れっぽいのです。

 今回の大震災は改めて、自然とは勝負するより共生すべきだ、ということを教えてくれました。復興はその基本認識の下に進められて行くでしょう。東北は歴史的にみて何度も大地震、大津波を克服してきたのです。今回も例外であるはずはありません。ただし、今回は問題があります。それは原発事故です。

 原発事故はきっかけは大震災ですが、多分に人為的な要因を抱えています。原発技術そのもの、そして危機管理について、過信と油断があったように思います。それに現地にとって、原発は押し付けられたものであると同時に誘致したものでもありました。

 政治家も、経営者も、学者も、技術者も、そしてマスコミも責任を負っています。東北だけの問題ではありません。日本全体が各種エネルギーのベスト・ミックスを求めて、新エネルギー革命に挑戦しなければなりません。21世紀の世界の課題でもあります。



オリンピックを糧に

2020年のオリンピックが東京で開催されることになりました。日本中が新たな目標に向かって動き始めました。喜びの声に交じって「被災地の復興も忘れないで」という声が聞こえてきました。その通りです。ですが、むしろオリンピックを成功させるためにも、東北の大震災からの復興が欠かせないと思うのです。

 安倍総理は福島原発の汚染水問題の解決を世界に公約しました。それを実現しないと、世界の人々は東京へオリンピックを観に行くのをためらうかもしれません。是が非でも原発事故の悪影響はもう無いことを世界に示す必要があります。

 それだけではまだ不十分です。オリンピックへ来た世界中の人々に東北は震災から立ち直ったことを知ってもらう必要があります。ぜひ東北の観光に来てもらいたいものです。そして観光客に、東北の素晴らしさ、東北人のしぶとさを知って、帰国してもらいたいものです。それでこそオリンピックを東京に招致した甲斐があったというものです。

 オリンピックまでの時間は限られています。残念ながら、復興は遅れています。理由はいろいろあるでしょう。特に原発問題が大きいでしょう。しかし、責任をなすり合う時は終わりました。知恵を出して実行するのみです。幸い日本には技術も資金も人も十分あります。東北を世界に売り出す絶好のチャンスが訪れたのです。


 オリンピックを糧に

森の日本・東北

 東北の復興は復旧ではありません。新しいデザインの下に未来の東北を創ることです。一つの面白い提案があります。日本を4つの国に分けて、日本連邦を創ろうという提案です。(川勝平太、安田喜憲共著『敵を作る文明 和をなす文明』PHP研究所、初版2003年)。

 それによると、東北、北海道を「森の日本」に、関東を「平野の日本」に、北陸、中部、東海を「山の日本」に、近畿、中国、四国、九州を「海の日本」にします。日本は4つの分国の連邦になります。

 この中で提案者がもっとも期待を寄せているのが、森の文明を持つ「森の日本」です。なぜなら、お金の生活は限界にきている、人と自然が触れ合える森の文明こそ未来の生活であるべきだ、という考えだからです。

 東北には豊かな森林があります。おかげで豊かな縄文時代を持ちました。自然と共生する生活です。東北が「森の日本」になれば、東北は森の発想を日本連邦に発信するでしょう。高度成長時代に就職列車を都会へ送ったのとは質的に違った未来の生活思想を発信するわけです。

 東北を愛する人は沢山います。九州育ちの私も、十三湊を調べるうちに、東北が好きになりました。NHKの朝ドラマ『あまちゃん』では、大勢の人が東北弁の驚きの声「じぇ、じぇ、じぇ」に親しくなりました。民俗学者の赤坂憲雄氏は『東北学』を提唱し実行しています。

 東北は懐が深くて、いろいろな実験をする余地と能力を持っていると思います。また半世紀ぐらいかけても目標を実現させるしぶとさを持ち合わせていると思います。これからは大変貴重な資源といってもいいでしょう。

 中世の港湾都市十三湊から始まって、蝦夷や東北のことなどあれこれ考えてきました。中国や韓国に日本の歴史認識を問われていますが、歴史とは当事者それぞれの言い分があって当然なのです。お互い挑戦者だったわけですから。



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