トピックス -企業家倶楽部

2016年04月04日

相手の立場になって考え先を見越し行動する/PALTAC会長 三木田國夫

企業家倶楽部2016年4月号 トップに聞く


化粧品・日用品・一般用医薬品卸業界の最大手として躍進を続けるPALTAC。中期経営計画も1 年前倒しで達成し、新たに売上高1 兆円を目標に、さらなる生産性の向上と持的成長を目指す。同社を率いる三木田國夫会長に最近の業界動向と経営の心構えを聞いた。

聞き手:本誌編集長  徳永健一



中国人観光客「爆買い」

問 最近の業界動向についてお聞かせ下さい。何か目立ったトレンドはありますか。

三木田 弊社が扱っているのは化粧品・日用品、一般用医薬品です。お陰さまでこれらは消費財で使ったら減るものなので好不況には影響されにくい業界特性があります。卸流通市場は3.2兆円あり、市場規模は過去10年間、横ばいです。

 しかし、そんな中間流通業界でも最近のトレンドはインバウンド消費の拡大が挙げられます。俗に言うところの中国人観光客の「爆買い」です。大阪では、家電などの高額品は梅田(北)、化粧品などの安価な日用品は難波(南)でよく売れています。円安が大きな理由でしょうが、日本に買い物に来る中国人は日本製品の品質の高さ、接客などのサービスの良さをよく知っています。治安も安全で安心なのでしょう。観光客の増加でホテル業界も好調です。

 このため、リーガロイヤルホテルも建て替えを延期すると聞きました。九州には渡航費が安く、荷物も多く積めるということで船で来日する人も増えているといいます。インターネットを使った通信販売である越境ECも増えており、無視できません。弊社も海外への輸出事業を行っており、インバウンド需要を広がりあるものに育てたいと考えています。

 また、シャンプーや化粧品なども二極化と多様化が進んでいます。現在の消費者は高単価でも高機能を求めています。そこで近年では商品も高品質に進化し、付加価値が付いた商品が出てきました。実際に昨年から商品単価が3%以上も上がっています。今までは販売個数が増えても単価が下がって売上げを伸ばすのは大変でした。売上げが前年比5%増なら、2%が実力で3%は単価が上がったと言えます。

 日本の人口減少に伴う市場縮小を消費者マインドの改善に伴う単価上昇と海外からのインバウンドが支えているといえるでしょう。

問 PALTACの業績も2016年3月期は売上げ8500億円、経常利益175億円と増収増益を見込んでいます。業績好調の理由を教えてください。

三木田 短期的に見ればいいときもあれば、悪いときもある。正直なところ消費者の動きは読めません。2014年4月には消費増税があり5%から8%に上がりました。その影響で駆け込み需要があり前々期2014年3月期の売上げは8318億円と伸びました。一方で、2015年3月期は駆け込み需要の反動で売上げは減収となりました。

 弊社は短期ではなく中長期的な視点で常にさらなる生産性の向上に取り組み、持続的成長を目指し、物流センターも日々進化させています。2015年10月に伊東秀商事と合併したので、来期の第2四半期まで寄与するでしょう。これで創業から118年で合併したのは51社目になります。もともと幾つかの会社が1つになった会社を合併しているので、それらを合わせると115社目になりました。私が社長になってから35社目です。


中国人観光客「爆買い」

将来を見越して先行投資

問 PALTACの歴史は合併の歴史でもありますね。合併は企業文化の統合でもあり一筋縄ではいきません。しかし、御社では成長エンジンにしてきました。成功の秘訣は何でしょうか。

三木田 特に秘訣はありません。ただ、不協和音がないのも事実です。私たちは文化を分かち合わなければなりません。PALTACの仕組みを使うことが一緒になる条件です。社員に対しては公平・公正がモットーですから一緒になった方がいいでしょう。

 1950年代からダイエーやヨーカ堂などが出てきて、エリアが1つの地域から全国へと広域に変わってきたので、物流業界もグループ化が避けられなくなったと言えます。まだ、私が会長でも社長でもなく末席の役員だった1996年にアメリカ視察に行ったときの話です。

 店舗を視察すると皆「レイアウトや商品が良い」と言う。それも大事なことだが、「値札を見れば、発注や在庫管理の仕組みが分かる」と言う人物がひとりだけいた。当時、新和の社長であった山岸さんで他の同業者とは視点が違った。私はそのときにピンときました。そこで、日本への帰りの飛行機の席を頼んで山岸さんの隣にしてもらいました。10時間ほどフライト時間がありましたから、彼の考え方や情報システムの取り組みなどを聞きました。その結果、実際に新和の物流センターを見ずとも合併の決断が出来ました。

 私は会社に戻って2カ月ほどで新和と合併することを社内調整し、全権委任されました。

問 その後、山岸氏にはどのように合併の話を切り出したのですか。売上げ規模で7倍近い大企業が一緒になろうというのですから、相手も警戒したのではないですか。

三木田 「うちと合併しませんか」と前置き無しに単刀直入に伝えました。さぞ驚いたと思いますが、新和も北陸の3社が合併した会社ですから生き残るには一緒になるしかないと考えていたのでしょう。1カ月後に山岸さんから「申し入れを受けます。その代わり、情報システムと物流はうちのやり方でやらせて欲しい」と返事がありました。

 私は「だから来たんや。うちは営業力はあるけど、コンピューターも物流もあかんわ。山岸さん頼む、好きなようにやってくれ」と伝えました。

 うちも他社に劣るということはなかったが、先のことを考えるとさらに進化した物流センターと情報システムが必ず必要になると確信していました。1990年代当時は今の大型物流センターは無く、近畿地方だけで9カ所の営業拠点と物流倉庫がありました。これを1カ所にまとめればコストダウンが図れると考え役員会に提案しましたが、1年分の利益を超える50億円の投資が必要で反対意見が多数でした。しかし、ひるまずに大型物流センター建設の必要性を言い続けると最終的に社長から「よし分かった。その代わり君が責任を取れよ」といって承認してくれました。

問 今では御社の強みとなっている大型物流センターは新和との合併がきっかけになっているのですね。企業規模の大小はあれ、お互いの強みと課題を補完する良い関係だったのでしょうか。

三木田 その通りです。もともとうちには営業力と広域に強みがありましたが、拠点が広がるとともに情報システムや物流倉庫に対するコストが上がっていくというジレンマがありました。今では自前で情報システムを構築していますが、当時は外注していたので、多額の費用を負担していた。将来的な成長を見越して、自前の情報システムと大型物流センターを建設し、ローコスト運営の基盤を作っておきたかったのです。


将来を見越して先行投資

メーカーから小売まで全体最適

問 現在、大型の物流センターは何カ所あるのでしょうか。また、設備投資は総額でいくらになっているのでしょうか。

三木田 最大市場である関東エリアをカバーするため、2015年8月埼玉県に「RDC関東」を開設しました。これで全国に16カ所になります。北は北海道、南は沖縄までカバーできます。商品発注から納品に至るまでの全ての業務の見直しを継続的に行い、さらなる生産性向上に努め、そこで培ったノウハウを他の物流センターに反映していきます。これまでに1300億円を超える設備投資を行ってきました。当社の属する業界でこれだけ多額の先行投資は他社には真似が出来ないでしょう。

問 中期経営計画も1年前倒しで達成し、新たな中期経営計画を発表されました。現在の課題は何でしょうか。

三木田 PALTACだけ儲ければいいとは考えていません。メーカーから小売業まで含めて、サプライチェーン全体を巻き込んでいく仕組みが必要です。1社だけ頑張っても、部分最適ではうまくいかない。川上から川下まで「全体最適」を考えるのがPALTACのミッションです。

 例えば、メーカーに対しても事前に需要予測を伝えて、「過剰の原料を購入せずに済みますよ」と巻き込んでいくことが重要です。さらに「在庫管理も任せてください」と、そうすれば無駄な中間の倉庫や運送業にお金を使わずに済むでしょう。いくらPALTACだけが努力しても限界があります。

問 三木田会長の信条、経営する上での心構えは何でしょうか。

三木田 常に相手の立場になって考えるということです。全体最適を目指して、生産性を上げることを考えています。ビジネスでは自分たちだけが得をするというのは続きません。

 まずメーカーや小売業の利益を考えると結果的に自分たちも利益が出るのも事実です。私は若い頃からセクショナリズムが嫌いでした。大企業病にならないために常に「変化」を続けなければならないでしょう。これらは全て会社に入ってから教わりました。私は筋を通す性格でしたからオーナーがいる企業では衝突して勤まらなかったでしょう。

 正論が通る会社で、進取の気性に富んだ社内文化があったので救われました。だから会社には感謝していますし、社員が自由に仕事が出来ること、これが原点です。但し、若い社員には「正しいことを言うときは気を付けなさい」と教えています。場合によっては相手が傷つくでしょう。いつも全体のことを念頭に置くことが大切です。

 心底相手の立場になって考えたら、信頼が生まれる。義理人情の話になりますが、そんなエピソードならいくらでもあります。そういう意味で言ったら、私は人たらしかもしれません。以前、物流センターのパート・アルバイトの方からも「他なら物流センターに冷暖房はありません。ありがとう」という内容の手紙をもらったことがあります。社員に対しては公平・公正です。そうでなかったら人は動きません。うちは人を大切にする会社です。業績も上方修正したらそのままということはありません。夏も冬も2回賞与を増額しました。


メーカーから小売まで全体最適

とにかく変化が好き

問 仕事を実行するのは人ですね。PALTACの人材教育についてはどうですか。

三木田 人材が最大の経営資源です。自前で人材教育を始めています。まずは、若い社員には、PALTACのことを勉強して欲しい。それから数字にも明るくならなければいけません。メーカーと小売業の決算書が分かる程度でいい。売り掛けがどの位あって、回収はどうなっているのかなど、数字で把握することは大事なことです。

 昨年からは社長や支社長といった肩書きで呼ぶのは禁止し「さんづけ」に変えました。服装もスーツではなく、年中カジュアルでよしとしました。大企業病にならないために、もう一度、自由闊達な社風にしようと活動を始めています。

 私は常に変化することが好きです。あるときは緩めたり、またあるときは締めたり、振り子のように変化します。

 「会長、いつ改革は終わるのですか?」と聞かれますが、改革・進化に終わりはありません。一生続きます。制度は固まった瞬間からマンネリ化し、上司の言うことは絶対となり、弊害があります。もちろん法令は厳守しなければなりません。

 上司は部下を叱ったらいけません。問題が起こったら、その解決策を探して教えるのが仕事でしょう。命令するのが仕事ではない。昔から、「穴を掘れではダメ。水が必要だから井戸を掘ろう」が正しい。目的を示して指示を出すことです。「俺が言うからやれ!」はいけません。

 どれだけ優秀な講師に学んでも上司が変わらなければ、会社は変わりません。「売って来い!」はナンセンス。売れない商品を無理やり売ってはいけません。消費者も喜ばない。改善できるムリ・ムダはまだまだあって、合理的に効率を上げられるところはあります。生産性が高いといっても、まだうちはトヨタでいうところの「乾いた雑巾」にはなっていません。

問 次世代の経営者へ向けてアドバイスをいただけますか。

三木田 従業員に「希望」と「夢」と「安心」を与えるのがトップの仕事です。やり甲斐のある仕事が出来る職場がいいでしょう。簡単に言えば、「お父さん、いい会社に勤めて良かったね。退職してからも安心だね」と家族から言ってもらえる会社にするのが経営者の仕事です。



P r o f i l e

三木田國夫(みきた・くにお)

1943年10月23 日生まれ。66 年、近畿大学商経学部商学科を卒業後、大粧(現PALTAC)に入社。営業部長、常務、副社長などを経て、98 年社長に就任。RDC 建設と業界再編成を推進、同社を年商8000 億の化粧品・日用品、一般用医薬品の最大手卸会社に育てた。2010年6月、代表取締役会長に就任。



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