トピックス -企業家倶楽部

2016年04月26日

第一期インターネット革命を担った企業家たち/ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO 藤原 洋

企業家倶楽部2016年4月号 IoTとイノベーション vol.5


肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。

藤原 洋(ふじわら・ひろし)


1954 年生まれ。1977年、京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒業。工学博士(東京大学)。日本IBM、日立エンジニアリングを経て85 年、アスキー入社。96年、インターネット総合研究所(IRI)を設立、代表取締役所長に就任。99年、東証マザーズに上場。2000年、第2 回企業家賞を受賞。05年6月に子会社のIRIユビテック、8月にブロードバンドタワーをヘラクレスに上場させる。




これまで、「コンピュータが半導体チップになる」「コンピュータがパーソナルになる」という2つの革命を起こした企業家たちによるイノベーションを見てきました。これからの2回は、学術研究用ネットワークとして生まれた「インターネットによってパーソナルなコンピュータが繋がる」革命を起こした企業家たちの動きを見てみたいと思います。



インターネット技術の発展小史

 インターネットの起源は、1962年のキューバ危機に始まります。米国は、国内のどこに核ミサイル攻撃を受けても耐性の強い完全分散型ネットワークの研究を同年に開始しました。

 即座にこれに応えたのが、ポール・バラン氏(当時ランドコーポレーションの研究員)によるパケット交換(回線交換と全く異なり、宛先と送元アドレスをつけてデータをパケット単位で交換する方式)の発明です。この原理に基づき69年にARPANET(国防総省の研究用ネット、アーパネット)が完成しました。

 これをさらに大規模で接続可能とするTCP/IPをロバート・カーン博士(国防高等研究計画局〔DARPA〕研究員)とヴィント・サーフ博士(当時スタンフォード大学)が共同で開発。74年に最初のTCP/IP仕様「RFC675」を完成、83年に全米の研究機関が相互接続され、インターネットの利用は世界中の学術研究ネットワークへと発展しました。その後、NSFNET(全米科学財団のネット)へ発展し、ついに90年に米国政府は商用化を決断。世界中のコンピュータが拡張性を持って繋がるようにインターネットを開放したのでした。

 時を同じくして89年、ジュネーブにあるCERN(欧州高エネルギー物理学研究所)のティム・バーナーズ・リーによるWeb(World Wide Web、ウェブ)の大発明がなされました。世界中のウェブサーバーがURL(インターネット上にある情報資源の位置を記述するためのデータ形式)で示せる仕組みでした。

 また、このウェブの仕組みを分かり易い画像・文字・音声で操作できる閲覧ソフトであるHTMLブラウザを、当時イリノイ大学に通っていたマーク・アンドリーセンが93年に開発しました。これから述べる巨大なインターネットビジネスの登場は、約30年に及ぶ学術研究者たちの偉大な発明の土台の上に起こったのでした。



「ポータル」モデルを確立したヤフー

 ウェブの登場後、様々なウェブサイトが乱立するようになり、利用者にとってはどのサイトが自分の求めるものなのかが悩ましい時代を迎えました。そこで、スタンフォード大学大学院修士課程でコンピュータ科学を学んでいたジェリー・ヤンとデビッド・ファイロの二人が、価値のあるサイトを登録させたデータベースを作り、それをサービスとして提供するディレクトリー型の検索エンジン機能付きポータルサイトを思いつきました。これは、ネットサーフィン中に見つけた興味深いページを「ジェリーのワールド・ワイド・ウェブ案内」で公開していたことに始まります。リンクが階層的に分類され、ポータルとしての特徴である、ジャンル別に検索しやすくなったサイトは大評判となりました。

 スタンフォード大学のネットワーク負荷が増えたため、95年初頭にはマーク・アンドリーセンの勧めで、彼が起業したネットスケープコミュニケーションズのコンピュータ上に移行しました。これによりジェリーらは注目を集め、ベンチャーキャピタルから出資を得て、95年3月1日、シリコンバレーにヤフーを共同設立。その後ソフトバンクからの出資を得て、96年4月にNASDAQへの上場を果たしました。ヤフーは、「閲覧回数が多く滞留時間の長いサイトの広告価値は高い」というバナー広告モデルを確立したのです。



「Eコマース」モデルを確立したアマゾン

Amazon.com(アマゾン)の創業者ジェフ・ベゾスは、テキサスの広大な牧場育ちです。理系が得意で、プリンストン大学でコンピュータ科学と電気工学を学び、86年に大学卒業後ウォールストリートの金融機関のIT部門でトレーディング・システムの構築に従事。90年にはヘッジファンド、D.E.Shaw & Co.に移籍、92年に経営幹部へ昇進しましたが、94年春にはウェブの急拡大に気付き、退職してシアトルに移住しました。Eコマース事業の将来性に着目して、94年にインターネット書店の Cadabra.comを開業。翌95年7月16日、アマゾンとして正式にスタートしました。

 アマゾンの特徴は、ジェフ・ベゾス独特の「顧客中心主義」「発明中心主義」「長期的視野」を掲げていること。米国内で最大規模の書店が20 万点の書籍を扱っているのに対し、インターネット書店であれば、何倍もの種類の商品を扱うことが可能であるというロングテール理論を実践し、設立当初の4~5年の期間は赤字となることを当事者自身の戦略としていたのが特徴的な企業です。そして、97年5月に赤字決算で株式上場に成功しました。

 Eコマースは一般の小売業と違い、「当社は売上高や利益ではなく、フリーキャッシュフローを最大化することを目的にしている」と株主宛への年次報告書に記し、「通期決算で赤字決算となることもある」と明示しています。上場以来、株主に対し配当を配ったことがなく、2014年時点で17年連続無配を継続していることに対して株主が理解を示している稀有な株式会社的企業です。アマゾンのビジネスモデルは、レコメンデーションエンジンによる販売促進とアフィリエイト広告によってさらに強化されたと言えます。



「検索」モデルを確立したグーグル

 グーグルは、スタンフォード大学の博士課程に在籍していたラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンによる、ウェブページに関する重要性の重みづけのアルゴリズムである「ページランクアルゴリズム」のアイデアを発端としています。

 二人は、検索エンジンの目的はインターネット利用者にとっての重要度の高さを判定することにあると気付き、ヤフーを始め、検索エンジンが登録を基本とするディレクトリー型全盛の時代に、ソフトウェアロボットが自動的に閲覧し、ウェブサイトのリンクの張られ方を調査し、ウェブページ毎の重要度ランキングを生成する手法を開発しました。

 彼らは、大学の先輩に当たるサンマイクロシステムズ社の創業者の一人、アンディ・ベクトルシャイムからエンジェルとして10万ドルを投資してもらい、98年9月4日にグーグルを設立しました。その後、99年6月7日に二大ベンチャーキャピタルであるKPCB、セコイアから2500万ドルの出資を得て、シリコンバレー発祥の地マウンテンビューに移転、00年にリスティング広告(検索結果に応じた広告を掲載)を採用。同広告手法は、ヤフー子会社のオーバーチャ社の特許侵害で係争しましたが、04年和解し、8月19日にNASDAQに上場を果たしました。現在でも2人合わせて16%の株式を保有し、ミッション・ステートメントに「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」を掲げて事業を拡大し続けています。

 以上に述べたように、「インターネット」による革命を起こした学術研究者とこれらを利用してビッグビジネスを創った人々がいました。次回は、最終回として情報発信源に関わる新たなインターネット革命についてお話しします。



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