トピックス -企業家倶楽部

2016年06月28日

【ベンチャー三国志】vol.38 米スプリント再建に苦戦

企業家倶楽部2016年8月号 ベンチャー三国志


ソフトバンクは1兆5700億円で買収した米スプリント再建に手間取っている。2016年3月期にスプリントは3100億円の営業利益段階で黒字に転じたが、まだ、最終利益では赤字だ。スプリントのCEOを代えるなどして、業績は徐々に上向いている。問題は12 兆円におよぶ借入金だ。孫正義はどうやってこの難関を切り抜けるか。



12年の記者会見

今号は米スプリントについて書く。

 ここに、2012年10月15日の「スプリント社の戦略買収について」というソフトバンクのパンフレットがある。スプリント買収の記者会見場で配ったもので、記者会見場にはスプリントの前のCEOダン・ヘッセも同席していた。

 めくってみると、4ページ目にスプリントを買収した時のソフトバンク・スプリント連合の累計契約数がある。両社の合計数は9600万で、NTTドコモの6100万、auの3600万をはるかに超える。さらに、5ページ目に年間携帯電話の売上高が掲載してある。ソフトバンク・スプリント連合が2.5兆円、NTTドコモが2.1兆円、auが1.3兆円で、契約数、携帯電話売上高ともにソフトバンク・スプリント連合がNTTドコモを上回る。

 15ページ目になると、米国と日本の携帯電話の市場性を示している。米国が3.5億人の契約者なのに対し、日本は1.4億人。しかも、伸び率も米国が断然優っている。

 しかし、20ページでは、米国の通信速度が日本に比べて遅いことを指摘している。日本が2.0Mbpsなのに対し、米国は1.1 Mbpsと日本の約2分の1の速度しかない、とパンフレットで指摘している。つまり、ソフトバンクがスプリントを買収すれば、通信速度は上がり、米国の消費者は得をすると言いたげである。

 21ページ目では、第1位のベライゾン32%、2位のAT&T30%と契約者シェアが上位2社の寡占状態にあることを示し、3位(当時)のスプリントをソフトバンクが買収する意義を語った。

 23ページから81ページにかけては、「そうは言ってもスプリント買収はリスクだ」との消費者の疑問に答えている。最初の疑問は「この投資は成功しますか?」という率直な問いに、「自信があります」と答えている。

 その根拠はボーダフォン買収後の借入残高が2011年度に完済されたことや連結売上高が6.3兆円とNTTドコモの4.2兆円を抜いて世界規模の通信事業者になることをあげている。携帯電話の売上高は中国モバイルの3.3兆円、ベライゾンの2.8兆円に次いで、ソフトバンク・スプリント連合が2.5兆円と世界第3位に躍り出ると結んでいる。



各社の新聞記事

 この記者会見とニュースリリースをもとに各マスコミは一斉に記事を書いた。日本経済新聞も1面トップで報じた。「ソフトバンク、米社買収発表。来期、通信増収見込む」という見出しが躍った。概ね好意的な記事で、買収金額は201億ドル(当時のレートで1兆5700億円)と巨額にのぼった。この記事の中には、「スプリントは14年12 月期で最終黒字化する」という証券アナリストの予想も入れている。実はそうならなかったが、当時は孫正義の弁舌に乗せられて、記者もリップサービスをした。「もう冒険はしません」と孫正義は投資家に誓ったにもかかわらず、1兆5700億円の買物になった。

 10月15日の3日前の12日に、日経は1面トップでスプリントの買収を大々的に報じた。見出しは「米携帯3、5位買収へ。ソフトバンク、2兆円超」。読んでみると、「ソフトバンクは米携帯電話第3位のスプリント・ネクステルを買収する方向で協議に入った。年度内にも発行済み株式の3分の2超の取得を目指す。スプリントを通じ米5位のメトロPSCコミュニケーションの買収も検討している。実現すれば買収総額は2兆円を超える見通し」。恐らく、ソフトバンクからリークされたものとみられる。



苦戦続くスプリント

 鳴り物入りで買収したスプリントはどうだったのか。今のところは苦戦している。これによって、ソフトバンクの買収戦略がとどこおっているように見える。

 元々、孫正義の買収戦略は黒字経営の企業、それも業界ナンバーワンかナンバーツーの企業に限られていた。コムデックスもジフデイビスも全米で業界ナンバーワンの企業だった。孫正義は「赤字の会社を買収すると、黒字にするのは大変労力がいる」と赤字会社を敬遠していた。

 ところが、06 年春に買収した携帯電話のボーダフォンは赤字ではなかったものの、業界ナンバーワンではなかった。これを2兆円で買収、短期間で見事、再生した。借入金も完済した。これに自信を得た孫正義はスプリント買収に向かったものとみられる。

 もう一つは、誰れかの情報によって、スプリント社が売りに出ている、とのうわさをキャッチしたのかも知れない。その場合、誰れかというのは相当の米国通であろう。

 こうして孫正義は初めて赤字企業を買収したのである。しかも、自分より図体の大きいスプリントを買収した。当初の計画では、当時米4位のTモバイル(現在、スプリントを抜いて3位)も一緒に買収して、スプリントと合併させるはずだった。

 日本経済新聞には、2014年7月ごろ、あたかもTモバイルを買収したかのような記事が出た。7月12日の日経1面トップに「米携帯4位買収 大筋合意へ。ソフトバンク融資枠4兆円」という派手な見出しを付けて「ソフトバンクが米携帯会社4 位TモバイルUSの買収について、親会社の独ドイツテレコムと大筋合意し、詰めの協議に入ったことが、11日分かった。国内外の8金融機関が買収資金として総額4兆円規模の融資枠を設ける」と報じた。

 13年に買収したスプリントと統合すれば、米国で約1億の契約件数となり、2強と互角に戦える、と孫正義は踏んでいた。



米通信当局が合併待った!

 ところが、オバマ民主党政権は孫正義に怖れをなしたのか、スプリントとTモバイルの合併を認めなかったのである。上位3社で戦うのは消費者の権利を損なうとして、通信当局は孫正義の考えを拒否した。恐らく、ベライゾン・ワイヤレスとAT&Tの上位2社の意向をおもんぱかったのだろう。

 2014年8月7日の日経に「携帯4位買収交渉 白紙に。ソフトバンク 米当局の壁」という見出しで、Tモバイル買収が白紙に戻ったことを伝えた。元々、米当局が第3位と第4位の統合を認めるか、危ぶむ声があったが、今回の賭けは厳しい結果になった。



ソフトバンクの軍師がいない

 悪い時は重なるもので、前年の2013年10月にナンバーツーの取締役、笠井和彦(福岡ソフトバンクホークス社長)が逝去した。11月18日の「お別れの会」での孫正義は涙につまりながら、お別れの言葉を述べた。

 笠井はソフトバンクの軍師といえる人で、孫正義にも直言した。孫正義が2008年のリーマンショック後にソフトバンクの非上場化を検討したとき、笠井は「絶対反対です」と言った。「もし、あのとき止めてくれなかったら、スプリント買収は出来なかった」と孫正義は打ち明けた。

 今、ソフトバンクには笠井のような軍師がいない。宮内謙では大人しすぎる。社外取締役の永守重信や柳井正らは孫正義にズケズケ言うことが出来るが、社内の取締役で笠井のような人はいない。

 経営トップはどんなに注意しても「裸の王様」になる可能性がある。権力者という者はそういう者である。権力は魔物である。誰でも晩年の秀吉になる可能性がある。聡明な孫正義がそうならないとも限らない。それを止めるのが軍師である。

 話しが横道にそれた。元に戻そう。孫正義は2社の合併をあきらめ、スプリントだけを買収したのである。これがアメリカ進出の誤算の始まりだった。実際に買収が完了したのは2013年7月11日だった。第2の誤算はスプリントが赤字経営からなかなか脱しなかったことである。

 はじめ、孫正義は買収した時のCEOダン・ヘッセをそのまま、CEOにした。しかし、一向に赤字経営は直らない。業を煮やした孫正義は2 014年8月6日、ダン・ヘッセに代えて、マルセロ・クラウレ(43)をCEOにすえた。マルセロ・クラウレは子会社、米携帯卸販売のブライトスターのCEOを兼務する。孫正義はクラウレを評して、「山賊のような男」と言った。野性たっぷりの男だと言いたかったのだろう。


ソフトバンクの軍師がいない

営業利益では黒字に、9年振り

 スプリントも孫正義やクラウレCEOの懸命の努力によって、9年ぶりに米基準ベースの営業利益は3億1000万ドル(約330億円)と黒字に転じた。1000項目のコスト削減案が功を奏したとみられる。

 全社員が毎日帰宅時にゴミ箱を回収場所に持参し、清掃員200人を削減する、といった涙ぐましいコスト削減策を実施したお陰である。

 業績は改善に向かっているが、しかし、税引き後純利益は19億9500万ドルの赤字のままである。完全に黒字体質になったとは言い難い。

 2016年1~3月期の契約純増数の伸びもやや鈍り、Tモバイルとの差も広がった。これから、契約数の増加が課題だ。


営業利益では黒字に、9年振り

インドに向かう

 そんな訳で、アメリカ進出は成功とは言えない。中国、アメリカがダメだったら、どこがあるか。孫正義はインドに目を向け始めた。インドの首相と会ったり、インド人のニケシュ・アローラを後継者に迎えた。

 これからは“第2のアリババ”を探すため、インドのベンチャー企業に投資をして行くだろう。インドの人口は現在13 億1100万人で、中国の13億7600万人に次ぐ世界第2位であるが、早晩、中国を抜いてトップに躍り出るだろう。カースト制度や言語が多すぎるという問題はあるが、大国であることは間違いない。

 その意味では、未来のインターネット大国になるだろう。ネットを中心にベンチャー企業が続々誕生する。未来のソフトバンクやアリババが誕生するだろう。

 事実、ソフトバンクは幾つかのインドのベンチャー企業に投資している。たとえば、ネット通販大手のスナップディールに6・27億ドル(約677億円)出資し、タクシー配車プラットフォームのオラに既存株主と合わせて2.1億ドル(約277億円)出資で合意した。さらに、2015年6月にインドで再生可能エネルギー事業を手がける合弁会社を設立すると発表した。具体的には、台湾企業と共同で約200億ドル(約2兆4700億円)を投じる計画だ。

 こんな訳けで、ソフトバンクのM&A(企業の合併・買収)はひと休みだ。しばらくはスプリントの再建に全力投球した方がいい。

 企業にも人にも踊場が必要だ。つまりひと休みして、次の仕事に取りかかった方がよい。トップは疲れていなくても現場は疲れている。戦国武将でもそうだ。織田信長は急ぎすぎて本能寺で倒れた。秀吉も力を蓄えないうちに海外出兵して失敗した。

 徳川家康は先輩2人の失敗をみて、国内にとどまり、徳川300年を築いた。家康は実に辛抱強い男である。時勢を読むのに長けた男であり、関ヶ原の戦いまで勝機を待った。孫正義に辛抱があるか。

 次回は孫正義から離れて、ほかのITベンチャーをみてみよう。ITベンチャーは孫正義だけではない。楽天の三木谷浩史、スタートトゥデイの前澤友作、GMOインターネットの熊谷正寿は紹介したので、ほかのITベンチャー企業家を紹介する。



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