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2016年07月01日

鈴木敏文氏は幸せな経営者人生を送った! !

企業家倶楽部2016年8月号 視点論点


 セブン&アイホールディングスの首脳人事は鈴木敏文氏が名誉会長に就任し、一定の影響力を持つことで、一件落着したが、ある財界の重鎮によると、「最初から勝負はわかっていた」と言う。

 その重鎮によると、「伊藤さんと鈴木さんの関係は旦那と番頭の関係だ」とのこと。もちろん伊藤雅俊さんが旦那で鈴木さんが優秀な番頭。

 旦那は番頭が使えるうちは使うが、番頭がお家乗っ取りを企むような時は容赦なく切る、というわけだ。今回、鈴木氏は番頭の身であったにもかかわらず、旦那のような振る舞いをしたので、旦那(伊藤氏)が番頭をやめさせた、と重鎮は解説する。

 1992年、総会屋事件で伊藤氏はイトーヨーカ堂社長をやめ、鈴木氏にあとを託した。伊藤氏としては、あくまで社長を一時、鈴木氏に託しただけで、全権を託したわけではない、と重鎮はみる。

 しかし、鈴木氏のその後の行動は全権を託されたかのような行動で、「番頭の分をわきまえなかった」と言う。確かに、自分の次男をセブン&アイの取締役にしたり、セブン-イレブンの社長を代えたりするなど、番頭の分をわきまえない行動が目立った。

 特に、伊藤氏のカンに障ったのは社名変更だろう。2005年にイトーヨーカ堂からセブン&アイに代えた。創業者(伊藤氏)の存命中に社名を変更したのはいかがなものだろうか。確かに、スーパーの時代からコンビニエンスの時代に移ってはいたものの、セブン&アイと、セブンを最初に持ってきたのはいかにも合理主義の鈴木氏らしいと世間はみた。

 さらに決定的だったのは東京のイトーヨーカ堂千住店の閉鎖。千住店はイトーヨーカ堂の発祥の地で、伊藤氏は閉鎖は忍びなかったはず。これを鈴木氏が閉鎖したので、堪忍袋の緒が切れたのではないか。

 伊藤氏と鈴木氏は水と油、性格は正反対である。伊藤氏は物腰低く、慎重居士。しかし、二枚腰で、なかなかしたたかな経営者だ。一方、鈴木氏は一見とっつきが悪く、ツッケンドンとしているが、根は悪くない。伊藤氏が柔とすれば、鈴木氏は剛だろう。共通しているのは二人とも優秀な経営者だということだ。

 二人がお互いの分を守っている間はうまく行っていたが、近年仲が悪くなっていた。鈴木氏は優れた経営者で、セブン-イレブンをコンビニナンバーワンに育てた。鈴木氏の妥協しない性格が奏功した。

 しかし、最後になって、頑固な性格が障いした。とはいうもののこのまま、最高利益を出して引退すれば、「名経営者」といわれるだろう。誰れでも志半ばで引退するのだから、83歳になった鈴木氏は満足な経営者人生を送ったと思う。伊藤氏も心の中で「ご苦労様」と感謝しているのではないだろうか。

 惜しまれて引退するのは、誰れしもが望むことだ。織田信長は49歳で本能寺に倒れたが、生きていたら、どこまで「天下布武」の旗を広げたか、人々のロマンをかきたてる。

 片や、豊臣秀吉や徳川家康は天下を統一したが、国民の人気は今ひとつ。鈴木氏も最高利益で強制的に引退させられたが、どこまで業績を伸ばせたかと人々のロマンをかきたてる。

 5月26日、セブン&アイの株主総会が開かれた。総会の最後に新しく社長に選ばれた井阪隆一氏と退任する鈴木氏が握手して和解を印象付けた。収まったように見えるが、しばらくセブン&アイは揺れるだろう。(T)



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