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トピックス -企業家倶楽部

2016年06月22日

第二期インターネット革命 SNSからIoT革命へ/ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO 藤原 洋

企業家倶楽部2016年6月号 IoTとイノベーション vol.6


肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。

藤原 洋(ふじわら・ひろし)


1954 年生まれ。1977年、京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒業。工学博士(東京大学)。日本IBM、日立エンジニアリングを経て85 年、アスキー入社。96年、インターネット総合研究所(IRI)を設立、代表取締役所長に就任。99年、東証マザーズに上場。2000年、第2 回企業家賞を受賞。05年6月に子会社のIRIユビテック、8月にブロードバンドタワーをヘラクレスに上場させる。




   前回、「インターネットによってパーソナルなコンピュータがつながる」革命を起こした企業たちの動きを観てきました。今回が最終回ですが、今、世界中のコンピュータがインターネットによってつながった後、情報の発信源を巡る革命が起こっています。



SNSの登場

 ウェブの発明によって、ヤフー、アマゾン、グーグルといった巨大インターネットビジネスが誕生し、第一期インターネット革命を制覇したポータル型ネット企業が情報発信源となりました。次に登場したのがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)です。SNSの特徴は、「情報発信源が利用者である」という点で、「人同士のつながり」をオンライン化し、利用者自身が創る「コミュニティ」を通じた「友達の輪」のネットワーク型組織を自己増殖的に形成していく仕組みです。

   これらのSNSの本質である、「利用者が参加型でコンテンツを作る」という仕組みは、ユーズネットやAOL等で、インターネット以前から多くの試みがありました。そして、2003年のマイスペースとリンクトイン、グーグルのオーカット、05年のベーボの登場でSNSブームとなり、05年にはマイスペースのページビューがついにグーグルを上回りました。その後、世界最大のSNSに成長したフェイスブック、140文字制限に特徴のあるツイッター、ビジネス・職業上の繋がりのリンクトイン、ライン等が市場を牽引しています。



フェイスブック

 SNS時代の覇者=フェイスブックは、私もかなりのヘビーユーザーで、創業者はマーク・ザッカーバーグ(1984年~)です。彼はハーバード大学在籍中に、計算機科学専攻のアンドリュー・マッコラム(創業には参加せずにユーチューブ創業へ参加)、ルームメイトのダスティン・モスコヴィッツ、クリス・ヒューズ(創業には参加せず)、エドゥアルド・サベリンの協力を得て同サイトを開設し、04年4月の同社の創業へとつなげました。

   決め手となったのは、「フェイスマシュ.com」と呼ぶハーバード大学内特定のランキングサイトで、彼がハッキングして得た女子学生の身分証明写真をインターネット上に公開し、女子学生の顔を比べて勝ち抜き投票させるゲームでした。それが問題となり、彼はハーバード大学の半年間の保護観察処分を受けるに至ります。開設後すぐに大学の管理部職員によってザッカーバーグのインターネットアクセス権が無効とされ、ハーバード大学運営理事会によって、コンピュータのセキュリティを破りインターネット上のプライバシーや知的財産の規約に違反したとして処罰されてしまいました。彼は、自由で公然の情報利用を可能にすべきと主張しましたが、受け入れられず、SNSサイト「フェイスブック」を立ち上げ、1年後に中退してしまいました。フェイスブックという名前は、アメリカ合衆国の一部の大学が学生間の交流を促すため、入学した年に提供している本の通称である「Face Book」に由来しています。

「フェイスブック」の会員は、当初ハーバード大学の学生に限定されていましたが、ボストン地域の大学、アイビー・リーグ八大学、スタンフォード大学へと拡張され、06年初頭に全米の高校生、06年9月には13歳以上のすべての人々を対象としました。

   05年5月、アクセルパートナーズが1270万ドルをフェイスブックに投資したことで急成長を始め、マイスペースやグーグルとの激しい競争の末、09年1月のコンピートドットコムによる調査で、ワールドワイドな月間アクティブユーザー数によるランキングでSNSの第一位となりました。12年5月18日にフェイスブックは株式上場を果たし、東海岸からシリコンバレーのメンローパークに本部を移転したのでした。



IoT時代の到来

 人間がインターネットに接続されている限り、インターネット利用者数は世界の人口を超えない訳ですが、モノがつながると現在では既に100億、20年には250~500億接続になると見られています。

   さて、ここで「世界中のコンピュータをつなぐ」ために生まれたインターネットの話を一旦おいて、コンピューティング・スタイルについてのイノベーションを振り返ってみたいと思います。この連載の第一回で述べたように、最初に登場したコンピュータは、とても高価でした。従って、最初のスタイルは、「メインフレーム・コンピューティング」(一台のコンピュータを沢山の人が使う)でした。次にマイクロプロセッサの登場で、「パーソナル・コンピューティング」(一台のコンピュータを一人で使う)へと進化し、インターネット時代の到来で「利用者が受動的なポータル」と「利用者が参加型のSNS」へとインターネットの利用形態が進化しました。そこで、次なるコンピューティングの進化は、「ユビキタス・コンピューティング」(一人が沢山のコンピュータを使う)ということになりますが、ここに新たなインターネットの進化が同期し始めました。これが、IoT(モノのインターネット)なのです。

   IoTの原点とも言うべき、「ユビキタス・コンピューティング」の創始者は、TRONプロジェクトを立ち上げた、坂村健氏(1951年~、東京大学情報学環教授)です。これは、リアルタイムOS仕様の策定を中心としたコンピュータ・アーキテクチャ構築プロジェクト。プロジェクトの目指す最終的到着点のグランドイメージとして「どこでもコンピュータ」ことHFDSを掲げて84年6月に始動し、これまでTRONは各種組込み機器用OSとして10億本以上が世界的に普及しています。坂村教授は、15年ITU(国際電気通信連合)150周年記念の「電気通信に貢献した世界の六人」にアジアから唯一人IoTの創始者として選任されました。

   坂村教授に続いて、88年にIoTという概念につながる「ユビキタス・コンピューティング」という言葉を提唱したのが、ゼロックス・パロアルト研究所のマーク・ワイザー(1952~99年)でした。これは、元来 「ユビキタス=あらゆる所に神(コンピュータ)が存在する」というラテン語の宗教用語に由来しています。

   インターネットの商用化後に、インターネットによるセンサーネットワークを99年に「IoT」と命名したのが、英バーミンガム生まれのケビン・アシュトン(68年~)で、当時マサチューセッツ工科大学Auto IDセンターでRFIDや他のセンサー向け標準化作業に尽力した人です。

   コンピュータの登場から約70年、インターネットの登場から約50年が経過し、「あらゆるモノにコンピュータが組み込まれて、インターネットによってつながる」、全く新しい時代を迎えました。私は6月に一般財団法人インターネット協会理事長に就任し、早速「IoT推進委員会」を立ち上げました。インタロップ東京2015に坂村健教授を最高顧問として招き、日本発IoT革命を先導するシンポジウムを開催したところ、立見席の出る程の盛況ぶりでした(写真参照)。

   今、「ポータル」や「SNS」を遥かに超える、第三次インターネット革命=「IoT」による全く新しい時代が、幕を開けたのです。その未来に何が待ち受けているのでしょうか?ベンチャー企業家にとって新たなビジネスチャンスの到来です。



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