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トピックス -企業家倶楽部

2010年02月27日

ジェネリック医薬品のトップメーカー/日医工 代表取締役社長 田村友一

企業家倶楽部2010年4月号 頑張るしなやか企業


ジェネリック医薬品(後発医薬品)の市場が拡大している。国民の医療費負担を抑制すべく、厚生労働省の主導で普及が進められ、その波に乗ったジェネリック医薬品メーカーが急成長している。その代表が、国内最大手に躍り出た日医工だ。社長の田村友一は「今後主流となるバイオ後発薬にも力を入れ、ジェネリック医薬品メーカーとして世界のトップテン入りを目指す」と意気込む。( 文中敬称略)

薬効が同じで価格が安い

 日医工の創業は1965年にさかのぼる。現社長、田村友一の父である田村四郎が日本医薬品工業(現・日医工)を創業し、ジェネリック医薬品の製造・販売を主力に発展を遂げてきた。

 ジェネリック医薬品は、新薬の特許が切れた後に販売され、新薬と同じ有効成分や効き目、安全性を持つ安価な薬を言う。価格は新薬に比べて3割から7割安い。新薬が先発医薬品と言われるのに対し、ジェネリック医薬品は後発医薬品と呼ばれる。このジェネリック医薬品の分野で、日医工は日本最大手に位置する。

 田村友一は1962年富山市生まれ。小さい頃から父の仕事を見て育った。「創業経営者として熟慮のすえ決断を下す父親の姿を見て、その父の跡を継ぎたいと思ってきた」と言う。学習院大学に在学中、文学部心理学科で社会心理学や医療心理学を学んだ。将来人を使う仕事に備え心理学を学ぶことが役に立つと考えたからだ。

 85年に大学を卒業後、住友商事に入社する。「大企業で大きな商売を見たほうがいい」という父からのアドバイスだった。経理や営業などを経て、87年に米シアトル・パシフィック大学に2年間留学、国内外で修行を積む。

 89年、満を持して日医工に入社する。当時の日医工は多角化を目指し、研究開発体制の重点をジェネリック医薬品から新薬にシフトしていた。しかし大手製薬会社との競争激化で、開発費も高騰。中堅の日医工にとって資本力のある大企業としのぎを削るのは厳しい局面だった。

 そこで95年にジェネリック専業メーカーへの回帰を図る。医療費抑制ムードの高まりから、ジェネリック市場の拡大も見据えてのことだった。

 ところが、その転換は内部で混乱を招いた。「新薬を開発するために今まで頑張ってきたのに」と現場から反発が起こってしまう。新薬開発を志す研究員は他の製薬企業へ転職していった。このため開発体制への移行がスムーズに進まず、96年11月期は31億6200万円の赤字に転落し、98年まで3期連続の赤字が続いてしまう。

 98年にはリストラに着手し、希望退職募集や保有資産の一部売却などを実施した。当時人事を担当していた田村友一は、約500名の従業員のうち100名を解雇する。「辞める社員やその家族のことを考えると、本当に胸が痛んだ。この頃が最も辛かった」と田村は振り返る。

 改革の効果が見え始めたのは、翌年の99年。ジェネリック医薬品の研究開発が整い、黒字化を達成した。これを機に創業者の田村四郎が社長を退き、取締役経営企画室長、専務などを経てきた田村友一が2000年2月、社長に就任する。


薬効が同じで価格が安い

増収増益で急成長

 その後、新社長の田村友一は「日本最大手のジェネリックメーカーへの飛躍」を掲げ、攻めの姿勢を打ち出した。特に注力したのが、営業の強化である。施策は3つあった。

 まずは取引先の病院数を増やすこと。特に大病院は市場規模が大きい。ただジェネリック医薬品の使用には消極的だった。「ここを新規開拓するには、医薬品メーカーとしての信頼と信用が最大の武器になる」。そう考えた田村は長期収載品に焦点を当てた。

 長期収載品は、大病院でよく使われているロングセラーの新薬である。大手製薬会社が主に製造・販売し、長い歴史を誇る分、信頼も高い。この既存の長期収載品ルートを活用することで新規の顧客を開拓できると田村は考えた。

 そこで日医工は三菱ウェルファーマの長期収載品である徐放性鉄剤「フェルム」やペニシリン製剤の「ペングローブ」の製造・販売権などを取得する。長期収載品のルートを使って、大病院の営業網を獲得する戦略である。「三菱ウェルファーマにとっては利幅の薄い長期収載品が負担になっていたが、我々にとっては顧客が開拓できるメリットがあった」と田村は振り返る。

 次に、営業担当の人材育成にも力を入れた。医業経営コンサルタントの資格を取得した医薬情報担当者(MR)を全国の営業所に配置した。ジェネリック医薬品の販売促進に限らず、病院側の課題を解決するコンサルティングにまで踏み込んだ。その中で費用対効果の高いジェネリック医薬品を薦める戦略を取った。

 最後は、M&Aである。05年4月同業で中小メーカーの日本ガレンを合併。日本ガレンは大株主に医薬品の卸会社が名を連ねているため、「医薬品卸のルートを強化できる」と踏んだ。さらに同年12月にオリエンタル薬品工業、07年4月にマルコ製薬、08年6月にテイコクメディックスを子会社化し、矢継ぎ早のM&Aを展開。ジェネリックメーカーとしての規模拡大を推進していった。

 これらの施策が功を奏し、同社は増収増益を続けていく。04年11月期の連結売上高は182億9500万円、経常利益25億3200万円だったが、09年11月期には売上高548億600万円、経常利益61億2100万円と、2.5倍の規模に成長を遂げた。



バイオ後発薬に注力

 現在、同社の医薬品は約600?700品目で、全国10万9000軒の医療機関などで利用されている。主力は循環器分野の治療薬や呼吸器用の医薬品。ジェネリック医薬品業界でのシェアは数量ベースで約20%と、ジェネリック医薬品メーカーとして国内最大手に躍り出た。

 日医工の急成長は内部の改革効果や成長戦略が原動力だが、ジェネリック医薬品の市場拡大も後押ししている。08年の医療用医薬品市場は前年比1.5%増の6兆6500億円で、そのうちジェネリック医薬品市場は前年比8%増の3608億円(マーケティング会社の富士経済調べ)。ジェネリック医薬品は新薬市場を上回るスピードで拡大し、医薬品における比率も年々高まっている。

 その背景には医療費増大の問題がある。厚生労働省をはじめとした医療行政は、国民の医療費負担を抑制すべく、2012年度までに医療用医薬品全体におけるジェネリック医薬品の割合を数量ベースで17・2%(07年)から30%にまで引き上げる考えだ。そこで調剤の報酬や処方箋の様式などを変更することで、ジェネリック医薬品の促進策が実施されてきた。医療の現場でもジェネリック医薬品の利用が増えたことで、市場の拡大が後押しされている。

 ジェネリック医薬品の市場は今後も年6?9%の成長率が見込まれている。新薬の特許の多くが切れる「2010年問題」も、大手製薬メーカーにとっては深刻な課題だが、ジェネリックメーカーにとっては新薬がジェネリックに置き換わるチャンスでもある。

 ジェネリック薬品の市場拡大の波に乗れば、日医工の成長の余地は大きい。だが、田村の危機感はむしろ増している。ジェネリック医薬品で世界最大手のイスラエル企業テバファーマスーティカル・インダストリーズ・リミテッドが日本に本格参入してきたからだ。テバは約1兆3000億円もの売上高を誇る。「現状では体力勝負で負けてしまう。いち早く売り上げ規模を1000億円台に持っていかなければ、生き残れない」と田村は言う。

 そのために同社が力を入れるのが、遺伝子組み換え技術を用いた「バイオ後発薬」である。バイオ医薬品は遺伝子組み換え型のたんぱく質などを活用して作り出された薬で、副作用が少ない。抗がん剤や抗ウイルス剤の新薬の主流になると見られている。このバイオ医薬品の特許がなくなったものを同じ成分で安価にしたのがバイオ後発薬である。「このバイオ後発薬を将来の柱に育てたい」と田村は言う。

 日医工ではバイオ後発薬の開発を強化すべく、新たな研究施設を富山県にある同社の工場施設内に新設する。7階建ての延べ床面積1万2000平方メートルで、投資額は25?30億円。ジェネリックメーカーによるバイオ後発薬の開発拠点としては国内最大級の規模を誇る。その内部には、バイオ医薬品を含む高分子医薬品を開発するバイオ実験室を設置。今年11月に着工し、来年12月に竣工を予定する。研究開発部門の人材も大幅に増やし、現在の約70名から120名体制に増やす。

「バイオ後発薬が本格化するのは、5?10年先の話。しかし我々は今から準備を万全にすることで、さらなる飛躍を遂げる開発体制をつくっておきたい」


バイオ後発薬に注力

世界トップテンを目指す

 中期計画では、2012年11月期に連結売上高で1330億円を達成し、世界のジェネリック医薬品市場で10位以内の企業規模を目指す。2012年までは国内に注力するが、その後は海外展開を推進する方針だ。

 海外展開は米国と東南アジアを攻める。米国では売り上げを期待せず、食品医薬品局(FDA)で品目の承認を得ることで、ジェネリック企業としての信用を高める考えだ。東南アジアでは、タイ(医薬品の市場規模約3000億円)、マレーシア(約1000億円)、香港(800億円)の3市場に焦点を絞る。3カ国の合計約4800億円の医薬品市場のうち、ジェネリック医薬品の市場は約1000億円と見られる。「今後はアジアを中心に世界規模で展開し、世界トップテンに名を連ねる企業に育てたい」と田村は意気込む。

 日本最大手のジェネリック専業メーカーが、世界を代表するジェネリックメーカーに飛躍できるか。その挑戦はまだ始まったばかりである。




会社概要

社 名 : 日医工株式会社
資本金 : 30億6425万円
所在地 : 〒930-8583  富山市総曲輪1丁目6番21
設 立 : 1965年7月15日
電 話 : 076-432-2121
株式上場 : 名古屋証券取引所 市場第一部
       大阪証券取引所  市場第一部
事業内容 : 医薬品、医薬部外品などの製造販売



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