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トピックス -企業家倶楽部

2016年12月23日

スタートアップ国家、イスラエルー軍人人脈が支える起業力/梅上零史

企業家倶楽部2016年12月号 グローバル・ウォッチ vol.10


 肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。

イスラエルは「スタートアップ国家」として知られる。経済規模当たりのベンチャーキャピタル投資が世界首位になるなど、米中印を凌駕する起業力を誇る。軍人ネットワークに支えられた起業生態系はネット・セキュリティー分野などで数多くのスタートアップを生み出し、最近では金融と情報技術(IT)の融合「フィンテック」でも注目を集めている。


 パソコン時代の対話ソフトの代表格、ICQが旧ソ連圏を中心に復活しつつある。ロシアのネット大手メール・ドット・ロシアが2010年に米AOLからICQ事業を買収し、スマホ向けに機能を拡充して普及に乗り出している。現在ロシアで670万人、世界で1100万人のユーザーがいる。

 このICQ 、もとはイスラエルの若者4人が創業したミラビリスが開発した。利益が出ていないにも関わらずAOLが約4億ドルで1998年に買収。今や日本のLINE、中国の微信(ウィーチャット)、そして米フェイスブックに買収されたワッツアップといった対話アプリ全盛時代だが、イスラエル企業は20年前に時代を先取りしていた。

 AOLによるミラビリスの買収は当時、イスラエルにとってはちょっとした事件だった。イスラエルがIT先進国として注目されるきっかけとなり、同国の若者の多くが、その持てる頭脳を生かして一攫千金を夢見るようになった。ミラビリスに出資したのが、創業者メンバーの一人の父親ヨッシ・ヴァルディ氏。自らソフト開発会社を起業した後、政府に入りエネルギー省次官なども務め、退官後はベンチャー投資家として活躍。「イスラエルのハイテク産業のゴッドファーザー」などとも呼ばれる。

 ヴィルディ氏はドイツ発のスタートアップ関係者の祭典「DLD」を05年からイスラエルのテルアビブで毎年主宰している。テルアビブには3000以上のスタートアップが集積している。DLDのお祭り期間中はオフィスの門戸を一般に開放し、自社のハイテク度をアピールするなど、テルアビブの街がスタートアップ一色に染まる。

「シリコンワディ」(ワディは水のない川の意味)。テルアビブを中心とするイスラエルの海岸沿い一帯は、いつしか「シリコンバレー」になぞらえてこう呼ばれるようになった。インテル、マイクロソフト、フェイスブックなど米国の代表的IT企業が研究開発拠点や製造拠点を設け、韓国サムスン電子、中国のアリババ集団などアジア企業もめぼしいハイテク企業を物色する。グーグルが地図アプリ開発のウェイズを13年に、アマゾン・ドット・コムが半導体メーカーのアンナプルナ・ラボを15年に買収するなど「ミラビリス熱」は続いている。

 09年に出版されたダン・セノール氏とシャウル・シンゲル氏の共著(邦訳「アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?」)は、イスラエルにおけるハイテク・スタートアップ興隆の秘密を解き明かした書として世界の注目を浴びた。ハイテク企業の代表格インテルがイスラエルに半導体工場を設けたのは1974年だが、同国経済は80年代半ばまでインフレに悩まされ低迷した。同書によれば「経済が本当に離陸するためには、新たな移民の波、新たな戦争、そして新しいベンチャーキャピタルの業界、この3つの要件が必要だった」という。

 イスラエルはその国の成り立ちからして移民の国だ。世界中のユダヤ人・教徒がその祖先がかつて支配していたエルサレムの地に戻って国家を建設する「シオニスト運動」を展開し、48年についにイスラエルを打ち建てた。50年に制定された「帰還法」はあらゆるユダヤ人にイスラエルに移住する権利を保証し、米国以上に移民に対して開放的な態度をとっている。ソ連の崩壊とともに90 年から2000年までに80万人のロシア系ユダヤ教徒がソ連から移住した(イスラエルの人口は現在800万人)。その3人に1人が科学者、エンジニアで、高度な知識を持った移民たちが新しい故郷で自ら仕事を生み出していった。

 73年の第4次中東戦争後、イスラエルはアラブ諸国とは本格的な戦争をしていないが、91年の湾岸戦争ではイラクからスカッドミサイルを撃ち込まれた。06年にはイスラム教シーア派組織ヒズボラがミサイル攻撃をしてきたため、イスラエルはヒズボラの拠点のあるレバノンに侵攻した。こうした戦争による破壊のリスクは継続しているが、グーグルやインテル、さらにウォーレン・バフェット(切削工具のイスカルに出資)ら海外の投資家が投資を引き上げることはなかった。投資のメリットが戦争リスクを上回ることを、ミサイル攻撃は投資家に認識させたのだ。

 イスラエルが周辺のアラブ諸国と緊張関係にあり、徴兵制に支えられた軍事力を維持してきたこともスタートアップ興隆と無関係ではない。退役軍人の人的ネットワークが起業家を支えている。特に国防軍の諜報機関「8200部隊」はハッキングなどのノウハウを駆使して情報を収集する。部隊の「卒業生」は数多くのスタートアップへの人材供給源となっている。米イーベイに2008年に買収された詐欺防止技術のフロード・サイエンスの創業者シュヴァット・シャケッド氏、ナスダックに上場する不正アクセス防止技術のチェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズを作ったギル・シュエッド氏などだ。ウェイズやミラビリスも8200出身者が関係しており、米フォーブス誌によればこうした卒業生によって千社以上のスタートアップが設立されたという。ネットの仕組みを熟知した元ハッカーたちがセキュリティー分野を中心に民需を開拓しているのだ。

 そしてVC。90 年以前のイスラエルには資金を供給するVC産業が育っていなかった。そこで政府が考えたVC産業育成の仕組みが「ヨズマ・プログラム」だ。93年、政府は1億ドルのファンドを設けて、一部は直接スタートアップに投資するが、残りは民間VCとの共同出資ファンドに投じた。民間VCの呼び水とする狙いで、民間が60 %を出せば政府が40%を出す。

 政府はこの制度にもう一捻り加えた。政府の出資分を民間が将来、安く買い取れるようにした。民間は初期投資のリスクを低減でき、さらに将来のリターンを大きくできる可能性がある。米アドヴェント・インターナショナル、京セラなど有名企業がヨズマに参画し、10のVCファンドができた。ヨズマの官民VCファンドは2億ドル強で始まり、05年には40億ドル強に拡大し大成功を収めた。

 VC産業の拡大の波に乗って、米国からやってきた投資家にジョン・メドヴェド氏がいる。

 95年にイスラエル・シード・パートナーズを設立し、医薬品開発のコンピュゲン(ナスダック上場)など数多くのイスラエル企業に投資してきた。携帯電話関連の音声技術特許会社ヴリンゴを創業してナスダックに上場させるなど、いわゆる「連続起業家」として活躍する。13年、今度はエルサレムでアワクラウドというフィンテック企業を創業した。不特定多数の投資家とスタートアップを結ぶクラウドファンディングの会社で、スタートアップの株式取得を目的とした一種のVCだ。プロの投資家とともに一般の投資家も1万ドルから投資ができる。5月にはシンガポールの大手銀行ユナイテッド・オーバーシーズ・バンク(UOB)と資本提携するなど東南アジアへの投資も視野に入れ始めた。

 アワクラウドはKPMGなどが選抜した「フィンテック100」にリストアップされている。フィンテック100にはほかにイスラエルからは不正防止技術のバイオキャッチ、仮想通貨のコルーなど5社が掲載されている。

 イスラエルの「スタートアップ国家」ぶりに注目し、日本でもインキュベーターのサムライインキュベート(東京・品川)がTISを誘って、現地の有望フィンテック企業発掘のためのプログラミング・コンペティション「ハッカソン」を開催。トヨタ自動車や村田製作所も別の分野で「ハッカソン」を実施した。イスラエルは日本にとっても無視できない存在になりつつある。




P r o f i l e  

梅上零史(うめがみ・れいじ)

大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。



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