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トピックス -企業家倶楽部

2016年12月27日

学者と経営者の二刀流でAI・IoT時代を制す/IRI/BBTowerグループの21世紀戦略

企業家倶楽部2017年1/2月号 IRI/BBTower特集第1部


マザーズ上場第一号として株式公開を果たし、一時はベンチャーの旗手ともてはやされたインターネット総合研究所(以下IRI)所長の藤原洋。過去には果敢に挑んだM&A で大敗を喫し、地獄を見たこともあった。しかし優良子会社ブロードバンドタワー(以下BBTower)の社長として生き残り、今やIRI 、BBTower2つの企業の総帥として、AI/IoT時代をけん引する。学者と経営者の二刀流で新時代に挑む藤原の真髄に迫る。(文中敬称略)




 2016年12月9日夕刻。東京・赤坂のホテルの一室には多くの人が詰めかけていた。会場にはたくさんの祝花が並び、華やいだ空気に包まれている。IRIの設立20周年記念式典が始まるのだ。

 18時30分、舞台の真ん中に進み出た笑みを浮かべた一人の人物。この男こそがこの日の主役、IRI所長の藤原洋である。

「皆さまのおかげで本日IRIは、設立20周年を迎えることができました。創業20年の企業生存率は0・04%と言われていますが、いろんなことがあったIRIはまだ生きています。そこでIRIのこれまでの20年とこれからの20年について話をさせていただきたい」。挨拶というよりはパワーポイントを使ってのプレゼンが始まった。いかにも藤原らしい。

「一番の出会いは共同経営者の大和田廣樹との出会いでした」と2人の若かりし頃の写真を提示、IRI創業の経緯と成長についての説明が始まった。

「当時売り上げ200億円までいったが、落とし穴にはまり、IRIまでもが上場廃止となった。我社のM&Aの成績は『7勝3敗1分け1大敗』です。オリックスさんに会社を持ってもらい、なんとか生き延びることができた。そして2011年に買い戻し、今があります」

 IRIの波乱万丈の歴史に、会場からはためいきと励ましの声が広まった。



IRI再上場を宣言

 藤原の話はまだ続く。

「これからの20年について話をしたい。

 過去20年日本だけがGDP3.4%減と衰退しているが、イスラエルは3.6倍と驚異的な成長を遂げている。こういう時代はイスラエルと組むしかない。

 テクニオン(イスラエル工科大学)はアインシュタインが創立者の一人といわれる、かの国でナンバーワンの大学。テクニオン発企業の73社がナスダックに上場しており、米国のハイテク企業を支えている。IRIはこのテクニオンの日本国内での第一優先・独占実施権を確保した。テクニオンとともに新規事業を開発、支援していく。それは情報通信産業に留まらず、流通・医療・農業などあらゆる産業分野のデジタルトランスフォーメーションを推進していきたい。

 そしてテクニオンとともに3年後の2019年にはIRIの再上場を目指したい」と高らかに宣言した。テクニオン発アルツハイマー予防のたんぱく質の構造をモチーフにしたネクタイを絞め、テクニオンとの取り組みに並々にならぬ意気込みを示す藤原。会場からは予期せぬIRIの再上場の話に、賞賛の拍手が沸き起こった。

 そして62歳にして「これからの20年」を意気揚々と語る藤原に、惜しみない拍手が贈られた。中でも「藤原さんはスゴイ」と温かい眼差しを向けていたのは、日本のインターネットの父として名高い慶応義塾大学教授の村井純である。村井と藤原は30年来の盟友だ。

 そしてこの日のために駆け付けたテクニオンの副学長ボアズ・ゴラニーのプレゼンの後、賑やかに祝杯が挙げられた。駆け付けた人々の激励に笑顔で応えながら、藤原はテクニオンと奏でる次なるIRIの未来戦略に頭を巡らせていた。


IRI再上場を宣言

試練を越えて 

 藤原を語るには、IRIの歴史を語らずには済まされない。あまりご存知ない向きに、IRIについて説明を加えよう。

 IRIは藤原が1996年12月9日に設立した会社だが、波乱万丈の運命をたどることとなる。IRIは当時の急速なインターネットの普及とともに成長。初年度から黒字を達成、設立当時から「3年後に上場する」と宣言、1999年12月には創業3年目で、東証マザーズ第1号企業として上場した。時価総額は一時1兆円を超えたというから、いかに期待が高かったかがうかがえる。

 その後、子会社としてグローバルセンタージャパン(現BBTower)を設立。また、タウ技研を買収、社名をIRIユビテックと変更。ユビテックとブロードバンドタワーは、2005年に共に大証ヘラクレス(現・東証ジャスダック)に上場、IRIグループは新時代のベンチャーとしてもてはやされた。


 しかし良いことは続かない。とんでもない落とし穴が待ち構えていた。2005年3月、東証2部上場のIXIの買収話が持ち込まれ、同年8月、IXIを買収した。しかしここに落とし穴があったのだ。2007年1月、IXIは粉飾決算が発覚し、上場廃止となった。

 しかしそれだけでは済まなかった。2007年5月23日、東証からIRIの上場を廃止するとの電話連絡が入ったのだ。

「IRIにはまったく不正がないのに、IXIの粉飾決算のおかげでIRIまでが上場廃止処分を受けるなんて・・・」と藤原は当時のくやしさを語る。株主の損害を最小限に食い止めるには短期間で引受先を探さねばならない。結果、オリックスの傘下に入ることを決めた。

 最後の株主総会を藤原は今でも鮮明に記憶している。株主たちからは怒りの声は全く無く、拍手がわき起こったのだ。その時、感謝と安堵感、そして責任の重さを痛感した。

 その後、藤原らはオリックスの社員となったが、その環境に飽き足らない藤原は2011年、買い戻すこと決断、実現した。この一連の苦楽を共にしたのが、現行BBTower常務の中川美恵子である。今はBBTowerの役員として活躍する藤原と中川だが、いずれIRIを再上場させたいという想いはあった。

 そして20周年式典で、再上場宣言をしたのだから、悲願達成にかける思いは如何ばかりか。今は目立った活動はなく、売上30億円のIRIだが、テクニオンとの新規事業で、宣言通り2019年の再上場が実現できるか、藤原の手腕が期待される。



5G時代をけん引するBBTower

 藤原が今、現実として心血を注いでいるのはBBTowerの事業である。IRIの子会社として2000年に設立したが、16年6月期は約348億円を達成、大きく成長している。今や藤原といえば、BBTowerの社長としての方がよく知られている。

 BBTowerは創業以来、データセンターサービスやクラウドサービス、ストレージソリューションを提供、インターネット業界の発展を下支えしてきた。その技術力はヤフージャパンの技術的バックサービスの全てを担っているといえば理解いただけるであろう。

 そのBBTowerのここ数年の進化は目覚ましい。新しいロゴを作成、BBTのロゴの下に「5GInnovations」の文言を付け加えたのも5G(ファイブジー)への積極的な取り組みを示す表れといえよう。藤原がいかに5Gに注力しているかがうかがえる。

 新時代に向けますます進化するBBTowerだが、ここ1~2年、あらたな分野に参入。本格的AI/IoT時代に向けて着々と布石を打っていゲストの末松誠氏とアンパカTVのスタッフと共にる。その取り組みの一部をこれから紹介しよう。


5G時代をけん引するBBTower

アンパカTV

 11月5日東京・原宿。土曜日の竹下通りは、若者たちでごったがえし、歩くのもままならぬ大変な賑わいだ。その竹下通りから脇道にそれて15メートル。アンパカTVのスタジオがある。

 この日は1カ月に一度、藤原自らが出演する『藤原洋のサイエンス・カフェ ガリレオ・ガリレイ』の生放送の日なのだ。

 中をのぞくとこの日のゲスト、医師であり生化学者である日本医療研究開発機構初代理事長の末松誠と熱心に打ち合わせをしていた。そして15時、いよいよ2人のトークショーが始まった。

 藤原がこの日のゲスト、末松誠にインタビュー、話を引き出していくが、そのキャスターぶりがまさにプロなのだ。博識で名高い藤原、時に優しく、時に鋭く迫っていく様はまさにプロ顔負けだ。藤原にこんな才能もあったのかと、驚くほどだ。藤原の多才ぶりが発揮される。当の藤原もこの番組への出演が、楽しくてたまらないようで、毎月のゲストは藤原自身が決めているという。

 ところでB2Bが主な仕事のBBTowerがB2CのアンパカTVになぜ参入したのか。藤原はこう答える。 「B2Bだけだと安定的な社風に留まってしまうので、B2C事業を手掛けることで、社員のモチベーションをアップし、活性化する」

 久しぶりに一緒に仕事をすることになった大和田に藤原は、B2C事業を立ち上げて欲しいと依頼。もともと映画プロデューサーの大和田が編み出したのが、このアンパカTVである。ネットTV時代に向けての布石となるこのアンパカTV、スタートして1年以上になるが、さまざまな可能性を模索中という。


アンパカTV

AIを活用したコールセンター

 2016年4月にはAIを活用したコールセンターの自動化支援を主事業とするエーアイスクエアを立ち上げた。これもBBTowerグループのニューフェイスとして始まったばかりだ。なんとか国産のAI事業を実現したいと考えていた藤原は、大手システム開発会社役員だった石田正樹をスカウト、実現にこぎつけた。

 秋葉原に近いオフィスを訪問すると、コールセンターではAIを駆使したお客様対応業務を実践していた。「そんなことができるのか?」という向きに、少し紹介しよう。コールセンター業務はお客のクレームや相談に応対する仕事だけに、担当者にとってはストレスが多い。そこにAIを活用、自動化できないかと実験を重ね、いよいよサービス開始にまでこぎつけたというわけだ。よく登場するクレームや問い合わせにアルゴリズムを組み入れると、自ら学習、お客の疑問にフィットした回答を提供することができるという。

 これは石田を中心に、既に実用化まで進んでおり、引き合いも多い。AIの時代といってもすぐには実用化されない日本にあって、まずはわかりやすい分野から世に示したいというのが藤原の想いといえる。



ベンチャーキャピタルも立ち上げ

 BBTowerの新規事業はそれだけに留まらない。AI/IoT時代の本格到来に向けて、ベンチャーキャピタルまでグループ会社に据えたのだ。それを担うのが「グローバルIoTテクノロジーベンチャーズ」だ。社長の安達俊久はもともと伊藤忠のベンチャーキャピタリストとして活躍していたが、定年と同時に藤原の要請に応え、2016年2月、グループに加わり、新会社を立ち上げた。

「AI/IoT時代のベンチャーやスタートアップ企業を育てるには、ベンチャーキャピタルは必須」と藤原。その対象は日本だけに留まらず、アメリカは勿論、世界を視野に入れている。

 シリコンバレーの頭脳を支えているのはインドの他、イスラエルが大きな力となっていることは、テクニオンが示す通りである。また「オーストリアやハンガリーなど東欧諸国も優秀な人材がたくさんいる」と藤原。こうしたところもVCの対象となっていくであろう。



藤原洋という男

 一見、穏やかで大学教授のような風貌の藤原洋。頭脳明晰で博識、まさに学者の顔を持つ。その一方、日本のIT業界をけん引する骨太の経営者であることは間違いない。

 藤原洋とはどんな人物なのか。アポロ11号の月面着陸に感動、子供の頃は宇宙少年だったという藤原は、京都大学理学部に進学、宇宙物理学を学ぶ。時代はコンピュータ黎明期、その面白さに惹かれ、コンピュータの道に進むことになる。日本IBMに就職したものの3カ月半で退職。日立エンジニアリングに転職。ここで技術者としての才能を発揮、原子力制御や福島原発第二発電所の設計にも加わった。日立でフィールドネットを立ち上げたが、1985年アスキーの西和彦に請われ、アスキーに転職する。ここでの11年間は経営者としてのすべてを学ぶことになる。藤原がさまざまな苦難に直面しても、なんとか乗り越えてこられたのは、このアスキー時代の経験が役立っているという。

 そして1996年、IRIを立ち上げ、わずか3年でマザーズ上場一号企業として話題を呼び、今はBBTower社長として活躍する。その活躍の舞台は日本国内に留まらない。世界中を視野に入れている。むしろ藤原の名は欧米での方が知られているかもしれない。

 藤原のネットワークは凄い。大手企業や政府関連の仕事の経験もあり、その深さと幅の広さは驚くほどだ。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツもその一人である。このネットワークが藤原の財産であり、今日の事業を支えてきたともいえる。そのすべては藤原の人徳によるものである。

 現在、インターネット協会の理事長はじめ、慶応大学の特別招聘教授、京都大学の特任教授など数多くの役職に就任、その数は枚挙にいとまがない。そして講演も数知れない。それは欧米、中国など世界中に及ぶ。

「藤原さんはサイエンスがわかる経営者」とNTTデータ相談役の山下徹は感心する。その博識ぶりは会った人を皆、ファンにさせる。しかも物腰やわらかく柔和な笑顔を絶やさず・・・。

 イスラエルのテクニオンとの出会いも学者で経営者である藤原の人柄なればこそといえる。そして藤原の少年のような探求心は60 歳を過ぎた今でも変わることがない。自らを「還暦少年」と語るほどだ。


藤原洋という男

再び輝く日本に貢献

 藤原は多忙な中でも多くの書籍を執筆しているが、その最新刊が『日本はなぜ負けるのか』である。失われた20年といわれ、この20年間で日本だけGDPが下がっているという衝撃的な事実の理由を解いているものだ。そしてインターネットを活用した社会になっていないという事実に警鐘を鳴らし、活用を訴えている。

 世界から取り残されつつある今の日本を憂い、「なんとか再び輝く日本にしたい」というのが藤原の切なる願いなのだ。そのためならいかなる努力も惜しまない。それがインターネットの黎明期より日本のIT業界をけん引してきた、学者藤原洋、そして経営者藤原洋の悲願なのである。

 その藤原が今、一番関心を寄せているのはシンギュラリティである。人工知能が人間の知能を超えるといわれ、ソフトバンクの孫正義の大きな関心事ともなっている。これに「われこそが・・・と手を挙げているのが、藤原の恩師で神戸大学名誉教授の松田卓也である。シンギュラリティの達成は2045年といわれているが、松田は2029年には達成すると予測する。

 藤原はその松田のために京都にAI2イノベーション研究センターを設置した。今年73歳になる松田だが頭脳明晰、2029年に向けて意気軒高研究を重ねる。「松田先生に自由に研究していだたきたい」と藤原。恩師のチャレンジ精神を少しでも後押ししたいという想いがある。

 AI/IoT時代を世界に先駆けて主導、なんとか輝く日本を取り戻したいと願う藤原。藤原の英知とネットワークで日本をどこまで浮上させられるか。藤原の活躍はまだ続く。



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