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トピックス -企業家倶楽部

2017年01月12日

IT業界の水先案内人/藤原 洋の人的ネットワーク

企業家倶楽部2017年1/2月号 IRI/BBTower特集第5部


インターネットの歴史と共に歩んできた藤原の周りには著名な研究者や経営者が集まる。栄光を掴み取った彼らですら、藤原を「経営者と学者の両面を併せ持つ」と讃え、尊敬の念を抱く。世代を超えた仲間を惹き付ける藤原の魅力を紐解く。(文中敬称略)



学者の目を持つ賢者


ヤフー社長 宮坂学


学者の目を持つ賢者


「ずっと雲の上の人でした」

 藤原についてこう語るのは、ヤフーの社長を務める宮坂学だ。日本を代表する企業の経営者をしてここまで言わしめるほど、藤原はインターネットの黎明期からIT分野の最前線で長らく活躍してきた存在であった。ヤフー自体も、長年に渡ってBBTowerのデータセンターを活用しており、両社はお互いにビジネスの基盤を支え合う重要な位置にいる。しばらくは接点の無かった両者だったが、宮坂が社長に就任したことで直接語り合う間柄となった。

 そんな中で宮坂が驚いたのは、藤原の探究心の強さだ。「本業に囚われないところがすごい。知的好奇心が真ん中にあって、その時々に応じて様々な事業に取り組む」。これは藤原の経歴を見れば明らかである。ITの知識はもちろんのこと、大学時代には宇宙物理学を専攻し、現在は大学の客員教授などを兼任。またネット番組で情報を発信するなど、活動範囲の広さには目を見張るものがある。

「こうした経験が藤原さんに独特の視点をもたらしている」と分析する宮坂。「藤原さんは、ビジネスマンの目と学者的な目の両方を持っている」とも語る。販売戦略やコストなど、ミクロで具体的な視点が必要となるビジネスマンの目を持っている経営者は多い。だが、学者的な目も併せ持つ企業家は珍しいという。この点について宮坂は「藤原さんは、マクロで抽象度の高い話も出来る」と表現する。

 宮坂がIoTについて訊ねた時のことだ。「今のままだとイントラネット・オブ・シングスだよね」と藤原は揶揄した。一種の企業内ネットワークである「イントラネット」という用語を引き合いに出して、世界中の人々が関わるはずの「インターネット・オブ・シングス」との乖離を指摘したのだ。「多くの人が『どんな物を繋ぐか』に注目する中、藤原さんは『ネットワークとはどうあるべきか』という深い部分まで考えていた」と宮坂は感服する。

 そんな藤原を「賢者」と称する宮坂。独自の視点を頼って意見を聞きに行くこともあるが、ヤフーの事業に関する具体的な相談は一切しない。聞くのは、より抽象的な話だ。宮坂自身、「直接的にはビジネスに繋がらない」と明かすが、それにもかかわらず訊ねるのはなぜなのか。

 宮坂は、ビジネスを木に例えて説明する。ヤフーという大きな木には、イーコマース事業や広告事業という実がなっている。だが、「どうすれば実がなるかばかり考えていると木は枯れる」と説く。すなわち、ベースである土壌の質が良くなければ、大の木は成長しないというわけだ。「根の周りの土、空気、降り注ぐ日光などを豊かにしないといけない」。そうした根本的な部分について話を聞くのに、学者的な目を持つ藤原ほど適した人物はいないだろう。

「すぐには役に立ちませんが、頭の奥の方に少しずつ蓄積されていて、気付かないような時にじわっと出てくる。その際は、藤原さんとの会話だったのかすら覚えていないと思いますが、しっかり生きているのです」

 ただ、藤原はこうした大局的な話をしたかと思えば、「こんな服を売ってみたい」といった具体的な話もよするという。「藤原さんは、視点の高度を上げて全体を見てみたり、かと思うと今度は寄ってみたり。そこを軽やかに上下動できるのがすごい」。膨大な知識を背景に物事の本質を見抜いて実務にも活かす様は、まさに賢者と呼ぶにふさわしい。

 そんな彼へのメッセージを聞かれると、宮坂は「今も社会的発信を数多くされているが、どんどん続けていってください」と期待を寄せた。



基礎科学・社会貢献・ビジネスの三位一体

慶應義塾大学 環境情報学部 学部長 教授 村井 純


基礎科学・社会貢献・ビジネスの三位一体


「夜中の11時過ぎに、いきなり電話してくるのは藤原さんしかいない」

 そう笑うのは「日本のインターネットの父」と呼ばれる慶應義塾大学教授の村井純。藤原はアイデアを思いつくと、即座に村井に電話してくる。仕事が終わっていればそのまま落ち合い、計画的に会ったことはほとんどないと言うから、その親密ぶりが伺える。

 二人の出会いは1983年、共に30歳を目前に控えた頃。藤原が翻訳した著書を、当時東京工業大学・総合情報処理センターの助手であった村井が監修したのがきっかけだ。今ではすっかり懇意の二人だが、出版社が当時すでに著名であった村井を起用したことで、「村井さんの名前が無いと売れないのか」と藤原が少々気を悪くしたというエピソードがある。

「工学系の専門家は頭が良く、真面目で粘り強い方が多い」と村井。初対面の藤原はまさにそのタイプの基礎科学者だった。そして同時に、科学の実用化に並々ならぬ思い入れを持っていた。それが藤原の強みであり、その姿勢は今も変わっていない。

「藤原が企業家として成功する姿は想像もつかなかった」と明かす村井だが、「東証マザーズへの第1号上場が彼の人生を変えたのではないか」と見る。元来、藤原は何でも1番が好き。マザーズ上場で脚光を浴びたことにより、それまで彼のベースであった基礎科学、その実用化という社会貢献意欲の他、新たにビジネスという軸が加わったと村井は分析する。

 科学に対する少年のような純粋さが藤原の魅力。学術的な研究は、すぐには実用化に繋がらないことも多く、ビジネスの種となるのかは未知数だ。それでも藤原は夢を描き、進み続けている。

 それも、藤原が「社会貢献のため、自分が動かねばならない」という使命感を抱いているからだろう。「彼が金儲け主義や汚いやり口に走ることは無い」と断言する村井。莫大な予算がかかることから立ち消えとなるプロジェクトも多々ある中、「これはやらなければまずいよね」と藤原から問いかけられることもある。

 ただ、藤原から意見を求められた際には、時として答えに窮することも。藤原は、ともすれば採算度外視で計画を進めようとするなど、理想に向けて突っ走ってしまう所がある。「ただでさえ常人の何倍も負荷がかかっているのに、本腰を入れなければできない仕事を背負いがちですから、時には選ぶことも必要でしょう」

 政府関係の仕事も多数引き受けているが、「彼は自ら政治家になろうとしたことまであるんですよ」と村井。さすがに本気で止めたと言うが、今ではすっかり笑い話になっている。

 少年のような純粋さは、性質の悪い人間に騙されたり、周囲がイエスマンばかりでも気付かなかったりという危険をはらむ。「そんな時に水をかけるのも僕の役割かな」と村井は友の顔になって言う。それを藤原も承知しており、決断に少しでも不安を感じると村井に相談を持ちかけるのだ。今では村井はBBTowerの社外役員に就任し、ビジネス上でも藤原の心強い味方になった。

 もちろん藤原も村井への協力を惜しまない。村井が慶應義塾大学副学長を勤めていた時、大学創立150年記念の音楽ホール建設を企画した。大口の寄付をしてくれる人を数十人紹介して欲しいと藤原に相談。彼は「分かった」と快諾すると、しばらくして「自分が必要な全額を出す」と言い出した。これに慌てたのは村井である。急遽、音楽ホールの名称を「藤原洋記念ホール」とした。

 長年の盟友へ送るメッセージは「科学の目を持つ少年の心を失わないように。そしてお互いに健康に気をつけよう」



サイエンスを語れる経営者

NTTデータ相談役 山下 徹
サイエンスを語れる経営者


「実業を手掛ける経営者でありながら、科学に真摯に向き合う姿は羨ましくもありますね」

 そう語るのはNTTデータの相談役を務める山下徹だ。藤原が率いBBTowerとの会社としての付き合いは長く、その歴史は2代前の社長に遡る。山下の社長時代もBBTowerとNTTグループは色々な関係を持ってきた。

 ただ実は、山下が藤原と特に親密になったのはわずか2、3年前のことである。きっかけは山下が理事長を務めるNPO法人ブロードバンド・アソシエーション。産官学の連携を強化し、新しいブロードバンドサービスやビジネスを生み出す場を提供するため、2003年に発足した団体だ。NECや富士通をはじめ、多くの企業が賛同している。

 業界をけん引するBBTowerが加盟していないことを不思議に思った山下が団体の趣旨を説明すると、藤原は理解を示し、加入した。まさに即断即決だったという。

 理事長になったからには活動を活性化したいと考え、藤原に理事を依頼した山下は、すぐに藤原の活動ぶりに目を見張ることとなった。ブロードバンド・アソシエーションは、多くの企業や人から寄付を受け、人員を割いてもらうことで成り立っている組織形態。とはいえ、実業がある中で多忙な経営者自身が活動に参加するのは難しい。しかし、藤原は自ら理事会にも足を運び、熱心に取り組む。

 山下が藤原の真剣さを顕著に感じたのは、同団体がIoT時代の到来を目前に、「IoT白書(仮称)」を発行する運びとなった時のこと。編集責任者を引き受けた藤原が理事会で「年末年始の休みを使って書きたい」と発言したからである。

 まさか藤原自身が腕を振るうとは思いもよらなかった山下は驚いた。普通ならば、原稿は誰かに依頼し、自身は最終確認を行うくらいのものだろう。NPO法人であるからには、あくまでボランティア。山下は「現役の社長がここまで密に関わるとは脱帽」と舌を巻く。藤原は寄付という形だけではなく、その類まれな知識をも惜しみなく社会に還元していると言えよう。

 さらに、藤原の視点は常に未来を捉えている。業界に精通している者ならば、様々な経験を踏まえて過去のことを振り返るのは比較的容易だ。だが、新しい技術にも目を向けて将来の予測をするのは難しい。技術分野は専門性を持って絞り込まなければ能力を発揮しにくい上、特にIT業界は変化のスピードが凄まじいため、新たな技術に足元をすくわれることも多いのが現実。高度なものを取り扱う人ほどミクロな専門分野に特化していくのが常だ。一方で、藤原は幅広い視野を持ち、多様な考え方を受容できるからこそ未来を描けるのだろう。

「見た目も若々しいですが、頭と心が若いですね。年を取ると難しくなりますが、藤原さんはスポンジのように吸収できるのでしょう」

 少年のように目を輝かせてインターネットやAIの未来について語る藤原。涼しい顔をしながらも、その裏では並外れた努力をしていることだろう。}

「水上では優雅に振る舞いながらも、水中では足を動かし続けている、まるで白鳥のようですね」と例える山下は、「藤原さんのような人はなかなかいない。貴重な人です。日本のオピニオンリーダーになってください」と期待を寄せた。



安心・信頼できる人格者


メディアドゥ社長 藤田恭嗣


安心・信頼できる人格者


「この方となら末永くお取引ができると思った」

 藤原についてこう語るのは、電子書籍の流通を手がけるメディアドゥ社長の藤田恭嗣だ。2人が初めて出会ったのは2年ほど前。きっかけは、メディアドゥの事業システムを運用するデータセンターを決めるコンペだった。

 同社は出版社と書店の仲介を行う取次の役割を、デジタルコンテンツの分野で担っている。その強みは、電子書籍を単に電子書店側に送るだけでなく、それを配信するサーバー環境も自社で整えている点だ。これによって書店側が設備を揃える負担を減らすことが出来る。そうした重要なシステムを安定的なサーバーと回線の提供によって支えているのが、BBTowerのデータセンターなのだ。

 では、コンペに多くの企業が名乗りを上げる中、なぜ藤田はBBTowerを選んだのか。参加企業のほとんどは低価格だけを強調する営業アプローチで、とにかく契約を求めてきたという。だが藤田が探していたのは、短期的な関係に止まらず、長期的な視点で共に発展していけるパートナーだった。

 その点、BBTowerは他の企業と全く違っていた。彼らは「両社の持っている資産を活用して最大化していこう」と提案してきたのだ。その言葉に「明確な理念と哲学を感じた」と藤田は語る。「何のためにその仕事をしているか」。これは藤田自身が経営者として大事にしてきたことだ。

「BBTowerの方は、そうした部分をよく考えている。だからこそインフラを使わせてもらっている我々も、知見が至らないところを教えてもらいながら一緒に展開できる。これは哲学が無ければ出来ません」力を借りることで100の力を120に出来るパートナー。それが決め手となって、BBTowerとメディアドゥの関係は始まった。

 コンペの際に垣間見た哲学観の背景には「藤原さんの影響が強い」と藤田は分析する。

 2人が初めて会食をした際のことだ。「藤原さんは、小手先の話でなく人柄を前面に出してきた。人格者で安心、信頼できる方だと感じた」と振り返る藤田。会食が終わる頃には、藤原の人間性にすっかり惚れ込んでいたという。

「藤原さんは時代に絶対欠かせない人間。知識も豊富でマネジメントも出来て、今後の社会を背負っていかれる企業の経営者です」

 温かみのある人柄と確かな知見、両者を兼ね備える藤原。それは、BBTowerの社員にも当てはまる。IT業界では、取引先の顔が見えないためか冷淡な対応をしてしまう業者も少なからず存在する。だが、「BBTowerの社員は真面目でアットホーム」と藤田は評す。

 メディアドゥでは今後、BBTowerが持つAI分野のノウハウを借りて、書籍の自動翻訳や、客が書籍のどのページに興味を持ったかを分析する機能の実装を目指していく。これも、最先端技術に大きな投資をしているパートナーがいるからこそ可能なことだ。お互いに力を合わせ、共に発展するという藤田が目指した関係性がそこにはある。

「藤原さんには、人間味を感じられるインターネット業界のリーダーとして我々を導いてもらいたい。いつまでも健康でいてください」



日本の羅針盤のような人

名古屋大学教授 工学博士 天野浩
 日本の羅針盤のような人


  藤原と天野の二人が初めて顔を合わせたのは2年前の2014年11月。東京・港区にあるスウェーデン大使館主催のノーベル賞祝賀会の場だった。来賓客の一人で博学と知られる藤原との会話は分野を問わずいろんな話をしたが、その中でも一番印象に残った言葉がある。

「是非、青色LED(発光ダイオード)が出来たからスマホが出来たということを若者に伝えてほしい」

 毎年、ノーベルの命日である12月10日にスウェーデンで授賞式が開催され、受賞後に一人30分間記念講演をするのが通例となっている。その原稿の一枚は藤原のこの言葉をヒントに作成したそうだが、聴衆にはもっとも受けたという。

「現在でも、講演等でこの話を使っています」と天野は笑顔で話す。

 実際、赤色と緑色のLEDはすでに発明されていたので、スマホがフルカラーになるためには、青色LEDが必要だった。1960年代から1970年代にかけて、アメリカや欧州で研究が進められたが青色LEDの発明は難しく、どの研究者も諦めかけていた。天野は不可能と言われていた青色LEDの発明で2014年、天野の恩師である赤﨑勇教授、中村修二教授とともにノーベル物理学賞を受賞した。

 年齢は藤原の方が天野より6歳年上である。天野は学生の頃、コンピュータが好きでアルバイトをして当時はまだ高額であったマイクロコンピュータを購入し、自分でプログラムを組んだりもしていた。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツに憧れ、伝記も読んでいた。そのビル・ゲイツと同年代で、会ったこともあるという藤原に会えて感激したことを今でも覚えている。

 若い頃に憧れたベンチャー企業家の藤原、複数の会社を起業し、凄い経歴を持っているが、会って話をしてみると気さくな人柄で話が弾んだ。「私は宇宙や天文物理が好きなんです」と藤原はよく話しているという。企業家でありながら、どこか学者風な藤原と天野は話が合うのかもしれない。

「事業家の方はアクティブで様々な分野に関心があり、藤原さんの視点もワールドワイドでチャレンジングな方です。成功したら次の事業へ再投資を続けて欲しいです」と天野は藤原の活躍に期待している。

 4年後、東京でオリンピックが開催される。世界に日本の技術力を披露する絶好の機会となる。2020年までに現在の4G(LTE)ではなく、次世代の通信規格である5Gのサービス開始を目指し、現在通信キャリアは開発を急いでいる。天野が専門とするガリウムなどの窒化物研究は、その中心的な役割を果たすと期待されている。5Gの特徴は、何と言ってもデータ転送のスピードだ。現在の10倍の高速大容量でデータをやり取りでき、かつ同時多接続が可能となる。多接続とは、あらゆるものがインターネットに繋がるIoTでは欠かせない機能である。また、昨今注目されている自動運転技術では、レスポンスが早い低遅延も必須条件となる。これらを満たす未来の通信規格が5Gなのだ。世界に先駆け、日本が5Gの開発に成功すれば、インターネット大国のアメリカから主導権を取ることができるかもしれない。アメリカは国土が広すぎて課題が多く、日本はコンパクトで通信の世界ではアドバンテージがある。

「紫外線LEDは水の殺菌ができます。私は工学で世界を救いたい」と天野は信条を語る。

「藤原さんは日本の羅針盤です。今後も新しいアイデアを我々に教えて頂きたい。そうしたら、私は何でもさせて頂きたいと思っています」



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