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トピックス -企業家倶楽部

2017年02月13日

後藤新平先生の台湾再建に学ぶ/臥龍

企業家倶楽部2017年1/2月号 伸びる企業家は歴史や偉人に学ぶ vol.2





「311」の悲劇的天災において、災害発生からの1カ月間だけでも180億円、累計では230億円ともいわれる義捐金を贈っていただいたのは台湾でした。この世界一の親日は、どこから来ているのでしょうか?

 日清戦争に勝利した後の1895年から太平洋戦争敗戦までの50年間、台湾を植民地にしていた時代がありました。このとき、現地で活躍した多くの日本人が、社会人としての素晴らしいお手本を見せました。その姿は、今も「日本精神」という言葉で伝えられています。

 そのお一人が、1898年からの8年間、第四代民政長官(実質のトップ)として台湾の発展に尽力された後藤新平先生でした。当時の台湾は、ゲリラが農産物を収奪することで税収が上がらず、風土病の蔓延、17万人を超えるアヘン患者など、問題は山積でした。就任時、40歳の若さでしたが、その行政思想と手腕は見事であり、現代の企業再建にも十二分に通じるものです。

 後藤先生は医者の出ということもあり、「生物学の原則」に則った統治を行います。「ヒラメの目をタイの目にすることはできない」と語った意味は、ヒラメをタイにするのではなく、ヒラメの特性を活かした再生をするということです。大企業から中小企業に再建人として派遣された人物が、大企業の論理を押し付けるのではなく、その中小企業のよいところを伸ばすということと同じ意味です。

 ゲリラに対しては厳罰で臨むという姿勢と併せ、自ら降伏して出てくれば罪は問わないという布告も行うことで、大部分のゲリラは投降し、約5年後にはほぼゲリラは居なくなります。そして、その労働力も活かし、道路や鉄道、そして港湾の大規模工事を行います。造営された基隆港は、当時東洋一の港と呼ばれ、この交易力が台湾発展を大いに助けました。

 インフラを作っても、運ぶ物資がないといけません。後藤先生は、同じ岩手出身の新渡戸稲造先生をアメリカから招へいし、台湾の風土にあった米、ウーロン茶、サトウキビなどの品種改良を依頼します。日本初の農学博士である新渡戸先生の手腕により、大いに収穫高は上がります。中でも、砂糖の生産高は3万トンから100万トンへと飛躍し、台湾の一大産業となります。

 また後藤先生は、東京を上回る上下水道設備を一気に整え、年間数千名の発生をみたコレラ患者を激減させていきます。またアヘン患者対策もユニークなものでした。なんと厳罰で取り締まるのではなく、アヘンを台湾政府の専売特許とし、新規常習者の発生を防ぐことで、ゼロ常習者に向けての自然減政策をとります。無理に取り締まることで生まれる犯罪を防ぎ、専売特許による収入を台湾再生の原資に回すという一石二鳥の策でした。

 この台湾発展の基礎創りの功績が認められ、満州鉄道の総裁就任を依頼されます。「あなたの台湾での成功を満州でも活かして欲しい」との西園寺首相の言葉に、後藤先生は噛みつきます。「閣下、それは聞き捨てならない言葉です。台湾はまだ成功していません。成功というのは台湾自身が財政の独立を持つということでしょうか。そんなものは成功でも何でもありません。台湾の人々が経済的自立と統治からの自由を得て、それでも日本とやっていこうという主体的な選択をしたならば、それこそが真の成功でしょう」。後藤先生の「再建請負人」としての志の高さに、脱帽です。



Profile

臥龍(がりゅう:wolong ウォロン)こと角田識之(すみだのりゆき Sumida Noriyuki)

APRA(エープラ)議長&一般社団法人「志授業」推進協議会・理事長

「坂の上の雲」の故郷、愛媛県・松山市生まれ。23歳のときに「竜馬がゆく」を読み、「世界の海援隊」を創ることを志す。人の幸福を主軸とする「人本主義思想」の素晴らしさを経営の場で実証推進する和僑(日本)と華僑(台湾・上海)合同の勉強会「APRA(エープラ)」を設立し、日本全国そしてアジア太平洋各国を東奔西走中。最近では、一般社団法人「志授業」推進協議会の理事長として、小中学生の大志確立を支援する「志授業」の普及、民族肯定観を上げるための「歴史・偉人」の講話にも注力中。詳細は「志授業」でご検索ください。



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