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トピックス -企業家倶楽部

2017年03月10日

ひたむきな情熱をもった経営者/江見 朗の人的ネットワーク

企業家倶楽部2017年4月号 ライドオン・エクスプレス特集 第5部


古くから江見を知る者は皆、「情熱的で純粋な人」と口を揃える。人として、企業としてどうあるべきかを追求し、「精神的な成長は永遠に続く」と学び続ける謙虚さに、周囲の人々は思わず惹かれ、温かく手を差し伸べる。(文中敬称略)



常に謙虚な努力家

バボ 代表取締役アートディレクター 柳原博之
常に謙虚な努力家


 ライドオンが手掛けるデリバリー事業において、各家庭に配られるチラシは売上げを左右する重要なものだ。このチラシを20年以上手がけてきたのがこの男、柳原博之である。

 柳原が江見と出会ったのは、サンドイッチ店サブマリンを出店した頃。当時の取締役に紹介され、柳原はメニュー表のデザインを任されることになる。既存のメニューを一新した柳原のデザインを江見は即座に気に入り、ここから長い付き合いが始まった。

 ブランドロゴの作成や店舗内装のアドバイスなど幅広く関わっていく柳原。「コーポレートブランドを手がけたというより、小さな店をみんなで作り上げました」と謙遜するが、デザイナーとしてプロデュースした小さなサンドイッチ店から始まった事業が全国規模のチェーン店となった喜びはひとしおだろう。

 柳原の仕事は、江見が考えているデザインを具現化すること。江見は細かい指示は出さずにコンセプトを伝え、柳原に一任する。「江見さんは大雑把ですが、デザインの本質を捉えている。シャワーを浴びながら思い付くようですよ」。「銀のさら」という名前も風呂場で生まれたものだ。

 柳原が手掛けるチラシで最もこだわっている部分はやはり写真だ。ライドオンのチラシは高級感があり、食欲をそそられるが、それだけではない。チラシの写真と寸分たがわぬ商品がお客の元へ届く。飲食業ではボリュームなどを誤魔化した誇大広告が横行しているが、ライドオンでは許されない。今では専門のスタジオで写真を撮っているが、「岐阜にいた頃は江見さんと一緒にパソコンを見て作業していましたね」と柳原は懐古する。

 さらに、広告は作って終わりではない。商品の売上げに貢献することが重要だ。そのため、マーケティング部はチラシによる効果を分析したデータを柳原にフィードバックする。柳原らのことを外注業者ではなく、仲間として考えているからだ。柳原も「ライドオンの分析力は凄い。勉強になります」と舌を巻く。

 柳原と江見は仕事上の関係に留まらない。実は二人は同郷で、偶然にも小中学校の先輩後輩。不思議な縁もあり、多い時には毎週会うこともあるほどだ。共に岐阜に住居を構えており、家族ぐるみの付き合いとなっている。

 二人は「本業」である寿司屋に留まらず、イタリアンや中華など幅広い店に出向く。様々な店に立ち寄っては、思わず「日本一美味い」と笑顔になるのは江見らしい。ただ、会話の内容となると真剣そのもの。事業への熱い想いに溢れている。最近の江見の関心は店舗のあり方について。銀のさらを新しいスタイルで展開したいと熱心に語っているようだ。

 今では話好きの印象が強い江見だが、実は話下手。「江見さんが饒舌なのは、努力の賜物でしょう」と柳原は分析する。そんな江見はどこに行っても低姿勢で、偉ぶった振る舞いは一切取らない。今や東証一部上場企業の創業社長であるにも関わらず、タクシーに乗っても敬語で丁寧に接する。近くで見てきた柳原は江見の人柄の良さをしみじみと感じている。

「江見さんは友達であり先生のような方です。これからも素直に言いたいことを言える関係でありたいですね」



内省内観が根本にある経営者

日本メディカルソリューションズ社長 山口浩行
内省内観が根本にある経営者


 山口は約15年前、FC加盟店開発事業会社の関連企業でIT業務に携わっていた時に江見と出会った。江見は当時、合弁会社を設立し、FC店舗を急速に展開していた途上。同時に、マグロの物流システムを三菱商事と一から作り上げた。その際、三菱商事の担当者を紹介したのが山口だ。ライドオンは現在も、大半の仕入食材を三菱食品から一括納品している。

 その後山口は独立し、12年には医療系IT企業を設立。当時のメンバーとの付き合いは自然に無くなったが、江見とはずっとプライベートでの付き合いが続いている。

 なぜライドオンは成長し続けることができたのか。「急激な店舗展開の仕組みを維持できない会社が多い中、江見さんは怒らない経営を貫くことでこれを成し遂げた」というのが山口の見立て。ライドオンの事業については詳しく語れないとしながらも、「方法論だけでは成功できなかったでしょう。私が知っている江見さんの強みは哲学的なところ」と分析する。現在、江見の代名詞ともなった「怒らない経営」を、彼は山口が出会った頃には既に実践していた。「僕は闘争的なので、江見さんに随分影響を受けました」と山口は語る。

 互いに多忙だが、電話ではよく会話する。山口が医療関係に携わっているため、体調について相談されたり、上場企業社長時の失敗談やITについて聞かれたりすることもある。ところで、山口はアレルギーのために寿司を食べられないのだが、それがかえって良いのだという。外部の人間で業界人でもないからこそ、思考に制約条件がなく、自由に発想できるのだ。

 もし社内の体制を知っていたら、様々なしがらみに囚われてしまい、心置きなく発言出来ない。江見と話す時に心がけているのは、事実を述べるに留まり、判断はしないこと。自らの分を超えているからだ。

「適度な距離感があるのがいいのです」。山口は江見より5歳年下で、共通の趣味はないと言うが、二人は非常に馬が合う。それは、哲学的思考がよく似ているからだろう。一元論が根本にあり、怒りは他人を攻撃するが、それは自分に怒っていることと同じなので、全くの無駄と捉える。たとえ様々な事象があっても「内省内観をきちんとしていれば、方法論は自ずと出てくる」と考えている。感銘した本を紹介しあい、森羅万象の捉え方、心の持ち方などについて話し込む。

 山口は人生や経営を詰将棋に例える。詰将棋は与えられた局面から開始し、必ず詰め切ることが出来る。それだけの手を既に与えられているからだ。ゆえに感謝しかない。人生もこれと同じだという。

 江見はどんな厳しい局面でも動じず、飄々としていると評されるが、山口は違う印象を持っている。経営者は皆、孤独だ。会社の外部はもちろん、内部の人間にも弱みを見せることは出来ない。多くの責任を背負い、成否が見えない道を先頭に立って進まなければならない。米アップル創業者のスティーブ・ジョブズも瞑想をしたと言われているが、自分の中の確固たる柱が必要なのだ。そこに立ち返りたい時、江見は山口に連絡を取るのだろう。

「一緒に研鑽に励みましょう」。山口は江見に、そう言葉を送った。



純粋に生きる目的を追う人

ユリシス代表取締役 瀧谷啓吾


 純粋に生きる目的を追う人


「江見君には全く自覚が無いけれど、僕は巻き込まれたんですよ(笑)」

 岐阜の大手広告代理店で役員を務めていた瀧谷のもとへ江見が相談に来たのは、25年前のこと。退職した瀧谷の部下が、江見とサンドイッチ店サブマリンを始めたものの、どうにも上手く行かないという話であった。

 会ってみると、「世界を目指す」と豪語する江見。当時、一地方から海外進出を志向する会社は珍しく、瀧谷は興味を惹かれた。以来、深夜だろうが構わず連絡を寄越す江見に、無報酬で自らの顧客を加盟店候補として紹介していった。

 それでもサブマリンの借金は膨らむばかり。そこへ、当時フランスパンのサンドイッチが珍しかったためか、地元の大手食品企業から事業買収の提案が舞い込んだ。借金が帳消しとなるばかりでなく、高額の給与を支払うという破格の申し出。しかし、江見はこれを断ってしまった。

 すると、あろうことかその企業は、サブマリンそっくりの店舗を展開し始めたのである。これに激怒したのが瀧谷だ。自社にとっては上顧客であるにも関わらず、「人道的に許せない」と、その会社との取引を打ち切ってしまった。かねてから、ソファーに寝そべったまま話す社長の態度を見るにつけ、「この会社に未来は無い」と感じていたことも、瀧谷の背中を後押しした。

 だが、部下らは到底納得がいかず、利益にならない江見に肩入れする瀧谷は社内で問題視された。ついには管理職30人がクーデターを起こし、2000年、瀧谷は退職を余儀なくされる。

 瀧谷退職の原因となった食品会社はというと、彼の予想通り02年に倒産。しかし、江見のサブマリンも全店閉店に追い込まれた。加盟店オーナーは瀧谷が紹介した者も多く、難しい立場となったが、江見との関係が変わることはなかった。

 その江見は、サンドイッチから宅配寿司「銀のさら」に業種替えを成功させ、全国展開を目指して01年に東京進出。前職を辞めた後、フリーの広告仕掛人として名を上げた瀧谷は、既に上京して1800人規模の大企業の役員となっていたが、これを機にもう一度「銀のさら」に関わることとなった。

 再び江見を選んだ瀧谷にその理由を尋ねると「純粋さ」と一言。出会った当初、江見は瀧谷に「人として生きる目的はあるのでしょうか」と問うた。「ある。しかし、今は教えられない」と瀧谷。江見は「人としてどうあるべきか、企業として何を目指すべきか」を一筋に追い求めているという。求道にも似たその姿に、瀧谷は惚れ込んだのだろう。

「銀のさら」は急激な出店が裏目となり、加盟店のオーナーたちがクレームのため直談判にやってきたこともあった。訴訟を起こされ、幹部も次々に辞めていく。それでも江見はへこたれなかった。オーナーに詰め寄られても、のらりくらりとかわし、会議で赤字2億円という絶望的な数字が示されても取り乱さなかった。「その図太さ、忍耐力が成功の秘訣。普通なら止めますよ。少なくとも初めは、経営能力より耐圧力が会社を大きくした」と瀧谷は語る。

 20年以上の親交がありながら、意外にもプライベートで食事をしたり、遠出をしたりすることは無いという二人。現在はライドオンの社長と社外取締役として、月1回の会議でのみ顔を合わせる。

 そんな瀧谷は江見に対し、「最近のライドオンは平々凡々としている。もっと楽しませて欲しい」と注文をつける。そして「正しいことをやっていれば必ず報われる。正しさという価値観をぶらさないように」と締めくくった。



事業への情熱を貫く男

学生時代の友人 岩佐路彦
事業への情熱を貫く男


 岩佐と江見は、中学時代の同窓生。実は一度も同じクラスになったことはないが、休み時間や放課後によく話し、学校行事の際にはいつも行動を共にしていたと言うから、よほど気の合う者同士だったのだろう。岩佐は江見について、「当時からリーダーシップがあり、仲間を大切にする優しい男だった」と回想する。

 中学卒業後は別々の高校に進学した二人。会う機会も無くなったが、江見が岐阜市内でサンドイッチ店サブマリンを開業した頃、偶然道端で約15年ぶりの再会を果たした。岩佐はサブマリンのすぐ近くでブティックを営んでいたため、それ以来、毎日顔を合わせるようになったという。

 仕事の話になるといつも熱く語る江見。岩佐は彼に会うたび、その事業意欲と豊富なアイデアに驚かされた。

「サンドイッチの販売先としてコンビニやショッピングモールを選んでいたことは、当時とても新鮮に感じました。どちらも今やライフスタイルに欠かせない存在ですが、街の商店街が充実していた25年前にして、この二つの空間に目を付けていた先見性はすごい」

 そんな江見の事業にかける熱意は、言動の至る所に表れていた。まずはチラシ作り。当時から妥協を許さなかった江見は、「明け方まで撮影していた」と言いながらも、疲れた表情一つ見せずにその日の仕事をこなしていた。

 また、ある月には予算を大幅に超える売上げとなり、打ち上げを行ったが、江見はその余韻に浸ることなく、淡々とポスティングに出掛けていったという。岩佐は「この人のビジネスに懸ける情熱は並大抵ではない」と痛感した。

 その後、江見は拠点を名古屋に移し、次いで東京に進出していったので、岩佐が彼と会うことはなくなっていった。二度目の再会のきっかけは、岩佐が江見に対して送った一通の手紙だ。江見の著書『怒らない経営』に感銘を受け、筆をとった。

 その頃、長年生業にしていた商売を辞めたことで気持ちが沈んでいた岩佐は、全てをポジティブに捉える江見の考え方に勇気付けられた。「感謝の気持ちを持ち続ける」「人として正しい価値観に基づき行動する」「怒るという行為は弱さ、未熟さの表れ」。どの言葉も岩佐の心に深く刻み込まれた。「変わらなければ」と本気で思うことができ、その感謝の気持ちを伝えたくて手紙をしたためたのである。

 上場企業の社長として多忙な毎日にもかかわらず、江見からは岩佐宛にすぐ電話があり、晴れて二度目の再会となった。岐阜時代から数えて13年、江見を取り巻く環境は大きく変化していたが、「忙しい合間を縫って旧友に連絡するあたり、変わらない温かさや優しさがあった」と岩佐は語る。他の友人、知人、社員にも分け隔てなく接しているのが容易に想像できよう。

 現在は、月に一度の頻度で食事をしている。『怒らない経営』の内容について「素直な感謝の気持ちや怒らないことは大切だけど、それだけではダメ。仕事で成果を上げるには、経営の技術的な部分も重要だよ」という具合に生の声が聞けるのは、岩佐の楽しみの一つだ。

 趣味としては、お互いに好きな映画の話題となることが多い。江見は名優アル・パチーノの作品や「007」がお気に入り。「人を感動させる映画を作る監督は、人間の真理を知り尽くしているからこそ、それが可能なのだ」という言葉が印象的だ。

 そんな江見へのメッセージ。「お客様の生活が豊かになる便利なサービスの開発を期待しています。是非、これからも私たちを驚かせてください」



懐の深い経営者

快フードプロジェクト代表取締役 西山誠
懐の深い経営者


 岐阜で居酒屋チェーン店を展開する快フードプロジェクト。代表の西山誠が江見に出会ったのは、今から6年ほど前のことだ。居酒屋のカウンターに立つ西山の正面に座った男、それが江見だった。その時は名刺をもらうに止まったが、仕事が終わってから入ったバーで偶然にも江見と再会。話してみると、よほど気が合ったのか、気付けば3時間も経っていた。この不思議な縁から、二人の親交が始まる。

 当時、店を始めたばかりで経営について悩んでいた西山。江見に相談を持ちかけると、「明後日、会社においで」とすぐさま快諾の返事が来た。「お金の話を中心にしてくださるのかな」。そう思いながら社長室に出向いた西山の予想は完全に覆される。江見が話したのは精神論。それも「5時間くらい話していた」というから、その真剣さが伺えよう。西山は「意見を押し付けず、こうすべきだといった断言をあまりしない。だから聞きやすい」と絶賛する。

 また、江見の勉強熱心さにも驚かされた。その徹底ぶりは、好きな思想家のCDの内容を一字一句喋れるほど。「1万回くらい聞いたと言っていた」と西山は舌を巻く。年の差こそ20歳ほど離れた二人だが、江見の柔らかな物腰と博識さもあって話は尽きない。今では1カ月に1度の頻度で会うという親密ぶりだ。「相談などで電話すると、明日おいでよと言ってすぐに話を聞いてくれる。一居酒屋のオーナーに、ここまでしてもらえるのはありがたいですね」と西山も感謝する。

 そんな彼が聞いた中でも最も印象的な、江見の経営者としての懐の深さを象徴するエピソードがある。江見が名古屋で5店舗ほどを運営していた時のことだ。ある社員が全社員の半分を引き抜いて独立してしまった。普通ならば、恩を仇で返すような所業に怒りが沸いても不思議ではないが、江見は怒るどころか「弱ったなと思った」と笑いながら言うではないか。西山は思わず「頭に来なかったんですか」と問うと、「頭には来ないけど、どうしようか次の手を考えた」と言う落ち着きぶりだ。

 しかも、話はそれだけで終わらない。独立した社員は結局事業が上手くいかず、あろうことか江見に相談。その彼を江見は、再び自社に受け入れたのだ。その後は「僕が言う通りにしや」と改善策を次々に指示。店の業績は見事に回復したというから、感服するしかない。

「怒ると生産性が下がる」。そんな江見の考えに、西山自身も一経営者として学ぶことが多い。以前は感情を抑えきれないこともあったため、「怒ってしまったら、どうすればいいんですか」と江見に尋ねると、一言「謝りや」。そうした教えを心がけるうちに、社員からも「変わりましたね」と言われ、今では怒ること自体ほとんど無くなったという。

「精神的な成熟は死ぬまで続くから、死ぬまで勉強する」。江見は常々、西山にそう語る。地道な努力と揺るぎない哲学が、多くの人を惹きつけるのだろう。「正しいか否かは人が判断して決めること。それを押し付けてはいけないと、江見社長から学んだ」と西山。最後に「これからも色々なことを勉強させてください」とメッセージを送った。



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